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学校が長い夏休みに入っているいま、私のボランティア活動も小休止。 ところがタイミングの悪いことに連日40度近くに昇る気温のため、集中力ゼロ。結局溜まっている『やるべき』リストの半分もこなしていない。
そんな中、昨日は「よっこらしょ!」と腰を上げ、チェンダオの保育所へ。 園長先生は相変わらず精力的に教材の手作りに励み、周りの様子も、去年初めて訪問した時に比べてずいぶん改良しているのは嬉しい限り。 私も負けてはいられません! 水掛祭りの引きこもり期間中に、手作りした教材を持参して自慢。久しぶりに先生に褒められるのは嬉しいものですね(笑)。 帰りがけに、この村とのきっかけを作ってくれた18ヶ月の障がい児の赤ん坊の住む村へ。 相変わらずの状態で、ビルマからの難民であるこの家族の、それでなくても先の見えない近未来に大きな影を落としています。 同行してくれた園長先生が、「ミルクを取りにおいで。ご飯も給食を分けておいてあげるから」と言ってくれているのは頼もしい限り。 この先生相変わらず給料が出ていないらしく、でも「給料が出たら子ども達を遠足に連れていく」と言っている。 タイにはこんな素晴らしい先生もいるんですよ、ということで。 ![]() ![]()
先週たまたまNHK総合で、「あっこと僕らが生きた夏。前編」を見ました。 16歳の野球部マネージャーだった大崎あきこさんという少女が癌を宣告され、その後亡くなられたのですが、闘病中の彼女と野球部の仲間との絆が描かれていました。
これは実話をもとにされているそうで、泣いたり、頑張って!と声に出しながら見ました。4月21日には後編が放送されるようです。 今日、スアンドーク病院に行きました。連絡が取れなくなっている、あのHIV感染している子の1歳の誕生日のプレゼントを届けるためです。 彼女は来月4日で1歳になります。 担当医師の秘書の方によると来週には抗HIV薬を受け取りに来る予定とのことで、その時に渡してくださいとお願いしてきました。 母親の電話は通じない状態の中、最低限の親としての責任として命をつなぐ薬は取りにくるのでは、という望みを抱いてのことです。 連絡をして欲しいという私の気持ちも込めて。 小児内科に上がるエレベーターホールに、父親らしい人に押された車椅子に座っている、15歳ぐらいの少年がいました。 髪の毛がなく、そのせいでもあるのか、周囲の好奇に満ちた視線を集めているのにも反応しない、彫像のようなたたずまいの少年でした。 先週見たドラマが現実感を伴って胸にせまり、思わず目をそらして彼の乗ったエレベーターをやり過ごしました。 6階の小児病棟に着くと、彼の乗ったエレベーターがたまたま後から着き、同じ姿勢を保った彼が目の前を通り過ぎました。 微笑みかければ良かった。
チェンマイの学校はすべて長い夏休み中です。 小・中・高校は5月の中旬まで。 ただ去年の大水害が影響したバンコックでは、そのために休校した遅れを取り戻すために夏休み返上なのでは?
でも支援先の保育園は、休みもなく通常営業です。 3月23日に行われた卒業式の主役の園児も、小学校入学まで預かっています。 保育園という形態上、働く親達のためにはそんなに長い休みは許されないのも分かります。 それほどがんばっている園長から、昨日ちょっとびっくりする話を耳にしました。 園長先生は去年9月から月給を受け取っていないそうです。 この先生が一番酷い例で、地域の他の園の先生達も期間の差こそあれ、全員に給料が支払われていないとのこと。 この件に関して、園の統括をしている地域の役所(オボトー)から具体的な説明もない状態が続いているそうです。 その理由はタイ人にも分からないのに、日本人の私がわかる訳もないのですが、過去7ヶ月と言えば、去年9月から。タイの公的機関の会計年度は9月から翌年8月まであれば、その時期に呼応します。そして、タクシン元首相の妹のインラック首相もその時期に就任したはずです。 先生達はその間の生活費を、借金をしたり貯金をとり崩して賄っているそうです。 そんな中、先月の合同卒業式も役所から予算がおりず、先生達がポケットマネーを出し合ったそう。。。 これが幼児教育の予算削減とか、それでなくても人手不足のいま人員削減につながりませんよう。 理由の如何によらず、先生にとってその長い不払い期間が、良い結果をもたらす前哨であることを祈らずにはいられません。
ジェームが不慮の事故死でこの世を去って3週間あまり、様々なしきたりを精一杯やりこなしているテンモーのおばです。 私に出来ることと言えば、その間の日々を折にふれ写真で残しておいてあげることでした。
彼らの悲しみを癒すすべはいまはないけど、亡き息子のために時には分不相応とさえ思える弔いをしている両親が、いつの日か『精一杯やったんだ』と思える日が来たときのために。。。 今日も写真の一部を届けにいくと、おばは不在でした。夕刻かかってきた電話で、おばはその不在の理由を説明しました。 警察で加害者との話し合いがあったそうです。相手は山岳民族の17歳の少年。無免許、飲酒運転、その上車両保険をかけていなかったそうです。 少年は一命を取り止めたようです。 相手の保護者から提示された保障金は5,000バーツ、日本円で13,000円だそうです。
先日村の小学校の学期末保護者会がありました。 事前に校長に保護者と少し進学率について話をしたいと申し入れてありました。この小学校に通う子ども達のうち、ビルマの難民の殆どの子弟が小学校を最後に学校を去ってしまうのを、なんとかしたいという気持からでした。
でも日雇いで一日120バーツ(300円)の賃金で働いている人々にとり、一日仕事を休むことは、その日は無収入を意味します。 それで、あくまで『ついで』に話が出来ないか、と考えた訳です。 当日、ビルマ難民支援のNGOスタッフを伴って到着すると、食堂を臨時の講堂にした会場は満席の盛況でした。これは校長の人望もさることながら、当日のメインイベントとも言える貯金の返還が控えていたからでしょう。ビルマ移民の大半が銀行口座をもたない中、どの小学校も奨励している『生徒貯金』にことさら熱心な人々です。毎日5-バーツ、10-バーツと貯めていき、学年末には1年分を返還し、生活費や来年度の教育費に充てるそうです。 校長の配慮で、比較的進学率の良いタイ人には先に貯金を返還するべく退席してもらい、タイヤイ、パロング族というビルマ移民に残ってもらいました。その上で彼らの言語を話すスタッフが話しはじめました。 はなし始めると、一人また一人と退席する人々が目立ち、あれほど一杯だった会場に空席が目立ち始めました。待ちに待った貯金を受け取るのを一刻も待てないかのように、各教室へと去っていくのです。当日の議題の『進学奨励』が保護者の関心を引くかなかったかのかと失望を隠せないでいると、しばらくするとまた戻ってくる人々もあらわれました。そんな時でもNGOのスタッフは泰然自若としています。「彼らはそんなものですよ、時間がかかりますよ」と。確かに一朝一夕で彼らの意識を変えるのは無理でしょう。でも小さな一歩にはなったと信じたい。会議後にNGOスタッフが配布したパンフレットやポスターを、先を争うように持って帰った彼らの、意識の片隅に残ったと信じたい。 はあ、道は遠い。
メーオーナイ村民の主要な内職の竹かご作り。 村の保育園の先生に案内されて子ども達の家庭訪問をした時のショット。
![]() その製作工程は、まず村の近辺の森に入って竹を取ってきます。 それを細かく裂き、 ![]() 裂いた竹を天日乾燥し、 ![]() 編む ![]() かごは村やその周辺で栽培される野菜の出荷用に使われます。 全工程を終え、かごが完成した出荷値段は4バーツ(11円)です。 いえ、40バーツでも400バーツでもありません。 一日一人が平均10個完成できるらしいです。 メーオーナイ村はタイ第2の都市と言われるチェンマイから北へ70KMの村です。車の運転の出来ない私でも、公共交通機関を使って週に数回訪問できるぐらい比較的アクセスの良い場所にあります。 つまり村人の生活環境から南へ70KM圏内では日本と同じようにiphoneが特別ではない, Starbucks Coffeeの一杯60バーツを許容範囲とする人々も住んでいます。
『早いもので』、という使い古された言葉をいまさらながらの表現手段にするのは躊躇われるのですが。。。
もう今年も3月、それも中旬になりあと1ヶ月でタイ正月のソンクラン。 その前に学校の長い夏休みの前の行事が控えています。期末テスト結果待ち。 卒業式参列。 それがすむとサマースクール。 がんばって欲しい子供達に来期の奨学金手配。 自分の『こだわり』の勉強も続けて。。。 いい時を過ごせています。 感謝! 早いものであの日から丁度1年。ここチェンマイでも追悼行事が行われています。そして今日はジェームの葬儀が行われた日でもあります。大勢の人が参列してくださいました。16才という若さでこの世を去った彼の無念さ、断腸の思いで見送らねばならなくなった両親の悲しむさまをを見ていると、どうしても去年の今日お亡くなりになられた方々や、そのご家族に思いを重ねざるをえません。
ジェームが昨夜逝きました。
父親に苦渋の決断をさせることもなく、脳死患者がたどると言われる症状をたどって、器械で動かされていた最後の砦とも言うべき心臓が停止しました。 16才と5ヶ月でした。 大病院の今朝の遺体引取り所には遺族とおぼしき方々が集まっていました。私たちと同じように、愛する者を連れ帰るのを待つ人々です。 ジェームは事故死ということで検視解剖が行われているとか。 順番が来て、病院の係り官に身を清められたジェームが用意したお棺に納められました。 若い彼には『一番似合わない場所』と直感的に思った場所に横たわりました。 これから3日間のお通夜を経て、今週土曜日に荼毘に付されるまではジェームと家族だけの時間は望めそうもないようです。 脳死状態という現代医学の進歩が生み出した時間は、家族と逝く人とが向き合うことが許されるためのものでもあるのでしょうか。 少なくともおばは事態を認めようとし、非日常であろうが対処せねばという気力が湧いてきているように思えます。そうすることで彼女の精神のバランスを保とうとしています。 それでも、彼女の愛した息子は愛や智を打ち負かした『肉』ゆえに暴力的に連れ去られてしまった、その現実を受け入れられるのはまだまだ時間がかかるでしょう。 一方、家に帰るジェームを見送ったわたしは、急ぎでもない翻訳作業に没頭しようとしています。
テンモーのいとこ、おばの長男ジェームが脳死と宣告されてしまいました。先週金曜日の夜、アルバイトの職場へ急ぐ途中のオートバイ同士の衝突です。
ジェーム16才、相手の男の子は17才。相手も同じ病院のICUに収容されています。双方共ノーヘルであったことが何とも悔やまれる重大な事態を引き起こしてしまいました。 あの日以来つきっきりの両親にきょう、医師からこれ以上の延命治療は本人を苦しめるだけだから生命維持装置を外すという話がありました。泣き疲れたかのようなおばは医師の言葉を受け入れるかのようでしたが、おじは断固として同意書へのサインを拒みました。 現実を受け入れるのを拒否するがごとくICUには一度入ったきりのおじは、私たちが報告する器械がはじきだす数字に一喜一憂をしていましたが、医師の申し出に「もう1週間、2・3日でもいいから様子を見させて欲しい」と懇願し、「ジェームが自然に逝くのならまだしも、親としてそんな決断は出来ない」と言ったそうです。 その後駆けつけた私には「誰が諦めても父親と母親は最後まで諦めてはいけない。連れて帰れるようになったら家で面倒をみる」と言いました。 私の知る限りおじはテンモーを溺愛してはいても、実子であるジェームと次男には本当に厳しく当たる人でした。体罰は勿論のこと、愛情表現は全くと言っていいほどなく、子ども達は父親はテンモーだけを愛していると常々言っていたほどでした。それでもぐれもせず育ってきたのはおばの姿を見てきたからでしょう。 人目につかないように隠れて泣いているいまのおじの姿は、意外であると同時に心を衝かれます。結局愛情表現が人一倍下手な人だったのでしょうか。父親とはそういうものなのでしょうか。ジェームがこのことを知ったらどれほど喜ぶでしょう、いやとまどって照れるかな。 今日、所用で出かけたショッピングセンターで見かけた若者達、家族連れ。ジェームは16才で死んではいけないとつくづく思いました。まだ人生のホンの入り口に差しかかったばかりだというのに。。
昨日3月1日は去年からの苦労(?)が晴れて実を結ぶ日でした。村の小学校支援のきっかけになったとも言える学習センターの完成披露が行われたのです。
式典に間に合うためにいつもよりずっと早いバスに乗るべく、早朝5時起床で会場に駆けつけました。学校では会場の最後の仕上げのためすでに先生や生徒たちが立ち働いていました。 「よし、写真を撮っておこう」とカメラを構えると、まさかの『カードがありません』の表示がでました。そう、前々日に撮った映像をPCに取り込んだ際に差し込んだままにしてしまったのです(泣)。 写真はカメラ班の先生にCDに焼いてもらうことにしたものの、肝心なときのこの有様は私らしいと言えば言えるかも。。 がっかりです。 それはさて置いてセンターは多くの方々のご支援をいただいて、去年7月に見た廃墟のような建物から見事に立派な学習センターに生まれ変わりました。今後このセンターをどのように活用していってくれるのかは、先生や生徒たちのモティーベーションとやる気にかかっているのですが、いまは、これほど早くに完成させられるとは思ってもいなかったことが出来た達成感にひたっているところです。 生徒の保護者たちによる園内の通路作り ![]() ![]() (式典の様子はCDが手に入り次第アップします)
毎年この時期になるとチェンマイのブローガーさんたちの記事に必ずと言っていいほど取り上げられる『煙害』が今年も被害を広げています。
普段なら私のアパートからもくっきりと見える筈のステープ山の稜線が、この一週間ほどは一日中見えない日々が続いています ![]() 盆地に位置するゆえのチェンマイや周辺の都市が抱えるこの問題は、焼畑農業や排気ガスに起因するそうです。 排気ガスは何もこの時期に限ったことではないのでやはり山焼きの煙が最大の原因なのでしょう。 健康被害は勿論のこと、自然災害も引き起こしかねないこの農法は、もちろん経済的な収益を期待してのことですが、関係官庁がやっきになって禁止してもいっこうに改善の気配がありません。 自然被害と言えば、村の保育園の子どものうち2人の父親が服役中でその理由は森林保護区の樹木を伐採したからと聞きました。チーク材が高値で売れるためその木を狙っての不法伐採が頻発しているそうです。 捕まれば木1本につき100,000バーツの罰金あるいは1年の懲役刑だそうです。日当200バーツ以下で働いている人々が1本あたり100,000バーツの現金など当然用意できるわけがなく、服役を余儀なくされているそうです。 煙害と言い、不法伐採と言い自然資源を生活の糧にしてきた人々に環境保全の大切さを認識してもらうには、人々の生活がたちいくような新たな経済的自立支援となる代替案が必要不可欠であると思うのです。
先日ある日本人の方と話していると貸金庫の話題になりました。
私には今までの人生を通して縁がなかった物だし、これからもその可能性はゼロに近いのは明白ですが、「まあ何でも知っていて損はない」とボランティアでお手伝いすることにしました。 その結果としては目出度たく借りることが出来ました。そしてこんなことでもどなたかのお役に立つかもと思い、書きとめておきます。 1.チェンマイ市内であれば外国人にも人気のバンコック銀行にはあるだろうと行ってみましたがす べて貸し出し済みでサイアム商業銀行ならあるだろうと紹介されました。 2.するとサイアム商業銀行のターペー支店のみにあり、サイズは大・中・小がありますが、現在一番 大きなサイズは全て貸し出し済みとのことでした。 3.料金は中で年間3千バーツ、小であれば2千500バーツです。その他に鍵の保証料3千500バーツ と合算金額の7%の消費税を支払います。 4.銀行に口座がなければ開設の必要があり、その最低預け入れ金額は500バーツ、それにATMカー ドが必要であれば499バーツプラスされます。 5.必要書類はパスポートのコピー、住所登録票(タビアンバーン)のコピー。後者が無ければタイ 人の親戚・知人のものでも良い。 タビアンバーンについては必要とは知らず引き返すことになりました。その方は家を購入したが完成まではまだしばらく時間がかかるとのことで私のタイ人の友人に頼むことにしました。つまり私のように賃貸アパート住まいでは住所登録も難しく、それなしでは今回のような手続きは無理かも知れません。 大金庫の中への入り方や内部の構造はテレビや映画で見たものとソックリ。個人的にはまた一つ変わった経験をしたなーということにつきます。
NHKの『世界ふれあい街歩き』は好きな番組の一つです。今週も楽しみにしていたのですが、嬉しいことにランパーンが取り上げられていました。ランパーンはチェンマイからは東へ100kmぐらいの地方都市です。
番組に登場する街の人々の自然なフレンドリーさはきっと観る人の印象に残ったでしょう。声をかけられる人たちの皆が皆てらいもなく普通に笑顔で答えている。普段私が出会うタイ人そのものの人たちが映しだされていました。 こうして見るとタイ人ってやっぱり『人たらしやなー』。深くつきあうと色々(お互い)あっても、とっかかりは最高の人たちと再認識させられた次第。
チェンマイ長期滞在者の方の中には朝夕トラックの荷台にギュウギュウ詰めで乗っている人たちを見たことがある人もいらっしゃるでしょう。
この人たちの殆どがビルマからの労働者で、いまやタイ人がやらなくなった『きつい・汚い・安い』建築現場等の仕事に従事しています。これが農村部になると地元の農家の田や畑仕事に雇われている人達になります。 ↓ メーオーナイ村付近で収穫後のにんにく出荷のために働く女性達 ![]() ↓ これらの女性の賃金は1日120バーツ(350円) ![]() それに関連してビルマ(ミャンマー)の移民・難民労働者のタイ政府の受け入れ条件が最近改定されたとのことで、私もネットワークの一員になっているそれらの労働者の人々の支援をしている財団が主催する定例ミーティングに参加し、その詳細を聞いて来ましたのでその概略を下記しておきます。 •2012年2月28日までに正規な申請書を提出した者の中から90万人に対し労働許可書が与えられる。 •申請書類にはビルマのパスポートも含まれるが未所持者はタイとの国境に接するタチレクを含む4箇所で手続きが出来る。 •その手続きのためのエージェントがあり、通常はそこを使って一連の手続きをするが、その手数料は4,800バーツ。 •2012年6月14日までには許可等の一連の手続きを完了する。 •費用: タイビザ(2年間有効)500バーツ、労働許可書(1年)1,000バーツ、健康診断(年一回)600バーツ、健康保険加入料(年間)1,300バーツ 合計3,400バーツ。 •この他にパスポート未所持者は高額なパスポート作成費用をビルマ政府に支払う。 上記の条件について少し考えてみました。まず90万人という数字ですが、200万人とも300万人とも言われるビルマからの移民・難民の人数を考えると少ないようにも思われますが、これには帯同している子どもの数は含まれておらず妥当な線かもという気もします。 これらの人々は言葉の関係でエージェントを使わざるを得ないでしょうが、使わずに手続きが出来た場合でも、当座の最低費用3,400バーツ(8,500円)はビルマ人労働者にとり1ヶ月の給料に等しいぐらいの大金です。チェンマイの現在の最低賃金は一日171バーツ(500円弱)ですが、これらの人々はさらに低い賃金で働いているのが現実だからです。 さらに毎月の社会保険料(給与の10%)はタイでの保証人でもある雇用主と折半ですが、これを嫌う雇用主がいれば、全額負担ということもありえます。 そしてもしこれらの手続きをしない(出来ない)人が6月14日以降警察等に取り調べられることになったら強制送還になるそうです。 HIVに感染しているあの赤ん坊の母親などはこのケースになってしまうのでしょう。 いまやタイにとってもなくてはならない労働力になった人々ですが、その労働条件はまだまだ厳しいものがあります。
支援先のメーオーナイ小学校の運動会に行って来ました。タイの学校の運動会は直訳すれば『色のスポーツ大会』と呼ばれます。学年の垣根を越えて赤・青・緑・オレンジ等のグループを作り、グループ間で競技の勝敗を決めるのです。
![]() 前職に就いていたときにも子ども達の小学校主催の運動会に行ったことはありましたが、今回のは力の入れ方が違います。 午前は子どもの部、午後は大人の部というのは一緒ですが、午前中からの父兄の興奮振りは子どもそっちのけという感じ。チアガール(?)たちは競技中だけではなく休憩時間中も音楽に合わせて踊る・踊る。 ![]() ![]() その競技はというと、徒競走のみ。走る・走る、ただただ走る。それでも十分に興奮している観客に校長や村長がディスクジョッキーになり実況中継や「○日は共同作業ですよー」と村人への伝達事項をがなりたてたりする。校庭の一角では酒盛りをしている一団もいる。 ![]() 村人総出の運動会はこの村のコミュニティーにとって大事な親交の場なんだとつくづく感じさせられた次第。日々の憂さを忘れて皆が笑っている、そして本気で楽しんでいる人々の中に居れた良い一日だったなー。
テンモー7才は本来なら小学校一年生のはずですが彼女の障がいゆえに受け入れてくれる学校もなく、やっとのことで見つけた無認可保育園でお世話になっています。
月曜日から土曜日の朝7時半から夕方6時まで預かってくれているその施設は、テンモーの成長と共に日々対処しなければいけないニーズの一番大きな部分を担ってくれています。 テンモーは幸せなことに叔母の家族に受け入れられて来ました。タイでは国ではなく民間主導の重度障がい者のための対策、いまの日本では想像もつかない後手後手の対応。そんな環境にあっても彼女は常に家族から阻害されることなく暮らして来れました。 ![]() テンモーのおばが本気で働きだしたのは彼女の息子達ためだけではなく、テンモーを養うことに(あの)おじに気兼ねをしたくないという想いもあります。 長男・次男が未成年で結婚したり同棲したりということもサラリと受け流している(かのように見える)おばの強さ。次男の中学3年生の『嫁』を進学させようとしている『優しさ』。それでいて大勢の人をひきつける彼女はまさしくタイの『肝っ玉母さん』です。
長い間チェンマイのボランティア事情をアップデートしていませんでした。
ボランティアを志望する場合一般的には長期間可能あるいは専門知識がある人が優先されますが、短期間でも受け入れている処の一つにチェンマイの公立児童養護施設ビィアンピンホームがあります。内容はホームの子ども達と一緒に遊んだり、全般的な世話をすることが主です。 先日このホームのスタッフと話す機会があり、最近の状況が分かりましたので下記しておきます。 • ボランティア志願者はビアンピンホームの'How to Help’ から申請書をダウンロードする。 • 申請方法はメール、ファックスあるいは本人持参。 • メール・ファックスで申請した場合はその可否を後日ホームに問い合わせること(ホームからの連絡はありません)。 • 許可された場合はパスポートの顔写真があるページとビザのページのコピーを提出。 • 期間は原則的に最長4週間。それ以上の場合は要相談。 ただし2012年2月現在では多数のホームの子ども達が里親やNGOに引き取られ通常のおよそ半分の人数になっている上、ヨーロッパからの学生ボランティア20人が5月まで研修中のため、新規ボランティアの受け入れは原則していないそうです。 それ以降であれば可能でしょうし、ホームへの交通の便も良いのでボランティア斡旋エージェントに頼まず自力でチャレンジしてみたいという人にも良い施設ではないでしょうか。
テンモーの叔母からの電話でタンブン(喜捨)があるので来ないかと誘われました。
何のためのタンブンなのか要領を得ないまま1ヶ月ぶりにテンモー宅を訪れると、庭に椅子やテーブルが置かれ、食事の用意もしてあります。聞くと近所のお寺の改装が終わり檀家衆が寄付を集めて明日・明後日と持って行くそうです。 そのために付近の隣組が集まってのお祝いで、今回はおば宅が回りもちの順番にあたり終日の『飲めや歌えや』の会場となったのです。 おばの家は郊外にあるということも関係するのでしょうが、一般的にタイ人はこういった行事には関心するほど熱心で、普段は「お金がない」と言っている人たちも気前よくタンブンしています。その分をいま生きている子ども達のために学校や保育園へ目を向けて欲しいという先生達の願いとは裏腹に、村で一番立派でピカピカなのはお寺というのがとおり相場です。 おば・おじはおろか、長男や次男の14歳の婚約者、家族全員総出で準備しているのを横目でみながらも先生側の私の財布は開かずじまい。
昨日『セブンイレブン』に健康保険料の振込みに行きました。この保険は前職を辞してからも本人が継続して支払えばその権利を維持できるということで継続しているものです。
日本にいた時も退職後に厚生年金保険の同じ制度を利用したのですが、企業側の分も個人で負担するということで、かなりの高額であったと記憶しています。 それに比べるとこちらの社会保険制度は信じられないような太っ腹の大盤振る舞いで、その詳細をご参考までに下記します。 •在職中の保険料は給与総額の5%、ただし上限があり月750バーツまで(1、875円)。 •退職後6ヶ月間は保険料の支払い不要のまま被保険者の権利を継続できる。 •6ヶ月を経過した時点で任意継続をしたければ申請し、その保険料は月432バーツ(約1,100円)。 •この保険での診察・薬代は無料。 •入院・加療とも無料(入院を経験したことはないのですがその筈です) •失業保険は退職理由のいかんにより、3ヶ月か6ヶ月分を月15,000バーツを上限として支給。 •55才以上の場合は失業保険ではなく、退職一時金が保険加入期間に応じて支給される。 病気になった場合この保険を使える病院はあらかじめ登録した公立、あるいは私立の病院でだけということになりますが、もし重篤な症状の場合その病院がさらに高度治療を提供できる病院に転院させた場合も同じ条件で治療が受けられます。 月432バーツでそこまでしていただけるなんて!、それでは宝くじに当たったようなものではないかと、常々思っていたのですが。。 昨日の支払いの際にはそのコンビニの店員に「ハイ、240バーツです」と言われました。 まさかお年玉でもないだろうに何故に安くなる!? 権利を打ち切られるのか?? それとも去年の年収ゼロゆえの措置なのか??? 200バーツほど安いことを喜ぶ以前に額の変更を不安に思った私はその場では支払いをせず別の店舗でもう一度試してみると店を出ました。 そして今日、買い物がてら立ち寄った別のコンビニでも同じことを言われ、それではと一旦支払いをした後調べたネットには、2012年1月から6月までは240バーツ、そして7月から12月までは336バーツとの公示がありました。 そうです、社会保険料が暫定的に値下げされたのです。それで思い出したのは在職中にも同じようなことがあったと言うこと。その理由は忘れてしまいましたが、今回の処置は恐らく去年の大洪水の影響を慮ってのことではと思います。被保険者の負担を少しでも軽減しようと。 ちなみに保険料の算定基準ですが、4800バーツx9%=432バーツ、それが6月までは5%、そして7月以降12月までは7%ということらしいです。さらに元の4800バーツの根拠はおそらく一日当たり最低賃金を基準とした月収換算ではないでしょうか。いずれにしろ日本人にとっては信じられないような安さです。 外国人労働者であっても手続きさえ踏めばタイ国民と同じ条件で権利を享受できるなんて、一時期働いて所得税を納めていただけなのに生涯その権利を付与してもらった上、それでなくても安い保険料をさらに安くして貰えるなんて。。 太っ腹の大盤振る舞いはありがたくお受けするとしても、自分のためにもそのオファーを出来るだけ実際に利用しないですむよう心がけねば。
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