「やっぱり」
昨夕帰りがけに、心密かにお別れした女児のベッドには、別の赤ん坊が横たわっていた。 重い肝臓疾患で、1才の短い命を閉じたその女児にずっと付き添っていた父親が、2ヶ月ぶりに帰宅をしたその日の出来事だった。 彼女には泣いていた記憶しかない。父親の愛だけを信じ、他の誰をも拒否しているかのようなその小さな身体には、深刻な黄疸症状が見られ、点滴を支える棒にはいつも何種類もの輸液がぶら下がっていた。 父親と目を合わせるたびに、「よくない」と目配せをしたものだ。 しかし、この数日は、そんな泣き顔を見せることもなく、まるでお地蔵さまのように、静かに横たわっていた。 急に出現した身体のむくみが、誰の目にも彼女の死期が近いことを感じさせた。 なぜそんなときに帰ってしまったのだろう。 夕刻、様子を見ていると、もうすでに重態患者特有の息遣いをしている。まるで陸に上げられた魚があえいでいるような。 その浮腫の進んだ小さな手を握り、ゆっくりさする。彼女が始めて私を拒否しなかった瞬間だった。 すると、息が少し落ち着き、鼻腔の動きも緩やかになった。 しかし手当ての甲斐なく、昨夜9時に亡くなったという。 父親が数人の男性を伴ってやってきた。訃報を聞いてとんぼ返りしてきたのだろう。 「たった2日ほど用事を足しに行くつもりだけだったのに」 愛し子の死に目を看取れなかった、その慙愧に耐えない気持が、目を真っ赤に泣き腫らした彼の様相をすっかり変わらせている。 父親の不在を敏感に感じた幼な子と、2ヶ月間つきっきりの看病をした父親。 この父娘の運命を規定の事実と呑みこんで、病棟の一日がまた始まった。
by karihaha
| 2005-06-24 09:32
| 小児病棟から
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