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ムーンサーン寺

雨季まっただなかの今日は、特に何の予定もないまま、それでは部屋でネットサーフィンでもしようかと思っていたのですが、イヤイヤ、気になっている場所に行ってみようと思い立ち出かけました。


先の大戦、ビルマ・インド進攻時(インパール作戦)には野戦病院として多くの傷病兵が傷を癒したり、惜しくも亡くなられた兵士の方々が祀られている場所、『ムーンサーン寺』と呼ばれるお寺がチェンマイ市内にあります。ここでは毎年8月15日に慰霊祭が行われるので、チェンマイ在住者には知られた場所です。

私自身は一昨年まではバーンカートと呼ばれる、いまは高校の敷地内にある慰霊碑で行われる慰霊祭に参列させていただいていたのですが、昨年は近場もあり、初めてここムーンサーン寺での行事に参列させていただきました。 その時、こんなに近くにあるのかと驚いたのを覚えています。

そして今年に入ってからは何度かお参りに行かせていただいており、今日も思い立って行ったわけです。

着いてみると、予想(?)通り、先月私がお供えした花が備え付けの大きな花瓶の中で枯れ果てていました。
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まず祭壇周りを清掃して、持参した花、ご供物を供えました。そしてこれも持参した線香・ろうそくを灯そうとすると、前回は志納箱にあったライターが見当たりません。そこで寺の外で本を読んでいた僧にマッチをお願いすることにしました。

点火に少し手間取っていると、寺のお手伝いをしていると思しき女性が近寄ってきて、『家族が祀られているの?』と聞きます。 『いいえ、日本人として、この地で戦争で傷ついたり、亡くなられた同胞を偲んでいるんです」と答えました。彼女はその言葉を黙って聞きながら、マッチの風よけに手を差し伸べてくれました。


ムーンサーン寺は土曜定期市の開かれる、チェンマイ門から延びるムアライ通りの中ほど、特徴のある牛の象が祀られている小広場から少し奥まったところにあります。
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発音だけで言えばムーンサーン(月・太陽)と、覚えやすいかもしれませんね。

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by karihaha | 2017-07-12 19:45 | ブログ | Comments(0)

年も押し詰まり

昨日で今年の『にわか先生』のミッション コンプリ。 5月から暗中模索で始めたことだけど、新しい経験だけに、「これで良いのか??」と悩んだりもしたなー。でも何とかまあまあの状態で終えることが出来たようです。


それに関連して先週月曜日にはチェンマイ大学で行われた、「盲人の大学生に教える方法』というセミナーに参加してきました。

その時に特に印象深かったのは、日本人盲人女性で、プラオ県で移動図書館等の活動をしている方のお話です。

主にご自分の経験談を話されたのですが、高校時代はアメリカに1年留学、続いてインド留学。そしてタイへ。 タイ語はタイ人が聞いても完璧と言うほどの完成度で、その習得方法は、点字辞書等がない状態で、自分で工夫をしながら学んでいったとか。

私見ですが、ろうあ者、聴覚障がい者そして視覚障がい者の中では視覚障がいが一番日常生活のハードルが高いのではと思います(あくまで私見です)。 そんな中、障がいをものともせず、健常者でも出来ないことを成し遂げられてきた。 その努力には心から頭が下がります。


そして週末には奨学生の1人、タイヤイ族出自のTaewと食事することにしました。 丁度後期分の支援金を渡す件もあり、以前から計画していたのですが、本人が前期の期末試験が終わってからの方が良いと言うので、年が押し詰まってからになってしまいました。

Taewは8月から国立大学1年生になりました。時々くるLineでは「元気です。頑張っています」とは言ってくるのですが、いまは1人(+猫)暮らしで、いったいどうしているのかと気になっていました。

約束した夕刻、思いがけず姉を伴ってやってきました。 姉はタイ人と結婚し、子どもが1人いますが、子どもは殆ど姑に面倒をみてもらい、自分はホテルのマネージャーとして働いています。(写真ですが、私は顔出しNGです。この2人の美人の横ではとてもとても)。
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2人の美人姉妹を伴い、Taewが以前アルバイトをしていた(なんちゃって)日本料理店『つなみ』で落ち着くことに。

私がTaewと話したかったのは、タイヤイ族ということで、国や企業の奨学金が得られない中、私の奨学金だけでどうやりくりしているのかということです。私の奨学金で授業料はカバーできるでしょうが、あと生活費、部屋代等々の費用をどうしているのか。 まだ1年なので、大学の方針で殆どアルバイトができる状況ではありません。かと言って私以外の支援者がいる様子も見受けられません。

「エ! お姉さんも!?」と思った夕食会でしたが、結果的には良かった。

2人によると、『姉はもとより、母親が援助している。時々姉のホテルでアルバイトもしている。卒業すれば国籍取得というのが家族の悲願なので、それまではボーイフレンドはご法度』

この『ボーイフレンドはご法度』と言うのは、あくまで友だち以上の関係の異性で、今年12月に大学を卒業するPatにもいい置いていたことですが、姉も同感というのは心強いかぎりです。

1人暮らしの中、食事のことを聞いてみると、ここでも『ママー(インスタントラーメン)』頼りのようです。 高校1年で寄宿舎ぐらしのBaanもそうですが、学生間のママー人気がこれほど高いとは。。 栄養バランスが悪すぎるのが心配です。



24日のクリスマスイブには支援先のチェンダオの生徒寮で、巻きずしをふるまってきました。 巻きずしにしようかと思ったきっかけは、先日のチェンマイ市内での環境デー イベントでふるまったのが大盛況だったのがきっかけです。
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生徒寮ではまず私たち日本人がお手本を見せ、生徒たちにも巻いてもらいました。50本目標です。 しかーし! 中にはまあまあの出来のものもあったのですが、とても日本人にはお見せできないようなものも。

まあ、そんなお寿司でも生徒たちは『美味しい、美味しい』とたいらげていくので、問題はないのですが。
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ゲームにお菓子。普段は食べられないようような食事とプレゼント交換。子供たちにとっては文字通り特別な日になったようです。

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by karihaha | 2016-12-28 19:06 | ブログ | Comments(0)

タイヤイ族の

先週のこと。 いつものように恒例のチェンダオの支援先訪問をしました。 まずは大量の物資を買い込み、一軒一軒サンタクロースのように配り歩きました。

その作業が終わった最後に、フト思い出した用件があり、久しく会っていないシン校長のところに寄ってみることにしました。シン校長は6年前から支援をスタートしたメーオーナイ村で当時の小学校長だった人です。 その後は別の学校に転勤になりましたが、いまも交流が続いています。


その用件というのは、10日ほど前に見た校長のFB(フェースブック)の記事の内容についてです。

『在籍中の小学生がガンにかかり、児童・生徒と職員が集めたお金を本人と父兄に渡した」という記事でした。 写真にはマスクをした少年と父兄も写っていました。 


久しぶりのあいさつのあと、その件を聞いてみると、写真に写っていた少年は小学校3年生。悪性肉腫で、いまは退院し祖母宅で療養中とのこと。 そして驚いたことに学校にはもう一人のがん患者がいて、その少年は小学校1年生で白血病のため、いまもS公立病院に入院中とのことです。

後者の少年家族はビルマの経済難民でタイヤイ族。タイ国籍がないため、健康保険資格もなく全ての治療での実費をよぎなくされています。


一面識もない子どもとは言え、何か出来ることはないかと、数日後の日曜日に入院先の病院に訪ねていきました。

まずは看護師に大体の状況を聞き、そのあとは付き添っている母親と話しました。

『父母は日雇いで、ある仕事はなんでもしている。 日給は父が250バーツ(750円)、母が150バーツ(450円)。家族は父母の他は5人の子どもがおり、入院中の少年は末っ子。上の4人はシン校長の学校(小・中一貫校)で勉強している。 入院以来母はずっと少年に付き添っているので、1人分の収入が断たれている。お金がなくなったので、夫に電話しているが、電話をとらない。 見舞いにも来ない』

所持金を聞くと、50バーツ(150円)。 これでは治療費などは夢のまた夢というのは明らかです。

本人にも会ってみると、いかにも利発そうな少年です。 『シン校長の友だちだよ』と言うと、『学校に行きましたか?』と聞きます。 小学校1年入学直後に罹患したため、殆んど学校に通えていないのですが、もし元気だったら。。



翌日北タイに居住するタイヤイ族のための財団を訪ねていきました。 ここには旧職で知ったスタッフもいます。

しかし事情を説明しても、あまり芳しい答えは返ってきませんでした。 彼曰く、『同じような状況の人は大勢いて、基本的に予算不足から治療費等の支援はできていない。』 


病院も、例えば緊急の交通事故等で運びこまれた場合は、人道的観点からある程度の治療はするが、一旦退院し再度治療という場合は断られることが多い。 もし溜まった治療費の半分でも払うのであれば、その限りではないかもしれない。 医師は使命を全うするため出来るだけのことをしようとしても、経営側との齟齬がある』

じゃ治療が継続できなければどうなるの?

『なすすべもなく、座して待つのみ』


少年はいったいどこで生まれたのか? ミャンマー? それともタイではあっても自宅で? もしタイの公立病院あるいは名の知れた私立病院であれば国籍がなくても、出生証明書は出ます。それさえあれば何とかなったかもしれないのに。


いままでも、何人も同様の立場の人たちを見て来ましたが、無い知恵を絞って、100%とはいかなくても、ある程度は納得できる結果になることが多かったのですが、出生証明書はおろか、他にも何の証明書もない今回のようなケースは。。


毎日かさんでいく返すあてのない治療費。 いつ病院から「それでは、もう」と言われるやら。

7歳になったばかりの少年に立ちはだかるこの厳しい現実に、手をこまねいているばかりの私たちです。

でも彼は闘病中ではあってもいまを生きています。 私がしたいこと。それは例え病気ではあっても『子どもらしい喜びを感じてもらいたい』。

何がいいかなー。 漫画? ゲーム? アニメDVD?

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by karihaha | 2016-12-21 19:40 | ブログ | Comments(0)

摂氏22度。 マイサバーイ。

教室の中、午後3時の気温は22度でした。

昨日とはうってかわっての朝からの小雨模様。 気温もグンと下がってしまいました。 私も『鬼の攪乱』で、昨夜からマイサバーイ(調子が悪い)。

でも、私はセーターや厚着でしのげますが、学校で大半を占めるお坊さんたち、あのオレンジ色の袈裟だけではさぞかし。。。


授業が終わり、担任のN先生との打ち合わせが残っていたのですが、姿が見えない。 しばらくすると、「ごめん、ごめん」と現われました。

生徒の1人が風邪で、薬を買いたいのでお金を貸してくれないかと言われたそうで、車内のお金を取りに行っていたとか。

本当に情のある先生です。

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by karihaha | 2016-12-16 20:42 | ブログ | Comments(0)

ソムオー

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ソムオーは大きいものでは直径20cm以上の、皮の厚い、例えて言えばグレープフルーツの大き目のサイズと、風味があるタイの果物です。

今日いつもの支援先のチェンダオ(チェンマイから70km北)の小さな生徒寮に行き、寮長と今後の彼の運営方針を話しあったときに、彼から、先週はソムオーを売買した利益で何とかやっているけど、まだ全部は売れていないという話を聞きました。

「誰かチェンマイ市内で100玉以上残っているのを買ってくれる人はいないかい?」

その場にいた日本人の人たちに味見をしてもらって、私を含めて12個がはけました。

一個当たり2kgを私は5個。ビニール袋に下げて、路線バスに乗り込みました。同じアパートの人たちへのおみやげです。

それを足許に置いて一緒に行った友人と話し込んでいると、友人が「あれ!」。 ソムオーが袋から転げ出て、袋の中に残るは2個だけ。

それからは『おにぎりコロコロ』の世界です。

座席の後ろや前の座席の乗客。 車掌さん、検札にきた人。みんなが足許をみてくれて、「あそこだ、ここだ」と無事回収。

おかげさまでアパートの隣人たちに配ることができました。

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by karihaha | 2016-12-13 01:19 | ブログ | Comments(0)

言付け

2日前、高校2年生のMimから電話がありました。

パイ郡の寄宿学校で間もなく中学3年生を履修し終わり、来年度からは同県の高校に進学したいと言っている男子学生Neungからの言付けだそうです。

「12月14日からランパーン県に学校代表として歌のコンテストに出るのだけど、お金がないので、毎月送ってもらっている支援金を早目に送ってもらえないか?」と言う依頼です。

「なんで私に直接言ってこないの?」と聞くと、彼の電話が壊れて、友だちの電話でFB(フェースブック)を使って連絡してきたとか。私のFBはアカウントはあっても、殆ど休眠状態です。

山間部の寄宿学校住まいのNeungには毎月今頃、郵送でお小遣い程度の額を送っているのですが、電波もまれにしか届かない地域です。それが郵送となるといつも4日以上かかっています。特に今週は土曜日の憲法記念日の振り替え休日が月曜日になり、こちらも早くても火曜日(13日)にしか送れません。

「何かあったら言っておいで」と常日頃言っているので、何とかしてやりたいのだけど、あまりにも急だし、話があやふやで。。とりあえず銀行振り込みなら何とか間にあうのではとMimには言いました。

するとついさきほどMimから彼の口座番号の連絡がありました。FBで連絡取れたと言います。口座名は彼ではなかったので聞くと、先生とのことです。

どうしようかなー。 多くて1,000バーツ(3,000円)だし、『ガンバッテおいで!』と黙っていつも通りの額を振り込んであげた方がいいのかなー。 それとも使っていなかったFB。苦手なタイ語入力で根ほり・葉ほり?

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by karihaha | 2016-12-10 23:46 | ブログ | Comments(0)

インタビュー。返信

私の前のエントリーにコメントをいただいた方がいます。電話をとったあと何故外に出て応対しなかったのか、日本人としてルール違反というお叱りを受けた次第です。

それに対して直接コメント返しをしたかったのですが、使い方が間違っているのか、直接のコメント返しが出来ず、誤解を招くのは承知の上で書いたことに反応されたことに、その喫茶店の立地が地理的にどのような場所であったか、あるいはどのようなニーズを私が感じてあえてルール違反したかは置いておいて、「おっしゃる通りです」と申し上げたいと思います。

ただ、1つ承服できないことがあります。それはコメントの中で:

>『あなたのルール違反をタイ人は懐が深く受け入れてくれると勝手に良いように解釈しているようです。 タイ人は懐が深いのでは無く自分に甘い、自分のいい加減を他人に受け入れて貰いたいだから他人のすることにも とやかく言わないだけ。こんな事今まで多くのタイ人と接してきたあなたにはよくお判りのここと思います』<

Kさんの(恐らく)個人的意見としてのタイ人に対するそのような評価にいまはとやかく言うつもりはありませんが、一つだけ申し上げたいのは、私も13年以上この地で暮らすなかで培った、タイ人に対する思いを申し上げただけです。
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by karihaha | 2016-12-09 22:38 | ブログ | Comments(3)

インタビュー

週2日ほど通っている場所があります。 そこではボランティアとして盲人の青少年たちへのアシストをしているのですが、一日4コマもすると、慣れぬこともあいまって、終わると結構ぐったりしてしまいます。

そんな日の楽しみは学校近くで偶然見つけたカフェでのひとときです。ネットスピードが速くて、コーヒーもまあまあの味。 そして何よりスタッフが心配りのできる人たちばかりなのです。ここだけの話、最後の要素はここタイではかなり貴重です。 だからどうしても頻繁に通いたい場所は限られてしまいます。

いつものようにホット一息ついていると、携帯が鳴りました。 未登録の番号だったので、いつもなら無視してしまうのですが、ちょっと気になることがあったのでとってみることにしました。

相手は英語で話し始めました。いつものタイ語の勧誘電話とは違います。

その内容はその『気になること』ズバリそのものでした。


実は先週末に、旧職でスタッフとして働いていた女性から、新しい仕事に応募したのだけどリファレンスとして私の名前を書いてもいいか、と相談があったのです。 とても有能な人だったので、勿論!と快諾していたわけです。

相手は色々お話したいので、20分ぐらい時間をもらえないかと言います。 横のテーブルには学生とおぼしき4人組が静かに勉強しています。 場所が場所だけに、ちょっと躊躇ったのですが、彼女のためです。小さな声で話せば良いかと了承しました。

結局10分間ぐらいの会話になりました。相手はとても満足してくれたようです。

会話が終わってフト横を見ると、その4人の学生は何事もなかったかのように勉強を続けていました。

居心地の良い場所は大事にしたい、だから今回のようなことはわたしにとってはルール違反なのですが、それを受け入れてくれる(多分)。 それもタイ人の懐の深さの一つの表れなのですね。

ありがとう。 そしてもちろん彼女が無事採用されますよう!

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by karihaha | 2016-12-07 22:26 | ブログ | Comments(1)

先週は

先週、2日間ほど『世界環境デー』という催しが私のアパートからほど近い、普段の週末は有機野菜などが販売されているJJマーケットで開かれました。

中学・高校の課外授業としての生徒・学生が大半の来場者ですが、友人の関わるNGOがカレン族の陸稲(カーオドイ)プロモーションのために、巻き寿司を無料配布するということで、駆り出されました。そうです、この陸稲日本米に近い粘りのある種類もあるのです。

会場には山岳少数民族の人々が持ち込んだ農産物等も展示販売されています。
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当日は「ちょっと巻いてみるか」とばかりに暢気に遊び半分の気持で行ったのですが、なんのなんの。

予想をはるかに超える大盛況で、常に長蛇の列が続きます。 『味見』程度の2切れだけですが、列は途切れず、時間制限する始末。
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タイには『ナンチャッテ』日本食屋が乱立していて、その人気は常々聞いていますが、これほどとは! 若い層が中心だったこのフェアでのこの人気。 日本料理のタイでの人気はこれからも盤石ですね。

ところでお寿司は大人気だったのだけど、肝心のカレン族の陸稲は宣伝が行き届いたのかしら?

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by karihaha | 2016-12-05 15:45 | ブログ | Comments(0)

2016年の風景です

1か月間もブログ投稿を休んだかと思えば、連日のエントリー。 我ながらその気まぐれを少々反省しないでもありません。

さて、今月もいつも通りチェンダオ周辺の支援先に行きました。 山岳少数民族の保育園3か所、脳性マヒの少女とその一家、90才超えの老人とその軽度の知的障がいのある娘宅、チェンダオ高校の奨学生、小さな児童養護施設等々、1日で回るためいつも駆け足になってしまいます。

それでも短い時間とは言え、1か月間の変化を聞けたり、様子が分かるので一・二か所はスキップしてしまえ、という訳にはいかないのです。

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今日はまず、そんな一日で会ったBuuの住む集落のこと。 この写真いかにも戦後の日本のような風情がありませんか?特に写真がピンボケですものね。

いえいえ2016年11月のチェンダオの一集落です。いつも私が来たと察すると、お菓子がもらえるとわらわらと集まってくる子供たち。 年齢的には学齢期の子も多いのですが、平日のあの日も自宅にいたようです。

彼らは首長族として有名な少数民族パロン族です。パロンと言っても首は長くはありませんが。 ビルマから経済難民としてわたってきて、チェンダオの片隅にタイ人から日雇い仕事を貰いながら住みついています。

Buuとは彼女が半年に満たないときから支援をしているので、この集落を知ってからもう5年半になりますが、人の入れ替わりはあっても、生活レベルは変わっていません。 

毎回「学校に行きなさい」と口を酸っぱくして言ってはいるのですが、村の小学校の体制や、父兄の意識がそれを阻んでいます。 国籍もなく、教育もない。 今後のことを考えると無力感を感じざるを得ません。

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そしてチェンダオ高校3年生のMadrod。 リス族の彼女もパロンの集落と同じようなレベルの生活をしていますが、少なくとも学業は続けていて、今年は20歳になりました。来年はいよいよ大学受験ですが、成績優秀で当地の国立大学、チェンマイ大学の教育課程を履修し、将来は教師を目指しています。

前回会ったときには思いがけず、彼女作の素晴らしい額入りの絵をプレゼントしてくれました。そんな才能があったとは知らず、心から嬉しかったです。本人はタイ語の教師が第一志望ですが、美術でも十分やっていけると思います。


リス族は昔からタイ北部に住み着いているため、タイ社会への同化も進んでいるゆえ、教育の大切さを周知しているのかもしれません。でもパロン族、特に支援先の集落などはここ10年前ぐらいに移り住んできたゆえ、タイ側の対応の欠如とともに、彼らの意識自体がタイ社会に追いついていないのです。


あの集落からはいつになったらMadrodのような学生が生まれるのでしょうか?

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by karihaha | 2016-11-28 19:36 | ブログ | Comments(0)