テンのベッドは病棟の一番奥の窓際という特等席だ。窓からは、チェンマイ市街が見渡せる。
下を見ると、人が大勢ビルを出入りしている。さらに建築中のビルも見える。まさしく巨大病院。
私は今日もラップトップを持ち込み、翻訳や書き物をすることにした。でも、昨日に比べると、筆があまりはかどらない。テンが全然ミルクを飲めないためだ。
哺乳瓶をくわえるのだが、上手く吸えない。咬むようなしぐさをするが、ミルクが出てこないため苛立って泣く。手術前はあれほど上手に飲めていたのに。手術でどこかの神経を痛めてしまったのかと、真剣に心配になる。
手術前からの点滴をいまもずっと続けているので、空腹感はあまりないそうだが、このまま吸えなかったら、チューブ補食ということになるのだろうか。
泣くときも今までにはなかったような大声で、涙をポロポロ流している。その姿を見ていると、もらい泣きしてしまう私。
「もうイヤだよー」とでも言っているように。
そんな日々に一筋の光があたったような出来事。テン8ヶ月半。下歯茎に小さくて、白い乳歯が2本、少し頭を見せはじめた。
病気のテンした見たことがない目には、その‘普通’の成長の証は、どこか真珠のような、神秘的なものに見える。