柱の一本でも。。

先週に引き続き、今日も新しい保育園舎の件でチェンダオへ。

この件に関してはこの一年、ヌット先生を始めとして先生方のスタディーツアーやその他の機関からの寄付を募る努力を尊重しつつ、あえて傍観者の立場をとっていました。何かあればお手伝いしようという気持はあっても、主導権はあくまで先生や所轄機関である郡・村であるのが自然だと思ったのです。

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でもお寺からは立ち退きを迫られていながら、まだ50%しか完成していない設備では、いよいよお尻に火がついた状態になり、見るに見かねるという事態になったと言う訳です。今週からは年中・年長の子どもたちは新しい建物に。そして年少児たちは何とか頼み込んだ末、2棟目が完成するまでは旧園舎にいられることになりました。 でもそれも来週一杯が期限です。

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今日行ってみると、子どもたちの父兄が10人ほど無償での作業をしていました。ヌット先生の要請で、父兄が持ち回りで単純作業を手伝っているのです。彼らは普段でも農作業や建設現場などで働いていますから、ある意味このような作業はお手のものでしょうが、一刻の猶予もならない、でも子どものためという気持が強く伝わってきます。

3月中旬に予定されている仏舎利塔完成法要の準備に忙しいお寺にも行ってみました。まず驚いたのは寺の入り口に新たに設営された巨大な大木です。いままでのブロック積みの門が取り壊され、それら大木が左右に四本づつ並び、門柱を形成しているのです。

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仏舎利塔と言い、この門柱と言いいくらお金がかかっているのかしら? ヌット先生によると全て村人の寄付でまかなわれたとか。

「。。。。。」

タイ人の信仰心には目を見張るものがありますが、あまりにも対照的なこの2つのプロジェクトに言葉を失っていると、「その大木の1本分でも寄付に回してくれたら」というヌット先生の言葉に、タイ人でも同じことを考えるのだと、ちょっと救いを感じたりもしました。



「いままで集まった寄付を毎日書いて貼りだしているんだよね。このあいだの落成式で集まった分も氏名と金額を。村長は四十バーツ(120円)、村の役員の一人も同じ額って。すべてそのまま書いたら、その2人が飛んできて公表するんだったら何で前もって言ってくれなかったんだ、と言って300バーツずつ置いていったわ」。

ヌット先生、なかなかやります(笑)。
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by karihaha | 2014-03-06 01:18 | ブログ | Comments(0)
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