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御崩御

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ここ数日はブミポン国王のご容態が気になっていました。昨夜はめったに見ないタイのテレビですがつけてみると、丁度ご崩御のアナウンスの最中でした。

ご在位70年。本当に国民から敬愛された君主でした。

心からご冥福をお祈り申し上げます。


そして昨夜来から世界各地でトップニュースでご崩御が報じられています。いかに国王のご存在が大きなものであったかとあらためて思い知らされます。

国王は非常に身近な存在です。朝夕2回と学校での朝礼には必ず国歌が流れます。お写真でのお姿も各家庭はもとより、道のいたるところで見かけることができます。

それだけに国王がご崩御されたいま、生活実感として「これからどうなるのだろう」という、漠然とした不安もないとは言えません。

公共の建物での30日間の半旗掲揚と、公務員の1年間の服喪は昨夜発令されました。 これからも同様の発表が次々と出されることでしょう。


今朝、街へ出た限りでは、濃いめの服を身に着けている人が目立つ以外は、普段の下町風景が繰り広げられていました。

ただ個人的にはとてつもなく巨きな星が落ちてしまったのだ、という雰囲気を感じてとってしまいます。

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by karihaha | 2016-10-14 17:49 | Comments(0)

それはないんちゃう?

3月に入るといよいよ長い長い夏休みがもうすぐです。一般的には3月中旬から5月中旬までの2ヶ月間。 酷暑の日々を自宅で過ごすことになります。

その先がけは政府系寄宿学校に寄宿しているMemee。3月5日には帰宅できるそうですが、丁度その日は用事があるので翌日に迎えに行くと約束してあります。たった一日だけですが同級生が全て帰ったあと1人で残るのは問題ないのかと心配にもなりますが、意外としっかり『大丈夫。上級生にも帰られない人がいるから』とのこと。まあ私と再会するまでは一週間も10日も来ない親戚を(あばれながら)待っていた経験から言えば一日ぐらい平気なのかな?


話は変わりますが、Memeeを始めとして旧職で知り合い、その後財団を離れた子供たちの面倒をいまもみていますが、10年前に知り合ったころはまだ5・6才という可愛い盛りだった彼らもいわゆる思春期真っ最中です。自分の子供がいない私は正直どう付き合っていけばいいのかと悩むこともあります。よく言われることですが、親も子供と一緒に成長する必要があるということを身に沁みて感じています。


さて、ここからは愚痴です。『どうつきあっていけば』というのは子供ばかりではありません。対大人との方が理解不能という経験をすることが多いのです。

直近でもそんな経験をしました。

先週の木曜日、去年の春に旧財団からチェンマイから500kmにあるメーソットの父親宅に帰宅させられたNokとMaai姉妹をチェンマイにある知人の財団に預かって貰う手配をしました。あれから1年。その間一度も連絡してこなかった彼女たちのおば(母親の姉)が『助けて!』と悲壮な声で言うには、現財団から子供たちを引き取るように言われたと言うのです。これは私にとっても晴天の霹靂でした。

彼女たちの母親はいももチェンマイ刑務所で薬物取引の罪で服役中です。おばはチェンマイで豆乳を売って自身の子供を育てています。姉妹が帰るとしたら父親のところしかないのですが、モン族の父親には本妻がいて、姉妹の母親はいわゆる第2夫人です。彼女は出所後はメーソットには戻らず、チェンマイで出直したいと言っていました。


電話を受け取ったあと、おばや本妻と話し学業面からもいまはチェンマイに居る方がいいという結論になりました。Nokは今年中学受験、そしてMaaiは来年度は小学6年です。


今週に入って財団の責任者と会うことにしました。急な帰宅の原因はなんだったのか、出来れば母親が出所するまで、そしてMaaiが小学校を卒業するまでのあと1年間預かってもらえないかという話をしました。

話の中で姉妹の生活態度に問題はないが、時々訪ねてくる保護者(特に父親)が、いかにもお金には困っていないという態度を取ること、訪問時間等の規則に従わないことが原因と言います。前の財団も同じような理由で帰宅を促されたのに。 無償で面倒をみてくれている財団には感謝しこそすれ、偉そうにする理由などないのに。しかしいざ帰宅させられるとなると泣きついてくる。。


もう放っておこうかとも思ったのですが、服役中の母親にとっては姉妹の親権を失う事態になりかねないので、とりあずはMaaiが卒業するあと1年間を何とかとお願いして了承してもらいました。その間には多分母親も出所するでしょう。財団の責任者は私の前でその旨を父親に電話で話しました。

それから数日経ちますが、おばはおろか父親・本妻からも何の連絡もありません。普通は一言お礼の言葉があってもいいと思うのですが。『一件落着、よかったよかった』で済ませているようです。

ホント、ストレスたまります。
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by karihaha | 2016-03-02 18:46 | Comments(0)

あの国

ビルマに入ったのは、確か2000年8月。

当時いっぱしの仏教徒を気取っていたわたしの、2年数ヶ月に及ぶ仏教にゆかりのある聖地を訪ねる旅の1年目も終わりに近づいたころでした。

空路到着したラングーンは、「まだ世界にこんな桃源郷があったんだ」という第一印象を与えてくれた。その第一の理由は人々の所作。それに加えてイギリス統治時代の名残を残した建物の数々、上座部仏教を信じる信仰深い人々の礼拝の姿。

でも、数日滞在するうちに危惧していたことを体験することになった。


ビルマビザを申請したバングラデシュの首都、ダッカの大使館。受付けてくれたまだ若い大使館員はフレンドリーだった。そんな場所でビザを申請する一人旅の年配女性に興味をひかれたのかもしれない。

「わたしの彼女は九州に住む日本人女性です。研修旅行で行った時に知り合いました。日本駐在を希望したんですけど、結局こんな場所に配属されてしまいました」

『外交官』、すなわち。。。 という概念をあの国では捨てなければいけない。1988年の学生主導の反政府運動を最後に、すべての大学が閉鎖された。それ以降は高等教育の機会を与えられないままに子どもたちが育っていった。

くだんの『外交官』は殆ど100%政府の要人の係累だろう。教育機会を全く持たなかった外交官。。。

ビザが発給されるというその翌日、指定の時間に出向いた。すると前日に受け付けてくれたあの青年が「別室へ」と言った。結局それは『脅し』だった。

青年の上司が現れ、「あなたがビルマ仏教を知りたいということを私達はとても良いことだと思っています。だから、ホラ、この通りビザを発給しました。でもね、注意しておきたいことがあるんですけど、行動には気をつけてください。ほんの6ヶ月前、終身刑だったイギリス人の若い女性が外交交渉で釈放されたんですよね。彼女は街中で電信柱の支柱に鎖で足をくくりつけ、「わたしを自由にして♪」と歌っているところを逮捕されたんです。分かりますね」


そしてビルマ。

完全な言論統制。まともな本はアングラの本屋でコピー本でしか手に入らない。

史跡でビルマ人と歩いていた。そのビルマ人はおびえていた。基本的に外国人とビルマ人が接触するのは制限がある。その勇気あるビルマ人は「この現実を世界に伝えてください」と言いながらわたしのそばを離れた。

コミックに見せかけて暗に政府批判をしていた劇団があった。座長の兄弟はすでに囚われの身だった。でも続けている。夜8時からの開演になると停電になるという迫害にあいながら。

ラングーンを離れると情勢の緊迫感は遠ざかった、ラングーンでの緊張感も癒されたある日、泊ったゲストハウスを手伝っている女性に、「どう思う、いまの政府?」と聞いたことがあった。二人っきりだったそのときは。でも彼女はまるでピストルを突きつけられたように、ビクッとし、回りを見回し、沈黙を守った。


長井さんの悲劇は氷山の一角。でもあのビデオが目を伏せていた現実を世界に容認させてくれると信じている。

恐らく命がけであの貴重なビデオを持ちだしてくれた人に感謝。


わたしは7年前に過ごした2ヶ月間の日々以来、あの国を一度たりとも「ミャンマー」とは呼んでいません。そして首都ヤンゴンはわたしにとってはラングーンです。

合掌
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by karihaha | 2007-09-28 21:43 | Comments(0)

チェンマイボランティア事情。さをり織りとアーチストたち

c0071527_3112496.jpg チェンマイ市で一番大きな公設市場、その名もワローロット市場から、ピン川を越えてほど近いところに知的障害者の若者たちが「さをり織り」を通じて自己表現や自立が出来るように支援しているNGO、『SAORIクリエイティブ センター』がある。

 さをり織りについては、こちらをごらんいただくとして、そのサロンとも呼べる和気あいあいとしたセンターを訪問した感想は一言、「楽しかったー」。

 写真では七夕の短冊のように写っているのが彼ら、アーチストと呼ばれている障害者の方たちの作品。この飾りは私達の訪問に合わせて特別に飾ってくださったようなのだが、そのカラフルな色使いがかもし出す暖かい雰囲気に違わず、そのあとのアーチストたちとの触れ合いは、ユニークさと楽しさでは最近では一番印象に残るNGO訪問の一つとなった。


 建物の内部では、アーチストたちが織り上げた作品がそのままストールとして、またT-シャツやエプロンに加工されたり、ハギレも無駄にしないようにと、カードの飾りとして工夫して使われたものが展示販売されている。出来高払いで払われる賃金は、たとえわずかと言えども、彼らに誇りと自信を植え付けるだろう。

 そして、それら作品群を見ての感想は商品としての完成度が高いということ。決して「可哀想だからチョッとでも買うか」という類の商品ではない。アーチストたちの潜在能力が存分に生かされていると同時に、T-シャツやカードへの加工など、アーチストたちが手に負えない部分を補助している周りの方たちのセンスと技術力の高さを感じさせてくれた。 私たちが訪れたときも、ロングステイヤーとおぼしき年配の日本人の方たちが3人、商品加工のお手伝いをしたり、男性はカメラマンとしてミーティングの記録係りを担当していらした。

 当日は設立当初からの日本人ボランティア、中山晴夫さんが説明役をかって出てくださった。c0071527_313241.jpg気さくな人柄は、アーチストたちの「お兄さん(お父さん?)」という感じ。そして本当のお父さんも2人、ミーティングに参加されていた。

 中山さんの説明によると、このような会議があると、保護者が必ず参加してくれるとのことだった。『家族と手を合わせて障害者たちとの共生の道をさぐる』。タイでは希少価値と思えるそんな光景がそこにはあった。


    


 

    ★ボランティア志望の方たち! こんな仕事が出来ますよー

-作品の加工のお手伝い。たとえば、ストールのフリルの仕上げや、Tシャツやエプロンなどのデザイン・縫製。あるいはカードやコースター製作。
-『One Day Coffee Shop Master』: アーチストたちが運営する喫茶コーナーの一日店長として補助する。
-チャリティーコンサートなどを主催して寄付集め。

 他にもスタディーツアーやワークショップの希望も大歓迎とのことです。

連絡先:
The Healing Family Foundation
‘Baan Sanuk’ 2, Naa Wat Keet Road, Tambun Wat Keet, Muang Chiangmai 50000
(ピン川右岸の ‘Good View’ レストランの前、‘ISUZU’ の看板のある道を入り、突き当たり)

E-mail: scc_cm@yahoo.com
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by karihaha | 2006-03-13 03:17 | Comments(9)

VGCF(子どもの発達のためのボランティアグループ財団)

 『緑の家ボランティア』とは、以前ストリートチュルドレンだった子どもたちの住む家を訪問し、緑でいっぱいにしようと名づけられたものです。

 この子どもの家は、正式名称VGCF(子どもの発達のためのボランティアグループ財団)という財団が展開するプログラムの一環です。

 このたびVGCFのチェンマイの責任者が当地の代表的英字紙、『Bangkok Post』のインタビューを受け、その内容が1月24日付けで紹介されました。内容を邦訳し、下記【More】続きを読む、に載せましたので是非ご一読ください。

‘チェンマイ’

More
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by karihaha | 2006-02-01 00:10 | Comments(0)

コンサート

 いつものオムツ変え、ベビーシッターとは一味違った、芸術的香りたかき(?)ボランティアもしている今日この頃。

 このブログの読者の方が、ピアニストということで、何か出来ることはないかという相談をされたのがきっかけだった。

 ここタイでは日本のような、ピアノ文化とは程遠く、まずピアノ自体を捜すのが至難のわざ。「無理でしょう」と一旦は断念していただいたのだが、シンセサイザーをわざわざ日本から送ってくださるという情熱に負け(?)て、知り合いの施設に交渉し、演奏会をしていただいている。


 先週は、知人の施設とBホーム。そして昨日の土曜日は、知的障害者施設と盲学校での演奏となった。

 午前中に行った知的障害者の子どもたちは、シンセサイザーから奏しだされるさまざまな音に不思議なものを見るようにひきつけられている様子。

 ピアニストの周りに集まって一緒にひく子がいるかと思えば、歩き回る。踊りだす。中には発作で倒れている子もいるという、かなりアナーキーな世界。

 彼らの心にはどの程度、昨日のコンサートの音色が届いたのだろう。

 
 私はといえば、『国際語』とも言える音楽のインパクトのすごさにあらためて気づかされた。

 子どものころのお稽古事といえば、『算盤』という実用一点張りのものだけで、ピアノなどという高尚なお稽古ごとをさせてくれなかった、下町の庶民家庭育ちをチョッピリ恨みたくなった。
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by karihaha | 2006-01-22 23:59 | Comments(0)

緑の家ボランティア

 久しぶりに、所用で訪れたチェンマイ近郊にある「サンカンペーン子どもの家」。週日ということもあり、学校帰りの子どもたちの制服姿が新鮮に映った。

 ここにいる子どもたちは、いわゆるストリートチュルドレンで、親に花売りや物乞いをさせられていたり、虐待されたという過去を持つ。

VGCD(子どもの発達のためのボランティアグループ)というタイのNGOがそんな子どもたちを救おうと、作ったシェルターの一つが、ここ「サンカンペーン子どもの家」だ。

 「緑の家ボランティア」とは、この子どもたちの家を緑で一杯にしようと、当地で長い間ボランティア活動をされている日本人のK氏が、2週間に一度ぐらいの割合で有志を募って訪問活動をされ、それが前回でなんと37回目!

 活動報告書に添付されていた、写真で見る子どもたちの姿が何とも自然で、「良いことしてはるなー」としみじみ。


               お絵かき
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               おやつの時間
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                木登り大好き
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by karihaha | 2005-09-07 10:07 | Comments(0)

「希望の家」テレビ放映ご紹介

 こちらのNGO連絡会のメンバーの一人から、下記の案内が届きました。

 3月28日(月)午後10時からのSMAPXSMAP特別篇として北タイ地方の山岳民族の子弟を養護している施設‘希望の家’にSMAPの草なぎさんが訪れたドキュメンタリーが放送されます。

 希望の家のボランティアとして、去年まで2年以上働いた勝山桃子さんが私の友人と言うこともあり、施設の状況や、子どもたちのこともよく知っていますが、明るくて礼儀正しい子どもたちばかりです。この番組を通して、少しでもこちらの子どもたちのことを理解していただけるきっかけになればと思い、ご案内いたします。 

 是非ご覧下さい。

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タクライ関係者の皆さんへ

チェンマイ郊外にある「希望の家」というホームをご存じでしょうか。
その建設には日本人女性が奔走し、
現在、山の子供達が共同生活を送っています。
私がここで長々とホームの説明をするよりも
本や番組を見てもらえれば、そこで繰り広げられきたドラマを
知ることができるできるはずです。

今回、番組の取材に同行し、草なぎさんの表情、
子ども達の笑顔、子ども達との触れ合いの場に立ち会うことが出来ました。
どのように編集されているのか楽しみです。ぜひ、ご覧ください。

タクライ事務局
 
   

■ 「スマイル!」 
   ~タイ「希望の家」の子供たちとの500日~
      著者:高木智彦
      発売元:角川書店
      定価:1,600円 (税込)
      発売日:3月14日 (発売中)

  ※あるひとりの青年が見たタイの小さな養護施設の激動期。
   創設者の死や新施設の建設の中で、子供たちの成長を
   追った「命」のルポルタージュ。
  ※さらに詳しくは、角川書店のHPの書籍コーナー、 
  http://www.kadokawa.co.jp/book/index.html をご覧ください。
   

■ 「SMAP×SMAP特別編」
     放送日:3月28日(月)夜10時~11時
     放送局:フジテレビ系全国ネット

  ※SMAPの草なぎ剛が、タイ山岳民族の養護施設
  「希望の家」を訪れ、子供たちの日常や葛藤に
  触れながら交流を深めるドキュメンタリー。
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by karihaha | 2005-03-22 01:07 | Comments(4)

チェンマイボランティア事情(2) 緑の家ボランティア

 「タクライ(レモングラス)」とはここチェンマイにある、個人ボランティアの相互連絡機関です。中心メンバーはタイでのNGO活動の創成期である1980年代から、今日に至るまで地道で確実な活動を続けている方たちです。その中には山岳民族の児童のための学生寮をされている方、タイ人女性の買春問題に取り組んでいる方、またストリートチュルドレンの子どもたちの福祉向上を目指し活動している方などがいらっしゃいます。メンバーの方たちは今も持ち回り幹事方式で年4回の連絡会を欠かさず、より良い活動、より力強い援助を、と積極的な取り組みをされています。

 今回はタクライの中心メンバーの一人で、事務局長の川口氏が行っている、「緑の家ボランティア」をご紹介します。「緑の家」はタイ人による民間NGOが、ナイトバザールやその他の繁華街で夜間花を売ったり、親に連れられて物乞いをしたりしていた子どもたちのうち、保護の必要ありと判断した児童が共同生活を送る寮です。ここでは子どもたちは学校に通い、共同生活から日常の規律を学びます。

 この子どもたちを定期的に訪問し、交流を深めるのが「緑の家ボランティア」です。その趣旨については川口氏による下記の説明をご参照ください。


        ●“緑の家”計画とは…?●

 サンカンペーン郡にあるストリートチルドレンの子どもの家では、現在20名弱の子ども達がタイ人スタッフ4名と生活を共にしています。普段は“サンカンペーンの子どもの家”と呼んでいますが、果樹などの木を植えて、緑で溢れる場所にしたいという想いから、勝手に“緑の家”計画と名付け、2003年6月からチェンマイ在住の日本人有志で取り組んできました。隔週の土曜日、月2回ぐらいを目安に“緑の家”ボランティアとして、子ども達と一緒に農作業をしたり、遊んだりする活動を続けています。
yasuhiro@loxinfo.co.th
   川口 泰広
Yasuhiro Kawaguchi



 1回きりの参加でも構わないそうですので、チェンマイにお越しの節は是非ご参加ください。参加ご希望の方は、上記、川口氏宛か、事務局(takrai@ji-net.com)に事前にご連絡ください。
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by karihaha | 2005-03-04 20:55 | Comments(3)

チョッと休憩(3) ソンテウ大好き!

 自宅を出てすぐの大通りは、チェンマイ旧市街から北へ向かう幹線道路。そこから郊外へ向かうソンテウ(タイの乗り合い自動車)に乗り約15分で病院に着く。タクシー代わりに使う市内専用の赤い車体のソンテウの他に、長距離用のソンテウがあり、それは決められた路線を走る。目的地は車体の色でわかる。ソンテウは値段が安いこともあり、チェンマイっ子にとっては重要な足となっている。

 このソンテウ乗車、特に長距離のそれが私の楽しみの一つだ。まず第一に、タイの庶民の生活に触れられるのがいい。乗り込んだ途端に、タイ人の中でも私が特に好きな、庶民層のおばさんたちが話しに花を咲かせているのに遭遇する。

 チェンマイに来たころは、皆親戚かと思っていたが、そうではなくただ同じ車に乗り合わせただけの他人同士が、10年来の知己のように買い物の話しをしていたりする。私は、外見はタイ人のように見られることが多いので、話しかけられることもある。一言話すと外国人ということは歴然とするので、彼女たちはあやふやな笑みを浮かべながら、元の話し相手との会話に戻る。

 しかしそのことで私の存在を含めたその小さな空間が気まずくなるなどということはない。そんな人々を眺めながら、この国に居てそんな風に自然に受け入れてもらっていることを、ありがたいことだといつも思う。

 今日も通りに出てみると、丁度セブンイレブンの前で黄色のソンテウが止まっていた。信号待ちをしている風でもない。チャーター便なのかと思い念のため聞いてみたが、路線便であった。しかし乗り込んでも動く気配がない。乗った途端に、いつものように「どこで降りるの?」とおばさんに声を掛けられた。「N病院で」と答える間も、ひょっとしたらやっぱりチャーターかも、と少し不安になった。

 今日の乗客はそのおばさんと、カラフルな山岳衣装を身につけた中年女性。そして助手席に若い男性。その他には持ち主のいないバッグが二つ置かれてある。待つこと3、4分。男性と幼児を連れた若い母親がなにやら楽しげに話しながら車に向かって来た。そしてその男性と何度も何度も別れのあいさつを繰り返し、母子だけが乗り込みやっと出発した。

 こどもの手にはセブンイレブンの袋が握られている。時間の経過とともに私の頭の中のクエッションマークが一つずつ消えていき、この事態は、始発点から乗り合わせた母子づれとあの男性が意気投合し、男性の降車地点で子供にお菓子を買ってあげるために連れ出したのではないかと推量した。ソンテウの乗客に子どもが一人でもいれば、車内が大いに盛り上るのが常である。
 
一人、また一人と降りていき最後にその母子連れと私だけになった。「今の男性は知り合い?」と聞いてみた。すると、「この子の父親」と答えた。「じゃお父さんはなぜ乗ってこなかったの?」と重ねて聞いた。すると「仕事があるから」と答えてくれた。

 当たらずといえども遠からずだ。それにしてもソンテウの運転手をはじめ乗客の度量の大きさ。またしても、この国が好きだと思った。
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by karihaha | 2005-03-04 20:53 | Comments(0)