母親、三者三様 (3)

児童擁護施設と寄宿舎の大きな違いは、後者が学業の継続のために便宜を図る機関であること。そして前者は健全な扶養が難しい環境に置かれた児童の保護のための機関であるということは周知の事実です。しかしタイではその境界が曖昧な場合が多く、特に政府系の寄宿学校では児童養護施設の役割の一端を担っているとも言えます。


私の前職は児童擁護施設の責任者でしたが、その施設のもつ役割柄、児童の受け入ればかりでなく、保護者と暮らすのが適切と判断された場合は家庭に戻すという役割もありました。そこが寄宿舎とは大きく異なる点だと思います。

そのためには常に家族状況の把握が大きなウェイトを占めていました。 父兄が帰してくれと言って来ても、子どもが寂しがって帰りたがっても、それだけを判断材料にするのではなく、総合的な判断を求められる難しい作業でしたが、正直言って最後は「うまく行ってくれ」と半分祈るような気持で帰宅に同意した子どもたちもいます。


そんな子どもの一人Fongに最近再会しました。3年前に母親に引き取られたときは、まだ小学四年生。母親は寄宿学校に通っていたFongの姉を不慮の事件で亡くしたばかりでした。 たった一人残った子どもであるFongと一緒に暮らすことを決意した母親はチェンマイ郊外の市場でアクセサリー用品を売り生計を立てていました。

Fongが施設に引き取られたころは一日100バーツで木工場に雇われていたことを思うと、随分生活が安定したようにも見え、そして事情が事情だけに帰宅を許可しました。


そして3年後のいま、Fongは中学1年生になっていました。再会したFongは随分体格がよくなって、最初は見違えたほどでした。でも話してみると、やっぱりあのおっとりと可愛らしい少年のままです。

母親はいまも同じ市場で店を開けていました。生活も安定しているのでしょう、母親自身も随分身奇麗になっていました。いまも親子二人で助け合って生活しているのだそうです。


同じように施設に居たあと、家族と暮らした始めたのは良いが、また目まぐるしい環境の変化にさらされている子どもたちを見てきた目には、この親子との再会は、施設で保護したことがいまの二人の生活基盤を築く一助になったのだと、本当に嬉しくなりました。

それが『普通』だと思うにはあまりにも紆余曲折を見すぎたせいかもしれません。
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by karihaha | 2013-10-02 01:20 | ブログ | Comments(0)
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