「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:HIV・AIDS( 10 )

国際エイズ学会

2012年度国際エイズ学会がアメリカのワシントンDCで開かれています。7月22日から27日までの会期中に、世界190カ国以上から2万5千人が参加しています。

1981年に初めてエイズウィルスが確認されてからの30年の間に、3千万人以上の命を奪い、いまもなお世界で3千5百人以上の感染者がこのウイルスに犯されています。

この30年間を大きく3つに分けると、最初の10年は有効な対策もなく、予防に終始しました。そして2期目の10年間の間に効HIV薬が開発され、直近の10年間ではその開発が飛躍的な成果を挙げ、HIVの啓蒙教育も効を奏してここタイを例にとっても乳児の母子感染率が一時期の25%から0.4%にまで落ちています。

私の経験した中でも、ほんの10年前まではとても就学期迄は生きられないだろうと、学校に行かせずに、その日までは楽しいことだけの生活をさせようとする児童養護施設もありましたが、現在では薬のお陰で中学・高校はおろか大学にまで行っている子ども達もいます。

薬の開発も日進月歩でつい最近も『Truvana』という薬がアメリカで認可されました。この薬はHIV非感染者が服用し、感染者と非感染者が接触した場合に非感染者の感染リスクを75%軽減できたという結果がでたようです。

ただ、男女間の接触の場合は避妊具が一番有効な方法だと思うのですが、たとえば医療従事者の医療事故を防ぐという意味では有意義な方法かもしれません。私の知り合いのドクター・イブもボランティア中に誤って患者に刺したあとの注射針を刺してしまって、結果が出るまでの3ヶ月間抗HIV薬を服んだことがあります。

話は戻って国際エイズ会議の今回のテーマの一つは、HIVウィルスを体内から撲滅させるための薬の開発ということらしいです!

もしそれが実現したらこんなに素晴らしいことはありません。特に母子感染した子ども達にとって朗報中の朗報ということになるでしょう。

癌の特効薬もまだ開発されないいま、難しいとは思いますが、いままでの30年間の歩みを見ていると決して不可能ではないかも、と大いに期待しています。
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by karihaha | 2012-07-24 18:23 | HIV・AIDS | Comments(0)

祖母

 入っていったHIV感染児の部屋のベッドの占有者はアームが一人だけだった。

 「独占でいいねー」

 丁度鏡に向かって白髪を抜いていた祖母は、私の声に驚いたように振り返り、満面の笑みを浮かべてくれた。

 
 以前にこのブログに書いた、『えくぼ君』の姿がない。ということは、やはり母親が引取りに来たのか? 気になっていたそのことをまず最初に切り出した。

 「その後、母親が引取りに来たよ。やせ衰えている子だったら欲しくない(???)と言っていたけど、丸々と太って可愛いので喜んでいたよ。その後も検診の時に会ったけど、可愛がっているみたい」

 何はともあれよかった。一部母親の言動に不可解な部分はあるけどね。


 アームの祖母は、『おばあちゃん』というにはちょっと気の毒と思うぐらい若々しく見える。母方の祖母だそうだ。孫に付き添ってもう1年が過ぎた。

 「もうあと2年もしたら、HIVの治癒薬ができるって本当?」

 似たような話はよく話題に上るが、私の知っている限りでは、そんなに短期間で治癒薬が出る可能性は少ない、いや皆無と言ってもいいのではないだろうか。万が一出たとしても、タイのようにARV(抗HIV薬)のジェネリック(コピー薬)を製造して感染者対策をしているような国が、出たばかりの高い真正品の治癒薬を買って、感染者へ配るような経済力はないだろうし、そのコピー薬を万が一にも作ることが出来るとしても、それは遠い将来のことだろう。


 「もうこの子がどうなっても、それはそれで良いと思ってるの。出来るだけのことはしているし、この子もこんな風に学校にも行けずに、寝たり起きたりの生活で、痛い思いばかりして」

 アームの母親、祖母の2番目の娘は、5年前アームが5才の時に26才で亡くなったそうだ。タイ人女性の殆どの感染者がそうであるように、主人からうつされて。

 その後は祖父母に引取られたそうだが、父親からは全く連絡がないそうだ。父親の兄から聞いた話では再婚したという。


 『夫婦のうち感染させた方が生きながらえ、その上、我が子にまで感染させてしまった父親が養育責任をとらない』

 HIVウイルスは菌としては巧妙で、人間の本能にチャレンジするような形で感染者を広げていっている。そのこと事態は、感染者が不運と思うだけなのだが、アームの父親のように、その後の対応が納得できない人々には、感染者であるなしに関わらず、はけ口のない怒りを感じる。

 
 アームを始めとして、抗HIV薬のおかげで延命というよりは、普通に生きられる可能性が出てきた子どもの感染者たち。そうなると、遺伝的にうえつけられてしまったHIVウイルスをどう受け止め、共生していくのか? そのことがいま手探りで模索されている。
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by karihaha | 2006-04-07 03:52 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(9) タイのアフリカ化?

 アフリカ南東部の小国マラウイの、HIV・AIDSの現状についてのリポートをNHK国際放送で見た。

 一分間に一人の子どもがAIDSで死亡、平均寿命34歳、2010年のエイズ孤児は、アフリカ全土で1800万人という数字の羅列が続く。

 テレビでは一人の祖母が、17人の子どもや孫たちを養っている映像も映し出されていた、彼らの父母たちは、全員AIDSの犠牲者となり、すでにこの世にはなく、自身も感染者である祖母一人で、一日一食の食事を賄うのにも限界があると報じていた。

 アフリカでは、このような家族は決して特異な例ではないという。なぜなら本来ならば生産作業に従事しているはずの、中年にも達しないような人口層が、バタバタとAIDSによって倒されているからだ。

 HIV・AIDSの専門医である、私の友人は、「アフリカは、AIDSで終わらされる」と公言して憚らない。


 まだそこまで顕著な状況に陥ってはいないように見えるタイだが、バンコックのゲイ集団の感染率は28%、国境付近の軍人たちの感染率は46%という説もある。

 その軍人たちは、任務が終わると、タイ国内のそれぞれの新しい任地へと赴いて行く。


 「タイのアフリカ化」を危惧する友人だが、本当にそんなことが起こるかもしれない。病院に身を置く私の目から見ても。

 『予防=コンドーム着用』

 一見簡単なその行為が実行できず、いまも人知れず悲劇が繰り返されている。
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by karihaha | 2005-11-03 00:38 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(8) 一つの現実

 とても信じられないような話を聞いた。

 カナについては、このブログ「小児病棟から(5)二人のHIV感染孤児」に書いたことがある。

 母親が別の男性と出奔し、置き去りにされたあと、継父からのDV(家庭内暴力)で、心身共にダメージを受け入院していたHIV感染児。

 Aホームの方々の努力もあり、最近は見違えるように太り、笑顔がとびっきり可愛い少年に成長している。

 
 そのAホームのスタッフから聞いた話。

 カナの母親がホームに姿を現したそうだ。妊娠中のお腹を抱えて。

 どうしてカナを置き去りにしたのかという質問に、「この子は身体が弱いので」と答えたという。

 その原因は両親にあるのだと、無責任をなじっても腑に落ちない様子。まさかと思いながらも、母子感染について説明すると、心底驚いた様子だったそうだ。

 自分が感染者であることを知らなかったのだ!

 スタッフが慌てて、妊娠中の胎児の母子感染を防ぐ方法、母乳禁止等々を説明したらしい。


 あまりにも… 

 言葉を失う。でもこれも、HIV感染を取り巻く一つの現実ではある。
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by karihaha | 2005-06-26 12:15 | HIV・AIDS | Comments(2)

HIV/AIDS(6) 友人V

 「類は友を呼ぶ」というが、私の友達にはユニークな人生を送っている人が多い。そんな友人たちの中でも傑出しているのは、何と言ってもアメリカ人のVだろう。

 ‘彼女’は50才を過ぎた現役の‘おかまちゃん’である。彼女のアメリカでの波乱万丈の人生は他人事として聞くと「ホントーかよ!?」と思うぐらい面白い。それを語りだしたら、一冊や二冊の本ではすまないだろう。いま自伝を執筆中とのことなので、その出版を楽しみにしたい。

 彼女のユニークさは生き方だけではなく、信念にも現れている。「生涯一フッカー」と公言しつつ、HIV予防キャンペーンのために孤軍奮闘している。男性、女性用のコンドームを役所やHIV予防関連のNGOから無料で手に入れ、夜の巷で働く男女に配っているのだ。この活動は1992年にニューヨークで始めたそうだ。当時は注射針も配っていたと言う。

 チェンマイでは県庁の福祉課で調達するという。あまりに頻繁に行くので、「高いから少ししか渡せない」と言われると、「なに言ってんのよ、感染者の面倒を見るほうが余程高くつくでしょ!」と一喝してくるらしい。ごもっともである。

 去年から今年にかけて行ったオーストラリアのHIV予防の取り組みを話してくれた。かの地の売春は決められたゾーンであればお目こぼしがあるようで、シドニーの歓楽街のキングスクロスに一年365日、毎夜シドニー病院の車が出、希望者にコンドームやペッサリー、注射針を配るそうである。合理的かつ効果的、これは西洋人の特質の良い例だろう。彼女がそのようにして貰った品々を山ほど持って帰ってきたのを見た。

 それを毎夜、「ロイクロ通り」、「ターペー門付近」、「ナイトバザール」といったチェンマイの歓楽街で配る。その付近の男女にとってVはもうお馴染みの人物なので、あっという間にその日の手持ち分がなくなるらしい(みなさん、ぜひ実際に使ってくださいよ)。

 「なぜその活動を始めたの?」と聞くと、「自分は奇跡的に感染しなかったけど、友人たちがたくさん亡くなってしまったから」と答えた。

 過去アメリカを始め、感染者の出た国で間違ったHIV予防キャンペーンが行われたために「HIV=ゲイ、売春」というイメージが人々の心に植えつけられたのは事実である。そのため感染者全体が、いわれのない偏見に苦しめられた経緯がある。

 これを書いている張本人の私も「主人が浮気をしたために、、、」と言ったり、書いたりする意識の中に彼らの存在があるのを否定できない。しかし実際には‘どのような性的関係’でも可能性があるということは認識しておかなければならない。

 私はここで売買春の是非について論じるつもりはない。ただ言えるのはVが経験をもとに、自らの分野で出来る形で予防キャンペーンに力を注いでいることは適切で懸命なことであると思うということだけ。今後ともお互いに情報交換をし合ってエイズ予防キャンペーンを続けたいと思う。
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by karihaha | 2005-03-17 03:52 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(5) HIVウイルスのつぶやき

 まず自己紹介をさせていただきます。私の名前はHIVウイルスです。日本では‘ヒト免疫不全ウイルス’と呼ばれています。私の出身地については私自身もよく分からないのです。学者の方たちによると、アフリカ中西部のジャングルにいたアフリカミドリザルで、人間が殺し食肉にしようとしたためであるとか、化学実験で、突然変異であらわれた菌、はたまた人口削減のため意図的に作られた菌などというとんでもないのまで諸説入り乱れているようです。

 私の存在が最初に世間を騒がせたのは1981年アメリカでした。何人かの男性同性愛者が不思議な病気に罹り、研究された結果、私が発見されたのです。でも1959年にコンゴで酷似したケースの記録が残っていることや、その30年まえにも類似のケースの報告例があります。まあその頃のアフリカでは私の存在も「不思議な病気」で片付けられたんですね。そのお陰で今日まで長生き出来ているんですけどね。

「アフリカ起源説」では、ある同性愛者のフランス人船員が私をアメリカに持ち込んだという話を聞いたことがあります。お聞きになったことがありますか?その船員がアフリカの海岸沿いの港で次々に関係を持ち、ロスアンジェルスで広めた。その根拠としてその船員の関係した相手数人がアメリカ最初の感染者だというんです。「不思議な病気」がことアメリカの手にかかると身ぐるみはぐようにそこまで調べ上げられてしまう。すごいですね。

 それからは世界各国の学者たちがこぞって私の研究をしだしたんですね。世界の大製薬会社が巨額の資金を投じて躍起になって治療薬を開発しようとしたんです。でも自分でいうのも何ですが、私の‘賢い’ところは、変わり身の早さですね。科学的に言うと‘変異’が激しすぎて、学者さんたちは感染予防ワクチンの開発に苦労なさっていますね。まあ今は「抗HIV薬」でいく手をはばまれていますが、これもわたしの家主が薬を飲まなければ、問題がないわけです。

 タイで始めて私の分身が報告されたのは1984年。あの国はセックス産業が盛んだから、そういった意味ではくみし易かったそうですよ。それに兵役についている若い兵隊が各地に駐屯するものだからどんどん広まってしまって。でもだれが一番最初に私の分身をタイに運んだんでしょうね?まあアメリカ人というのが妥当なところではないですかね。

 日本では1985年3月に初めて感染者が報告されたわけですが、その時も大変な騒ぎでしたね。患者さんがまるで極悪人のように忌み嫌われたのはお気の毒でした。思い当たるふしのある男性諸氏からの悲痛な相談があとを絶たなかったり、コンドームを作っている会社の株が‘大化け’して思わぬ金を手に入れたとニンマリする人がいたりと悲喜こもごもの騒動でしたね。

 私が世間に知られるようになってはや25年。驚くべきことに私の分身たちが世界中で約4,000万人(2004年国連エイズ合同計画(UNAIDS)発表)の人に巣くっていると報告されています。でもこれはあくまで確認された感染者で、いま密かに潜伏している分身たちを入れると、その倍は固いかなと思っています。すごいですね、その数って。いまこのインタビューをしている人の言を借りると40人乗りのバス1台に1人の割合でしょ?このままいったら?考えると自分でも恐ろしくなりますよ。

 なぜこんなに広まるのか?自己弁護じゃないんですけど、ちょっと言わしていただいていいですか?

 私が不思議に思うのは、この20年間で私の身体の隅々まで調べつくされ、感染率とかなんだとかのデーターも揃っているわけですよね。エイズ予防のキャンペーンもしっかりされているようだし。そのせいで日本やアメリカなんかでは血友病の患者さんにまんまと入り込んでいた分身とか、注射針に張り付いていた子孫がものの見事につかまり、その辺の‘旨味’がなくなってきたわけですね。

 子どもに入りこもうにも、医者があの手、この手で母子感染の予防をするし、世の中やりにくくなってきたかな、と思いきや、例えば日本なんかでは前の年に較べて患者さんの数が増え続けている。その心は?「ずばりセックスですよセックス」。人間の本能と上手く手を組んではいても、私は自分の手のうちをすべて明かしているではないですか。空気感染するわけじゃないんだから、予防しようと思えば出来るんですよ。本人がその気にさえなれば。そうしてくださいよ。

 このインタビューをしている人のいる病院でも、3ヶ月や半年の子どもたちが私の被害者になってバタバタと亡くなっているのは、正直言って辛いです。ビーという子なんかは父親、母親を私のせいで無くし、おじいさんがつい2ヶ月前に亡くなり、今度はビー自身ですって?

 本当にもう私をこれほど暴れさせないでください。アフリカミドリザルの中で大人しくしていた私は幸せでした。人間と違ってあのサルとは共存出来ていたんですから、、、
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by karihaha | 2005-03-04 20:59 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(4) 日本の対応、簡単に。

 日本で1980年代HIV AIDSの最初の感染者が報告されて以来、日進月歩ながら、さまざま取り組みがされている。その内の主なものは下記の通り。

「HIV抗体検査」:
 全国各地域の保健所にて原則として無料で行われるほか、各地域の拠点病院(下記参照)でも行われている(有料:およそ7千円)。個人の秘密厳守の原則に基づき匿名でも良い。検査の時期は、抗体が現れるまでの時間を考えると、思い当たることから3ヵ月目以降が望ましい。結果は約1週間後に本人にのみ通知される。

「拠点病院」
 HIV、AIDS患者の診療を専門に担当する病院が各都道府県に置かれている。一概には言えないが、やはり首都圏の駒込病院や、東京医科大学、また大阪であれば国立大阪大学病院のように、各地方の中心都市にある病院に、より経験を積んだ医師が配属されているようである。

「医療費」
 原則的に個人負担。しかし保険証を使った場合、通常の高額医療費払い戻し請求が出来る。また身体障害者認定された18才以上の患者の場合は、更正医療の適用があり、収入に応じた医療費補助がある。

「身体障害者認定」
 1998年4月以来、CD4カウントが500以下あるいは、500以上ではあっても特別に指定された症状がすでにある場合は「免疫機能障害」の身体障害者として認定され、CD4カウントあるいは各症状に応じて1-4級までの障害者手帳が交付される。

「抗HIV薬」
 すべてが輸入薬で、日本では約20種類が認可されている。HIV菌の増殖プロセスに応じた薬を同時に服用するので、一回あたりの薬代は高額なものとなる。一ヶ月の薬代は平均15万円から20万円(保険適用以前)というところだろうか。これを一生服用することになる。

 これに対してタイ、インド、ブラジル各国で独自に「ジェネリック薬(コピー薬)」を製造し、製薬会社とのあいだで国際問題になったことをお聞きになった方も多いと思う。製薬会社としても新薬開発の研究費の確保が必要ではあろうが、人道的見地からも、柔軟な対応が求められている。
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by karihaha | 2005-03-04 20:57 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(3) HIV感染のメカニズムと経過

 よく言われているのは、初感染するとまず2週間後ぐらいに風邪に似た症状に襲われることだが、それからあとは長いあいだ特に目立った自覚症状がないまま過ごす。しかしエイズ発症までの8年から10年の潜伏期間中もHIV菌は増殖し続け、同時に免疫細胞を破壊し続けている。この潜伏期間中に自覚症状がないまま、予防なしのセックスをし、2次感染をした、させられたという悲劇があとを絶たない。

 ある日ふと、「HIVの検査でも受けてみようかな」と思ったとする。しかし思い当たることが例えば前日のことであった場合、結果は必ず‘陰性’となる。なぜか?それは体内に‘異分子’が入ってきた場合、‘識別隊’が「誰か新米が入って来たぞ」と‘新米レッテル’を貼り始めることを抗体といい、この抗体があるかどうかの検査をするのが、世間一般に言われているHIV検査、正しくは「HIV抗体検査」であるからである。この‘抗体=識別隊’の初出動には時間がかかり、HIV菌の場合早い人で4日、殆ど全員が45日目ぐらいにしかその存在が確認できないためだ。

 HIV菌がターゲットにし、宿主交換を要求するのは免疫細胞でも親玉格のT4細胞だ。T4細胞は表面にCD4という触覚のような門番を置いている。たまたまこの門番が預かる鍵とHIV菌の持っている鍵がピッタリと合うため、HIV菌が易々と‘不法侵入’し、巧みな方法でその細胞の従来の持ち主の特質を変化させ、‘我が家’にしてしまう。

 HIV感染者と認定された場合、患者の重篤度は普通、免疫親玉であるT4の門番、すなわちCD4の数(CD4カウント)で表される。CD4は非感染者の場合血液1ミリリットル中600から1400であるが、一般に初感染から8年から10年後にCD4カウントが200以下ぐらいになると、エイズを発症する。

 ‘エイズ’は後天性免疫不全症候群とよばれるように、一つの病気の名前ではなく、免疫細胞の破壊で免疫力が落ちたある時点で発症する病気(日和見感染症)の総称で、日本では結核、カポシ肉腫など23の日和見感染症が認定されている。その内一つでも症状が出ればエイズ患者とみなされる。

 残念ながら現在HIV菌に直接効くワクチンなどの医薬はまだ実用化には至っておらず、HIV菌の増殖を抑える「抗HIV薬」が広く使用されている。「抗HIV薬」にはHIV菌の行く手をはばむ作用があり、薬が進行を防いでいる間に、少なくなった免疫細胞の増殖を促すというメカニズムがある。「カクテルテラピー」あるいは「3種混合」という言葉をお聞きになった方も多いと思うが、この名前の由来は、HIV菌がCD4門番を騙して、T4親方宅へ家宅侵入してから自分の‘陣地’にしてしまうまでに段階的プロセスを踏むので、その個々の段階のいく手を阻むのに効果のある薬を3種ないし4種同時に服用することから名付けられたものだ。

 抗HIV薬の服用には時間厳守が必須の条件となる。一日2回ないし、3回なりの服用時間を守らないと、その間に薬で足止めを食っていたHIV菌の‘たが’が外れてしまい、再び進攻するスペースを作ってしまう。HIV菌は押さえつけられている間も、薬と闘っていたので耐性をつけている。もし薬の飲み忘れや服用中止を繰り返すとどうなるか?ますます強い耐性を持つ菌をのさばらせることになり、新薬の対応が追いつかなくなる。

 しかしなんと言っても一番良いのは「HIVに罹らない」ということである。男女間の場合パートナーがお互いに検査をし、非感染者であると確認すると同時にその関係のみに忠実であるならば問題ないが、不特定の複数のパートナーが絡むと感染の可能性が出てくる。そのような場合は「予防つまりセーフセックス」につきる。

記:スマトラ島沖大津波、ボランティア報告」を書いた医師が、エイズ患者の症状を記録し、学術資料として広く公開している。関心のある方は、ホームページhttp://www.aids-hospice.comをご参照ください。

*次回はHIV感染者に対する日本政府や病院の取り組み。医療費負担について。
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by karihaha | 2005-03-04 20:54 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV/AIDS(2) 母子感染

 いまAホームの子どもで入院しているのはサシガーン1人である。彼女はVホームからAホームに引き取られた6ヶ月になる女児で、HIV感染者であると同時に、身障者でもある。前頭部の幅が極端に狭く脳障害があるようだ。幸いなことにこのホームの責任者の方針で、入院している子どもがたとえ1人でも24時間体制で付き添い保母がつく。

 Vホームの子どもの世話をしていると、Aホームの保母が「サシガーンはネガティブだった」と言った。HIVが陰性反応という意味である。彼女がHIV感染者でなかったことは祝福すべきことだけど、、、」と言ったきり言葉に詰まった。

 AホームはHIV感染孤児のみ受入れているので、彼女はまた施設を移らなければならない。K孤児院に戻される確率が一番高いだろう。正直言って、Aホームがそのまま彼女を育ててくれるのが理想だと思うが、今までもそれをしていない、出来ない理由がある。その一つは2次感染である。

しかしなぜこのようなことが起こるのであろう。それを理解するには「HIVの母子感染」について知る必要があるだろう。

HIV母子感染とは

 HIV母子感染率は先進諸国で15-25%、アフリカでは50%前後、世界平均で30%といわれている。母子感染の原因は1)子宮内、胎盤感染2)分娩期、3)母乳、と3つの可能性がある。陣痛が起こるころになると胎児を包んでいた胎盤の一部が剥がれ、母子の血液が混じりあう。難産の場合、破水後から出産までの時間が長くなり、同時に血液にさらされる時間が長く感染率も高くなる。

 さらに母親の血液中のHIV菌の数にも関係がある。多ければ多いほど感染率が高くなるわけだ。感染予防法としては1)妊婦のHIV検査、2)妊婦に抗HIV薬を投与し、HIV菌の増殖を防ぐ、3)分娩時間の短縮(帝王切開)、4)新生児の消毒、5)母乳の禁止、6)新生児への抗HIV薬の投与、があるが、6)は副作用の懸念もされている。母子感染の診断は、日本では出生直後、1週、4週、24週に2種類のHIV検査をする。検査を繰り返し、そのデーターをもとに生後6ヶ月ぐらいには結果がでるが、母体から引き継いだHIV抗体(HIV菌ではない、次の章で説明)の影響が最終的に消えるのは生後15ヶ月ぐらいのため、通常もっとも安全な期間は18ヶ月間と言われている。

 小児病棟のHIV担当S医師によると、タイでも同様の取り組みがされているという。日本と同様、任意で妊婦にHIV検査を奨励しているが、その率は90%に留まっている。検査を受けない理由は「主人に反対されている」というのが圧倒的多数であるらしい。ここにも‘主人の買春―妻から子どもへ’という感染ルートが見えてくる。そのような場合はコンサルタントが仲介し、100%の検査率を目指しているとのことだ。

 Vホームの場合、捨て子や強姦、あるいは血液検査をしていない母親から生まれた子どもは、まず「HIV感染児の家」で養育される。これは親のHIVに関する情報が入手できないためである。検査を繰り返し、旬日を置いて晴れて「シロ」となれば、その年齢に応じた家に移される。

 サシガーンの小さな身体ではとても受け止められないような人生の苦、すなわち孤児、HIV感染児、身体障害者というラベルのうち、一つが取り払われたわけだが、その代償としてAホームを去る運命にある。では、彼女のあと2つの苦を親身になって、共に戦ってくれるような擁護者は現れるのであろうか。
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by karihaha | 2005-03-04 20:52 | HIV・AIDS | Comments(0)

HIV /AIDS(1) HIVって?エイズって?

午前中、見るともなく見ていたNHKの国際放送で私の注意を引いたニュースがあった。
2004年に新たにHIV感染者として認められた日本人が、1984年の統計開始以来、初めて
1,000人を超えたというものだ。

 私の知る限りではいわゆる先進国の中で、その数字が前年比増加の一途をたどっているのは日本だけと聞く。しかし日本ではまだHIVが‘他人事’のようにとらえられがちである。だからこそ、より多くの危険性をはらんでいるとも言える。

 ここタイではエイズ禍が現実問題として多くの人々に影響を与えている。現在ボランティアをする病院では去年1年間で、私が関係した子どもだけでも11人が亡くなったが、その内9人の死亡原因がエイズであった。勿論全員が母子感染であった。そして今も一人の女児が生死の境をさまよっている。

 これからはこの場でも少しずつ、3年まえのエイズホスピスでのボランティア経験を含めて、HIV・エイズについて語っていきたいと思う。まず手始めにボランティア時代に書いた日本語の情報を紹介させていただきます。
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by karihaha | 2005-03-04 20:46 | HIV・AIDS | Comments(0)