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小児病棟から(140) 27時間vs4ヶ月

  病棟の宴 ↓
c0071527_2511889.jpg 2ヵ月半ぶりに見かけた懐かしい面々。病院スタッフだけではなく、付き添いの母親たちとその子どもたちもいる。

 中に、入院以来4ヶ月という18歳の母親がいる。以前このブログにも書いたが、HIV感染で夫を亡くし、母子ともに感染者という若き母親だ。

 私たちはN県立病院で知り合い、その後母子がS病院に転院したあと、テンが入院したのが縁で再会したわけだ。

 そのときにも、「まだいたの!」と驚いたものだが、今回の再々会には、「!!!」と声も出ない。

 
 私の過去2年間のボランティア暦の中で、夜にまで付き添ったのはたったの2回。2回ともテンの付き添いという意味では、やっぱり彼女は私にとって、『特別な子』なのだろう。いやおばの厚かましさに、押され気味のゆえかもしれない。

 面会者も帰ったあとは、早々と床につく人々。私も病院貸し出しの簡易ベッドに横にはなってみたものの、煌々とつく明かりと、ひっきりなしに出入りする看護師たちで眠れたものではない。

 その上、小児病棟の宿命(?)で、時間の観念は度外視で泣き叫ぶ子どもたちと、それをあやす親たちの声。

 やっと浅い眠りに落ちたと思うと、看護師が、「泣いてますよ」とか、「おしめが濡れていますよ」とご親切にも揺り起こしてくれる(怒)。

 そして朝5時半には、もう検温を始め、いつもの日課が始まり、横になってはいられない。


 これを、4ヶ月間も!!

 27時間で音をあげた私との違いは一体なんなんだろうとつらつら考えてみる。

 『愛・本能・責任』

 色々言葉は浮かんでくるのだが、子どもを生んだことのない私には、実のところが分からない。

 分からぬまま、母親たちの根性と、しなやかさに驚嘆しながら一生を過ごしてしまうのだろうか。
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by karihaha | 2005-10-31 02:55 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(139) 一進一退

c0071527_1464496.jpgS病院にテンが入院してからもう1週間になる。先週日曜日の早朝、おばからの電話で、高熱が続いていることを告げられた。

 救急でも良いからとにかく医者に連れて行くようにと言い、その日用事のあった私は、病状が気になりながらも、予定通り出かけることにした。

 夕刻、再びおばからの電話で、入院・手術が決まったことを告げられ、出先からS病院に駆けつけると、40度の高熱にあえぐテンが、処置室で大きな泣き声をあげているのが聞こえてきた。


 翌日は手術日。2ヵ月半前に入れたシャントが炎症を起こし、それを取り出すためだけの手術だった。

 『いつかきた道…』

 脳内の炎症がおさまり、落ち着いた段階で再手術し、シャントを入れる。このプロセスをもう何回繰り返しただろう。

 昨日は、あわやと思わせる瞬間があったが、今日のテンは熱も下がり、こんこんと眠り続けている。

 彼女の生命力が続く限りは、諦めず根気よく付き合おう、それしか出来ないのだから。
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by karihaha | 2005-10-30 01:47 | 小児病棟から | Comments(0)

テン

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 動揺しています、‘かりはは’は。でも、テンはがんばっています。応援してやってください。
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by karihaha | 2005-10-29 02:01 | ブログ | Comments(0)

見えんか?

 恒例の、『メーサイ詣で』の日のきょう。30日の滞在許可を貰うためのこの30分の1の時間を換算すると、通算XX日になる。非生産的極まりないこの一日は、往復10時間強のバス内での時間と、30分弱の、『ビルマにデン』の入出国手続きで費やされる、退屈きわまりない一日になる筈であった…

 メーサイのタイ側出国手続きのカウンターに長い列が出来ている。並んでいるのは、一人の女性を除いて、全員40過ぎと思しきファラン(西洋人)男性。お腹の突き出たのあり、刺青あり、頭髪が気になる筈(余計なお世話!)の人あり。彼らの滞在目的は分からない、でもタイ当局が、胡散臭いと思って、念入りにチェックをしようしているのだろう。

 その列に加わっていた、たった一人の女性も、滞在日数をオーバーしたらしく、審査待ちだった。トランジットビザ・観光ビザとも、滞在日数をオーバーすると、一日あたり200バーツ(約550円)の罰金を徴収される。

 その上、私の2人前の男性。太い腕いっぱいに刺青を入れたファランが、またまた止められた。今度は豪勢にも27日間の滞在オーバー。「ヒエー、罰金5,400バーツ!!」

 一次有効のビザで入国した場合は、2ヶ月の滞在を許可される。そしてその同じビザを、出国せずに1ヶ月延長できる方法がある。最寄の移民局に行き、1,900バーツを支払って延長するのがその方法なのだが。その刺青氏、何を勘違いしたのか、ビザが3ヶ月有効と思ったらしい。

 カウンターで、5,400バーツを支払う彼は、「まあ、しょうがない」と言っていたけど、私だったら発狂(?)寸前かもしれない。その金額は、大多数のタイ人の給料に匹敵するんだよー。

 「知識は力。それ以前に、パスポートには入国時に滞在期限のスタンプがおしてあるんやから、これは限りなく脳神経科に近い、眼科の問題?」

 お陰で、いつもだったら余裕で食事をして、帰りのバスに乗れるはずなのが、ギリギリ、チェンマイ行きの最終に間にあった。

 メーサイの次は、チェンライ。バスターミナルにおいしいクゥイッティアウ屋さんがあったのを思い出し、そこで遅い昼食でも良いか、と納得しながらバスに乗り込んだ。お隣はイギリス人女性。お互いに軽く挨拶を交わし、彼女が読み終わった英字紙『バンコックポスト』を借りて1時間強の暇つぶしをした。

 チェンライ到着。休憩時間は20分間と車掌が言う。隣の英国人女性は眠っているので、声をかけそびれ、読みかけの新聞と、日本の単行本を席におくことにした。というのも、チェンライでは乗客がさらに乗り込み、あいている席に勝手に座るのが常だからだ。

 一度トイレから戻ると、すでに別人が座っていて、座席番号の入ったチケットを振りかざして、お引取りいただいたことがあり、それに懲りて新聞や水を置いておくのだが、その都度よけられて、占拠されてしまう。
 
 「今日は新聞と、日本語の単行本だぞー。これやったらなんぼなんでも…」


 やっぱり座られていた…

 「おばさん。その席は私ので、新聞と本を置いていたんですけど」

 「エッ! 知らないよ」

 「でも、私の席は、ほら、切符にも書いてあるでしょ」

 それはそうと、新聞と本はいずこへ?

 おばさん、説得に応じてしぶしぶ立った。そのおしりの下からは、余熱が残る、本と新聞が!

 単行本の厚さ、約2cm。普通何か感じへん?

 おばさんの場合は眼科と、エステティックサロンが必要と判断。

 次からは剣山でも持ち歩かんといかんかな、これは。
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by karihaha | 2005-10-26 00:21 | ブログ | Comments(4)

小児病棟から(138) 我が家化

 午前中は急ぎの翻訳を、ササッとすませ、ふと気が付くと、「私って身体の調子悪い?」と初めて気が付いた。

 外へ出て歩いていると、何だか頭がフラフラする感じがする。日差しのせいもあるのかな? それだったら病院はどうしようかとチラッと思ったが、そういうときに私が取る行動は、ほぼ100%、『予定完遂』。引き返して大事をとって寝るなどという、奥ゆかしい精神構造には出来ていない。寅年生まれ、血液型B型の悲しい習性か?

 
 病棟では、ここ3週間以上、職場(?)を共有する、Vホームの保母さんが、丁度子どもにチェットトゥア(身体を拭く)をしているところだった。いつもの、『Vホーム式入浴術』を駆使して。

 やり方は不満だが、体調が悪いときには、それでも心強い味方。特に今日の保母さんは、並み居る、『私、生活に疲れてます』族の中では貴重な、『笑顔も大事』組の一人。

 今日はAホームの友人Kも付き添いに来ており、久しぶりの再会に話がはずむ。彼女は自身もHIVに感染しているが、その性格の明るさは天下一品で、この雨季の洪水に3度とも被害にあったことに話が触れても、「まあ、あと片付けがちょっと疲れたけどね」で話が終わってしまう。


 夕刻近く、さすがに身体を起こしているのが、つらくなり、ビクタージュニアのベッドにもぐりこんだ。ついでにスキンシップとばかりに、仰向けの胸の上に彼女を抱き上げ、添い寝をしていると、看護師たちが物珍しげに口々に声をかけていく。

 「ジュニア、メー(母さん)と一緒にねんねでいいね」

 「今夜は泊まっていくんでしょ?」

 「深夜勤で戻ってくるから、またそのときにね」

 VホームやAホームのように、プロの付き添いの保母さんだと、こうはいかない。昼間子どものベッドに同衾するのは禁じられている。

 
 そういった意味では、ボランティアの気安さとともに、病気を押してまで来ても、身体を休められるこの病棟は、だんだん、『我が家化』しているなー、と思うことしきり。
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by karihaha | 2005-10-23 01:52 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(137) パク退院

 病棟に着き、詰め所に入るなり、看護師が私を呼び止めた。何か話しがあるという。

 やんちゃな子で、よく子どもたちの顔にいたずら書きをしたり、病人を相手にしているとは思えぬほどの乱暴な扱いをしたりする、「あんた、ほんまに看護師? 年いくつ?」と思っているので、どうせ冗談と思い、「もういいよ」とあしらっていると、「今日は真剣な話」と真顔になっている。彼女の周りにいた、医師や、他の看護師も彼女の言葉にうなずいていた。


 話はゲームのことだった。ファーン郡の病院に転院したゲームだが、めでたく退院の運びとなったそうだ。常に酸素チューブは装着していなければならないが、生まれて初めての帰宅になる。

 その件で、ゲームの母親が私と話したいと、病院に電話があったというのだ。酸素タンクは高いし、面倒を見切れないので、Vホームにやりたいが、その相談をしたいとのことだった。

 「……」

 言葉を失う。同時に、「やっぱり」という気持もある。

 「家の近くの病院であれば面倒を看れる」と、言い続けた母親だった。それがN県立病院に来ない口実だった。

 やっと一緒に居れる、帰宅するという段になると、育児拒否。「マイペンライ」のタイ人たちも、さすがにあきれている。

  
 そして、いつもの早い目の夕食がおわった頃、初めてパクが帰宅すると聞いた。遅かれ早かれこの日がくるとは思ってはいたが、こんなに突然に。

 もうチェンダオ病院からの迎えの車が到着しており、それで彼女を自宅まで送り届けるらしい。

 「パク、家に帰れるんだよ」と声をかけた看護師に反応したパクは、いやだとでも言っているかのように、少し泣き声をあげた。服を着せ、しばらくのお別れと、抱っこをして病棟を出、渡り廊下を散歩をする。ゲームと同じく、一度しか面会に来なかった、‘忙しい’母親の元へ帰って行く彼女。抱きながら、歩きながら声をかけられなかった。頭の中では色んな言葉、想いが渦巻いているのに…


 看護助手に抱かれたパクは、犬と、ウサギのぬいぐるみをしっかり抱きかかえ帰っていった。
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by karihaha | 2005-10-21 11:02 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(136) 『特別な子』

c0071527_1432820.jpg ガーンと私は、テンやセームと同じように、何かの縁があると思えて仕方がない。

 縁を感じるという、この漠然とした感覚をあえて言葉にすると、脳中の説明のつかない因子が作用し、全てを許容した愛しさを感じるという、わかったようで分からない言葉の羅列になってしまう。

 そんな御託をグダグダと並べるよりは、『特別な子』という単純な表現が一番気持の座りがいい。いくら叱っても、どんな時でもお互いの気持が寄り添いあっている、そういう感覚。

 彼女を最初に見たのは丁度いまから一年ほど前、新しく入ってきた赤ん坊が、プラスティック製の酸素吸入箱に顔だけつっこんでいた。その顔を覗くと、ビックリするほど可愛い赤ちゃんだった。

 それから、今年の3月に退院するまでの5ヶ月間。ビクタージュニアとともに、小児病棟の牢名主のごとく居座り続けた。入院時の体重2.5kg。母親が7ヶ月目に堕胎し、800gで生まれた影響で、今も1歳3ヶ月でも体重5.6kgと小さいが、心配していた知能面の発育は、全く問題ない。c0071527_144817.jpg


 べっぴんさんの上、どこかお茶目な彼女は、病棟の人気のまと。彼女のベッドのまわりには、付き添いの母親たち、研修中の学生、看護師、医師たちが引きもきらず集まっている。

 みんなどこかうっとりしたような目をして、ガーンを見つめ、ガーンはガーンで、金切り声を上げて要求を押し通そうとする。このまま放っておいたら、大変なわがまま‘女王さま’になるのが目に見えるようだ。そんな彼女の‘しかり役’はこのわたし。

 「メンメ!」と怒ると、一瞬きょとんとして、そのあと、何とも形容しがたい口元になり、「ウエーン」と、かの有名な大声をだして泣く。泣いている間も、いつ、「よしよし」といってくれるかと様子をみながら。

 しばらく、その可愛い泣き方を楽しんだあと、手をだして、「おいで」と言うと、一瞬でピタッと泣き止み、「へへ、へへ」と鼻をならしながら這いよってくる。

 「うそ泣き」娘と、「うそ怒り」する‘かりはは’。そのガーンが、一昨日Vホームに帰ってしまった。今度はまたいつ会えるのだろう。
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by karihaha | 2005-10-20 01:47 | 小児病棟から | Comments(0)

午後

c0071527_14425469.jpg 普段は昼過ぎに出かけて、午後一杯病院に詰めるという生活を始めて、来月で丁度2年になる。その間、「あんた、それしかすることないん?」と、何度自問自答したことか。それでも判でおしたように、M市方面に向かっていた。時間になると、自然に身体が動くという感じで。

 「少しはリラックスしたらは?」という友人たちの声をもろともせず…

 子どもたちが気になるのは勿論だが、正直言って、日中太陽が高いときに部屋に居るのが、何か世間様に申し訳がたたないような気がするのも確かだと思う。貧乏性というか、落ち着きがないというか。

 でも…
 
 いままでも時々あったが、『プツン』と言う感じで、気力がなくなる時期がある。それがいまの私かもしれない。

 なぜかやる気がない。旅行にでも行ってみたい。別に行ってもいいけど、そういうときに限って、用事が詰まっている。特に今週から来週にかけては。


 でも…、と再び。

 ジョンは大変やなー。‘逃げ’を打ちたくてもいまは無理やもんなー。11ヶ月と1歳8ヶ月の子どもたちを、24時間男手一つで面倒をみる。緊張の糸が伸びきって、少しぐらい挙動不審なのも仕方ないか。


 と、いうわけで、『ずる(?)休み』を決めこんだ午後。このまま部屋に落ち着いていられるかなー。
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by karihaha | 2005-10-18 14:43 | ブログ | Comments(2)

再びジョムトンへ

 3ヶ月ぶりにホート行きのバスに乗る。このバスに乗り、途中のジョムトンで下車すると、セームのいた病院がある。

 ジョムトンを通り過ぎ、さらに南へ向かい16km地点がセームのいた村だ。


 チェンマイでバスに乗り込み、車掌に書いてきた住所を見せると、「誰に会いに行くの?」と聞く。いくら好奇心が強いからと言って、大きなお世話だと思っていたら、偶然セームと同じ村に住む人だった。

 これはラッキー。事情を説明し、村長とオボトー(村会議員)に会いたいというと、セームのこともチャンと知っていて、オボトーの家の前で下ろしてくれると言う。

 さらにジョムトンでは、偶然が偶然を呼び、当のそのオボトーの奥さんが乗り込んで来た。

 幸先のよいスタートに、今日の話がひょっとしたら上手くいくのでは、と少し気持が明るくなる。


 セームの‘救出’が暗礁に乗り上げてから、ずっと考えていたことを実行しようと出かけてきた。

 『親戚がいれば、Vホームから出せる』

 その親戚を何とか探して欲しいとお願いしにいくつもりだった。いままでの経緯から考えて、その可能性は低いとは分かっていても。


 下ろされた村会議員の家に、議員は居なかった。折悪しくこの地域の役員の会議があるとのことだったが、連絡すると、戻ってきてくれると言ってくれた。

 駆けつけてきた男女二人の議員に、セームの問題を説明する。考えられることはしたが、あとは、親戚が連れ戻してくれるしか方法がない。もしそうできたらすぐにNGOの施設に行けるように手配してあると。

 村会議員は、親戚がいる可能性は低いと言った。内心、『作って』でもいいからと思っているが、それは口に出さなかった。

 議員は、「セームの戸籍は村長の自宅になっているので、村長が引き取れるのではないか?」と言う。とりあえず、村長のいる会議場へ一緒に行こうと誘われる。


 待っていた村長は、じっと私の話を聞いたあと、セームがVホームに行った日に、私が同席していなかったことに驚いたと言った。私は私で、あれほど言っておいたのに、病院から連絡がなかったのだから、同席したくてもしようがないと答える。

 村長は、セームをホームに引き渡す際に、「一旦セームを置いていくが、今後のことは、Mの支持に従って欲しい」と言い残してきたのにと言うが、そんな理屈があのホームで通用しようがない。


 セームはまるで、人が変わったようにおとなしくなった。健康状態も心配という訴えに心が動かされたようだが、結論は一度役員が会議をしてからということになった。

 その席で、バカな私が不用意に口にした、「M女史は国会議員の妻」という一言も村長を怖気させてしまったかもしれないと、バスの中で気がついた。

 タイでは、国会議員こそ国民の選挙で選ばれるが、その他の自治区の首長、つまり知事・区長・村長等は、内務省からのトップダウンの指名制になる。汚職や癒着の温床になりがちなその制度を是正するために、タクシン政権は、せめてもとオボトーを公選制にしたばかりだった。

 国会議員の妻ににらまれたら、自分の身に火の粉が降りかかる。そう考えてもおかしくはない。遅かれ早かれいずれは分かることにしても、自分から言ってしまった。下を噛み切りたくなる。


 自業自得とは言え、「ダメだろうな」と思いながら揺られて帰るバスの中で、無性に病院の子どもたちに会いたくなった。

 失敗を‘善行’で薄めたい、と言うわけではないが…。
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by karihaha | 2005-10-17 10:59 | ブログ | Comments(1)

セーム

c0071527_4464144.jpg テンの思いがけない順調な術後の経過は、ようやく彼女の健康に自信を持つきっかけを作ってくれた。

 『まだまだわからない、これからもシャントが閉塞してしまったら…』

 そう危ぶむ気持もあるが、長いあいだ風前の灯のような彼女の容態を見ていた目には、まるで生まれ変わったかのように映るいまのテンを、思いっきり楽しませてもらう。そのことだけを考えていたいと思っている。


 そうして出来た少しの心の余裕。その隙間を埋めるかのように、いまだ解決をみないセームへの想いが埋めだした。

 『何とかしなければ。このまま放ってはおけない』 

 Vホームに入所して以来、彼をホームから出す方法を試してみたが、M女史が私に向けた不当な怒りが、彼をあの施設に引き止めたままにしている。


 その後はしばらく静観しよう、私がバタバタしないほうがいい。M女史も大人、子どももをこのような形で人質に取るような見当違いで、非人間的なことは、さすがに反省するのではないか。

 もしかしたらGホームの施設長が言っていたように、チェンマイのAホームに引き取られるのではないか、と一縷の望みをつないでいたが、今日現在それも聞こえてこない。


 セームとはこの3ヶ月間会っていない。入所当初は、『メーファラン(外国人の母さん)』と、泣き続けていたそうだ。ジョムトンの病院を訪ねて行っていたころには、誰かれかまわず、『メー(かーさん)』と飛びついていっていた甘えん坊の彼だが、圧倒的多数の子どもたちの中での本領発揮もままならないだろう。

 会いに行かなかった理由は、私なりに考えた色々な理由があった。まず第一にセームにホームに慣れて欲しかった。孤児であるということは、いずれにしろ集団生活を余儀なくされるケースが多い。そんなときに、中途半端に私が顔をだして里心をつけさせるのも…、
 
 第二の理由は、ホームとの関係が微妙ないま、正式には面会資格のない私が、ホームをうろついていることが、万が一M女史の耳にでも入るのを恐れた。セームに会いに行かなかったということは、他の子どもたちにも会えないことを意味していた。

 頼りは時々出会う職員や、保母さんたちの話。誰も彼もが、[元気だよ。マイペンライ]という。彼らの言葉は、あくまでスタッフとして何事もないという意味で、殆ど身内のような気持を持っている私が受け止めるものとは違う、鵜呑みには出来ない。そうは思っても、何も出来ないこの時期は、それら言葉の数々を心の拠り所にするしかなかった。


 『会おう』

 昨夜決心した。人の噂に頼り、他の人の動きに頼る。その期間中の我慢にも限界があった。夕刻になるのを待って、Vホームに忍び込む。この時間帯であれば、M女史を始め、事務所のスタッフたちも帰宅している頃だろうから。病院からはたった500メートルの距離がこの3ヶ月間は遠かった。

 広い敷地の中、出来るだけ裏道を選びながらVホームのある方向へ向かう。私の姿に気がついた、保母さんや子どもたちが手を振ってくれる。HIV感染者で年長の女児が暮らす家から、目ざとく私を見つけた子どもたちが走りよってくる。彼女たちを知ってからもう2年にもなる。

 「今日は急いでいるからね」と、手を振り払うようにして感染者の年少者用の家に向かう。

 ドキドキしながら家に入り、2階に上がると、5-6人の子どもたちが一人の保母さんといた。この部屋を真ん中にして、左右に子どもたちの寝室がある。向かって右側の部屋では、数人の乳児が新しい鉄パイプ製のベッドに寝かされていた。c0071527_4573698.jpg                                  
 
 ダムはすぐに私に気がつき、擦り寄ってくる。その他の子どもたちは、私が初めて見た子どもたちばかりだった。以前いた子どもたちはどこへ行ったのだろうか? セームの姿も見当たらなかった。

 保母さんが、セームは食事をしに行っていると言った。それじゃ、と腰を下ろすと、たちまち子どもたちに囲まれてしまった。先を争って注目を浴びたがる。このホームではいつものことなので、驚きもしないが、この現象も児童心理学上で、何かの名前がつけられていると聞いた。私がネーミングするとしたら、『愛渇望症候群』。


 階段を上がってくる音が聞こえ、ドアが開くたびに失望していたが、何人目かで、当のセームがドアを開けた。

 「セーム」と声をかけると、きょとんとしている。無理もない。びっくりしたのだろう。

 そして、開けたドアをきっちりと閉めた。これは以前にはなかった行動だった。そして、私とは90度の角度に置かれたマットの上に距離を置いて座った。その横には、今日ホームに来たという、6歳くらいの少年がいた。

 時折泣きじゃくるのを、保母が「泣かないで、もう少ししたら、家に連れて行ってあげるから」と‘なだめて’いる。ひどい話だ。そんな嘘を言うよりは、抱きしめて上げるべきなのに。


 同年輩のセームが帰ってきたことで、その少年が少し活気づいた。しかしセームは硬い表情をくずさない。そのとき、保母が、「セーム、お風呂」と声をかけた。保母について行った、セームはものの3分で戻ってきた。頭も濡れていない、『Vホーム式入浴術』。私が入れてあげればよかった。でも、セームの硬い表情に少し気後れを感じていたのだった。

 再び席に着いたセームに、「ここにおいで」と声をかけた。すばやく移動してきたセームを抱きしめる。「元気? メーを憶えている?」。彼からの返答はない。

 2人の保母さんに許可をとり、セームを階下に連れていった。

 「ゲーム、メーは日本に帰っていたので長い間会いに来れなかったけど、セームのことを忘れたことはないよ。メーもセームもいまはチェンマイにいるので、うんと近くになったから、その方がいいよね」

 しっかりと見たゲームは、以前より少し痩せている。そして、何よりも変わったのは、その覇気のなさ。やんちゃ坊主の面影は消え、悲しげな目の男児となっていた。

 「また会いにくるからね。メーが家に帰る車がなくなるから、もう帰らないといけないけど、またすぐ来るからね」

 「もう暗いね」
 
 ジョムトン病院に通っていた頃、同じことを言って、隠れるようにして帰宅していたのを思い出す。


 今日の訪問は、私の今後の行動にエネルギーを与えるためと思って取った行動だった。しかしセームの変わりように、「あのまま盲人といたほうが…」という今回の一連の件に対する小さかった疑念が、どんどん大きくなって、正当性を主張するもう一つの思いと対峙しだしている。
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by karihaha | 2005-10-15 04:52 | ブログ | Comments(0)