やっと会えた

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難航していたAhtitとの再会がやっと実現しました。前もってチェンマイに来るように言っていたのですが、前日の夜に「明日行きます」と電話がありました。

住んでいる場所が場所だけに、具体的な約束の時間が決められず、午前中という漠然とした約束でしたが、当日は朝早くから起きだし、いつ電話がかかって来てもいいように身支度を整えて待っていると、「もう少しで着きます」と電話があり、今回は本当に会えるのだと嬉しさと安堵感で一杯に。これも前回経験したガッカリ感が少なからず影響しているのでしょう。


3年ぶりに会ったAhtitは覚えていた少年のイメージを拭い去り、青年と言ってもいいくらいぐら成長していました。失敗したり、恥ずかしがったときは決まって頭をかいていた少年は、日ごろの家業の厳しさを表すように、やせて日焼けした青年の姿を見せていました。

でも一旦話し始めると、やはり昔私が知っていた純朴なAhtitの片鱗を見せてくれます。今回は四歳違いの姉も同行してきているので、2人から家庭環境やこれからのことを聞きだすことができました。


学校に関してはやはり中学1年生を再度やり直す意思があるのですが、今回も私が必要な書類に記入するように言うと、「あまり字が書けない」と言います。彼はLD(学習障がい者)なのです。いまは15歳で2年ほど同級生とは年が離れていますが、来年進学するとなると3年遅れることになります。ただこのことは山間少数民族にとっては珍しいことではないのですが、LDのハンディキャップは否定しようがありません。まあ、学校のことは来年の新年度までまだ半年ほどあるので、一度一緒に学校に行ってみようということになりました。

一方家業は農業でいまはトウモロコシ栽培をしています。その他に家族の食用に山のお米(うるち米に似た品種)を2ライ(1000坪足らず)の土地に母親、姉、本人の3人で耕しています。ただ頼みの綱のトウモロコシは今年の買い付け値段が非常に悪く、借金して買った種や肥料代を除くと、1万バーツ(3万円)になるかどうかということらしいです。これで家族3人が1年食いつながなければいけないのです。

今回チェンマイに来たのも近所の人に交通費を借りてきた。電気は通っておらず、ご飯とわずかなおかずの夕食後は寝るだけ。頼りの綱のモーターバイクは故障して、いまは畑へ徒歩1時間かけて通っている。養豚しようと子豚を飼い始めたが、大きくなる前に食べてしまった等々、都会に住む人間には恐らく一日たりとも我慢できないような生活が、あの60家族の部落では今も続けられているのですが、そのことに関しては彼らの昔ながらの伝統として尊重しなければいけないと思っています。

でも何と言っても収入が少なすぎる。一過性の現金支援ではなく、継続的に収益が期待できる支援の形を考えようと思っています。とりあえずは一度村に行って村長さんと話さなければいけないのですが、姉によると来月はLahu族のお正月があり、村人が盛大に祝うとか、それに合わせて行くのが一番かなと思っています。
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by karihaha | 2013-12-07 18:13 | ブログ | Comments(0)
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