家庭訪問

早いものでもう12月。 10月末から始まった各学校の2学期も1ヶ月が経過しています。

この間、いつものことながら奨学金を授与している生徒や学生たちの前期の成績表や、授与した奨学金の使い道の報告、そして近況を知るため家庭や学校を訪問することになります。 大半の子供たちはこれ以外にも頻繁に会う機会があるので、この時期は主に先生や保護者との面談が重きを占めます。

25人いる奨学生をフォローするとなると中々大変で、特に公共交通機関に頼らなければならないとなると、一人に一日掛かりということも珍しくありません。 もう少し効率よく、例えば生徒と共に先生や保護者に日にちを決めて一箇所に出向いてもらうことも考えないでもないのですが、そうなると『奨学金』というお金だけのつながりになるのではと危惧しないでもありません。

手間は掛かっても、実際に家庭や学校を訪問することで、自分の目で家庭状況を判断したり、担任以外の先生やクラスメートと話すことができ、そのメリットを捨てがたく感じてしまうのです。


そんな生徒の一人に小学校1年生のKがいます。 父親はHIV感染で働けず、同居する祖父母が男の子ばかりの他の3人の孫を合わせて全員の面倒をみています。 奨学金を授与しだしたきっかけは知人からの依頼だったのですが、彼女との連絡も取れなくなり、今後継続するか迷った結果、「とりあえずはもう一度祖父母と話しを」と2度学校訪問し本人に電話番号を託したにも関わらずナシのつぶて。 3度目の正直とばかりに終業時にKを学校に迎えに行き、一緒に帰ることにしました。

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着いた家はチェンマイのスラム街の一角です。 家の前はドブ川が流れお世辞にも清潔な環境とは言えません。 祖父母は家にいました。 電話をしなかった理由は、祖父は毎日仕事が忙しくて、そして祖母は字の読み書きが出来なくてというものでした。 つっこみどころ満載の言い訳ですが、タイ人のメンタリティーを少しは知っているいまとなっては、そこを攻めても無駄というのを分かっています。 まあ、とりあえずは相手の電話番号も分かったので、これからは少しは連絡がとりやすくなっただけでも良しとしなければなりません。


自宅には聞いていた家族以外に青年2人がいました。 親戚で、たまたま遊びに来ているとのことでしたが、部屋を見渡すと何本ものビールや焼酎のビンがきれいに並べられてありました。 確かに祖父母は廃品回収もしていますが、これはどうも自分たちが飲んだもののような気がします。「そんなお金があるんだったら授業料を払ったらどう」と言いたい気持を抑えて家を出ました。

たまたま訪問していた親戚と飲んだものかもしれないし、70歳になろうという祖父が夜警や廃品回収をしながら一人で孫四人と病気の息子の家計を支えていることを考えると、そのぐらいの楽しみは、と思ってしまいます。でも子供にとっては好い環境ではないことは確かで、そのことを知っただけでも、やっぱり家庭訪問のメリットはあると思うのです。
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by karihaha | 2014-12-02 19:49 | ブログ | Comments(0)
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