<   2005年 08月 ( 32 )   > この月の画像一覧

ガイヤーン

 「ガイヤーン(焼き鳥)」というあだ名をつけられた女児の両親を今日始めて見かけた。

 タイ人のあだ名は生まれたときに、親か親戚がつけるものらしいが、「焼き鳥」とは、また何故!?


 それはさておき、遺棄されていると思っていたこの4歳の女児に親がいると分かり、現在の病棟でのテンの存在の特殊性に思いを至らされた。

 N県立病院ではVホームの子どもたちの存在があり、その他にも山岳民族の人々が多いということで、‘普通’に思っていたことも、そこで展開されているのは、「特別な状況」なのだとあらためて気づかされる。

 
 「焼き鳥」ちゃんは、久しぶりの親との再会に、少し興奮気味のようで、時折泣き声も聞こえるが、普段なら、おしゃまさんの彼女が看護師に何度もする同じ質問や、呼びかけの声が聞こえない。

 親が来て一番ホッとしているのは、そんな彼女に毎日根気よく付き合っている看護師さんたちかもしれない。
[PR]
by karihaha | 2005-08-31 04:56 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(110) 涙

 ためらいながらも、久しぶりにN県立病院に行ってみることにした。

 実は昨日S病院のエレベーターホールでVホームの職員2人にバッタリ。初めて見た2.3歳の女の子の手をひき、レントゲン室へ向かうところだった。

 その子は足を少し引きずっていた。整形外科の手術が必要かもしれない。

 「もしもここに入院したら、メーが面倒を看てあげるからね」と言うと、コックリ小さな頭を振った。

 「Vホームの子全員をここに連れてきてやろうかしら」と、暇な私は思う。

 いつも気になっていたN県立病院の様子を聞く絶好のチャンス! すると、ビクタージュニアがICUにいるとのことだった。


 12時からの面会時間に合わせ、覗いたICUにはジュニアの姿はなく、すでに病棟に上がったあとだった。

 「どうしよう」

 病棟に上がるのを躊躇う理由は、先日のM女史との一件が‘職場’に微妙に影響しているのではないか、という危惧以外にも、もう一つある。

 テンがCTスキャンを受けた日、私がつかの間の帰宅をしている間、おばが一階に下りたとき、N病院のチーフナースと遭遇したらしい。

 S病院にいる理由を問われ、テンの入院を告げたという。

 タイミングが悪すぎる。その看護師は、N病院での再手術をすべきかどうかという時、おばが最後に相談を持ちかけ、それがきっかけで断る決断をした人だった。

 本人にすれば、せっかく親切に相談に乗ったのに、「気分わるー」と言うところだろう。

 私もそれ以来ぷっつり姿を現さないとなれば、「共犯」と取られても仕方がない。


 折角来たのだから、とやっぱり病棟に上がることにした。テンに関する私の‘身の潔白’や、病院に来なかった直接的原因は、テンのことではなく、彼らが知る由もない、Vホームとセームの問題だということを説明しよう。

 部屋には、ジュニアに並んでセーム。そして向かいのベッドにはこれも付き添いのない、女児が横たわっていた。

 看護師チアップが、テンの様子を聞く。やっぱり事情は知れ渡っているのだ。

 用意していた‘言い訳’がなんだかバカらしくなり、「うん、今は大丈夫」とだけ伝える。

 チアップだけには病院から足が遠のいている本当の理由を言おう。最初にセームの家庭事情や住所などを教えてくれたのは彼女なのだから。

 説明するうちに、涙が出てきた。聞き終わったチアップも、「何てひどい人。自分の権力を誇示したいだけで、子どものことなんか少しも考えていない」と静かに言った。

 
 ゲームは発熱が続いているようだが、見たところ緊急事態ではないと思えた。ジュニアは思ったより元気で、ガラガラとおもちゃを振り回しながら体調の良さを楽しんでいるようだった。

 重症なのは、やっぱりテンの方。つかの間の再会だったが、また来るからねと病院をあとにした。
[PR]
by karihaha | 2005-08-30 11:50 | 小児病棟から | Comments(2)

黄色か赤か

c0071527_10574835.jpg  アパートの敷地を出て左にまがるとすぐに大通りにでる。

 そのまま赤のソンテウをつかまえ左方向に行くと、テンのいるS病院へ。

 行きかう車の間をぬい、通りを渡って黄色のソンテウに乗るとN県立病院。

 セームに関するM女史の一件依頼、部屋にいるあいだから毎朝このシュミレーションを繰り返す。

 「どっちにしようか」


 気持が流れるのは左方向、「テンの方が重症やし…」。でも、私がより必要とされているのは右方向。S病院に較べるとその看護の質の差が余計に際立つ。

 答えを一日伸ばしにしながらもう1週間以上。いまは気持の流れる方に向かっている私。

 でも、この日々を通じてS病院で見たこと、考えたことが、セームのことで色々あるVホームがらみの心の軋轢を超えてでも、やっぱり黄色のソンテウに乗らなければと思わせる今日この頃。
[PR]
by karihaha | 2005-08-29 11:00 | ブログ | Comments(0)

うまい話には…

 N県立病院の小児科に行かなくなってもう10日あまり。ゲームやビクタージュニアのことが気にはなるが、まだVホームがらみの環境に身を置く気力が回復していない。

 テンがこの時期S病院に入院しているのは、「天の采配」というべきか?

 テンの症状は一進一退を繰り返している。ここ数日咳がひどく、息も荒い。一度など、軽快したということで、彼女の登録病院のサラピー病院に転院を勧められたのだが、その夕刻、呼吸困難で酸素チューブを装着する事態になり、足止めとなった。


 S病院での私は、今のところ「借りてきた猫」状態で日々を過ごしている。スタッフの陣容の豊富さに加え、インターンや学生が入れ替わり立ち代りこの、「孤独な子どもたち」の部屋を訪れあやして行くからだ。

 むつかしい病気を抱えた子どもたちばかりだが、そんな若い‘お客さん’のかもし出す雰囲気のおかげか、暗さを感じられないのが救いかもしれない。


 インターンと言えば、今日はテンにとっては運の悪いことがあった。

 バクテリア感染の検査のためか、学生が採血に来た。まず、針を5本ぐらい束ねたのをテンの足の甲にチクチクとさし、毛細血管から血をとろうとした。

 血は少ししか出ず、細いストロー状のガラス管がなかなか一杯にならない。甲を押し、絞り、それでもダメ。テンは泣き喚いている。

 針を換え、今度は別の足の甲。やっぱりダメ。汗びっしょりの彼は、「フー」とため息をついてギブアップ。

 テンが可哀想なのは勿論だが、彼にも何だか気の毒で、まともに顔を見られない。


 そして夕刻、ベテランとおぼしき女医さんが再び採血に訪れた。手の指を針でチクッとさすと、溢れんばかりに血が噴き出し、その作業はものの20秒で終わってしまった。


 「この違いは…」

 その後、先刻の学生が来て、「先生は指のどの部分から採血しましたか」と聞いた。


 いつの間にか教材にされてしまっているテンや子どもたち。この子たちがもし話せたら、

 「やっぱり世の中、そんなにうまい話はありまへんなー」とでも言うだろうか。
[PR]
by karihaha | 2005-08-27 08:49 | ブログ | Comments(0)

天は二物を

S病院のカフェテリア ↓
c0071527_162589.jpg S病院の朝は教授に引き連れられたインターンや学生たちの回診で始まる。狭い廊下を行き来する「白集団」は、患者を観察し、カルテを読みという行為が終わったあとは、波が引くように再び一団となって病棟を去っていく。

 その中に、一人の日本からの医学生がいた。彼はT医科歯科大学からの研修生であるという。

 そして今日、カフェテリアで偶然出会った彼と、自己紹介をしあった。

 「こちらにはどのくらいいらっしゃるんですか? タイ語がお上手ですよね」

 この質問は初対面の日本人同士の常套句。この言葉をきっかけに会話が弾むことになる、はずであった…

 「一ヶ月ぐらいです。タイ語はこちらに高校三年までいましたから」

 じゃ、帰国子女か…

 タイ語が私より数段上手な友人が、彼のネームプレートを見て、

 「タイ語で名前がついているんですね」

 「ええ、僕タイ人ですから」

 「エッ!」


 チュラロンコン大学医学部(東大医学部と同じぐらいのレベル?)の一年のとき、文部省留学生試験に受かり現在の大学で学んでいるという。日本語は5年間の日本での生活で身につけたそうだ。それにしては、上手すぎる!

 『天は二物を与えた』

 完璧な日本語を話すという意味では、彼のような‘外人’と会ったことがない。その上、日本語・タイ語・英語で医学用語が分かり、治療が出来る人。彼のような人が世界の架け橋となって、これからの人類のために貢献してくれるのだろう。
[PR]
by karihaha | 2005-08-26 01:09 | ブログ | Comments(0)

乳歯

 テンのベッドは病棟の一番奥の窓際という特等席だ。窓からは、チェンマイ市街が見渡せる。

 下を見ると、人が大勢ビルを出入りしている。さらに建築中のビルも見える。まさしく巨大病院。


 私は今日もラップトップを持ち込み、翻訳や書き物をすることにした。でも、昨日に比べると、筆があまりはかどらない。テンが全然ミルクを飲めないためだ。

 哺乳瓶をくわえるのだが、上手く吸えない。咬むようなしぐさをするが、ミルクが出てこないため苛立って泣く。手術前はあれほど上手に飲めていたのに。手術でどこかの神経を痛めてしまったのかと、真剣に心配になる。

 手術前からの点滴をいまもずっと続けているので、空腹感はあまりないそうだが、このまま吸えなかったら、チューブ補食ということになるのだろうか。


 泣くときも今までにはなかったような大声で、涙をポロポロ流している。その姿を見ていると、もらい泣きしてしまう私。

 「もうイヤだよー」とでも言っているように。


 そんな日々に一筋の光があたったような出来事。テン8ヶ月半。下歯茎に小さくて、白い乳歯が2本、少し頭を見せはじめた。

 病気のテンした見たことがない目には、その‘普通’の成長の証は、どこか真珠のような、神秘的なものに見える。
[PR]
by karihaha | 2005-08-25 10:33 | ブログ | Comments(0)

ピン川洪水

c0071527_58472.jpg

                        増水したピン川

c0071527_585932.jpg

                        川岸の光景

c0071527_51069.jpg

                        「ビジネス アズ ユージュアル」

 

 空を見上げるのが日課になった今日この頃。およそ10日前の大洪水ショックの後遺症がまだ抜けていない。

 もしまた洪水になったら…

 チェンマイに住む人々はおそらく全員が同じような気持ちで日々を過ごしているのではないだろうか。


 洪水被害の大きかった市内中心部だが、いまでは完全に以前の姿を取り戻している。

 日々の生活に追われる人々の生へのエネルギーは、洪水も一つの現象として呑み込んでしまったかのようだ。

 しかし… 

 側を流れるピン川の水量が、心の平安を脅かし続けている。
[PR]
by karihaha | 2005-08-24 05:15 | ブログ | Comments(1)

教育

 あるタイ人女性。「人生にあきあきした」と言うのが口癖。

 「子どもがいなければ、今すぐ死んでも良いんだけど。もし本当に決心したら、子どもたちに毒を飲ませて、道ずれにする」とまで言う。

 外目には、貧しいながらも助け合って、家族仲良く暮らしているように見えるのに…


 長女として生まれた彼女は、幼い頃から筆舌に尽くしがたい苦労をしてきたと言う。医者(?)であった実父は生来の浮気者で、家には寄り付かず、家計費も入れなかったらしい。

 実父が亡くなったあと、母親は再婚したが、相手はアル中で、母親は狂死した。そして、腹違いの幼い弟妹達は、小学校6年で学業を断念した彼女が育てた(注:中学までが義務教育になったのは1990年代初め)。
 
 結婚を機に、弟妹を児童養護施設に預けたが、そこを脱走した妹を探すために臨月のお腹を抱えて、オートバイで街を走り回ったこともある。


 そして、子どもたちが産まれ、時期を同じくして、弟妹が養護施設から出てきた。弟は主人の家具製造業を手伝える年齢になり、妹も彼女の内職の手伝いをしながらの同居生活が始まった。

 それから5年ほど経ったある日の夕食の席で、彼女の子どもの一人が、自分の父親と叔母の不倫現場を見たと言ったらしい。

 普段から疑いを持たないではなかったが、それが現実と知り狂乱した彼女は、子どもを置いてバンコックに逃げた。しかし、1年後には再び家に戻った。


 彼女の口癖は「お金がない」。時には、「主人にお金をせびりたくない」、「せびったら叱られた」などとも言う。

 彼女の家計管理がよほど下手なのかと思い、「毎月の家計費は折半でやっているの?」という当たり障りのない質問をしてみた。なぜなら、その直前に初めて、お金を貸してくれと言われたからだ。


 その質問に答えた、彼女の話は私にとっては驚くべきものだった。

 結婚して12年。主人がいくら稼いでいるか知らない。そして主人が家計費として支出するのは、毎月390バーツ(約1,200円)の米代だけ、その他の家計費一切が彼女の肩に掛かっている。

 食費を始めとして、子どもの教科書や給食代等の教育費、衣類、光熱費すべてが。家財道具も全て彼女が揃えたそうだ。

 彼女がバンコックに‘逃避’しているあいだも、子どもたちの生活費を送り続けたと言う。自分のための洋服や装飾品などは買ったことがない。主人が「買うな」と言うから。身に着けているのは親しい友人が送ってくれた古着だけ。

 彼女には持病がある。喘息で薬が欠かせない。雨の降る日は特に調子が悪く、寝込むほどと言うのを知っている。しかし、仕事を止めろとは言わない夫。

 主人が怒ると誰も手がつけられない。先日は子どもの一人が細い棒で殴られ、いつまでも痛々しい跡が残っていた。子どもをどこかに遊びに連れて行く余裕は無い、と休日は仕事を手伝わせる。

 食費がいよいよ底をつき、子どもの貯金箱から‘盗んだ’お金で食事の支度をし、それを食べる夫。


 「そんな人をまだ愛しているの?」と問う私に、「私が死にたいと思った時に助けてくれた人だから」と答える彼女。

 「洗脳」、「奴隷」等々の単語が頭を駆け巡る。なんともやりきれない話だ。

 ここまでひどくはないが、もう一人同じような状況に身を置き、家出と「よりを戻す」を繰り替えしている女性を知っている。

 
 タイ人の友人何人かにこの話の信憑性を尋ねてみた。

 「ありうる」という感想がほとんどだった。日本でも「ありうる」ことだろうが、共稼ぎが普通のタイでは、それだけ妻の収入への依存度も高く、ひいてはこのケースにように‘利用’されるリスクも高いということなのだろうか。
  

 重い気持ちの落ち着きどころ、それは、「教育」。人権を主張し、尊重する。その概念を育てるのはやはり、教育しかないと思う。
[PR]
by karihaha | 2005-08-24 04:12 | ブログ | Comments(0)

出る幕なし

 テンの手術は昨夜の内に終わっていた。頭に大きな絆創膏を貼り付けたテンは、すでに頭部の腫れが少しおさまり、心なしか顔もはっきりしているように思える。

 水頭症特有の「サンセットアイ」という、黒目が沈んでしまう症状も消え、可愛いテンが再現した。

 ただ、ミルクが上手く飲めないのが気になる。ミルクを吸う神経を切られてしまったの?

 昼過ぎ、おば一家が訪ねてきた。そして1時間ほどで帰ってしまう。

 
 私は昨日の退屈に懲りて、ラップトップを持ち込んだ。これで、テンの眠っている時間やおとなしく一人遊びをしているときには書き物をしようというつもりだった。

 しかし…

 二年ぶりに「ソリテリア」に熱中しているバカな私。

 N県立病院ではありえないこんな時間。ここではテンの世話以外に私の出る幕なし。
[PR]
by karihaha | 2005-08-23 02:28 | ブログ | Comments(2)

待ち時間

 病棟には朝7時半に着いた。手術はまだだった。

 1時間、2時間と過ぎ、とうとうお昼近くになってもお呼びがかからない。無為に過ごすこの時間は耐えられないと思っていた頃、‘本物’にあと一歩という風の医師が現れ、緊急手術が重なり、テンの順番が先送りにされていると告げた。

 では、やっぱり忘れられていなかったんだ。手術は午後に、ということだが、それにしても昨夕6時から絶食を続けているテンが可哀想。

 そして、午後5時過ぎ、10時間待ち続けたあとも呼ばれる兆候なし。

 
 「昨夜はテンのことを思って泣いてしまった。よく眠れなかった。今日はやっぱり病院に行く」と電話で言っていたおばも来ない。

 手術の遅れはさておいても、テンの家族や親戚には、『やっぱりここはタイだもの』では済まされない、と苛立ちを募らせる私。

 テンを一人で手術室に行かせるのは可哀想だが、待ち時間10時間が限度と夕刻6時前に帰宅することにした。

 退屈に耐えながら今日一日観察した病棟の様子が、「帰っても大丈夫」と思わせてくれた。


 病棟の小さな患者は、4歳の女児を筆頭に、1歳児、数ヶ月という子どもばかり。付き添いがあるのはテンとあと一人の脳障害とおぼしき男児だけだが、看護師2人、看護助手2人に手厚く面倒を看てもらっている。

 入れ替わり立ち代り訪れるインターンや看護師にあやされる子どもたち。ここは職員の憩いの場でもあるようだ。

 決められた時間通りに配られるミルクは無料。それをチューブ食以外の全員が抱っこされて飲んでいる。

 おしめは、山のようにたたんであり、その代えも看護師がすすんでしている。お風呂は午前と午後一度ずつ、看護師によってつかわされる。

 私がN県立病院でやっていること、不満に思っていることが、ここでは見事に解決され、つつがなく行われている。同じ国立病院でこの違いは一体!? 

  
 もう一つこの病院で感心したのは、おもちゃや本、そしてテレビの類の娯楽が提供されていたこと。「無くなってしまうから」という理由で、N県立病院では長い間無視されていることが、効率的なシステムで行われていた。それを見た私も目からうろこが落ちる思いがした。

 そのシステムとは、朝8時過ぎに、おもちゃや、本をつんだカートを押した看護助手が各病室に声をかけて回る。

 母親や子どもたちが三々五々集まり、好きなものを選ぶと、それをノートに書き込んでいく看護助手。夕刻には、今度は回収に回って着た助手がノートの名前を消しこんでいる。


 帰宅を告げる私に、「心配しないで」と声をかけてくれた看護師さん。こんな人たちがN県立病院に居てくれたら… 

 そうすると私の出番はないか?

 
 そして私の反省。組織によっては、「すごい!」と納得させられること。何事も一元化できないというあたりまえのこと。それが、このブログで普段書いていることをくつがえすような場所や状況であれば、それを素直に認め、伝える側の「井の中の蛙度」を責めるべきだと。

 そう言った意味で、今回偶然知ったS病院のシステムは、N県立病院と同じチェンマイの公立病院でありながら、「日本のみなさーん、タイにはこういうところもありますよー」と自慢(?)したいような、嬉しいような、そして「私、あんまり頑張らなくても良い?」と思わせてくれる場所です。
[PR]
by karihaha | 2005-08-22 00:45 | ブログ | Comments(0)