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2016年の風景です

1か月間もブログ投稿を休んだかと思えば、連日のエントリー。 我ながらその気まぐれを少々反省しないでもありません。

さて、今月もいつも通りチェンダオ周辺の支援先に行きました。 山岳少数民族の保育園3か所、脳性マヒの少女とその一家、90才超えの老人とその軽度の知的障がいのある娘宅、チェンダオ高校の奨学生、小さな児童養護施設等々、1日で回るためいつも駆け足になってしまいます。

それでも短い時間とは言え、1か月間の変化を聞けたり、様子が分かるので一・二か所はスキップしてしまえ、という訳にはいかないのです。

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今日はまず、そんな一日で会ったBuuの住む集落のこと。 この写真いかにも戦後の日本のような風情がありませんか?特に写真がピンボケですものね。

いえいえ2016年11月のチェンダオの一集落です。いつも私が来たと察すると、お菓子がもらえるとわらわらと集まってくる子供たち。 年齢的には学齢期の子も多いのですが、平日のあの日も自宅にいたようです。

彼らは首長族として有名な少数民族パロン族です。パロンと言っても首は長くはありませんが。 ビルマから経済難民としてわたってきて、チェンダオの片隅にタイ人から日雇い仕事を貰いながら住みついています。

Buuとは彼女が半年に満たないときから支援をしているので、この集落を知ってからもう5年半になりますが、人の入れ替わりはあっても、生活レベルは変わっていません。 

毎回「学校に行きなさい」と口を酸っぱくして言ってはいるのですが、村の小学校の体制や、父兄の意識がそれを阻んでいます。 国籍もなく、教育もない。 今後のことを考えると無力感を感じざるを得ません。

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そしてチェンダオ高校3年生のMadrod。 リス族の彼女もパロンの集落と同じようなレベルの生活をしていますが、少なくとも学業は続けていて、今年は20歳になりました。来年はいよいよ大学受験ですが、成績優秀で当地の国立大学、チェンマイ大学の教育課程を履修し、将来は教師を目指しています。

前回会ったときには思いがけず、彼女作の素晴らしい額入りの絵をプレゼントしてくれました。そんな才能があったとは知らず、心から嬉しかったです。本人はタイ語の教師が第一志望ですが、美術でも十分やっていけると思います。


リス族は昔からタイ北部に住み着いているため、タイ社会への同化も進んでいるゆえ、教育の大切さを周知しているのかもしれません。でもパロン族、特に支援先の集落などはここ10年前ぐらいに移り住んできたゆえ、タイ側の対応の欠如とともに、彼らの意識自体がタイ社会に追いついていないのです。


あの集落からはいつになったらMadrodのような学生が生まれるのでしょうか?

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by karihaha | 2016-11-28 19:36 | ブログ | Comments(0)
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