カテゴリ:小児病棟から( 165 )

小児病棟から(194) 小さくて大きな

 今朝のおばからの電話ではテンが退院することになったそうだ。

 ICUを出たのが4日前。昼間は私が、そして夜の付き添いはおばがといういつものパターンで、何とかやり通した。


 本当はおばに一日中ついていてもらいたかったのだが、内職で忙しい、その上ジェームとジェー、2人の息子の成績が悪く、揃いも揃って転校を余儀なくされた。そのため、夏休み中にも関わらず補習校通いの送り迎えというおまけまでついて、身動きが出来ないという。
 
 綱渡りのような彼女の生活。身体を労わってあげたいのはやまやまなのだが、生憎私も何かと忙しい。

 
 昼夜完全に逆転しているテンは、日中は深い深い眠りについている。11人もの大部屋なので、夜騒がれるのはおばに可哀想と、眠るテンを揺り動かしたり、お風呂をつかわせたりするのだが、彼女の睡魔に打ち勝つ効果的な方法が見当たらない。

 ただひたすら睡魔をむさぼるテンの横で、所在のない私に色々な想いが渦巻く。

 
 まだ首も据わっていない。座位もダメ、立つなんてとんでもない。寝たままときおり左手で床を打ったり、足をバタバタさせるのが精一杯。

 「ブッブー、パッパッ」という二言が彼女の言葉らしい言葉。

 でも笑顔の素晴らしさは天下一品のテン。


 彼女の肉親ではない、そのことが私の心の‘揺れ’の一因なのだろう。肉親であるおばからは、ついぞ弱音を聞いたことがない。

 1才5ヶ月のテンの予後は、身長152cm、体重48kgのあの小さくて、‘大きな’おばにかかっている。
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by karihaha | 2006-04-28 12:59 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(193) 『国の子』

S病院ICU(集中治療室)

 テンが入院して10日が過ぎた。いまもICUにいる。

 「出来るだけ長くおいてやってください」という願い(?)が通じたわけでもないだろうに…。

 見た限りでは元気なものだ。酸素チューブさえもしていない。それならなぜ一般病棟に移らないの? 経過観察ということなのだが、それはそれで心配になる。


 「おばの次男はすっかり元気だそうです。もう面倒を看れます。勝手を言うようですが、もうそろそろ出してやっていただけませんか? だっこをしてやりたいのです」


 テンの向かいのベッドにいる、同じ水頭症の女児、スワイの容態は思わしくない。この2週間、人工呼吸器につながれたまま。脳内に菌が入り、危険な状態が続いている。彼女の両親は雲隠れしたまま。


N県立病院病棟

 カンタポンがICUから無事帰還した。もう一人の双子のような片割れのノーンタキンが幼い命を閉じたこと。そのことを思うと、彼が健康を回復しつつあることが、ことさらに尊く思える。

 彼を含め、病棟の入院患者は5人になった。あともう一人、泣き虫アリーがICUに居残っている。

 病棟に5人ということで、Vホームの職員が一人応援にやってきた。彼女はVホームに一人だけいる看護師の、助手のような仕事をしている。



 分かってはいるが、確認したいことがあった。彼女なら知っているかもしれない。

 「ノーンタキンのように、亡くなった子どもの遺体はどうしているの? Vホームでもお供養とかしてあげてるの?」

 「ううん。書類上の手続きをして、あとは病院の判断に任せる。解剖とか献体とか。でもあとは大部分が火葬されるんじゃないかな」



 『国の子』の運命は、その最後まで『国の子』らしく閉じられる。
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by karihaha | 2006-04-23 00:37 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(192) 滞在延長、無理ですよね

 今日もチェンマイ縦断。

 その張本人のテンはまだICUに居た。今回の痙攣のあと、頭蓋骨に穴をあけ、溜まった髄液を体外にだす。その処置が思いのほか早くすみ、もう‘穴’も閉じられた。シャントは引き続き使えるらしい。

 そこで、素朴な疑問。

 『シャントは使えている。でも今回も前回も1ヵ月半に一度の割合で、命に関わるような痙攣を起こしている。その原因も溜まった髄液。それってシャントの働きが不十分だからではないの?』

 今度おばが病院に来たら、その辺のことをしっかり聞いてもらわねば。

 
 ICUのテンは、器械に囲まれてはいるものの、ムチムチとした身体をもてあまし気味にグズっていた。 人工呼吸器を外すとしばらく声が出ない。その症状も消え、いつもの発声練習(?)をしていたらしい。

 低音部から高音部へと、じょじょに上がっていく声はそれでなくてもうるさい。それをICUでなんて…。

 私も調子にのって、「テン、ブーブーは」と唇を震わすと、律義に応える彼女。それを見て大笑いをする看護師。こんなにICUにふさわしくない患者も珍しい?


 「でも、もう2.3日おいてやっていただけると助かるんですが…。ジェー(おばの次男)も熱が下がってきたみたいで、もう一息で病棟での付き添いも出来ると思いますから。それに私もN県立病院で5人も患者を抱えているんですよね」
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by karihaha | 2006-04-20 03:19 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(191) そんな一日

 「どうしようかなー」。

 大したことはしていないけど、『身体がふたつあったら』と思うことがある。今日はそんな日。

 おばからのいつものワン切りでは、ジェー(おばの次男)が高熱で、嘔吐しているそうだ。だからテンがICUから出ても付き添えない。

 ソンクラーンのバタバタというよりは、水浴びでふやけている間に、『泣き虫アリー』がICUに入ったりして、N県立病院でも色々ある。

 

 S病院のテン。「あんたなんでICUにいるの?」と思わずつっこみをいれたくなるぐらい元気だった。看護師の話では、ICUを出るのは「今日かなー、明日かなー」ということらしい。

 「どうせ私は病棟で付き添わなければいけないから、明日からはここに来なければいけないんでしょ。それだったら今日中にN病院の子たちの様子をみにいこうよ」

 そう自分を鼓舞してやりましたよ、炎天下のチェンマイ縦断。

 
 N県立病院では、いつものビクタージュニア。盲目の男の子。それにもう一人、今日の新顔、生後21日めの男児がいました。眠っているはずの彼の片目が閉まっていない。左手の親指が二つある。それ以外に『UR??』と書かれた病名が、彼がVホームに預けられた(捨てられた)理由のはず。。。


 そんな一日でした。
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by karihaha | 2006-04-19 03:09 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(190) タラ、レバ

 「ノーンタキン」の双子みたいな片割れ、カンタポンの容態がようやく安定してきた。

 ICUに入っていく度に、大きな目をパッチリ開けて迎えてくれる。人工呼吸器の管がのどに押し込まれているので、声はだせないのだが、表情を見る限りではあまりむずかることもなく、器械に囲まれた日々を耐えている。

 
 ノーンタキンと彼は、Vホームの同じ部屋に寝かされていた。それで感染しあったのだと、看護師オーイさんが言った。
 
 『後の祭り』とは分かってはいても、『タラ、レバ』と言いたくなる。

 ノーンタキンがVホームに預けられていなければ、親が面倒を見ていれば、Vホームがもう少し早く病院に連れて来ていれば…。

 「Vホームには、容態が変だと思ったらすぐに連れてくるようにと言ったんだよ」とオーイさん。

 
 オーイさんと女医の一人が、近々Vホームの定期的訪問をスタートすることにしてくれたそうだ。ジュニア、アリーなどの入院常習組の様子をみるために。

 正式なルートを通して、M女史に許可を貰うには手続きが煩雑すぎ、いつまでたってもらちがあかないので、週末や祝祭日を利用して、ボランティアのような形で。

 「M女史はなんであんなに話しがわからないんかねー」

 衆目の一致した意見だが、やっぱりあなた達にもですか? 医師と主任看護師が定期的に(無料で)訪問してくれるとなったら、レッドカーペットもので歓迎するっしょうが普通は。

 「Mも週末に行くんだったら、一緒に行こうか?」とオーイさん。イヤ、ご遠慮しておきます。‘潜入’は出来るだけ密やかに。


 ノーンタキンの悲しすぎる死が、皆を動かし始めた。それだけでも慰めだ、そう思うのは‘被害者’本人ではない、他人の勝手な気持の慰め方だろう、きっと。
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by karihaha | 2006-04-12 12:47 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(189) 命

 集中治療室のドアをソーッと開ける。正午からの面会時間にはまだしばらくある。でも、ノーンタキンやカンタポンの姿が見えればそれでよい。

 
 ベッドNo.3に人影はなかった。

 「やっぱり」

 思わずそのまま入室してしまう。分かっていることを確認するために。

 ノーンタキンはきょう4月8日午前1時に息をひきとったのだそうだ。

 昨日の時点でこのことはもう分かっていた。午後5時過ぎ、もう一度様子を見ようと入ったICUの彼のモニターは、刻々と死が近づいていることを告げていた。閉じられた瞼を押し開けてももう反応はなかった。

 死因: 急性肺炎
 享年3ヶ月

 縁があって彼の短かすぎる人生の最期を看取った。親も生まれた環境も分からない。ただ彼が確かに‘在った’。彼が選んだその証人が私だったのかもしれない。


 彼の小さな遺体は合同火葬場に運ばれ、見送る人もないまま物理的にもこの世から姿を‘消す’。そんな命だった…。
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by karihaha | 2006-04-09 00:48 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(188) 「初めまして」

 ビクタージュニアの写真を載せたことがない。Vホームの子どもであるということと同時に、病院でも写真撮影禁止。

 そうは言っても、ガーンなどは看護師の目を盗んで、人気のないところでパチリ。ジュニアにそれが出来なかったのはもう一つの障害があったから。つまり酸素チューブ。

 
 ここ数日前からジュニアの鼻からチューブが一本消えた。酸素なしではどうなるか、この2週間ほど、酸素量が除々に減らされ、ついに『0』に。

 この機をのがす手はないと、何食わぬ顔をして連れ出し写真デビューを敢行。静かな渡り廊下に‘置き’、「笑ってー」というが、何を勘違いしたのか、ベソをかき出した。

 ジュニア1才10ヶ月あまり、本日現在の体重5.3kg。ようやくハイハイが出来だし、お座りも前方45度に傾きながらも安定傾向になってきた。

 いまのところは、看護師やスタッフたちの‘おもちゃ’として、その存在を誇示している。

 そして皆様にも、「初めまして!」。

                    鼻のチューブはミルク用
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                    「よろしく!」
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                    なんでベソ!?
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                    「早くしてよ!! ほんとに泣くよ」
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by karihaha | 2006-04-08 01:40 | 小児病棟から | Comments(2)

小児病棟から(187) テレパシー

 S病院からN県立病院に回ることにした。普段なら『かけもち』などしないのだが、ICUに入っている、あの双子のような男児たちのうち、ノーンタキンの容態が気になって。

 昨日の段階では、最高血圧50、最低血圧22と悪化の一途をたどっていた。私が入室すると、いつも容態や治療方針を説明してくれる看護師が、「起きていると疲れさせるので、薬で眠らせている」と暗い顔で言った。


 今日も部屋に入るなり、両手の親指を下に向けるジェスチャーをした。一日3回血圧を上げるための注射をするのだが、40~50に終始しているのだと。その時頭に刺した針から、注射液が入れられた。テンに限らずどんな子どもでも泣き喚くほど痛いその処置にも無反応。

 丁度2人の入浴時間になった。人工呼吸器を口に入れたままの清拭。ベッドにビニールが敷かれ、身体が洗われる。もう一人のカンタポンは、回復の兆しを見せているとのことで、薄目を開け、泣くしぐさをした。一方のノーンタキンは、お人形のようにされるがまま。

 病棟ではいつも子どもたちにお風呂をつかわせている私でも、これほど物々しい器械に囲まれている彼らには手がだせず、ただ遠巻きに見守るのみ。もう少し症状が軽ければ、「少し抱かせて」と言えるのに…。

 
 お風呂が終わり、器械類に再びスイッチが入れられる。脈拍、心電図と次々にモニターに数値が出てくる。そして血圧が出た。なんと、108/80となっている。何かの間違いでは、ということでもう一度やり直し。皆が注目する中で出たあらたな数値は、85/39。

 「O.K.!!」

 看護師が声を揃えて言った。薬が効きだしたのだ。

 「M、ずっと側にいてあげて!」と一人の看護師の弾んだ声。本当にそんなことで彼が回復するのなら…。

 
 『がんばれ、がんばれ、がんばれ!!』

 離れているけど、テレパシーを信じているよ。
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by karihaha | 2006-04-07 00:58 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(186) 人それぞれ…

 S病院の水頭症の女児はスワイというニックネームらしい。寄る年波で、タイ人の名前を覚えられない私でも、これなら覚えられる。スワイ、スワイ、スワイ。「綺麗」という意味、たぶん。

 音調によっては全然違う意味になる単語もあるのだが、それはどうでも良いや。とにかく憶えられれば。これで『水頭症のあの女児』とか、『乳児で床ずれ』とかもどかしいことを書かなくてすむ。


 さて、本日のスワイはやっぱりむずかりもせず、ひたすら爆睡街道まっしぐら。丸々とした足を広げ寝ているのは、ちょうど朝潮龍の昼寝姿のよう、見たことはないけど…。

 このところのチェンマイの日中の気温はハンパではない。病院では普段は朝夕2度お風呂をつかわせるのだが、この1週間でN県立病院ではなかった新たな患部が出来てしまっている。その対処法はひとえに清潔。そして見た目相撲取り級の体重の負荷を背中にかけないことだけ。


 お風呂が終わったあとは、背中一面に薬を塗る。残りの体表面には、タイ人の大好きなベビーパウダー。身体といわず、顔といわず、ちょっと‘ひく’ぐらいにぬりたくるのがいけてるらしい。それから重い身体を「ヨイショ!」とばかりに持ち上げ、横にして寝かせる。これで一丁あがり!


 やれやれと思っていると、看護助手が来て、「M、他にもいるよ」。なんとスワイがいる部屋の6ベッドのうち、付き添いのない赤ん坊は4人にもなるらしい。一人は顔見知りのマナオ、その他に2人の男児。

 マナオは入院が1年にもなる。両親の姿をときどき見かけるが、普段は一人ぽっち。あとの2人のうち一人は去年の12月に入院した、そろそろ1才の男児。もう一人は今年2月28日、S病院で生まれた。この2人に付き添いがない詳しい事情はまだ分からないが、Vホームの子どもと違って、いずれは聞きだせるだろう。


 スワイのベッドの向かいには、水頭症が心配されていたモッタノイがいる。入院期間は4ヶ月と思っていたが、双子の一人として1.1kgの未熟児で生まれて以来、すでに11ヶ月間、一度も自宅に帰ったことがないという。小柄な母親は、彼が集中治療室を出てからいままでの7ヶ月間、ずっと付き添っている。

 「結局、水頭症と言われた。肺の病気もあるのに、これからどうなるのか」と言いながら涙を浮かべる母親。


 親も人それぞれ…。
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by karihaha | 2006-04-07 00:24 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(185) サポート部隊

 S病院に勤務する友人と会う前にと、夕刻の病棟を訪れた。N県立病院から転院した、水頭症の女児がいるはずだ。乳児で床ずれ(?)のあの彼女だ。

 あれから一週間。テンと同じようにシャントの不具合で高熱が続いていた彼女であれば、8階病棟に入ったのだろうと思ったが、まずは知り合いの多い6階病棟へと足を運ぶ。

 頭に管を通して瓶に髄液を流し込む、そんな姿の乳児がすぐに目に入った。捜していた彼女だった。ここでも付き添いの姿は見えず、顔見知りの看護師に様子を聞いてみることにした。

 『ファン郡出身。親は山岳民族で通行証がなく、チェンマイまでこられない。その上年老いた両親の世話があり、余計にこちらに来ることが阻まれている。30バーツ保険の資格もない。S病院で手術をしたあと、一旦ファン郡に戻ったが、シャントの不具合でN県立病院に送られ、さらにS病院へ逆戻り』


 いかにももっともな話に聞こえるが、そんな説明で納得するには、私は色んな事例を見すぎた。

 最初にシャントを入れたときは、付き添っていたというのに、なぜ今回は通行証の問題が出てくるの? ふつう我が子の看病を差し置いて、両親の世話を優先しますか? 何を差し置いても手術が必要な我が子のために手術許諾書を署名にくるのが普通でしょ。

 それとも保険の資格がないということが原因なのか? 治療費全額自己負担におびえて彼女を遠ざけているのかもしれない。


 同じ部屋の向かいのベッドには、去年の暮れに知り合った親子がいた。あれ以来4ヶ月間。肺疾患で入院している息子にずっと付き添うその母親は、「ひょっとしたらこの子も水頭症かもしれない」と心配そうに言う。そう言えば幾分頭が大きくなっているような気がしないでもない。

 すでに1年間も入院しているHIV感染児の孫に付き添う祖母が部屋に入ってきた。私が見舞った水頭症の女児を気遣ってのことだった。


 看護師によると、手術は必要とあらば医師の権限で行われるそうだ。付き添いはいなくても、同じ部屋のあの母親や、優しくて忍耐強いあの祖母が何かと気にかけてくれるだろう。もちろん私も出来るだけのことをするつもり。これで彼女の治療やその後のケアは何とかなると一安心。


 『袖すりあうも他生の縁』

 即席のサポート部隊が出来た。
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by karihaha | 2006-04-05 13:43 | 小児病棟から | Comments(1)