タイヤイ族の

先週のこと。 いつものように恒例のチェンダオの支援先訪問をしました。 まずは大量の物資を買い込み、一軒一軒サンタクロースのように配り歩きました。

その作業が終わった最後に、フト思い出した用件があり、久しく会っていないシン校長のところに寄ってみることにしました。シン校長は6年前から支援をスタートしたメーオーナイ村で当時の小学校長だった人です。 その後は別の学校に転勤になりましたが、いまも交流が続いています。


その用件というのは、10日ほど前に見た校長のFB(フェースブック)の記事の内容についてです。

『在籍中の小学生がガンにかかり、児童・生徒と職員が集めたお金を本人と父兄に渡した」という記事でした。 写真にはマスクをした少年と父兄も写っていました。 


久しぶりのあいさつのあと、その件を聞いてみると、写真に写っていた少年は小学校3年生。悪性肉腫で、いまは退院し祖母宅で療養中とのこと。 そして驚いたことに学校にはもう一人のがん患者がいて、その少年は小学校1年生で白血病のため、いまもS公立病院に入院中とのことです。

後者の少年家族はビルマの経済難民でタイヤイ族。タイ国籍がないため、健康保険資格もなく全ての治療での実費をよぎなくされています。


一面識もない子どもとは言え、何か出来ることはないかと、数日後の日曜日に入院先の病院に訪ねていきました。

まずは看護師に大体の状況を聞き、そのあとは付き添っている母親と話しました。

『父母は日雇いで、ある仕事はなんでもしている。 日給は父が250バーツ(750円)、母が150バーツ(450円)。家族は父母の他は5人の子どもがおり、入院中の少年は末っ子。上の4人はシン校長の学校(小・中一貫校)で勉強している。 入院以来母はずっと少年に付き添っているので、1人分の収入が断たれている。お金がなくなったので、夫に電話しているが、電話をとらない。 見舞いにも来ない』

所持金を聞くと、50バーツ(150円)。 これでは治療費などは夢のまた夢というのは明らかです。

本人にも会ってみると、いかにも利発そうな少年です。 『シン校長の友だちだよ』と言うと、『学校に行きましたか?』と聞きます。 小学校1年入学直後に罹患したため、殆んど学校に通えていないのですが、もし元気だったら。。



翌日北タイに居住するタイヤイ族のための財団を訪ねていきました。 ここには旧職で知ったスタッフもいます。

しかし事情を説明しても、あまり芳しい答えは返ってきませんでした。 彼曰く、『同じような状況の人は大勢いて、基本的に予算不足から治療費等の支援はできていない。』 


病院も、例えば緊急の交通事故等で運びこまれた場合は、人道的観点からある程度の治療はするが、一旦退院し再度治療という場合は断られることが多い。 もし溜まった治療費の半分でも払うのであれば、その限りではないかもしれない。 医師は使命を全うするため出来るだけのことをしようとしても、経営側との齟齬がある』

じゃ治療が継続できなければどうなるの?

『なすすべもなく、座して待つのみ』


少年はいったいどこで生まれたのか? ミャンマー? それともタイではあっても自宅で? もしタイの公立病院あるいは名の知れた私立病院であれば国籍がなくても、出生証明書は出ます。それさえあれば何とかなったかもしれないのに。


いままでも、何人も同様の立場の人たちを見て来ましたが、無い知恵を絞って、100%とはいかなくても、ある程度は納得できる結果になることが多かったのですが、出生証明書はおろか、他にも何の証明書もない今回のようなケースは。。


毎日かさんでいく返すあてのない治療費。 いつ病院から「それでは、もう」と言われるやら。

7歳になったばかりの少年に立ちはだかるこの厳しい現実に、手をこまねいているばかりの私たちです。

でも彼は闘病中ではあってもいまを生きています。 私がしたいこと。それは例え病気ではあっても『子どもらしい喜びを感じてもらいたい』。

何がいいかなー。 漫画? ゲーム? アニメDVD?

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by karihaha | 2016-12-21 19:40 | ブログ | Comments(0)
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