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祖母

 入っていったHIV感染児の部屋のベッドの占有者はアームが一人だけだった。

 「独占でいいねー」

 丁度鏡に向かって白髪を抜いていた祖母は、私の声に驚いたように振り返り、満面の笑みを浮かべてくれた。

 
 以前にこのブログに書いた、『えくぼ君』の姿がない。ということは、やはり母親が引取りに来たのか? 気になっていたそのことをまず最初に切り出した。

 「その後、母親が引取りに来たよ。やせ衰えている子だったら欲しくない(???)と言っていたけど、丸々と太って可愛いので喜んでいたよ。その後も検診の時に会ったけど、可愛がっているみたい」

 何はともあれよかった。一部母親の言動に不可解な部分はあるけどね。


 アームの祖母は、『おばあちゃん』というにはちょっと気の毒と思うぐらい若々しく見える。母方の祖母だそうだ。孫に付き添ってもう1年が過ぎた。

 「もうあと2年もしたら、HIVの治癒薬ができるって本当?」

 似たような話はよく話題に上るが、私の知っている限りでは、そんなに短期間で治癒薬が出る可能性は少ない、いや皆無と言ってもいいのではないだろうか。万が一出たとしても、タイのようにARV(抗HIV薬)のジェネリック(コピー薬)を製造して感染者対策をしているような国が、出たばかりの高い真正品の治癒薬を買って、感染者へ配るような経済力はないだろうし、そのコピー薬を万が一にも作ることが出来るとしても、それは遠い将来のことだろう。


 「もうこの子がどうなっても、それはそれで良いと思ってるの。出来るだけのことはしているし、この子もこんな風に学校にも行けずに、寝たり起きたりの生活で、痛い思いばかりして」

 アームの母親、祖母の2番目の娘は、5年前アームが5才の時に26才で亡くなったそうだ。タイ人女性の殆どの感染者がそうであるように、主人からうつされて。

 その後は祖父母に引取られたそうだが、父親からは全く連絡がないそうだ。父親の兄から聞いた話では再婚したという。


 『夫婦のうち感染させた方が生きながらえ、その上、我が子にまで感染させてしまった父親が養育責任をとらない』

 HIVウイルスは菌としては巧妙で、人間の本能にチャレンジするような形で感染者を広げていっている。そのこと事態は、感染者が不運と思うだけなのだが、アームの父親のように、その後の対応が納得できない人々には、感染者であるなしに関わらず、はけ口のない怒りを感じる。

 
 アームを始めとして、抗HIV薬のおかげで延命というよりは、普通に生きられる可能性が出てきた子どもの感染者たち。そうなると、遺伝的にうえつけられてしまったHIVウイルスをどう受け止め、共生していくのか? そのことがいま手探りで模索されている。
by karihaha | 2006-04-07 03:52 | HIV・AIDS | Comments(0)
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