もう一度

先週になりますが、チェンマイから北へ100kmほどの携帯の電波も飛ばないような学校へ出かけました。この学校は周辺の山岳少数民族ラフ族の子女が通っています。幼稚園から中学3年生まで250人あまりの児童・生徒のうち、60人余りは併設の寄宿舎で寝泊りしています。

この学校へ行くことになったのは、前職で預かっていた子どもの一人、アーティットを訪ねるためでした。彼は住む村に近い学校へ通わせたいという母親の強い希望で3年前に財団を離れ、この寄宿学校で勉強しつつ、週末には自宅に帰るという生活をしている筈でした。

当時、私たちとしては軽い学習障害のある彼の将来を考えると、それ相応の職業訓練をする機会のあるチェンマイの方が良いのではと引き止めたのですが、まだ幼かった彼は母恋しさ一心で村へ帰って行きました。


3年ぶりに会う彼はそのまま行けば中学1年生になっているはずでした。しかしやっとのことでたどり着いたその学校にはアーティットの姿はありませんでした。先生によると、小学校6年課程を終えたあと学校に来なくなったというのです。学校としてもそんな事象は日常茶飯事で、問題ではあるが有効な手を打てぬままだと言います。そんな子どもは結婚したり、親の仕事を手伝ったりしながら結局親同様に、奥深い山に囲まれた、世間からは孤立した集落で一生を過ごすのです。

半ば予想していたこととは言え、正直がっかりしました。折角出会ったのに、学習障害があるからこそ将来が心配だったのに。 アーティットの村は電話の電波も殆ど届かないところではあっても、一縷の望みを抱いて村からの生徒に私の電話番号を託しました。


すると、翌日彼から電話があったのです! 電波が悪い中ようやく分かったのは、小学校を卒業した後中学にも1週間ほど通ったが、中学部では昼食が出ず、辞めてしまったということです。

この学校の寄宿生たちは金曜日の放課後自宅へ帰り、日曜日の夕刻戻ってくるというルーティンです。そのため、往復の車代と一週間分の小遣いが必要です。中学は昼食が出ないというのはもう一度確認せねばなりませんが、いずれにしろ金銭的に困って学業を断念したようです。

「もし奨学金が出たらもう一度学校に戻ってくる?」と聞くと、力強い声で「行きたい」と言いました。そうなればもう今年度は無理でしょうが、来年度に一年生として再び受け入れて貰えるかもう一度学校に話に行かねばなりません。たとえ学習障害があるにしても、少なくとも義務教育を終了していれば彼にあった将来を模索する道も開けるでしょう。


その翌日再び彼から電話がありました。前日は話の途中で通話が切れたのを、電波がつながるのを待って掛け直して来てくれたのでしょう。こんなことからも彼の本気度が分かります。何とかしてあげねばとこちらも力が入ります。
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by karihaha | 2013-11-15 20:07 | ブログ | Comments(0)
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