「ほっ」と。キャンペーン

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うーみーは♪

 何はともあれ、テンが退院した。本音は、「やっと…」

 早速N県立病院に向かう。入院患者は3人の女児たち。ビクタージュニアもまだいる。相変わらず酸素チューブにつながれているが、顔が少し赤ちゃん状態を脱しつつあるようだ。

 チェンマイはこの1週間ほど急に冬らしくなり、病院の赤ん坊たちも厚手の服を着ているのが変化といえば変化かもしれない。私も週初めの北タイへの小旅行で、風邪を引いてしまった。

 「そんな状態で赤ちゃんに接するな!」と一人突っ込み。

 というのも、また明日から友人の施設の子どもたちの、海への1週間の小旅行に付き合うことになり、気にしながら行くよりは、ということで…。

 
 ここでことさら強調するまでもなく、チェンマイは盆地にあり、まわりは山に囲まれている。北タイに住む人々の大半が、立地的、経済的ハンディキャップのゆえに、海など見たこともない。想像のほかなのだ。
 
 そこで、当地の各国NGO施設は、子どもたちに一目海を見せてやりたいと、800km以上の行程をものともせず、『海は広くて、大きくて、しょっぱい』ことを確認しに行くのが流行している。『親孝行』なテンは、ちゃんとその出発前日に退院してくれた。

 明日からの1週間は、いつもとは勝手が違って、元気(すぎる?)な子どもたちとの日々になる。

 果たしてこの風邪っぴきで、大丈夫か?
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by karihaha | 2005-11-26 22:51 | ブログ | Comments(3)

小児病棟から(145) 1才

c0071527_6513678.jpg11月23日はテンの1才の誕生日だった。

人様の子どもの誕生日などは、「エ! もう1才!」などと言ったものだが、ことテンに関しては、『長かったー』。

 誕生日前日に行われた、新たにシャントを入れる手術は通算5回目。これまでに入れたシャントは、炎症のため取り出した。その手術が4回。おまけに今回の入院では、炎症が治まるまでの期間、脳髄液を排出するための管を頭部に取り付け、ガラス瓶に流し込むという荒業(?)のための手術を2回というおまけまでついている。

 この1ヶ月の入院期間中、担当医から、「もう諦めてください」というようなことを何度も言われた。でも、言葉に反して再びシャント術をしていただいた。

 「今回は何ヶ月もつの?」などとは言わないでおこう。

 久しぶりの笑顔。その天使のような表情は、テンから私たちへの、誕生日に拠せてのお返しなのかもしれない。
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by karihaha | 2005-11-25 06:57 | 小児病棟から | Comments(4)

手紙

 アームのVホームでの写真と、今後の対応に対する私の考えをジョンにメールで送った。

 アームが将来本当の幸せと愛を得られる場所は、母親の側や私の友人の施設ではなく、養子縁組先の両親の許だろうと。

 折り返し来た返事には、今回の出来事に対する彼の心の痛みと、アームへの思いがしたためられてあった。

 『母親の手で‘監獄’に連れ戻されてしまったアームの様子と、新しい情報をありがとう。アームの悲しげな顔! たった数日で、彼の表情がこれほど変わってしまうなんて信じられない。

 このまま放っておくことは出来ないので、手紙を送ろうと思う。これを友人Sにタイ語に訳してもらい、数日中に郵送するつもりだ』


親愛なるO、 

 アームがVホームに連れ戻されたことに非常に驚いています。同時に、今回のことで全面的な責任も感じています。

 もしあなたが、アームの面倒を看る状況にはないと正直に言ってくれていたなら、私はあなたの都合がつくまで預かっていたでしょう。また、あなたがアームをVホームに連れていく前にMやSに何の連絡もしなかったことを残念に思っています。そうしてくれていたなら、どんなことをしてでもアームをあの‘監獄’に送るのを阻止していたでしょう。

 あなたは知らないかもしれませんが、Vホームでは、アームや子どもたちは一日のうちたった4時間しかベビーサークルから出してもらえません。一方、アームには我が家では気持の趣くままに、好きなことをさせていました。そのような環境の変化は、彼の精神状態にどのような影響を及ぼしてしまうのか?

 今回の件で、あなたと下記の2つの要点についてお話したいと思います。MかSを通じて連絡を待っています。

 1.あなたは本当にアームを愛し、これから長い将来に亘る、教育等の養育に伴う義務を履行できるとお思いですか?
 2.私がお渡ししたベビーベッドや衣類を始めとするベビー用品やお金をどうされるつもりですか?

 私は心からアームを愛しています。その点をよくご理解いただきたいと思います。それゆえに、アームがVホームに居続けることによって精神的・肉体的な悪影響を及ぼされるのを心配しています。もしもあなたが、再びアームをVホームから引き取れるのであれば、彼にとって必要な養育と愛情が充分に受けられるよう、全力で対処します。

 この手紙の内容をよくご検討ください。その際は、あらゆるものに優先して、アームと彼の将来のみを考えてください。彼が幸せな子ども時代を過ごせるかいなかは、あなたと私の肩にかかっています。
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by karihaha | 2005-11-23 11:53 | ブログ | Comments(2)

Vホーム。 「あんたたち、なんでそこにいるの?」

セーム。作り笑い? ↓
c0071527_23482526.jpg 『アーム恋しや』

 というわけで、土曜日の今日、正規職員、正確には私の天敵M女史の不在を見越してVホームへの潜入を強行する。

 子どもたちが、夕食前の時間を広場で走り回っている時間帯、まずセームを探し当てた。前回会ったときよりはよほど元気そうで、お菓子をあげると、ちゃんとワイをしながら、「ありがとう」と言って受け取る。

 うーん、これはVホームへ預けた、唯一のメリットかな、と嬉しくなる。以前は、野猿のようだったのに…

 
 Aホームのマネージャーにセームの引き取りおよび、Vホームとの交渉をお願いしてからほぼ1ヶ月になる。まだその結果を聞いていない。気長に待つしかないのだろうとは思っているが、幼いセームには、この数ヶ月間の私の努力や、葛藤を説明しても分かりようがないだろう。

 持って行ったお菓子のせいばかりではないと思うのだが、病院で出会った子どもたちが、私を取り囲む。子どもたちが、「メー」と呼びかける。その一団の中で、セームは、セームの「メーファラン(外国人の母さん)」がどういう立場の人か分かってくれるのではないだろうか…

 そして、「セームは、メーの息子だからね」。そう言って、長いあいだ抱きしめる。その方が彼と私にとって大事なことのような気がする。
                                     c0071527_2349754.jpg
 
 友人Lがそばに来て、アームの母親が預けに来た日に、「このことはM(私)には言わないで」と言ったと告げた。私が悲しむからとのことらしい。しかし本音は、『嘘』をばらして欲しくないのだろう、そう即座に思うほど、私の彼女への不信感は強い。

 アームは、他の子どもたちとともに、ベビーサークルの外で遊ばされていた。身体中に涙が一杯詰まっているような、悲しげな顔。

 でも、このことがきっかけで母親が養育を諦め、養子縁組ということになるのであれば、それは彼にとっては価値ある試練だ、そう思うしか心のおさめようがない。
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by karihaha | 2005-11-20 00:04 | ブログ | Comments(2)

養子

 アームがVホームで保護されていると知ってから数日後、母親から電話があった。

 その日の昼過ぎ、ジョンがアームを送り届けた母親の姉の家まで行き、事情を確かめようとした。言葉の出来ない(何度も繰り替えしてゴメン!)彼は、姉の言うことが勿論わからない。代わって電話に出た私に姉は、アームは祖母の家にいると言った。

 そんな筈はない。Vホームにいるのは確かだと、祖母の電話番号を聞きだした(母親の携帯は、洪水で使えなくなったといい続けている)。夕方以降に電話してくれと言われ、時間待ちをしている間の、母親からの電話だった。


 「一日面倒をみましたが、とても無理(!!)と思い、Vホームに連れて行きました」

 (当日に連れて行っているはずだけど…)

 「12月に引き取ると合意していたのに、ジョンの友達のタイ人が、すぐに引き取れと矢の催促でどうしようもなかった」

 (他の里親を紹介するというのを断ってまで引き取ったのは誰? 引き取った当日も、一緒に住める家を捜している、昼間は保育園に入れるつもりと言っていたのは?)

 「ずっと預けるわけではなく、たったの6ヶ月です」

 (祖母が1年と希望したのを断られたのを知っている)

 「ゆっくり話したいので、仕事が終わったらS病院に行きます」

 来なかった…

 
 後日、Vホームの保母さんに調べてもらうと、連れて行ったのは、翌日ではなく、やっぱり引き渡し当日だった。

 このことで、私のためらいに結論がでた。

 「アームは養子になった方が良い」

 私の友人の施設であれば、チェンマイにいながらにして国際的水準の教育を無料で受けられる、その上母親と遠く離れてしまうこともない。そのアイデアは、あくまで母親の素質を信じてのことだった。

 ジョンが育てることに同意した意図は、力を併せてアームの養育をしようということだった。その私たちの当初の目論見からは全く外れ、数回訪問しただけで預けっぱなし状態を続け、いざ引き取るという話になると、自分の母親としての力不足は棚にあげて人を非難する。その上虚言を繰り返す。このような母親では、もう協力する気力さえ失せた。

 今後、彼女に出会う機会があるとしたら、養子縁組を強く勧める、その話し合いをするためだけだろう。
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by karihaha | 2005-11-19 02:09 | 養子縁組 | Comments(0)

チャイ(ジャイ)イエン

 「あ、あんなもん飲めるかい!」

 と、2年半近く言い続けていた、深く根を下ろし、乾かぬはずだった『舌の根』が乾いてしまったこの頃。

 S病院のカフェテリアの「アイスティー」に嵌っている。紅茶を炊き出し、砂糖をぶち込む、そしてコンデンスミルクをたーっぷり。

 「甘!」

 でも、チャンと紅茶のこくが味わえるこの店のは、昼食後の欠かせぬ一杯になってしまった。


 今日もいつものお姉ちゃんに注文すると、「エーッ、何ゆうてんの? 分っからへん」と言う顔。ホラ、外国に行って慣れない外国語を使うと、顔しかめられ、芽生えかけた自信を粉々にしてくれる、あの情け容赦のない一瞬の(正直な)反応をされた。

 「チャー イエン(アイスティ)ください」と繰り返す。内心、客も何もあったもんやない、とむかついている私。

 ふと見ると、背中を向けて伝票整理していた、顔なじみの女店員も、振り返って会釈をしながら曖昧な笑顔を浮かべている。

 そのとき、10秒ほど前に発した私の言葉が、頭の中の僅かに構築されつつあるタイ語王国から「ブーツ」とばかりにダメだしされているのに気がついた。

 「チャイ イエンください」。確かそう言ったと、記憶が蘇る。

 『チャイ イエン』、つまり「落ち着きをください」と注文したのだった。チャイの発音は、本来なら、ジャイなのだが、その辺は、まあ、まあというところでごまかしている私のタイ語。いつも通じるからと、押し通しているが、今日も通じてしまったわけだ。


 そら、『落ち着き』を注文されても困るわな、と思いながら帰った病棟で、折角買った、お茶をこぼしてしまった。 このブログネタになるやん。写真を撮らんと、と思っていたのに…


 もし『チャイ(ジャイ)イエン』がどこかに売っていたら、一番に買おう。
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by karihaha | 2005-11-16 00:43 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(144) プツン!

 ここ3週間ばかり、S病院のテンがいる病棟で一日10時間以上を過ごしている。

 『ボランティア』

 自発的にある事業に参加する人。特に、社会事業活動に無報酬で参加する人。篤志奉仕家。  〔goo辞書〕


 今は正直言って、この言葉の定義とは少し違った気持で病院に通っている。

 『責任・しがらみ』

 そんな身もふたもないことを言ってもいいのか? 勿論、テンだからという大前提はある上でと、言い訳がましく…。

 その上、『葛藤』も。

 ゲームを看取れなかった。

 私がいたところで、何ほどのことが出来ていたのかとも思う。それでも…

 今もN県立病院にいる子どもたち、特にビクタージュニアや、多分他にも私が知らない間に入院している子どもたちのこと。


 最近は病院にノートブックパソコンを持ち込んで、このブログの下書きをしたり、‘ソリテリア’で暇つぶしをすることが多い。

 今日も、『マイドキュメント』の整理をしていると、「チョッとすみません」と隣のベッドをなおす振りをして来た婦長が、私のコンピューターを指差しながら、「こちらでは、電気製品を使われる場合、一日50バーツをいただきます」と言った。

 その言葉を聞いたとき、私の‘何か’がプッンと音を立てるように切れた。

 曰く、「自宅ではシャワーを含めて、全ての電化製品を一ヶ月まるまる使って400バーツ。それが一日50バーツ?! 私は、無給のボランティア。でも、タイの子どもたちのためと思って働いている。そんなに高い電気代は払えないから、それなら使いません!」

 そして、夕刻。テンの担当医のインターンが医学生の一団を引き連れてきた。テンはその午後、飲んだミルクを派手に吐いていた。何気なくそのことを報告すると。

 「吐くことと、えずくこととは違います!」と言いながら、えらい剣幕で、早口のタイ語でまくしたてた。

 そのとき、再びプツン、プツン。と私の神経が切れた。

 「エ!? ‘吐く’、‘えずく’の医学的違いが分かりません。今おっしゃったことを、もう一度英語で説明してもらえませんか?」

 かのインターンの顔が引きつった。ここタイの医師たちは英語が話せるのが、普通と捉えられている。


 そのまま次のベッドに移った一団に聞こえるように、ことさら大きな声でテンに話しかけた。

 「な、テン。メーはタイ人と違うんやから、そんな難しいことまくしたてられてもなー」

 
 学生の前で格好をつけたいインターンと、電気代の件でわざわざ、『外国人ボランティアの善行』を振りかざすわたし…

 やっぱり、最近ちょっと疲れているみたいだ。 
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by karihaha | 2005-11-15 00:52 | 小児病棟から | Comments(0)

ゲーム…

 S病院から帰宅し、食事をしかけると携帯が鳴った。

 チアップからだった。

 「知っているかもしれないけど、ゲームが亡くなったよ」

 「いつ!?」

 
 今日の夕刻にN県立病院のICUで息を引き取ったそうだ。

 ファン郡の病院に転院したあと、退院許可が出た時点で、母親が私に連絡を取りたがった。Vホームに入れるために…


 「明日早く行くよ。まだ霊安室にいるだろうから」

 「わからないよ。両親には病院から連絡を取っているけど」

 今回もやっぱり親がついていなかった。転院して2.3日目の死ではあっても。

 私も、3日前にはN県立病院に顔をだしていた。まさかそのときにはいなかったよね。


 今日午後、フッと、ゲームのことを考えていた。ああは言っても、なんとか両親が面倒をみているだろう。 そう思った。

 そのとき、ゲームは会いにきてくれたのかもしれない。

 そうだったら、嬉しい。そして悲しい。
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by karihaha | 2005-11-13 00:24 | ブログ | Comments(2)

小児病棟から(143) 救いの神

c0071527_11401466.jpg ここS病院に詰め始めて2週間あまり。前回入院時の病棟とは違い、今入っている病棟のように『24時間付き添い必須』という規則からくる心理的圧迫は思ったより大きい。

 入院時の逼迫した状況では、疲れを感じることもなかったが、今のようにただ‘観察’を続ける日々では、フッとした気の緩みを感じ、正直、「早く家に帰ってくれないかな」と痛切に思う。

 
 いまやテンの専属ボランティアと化したかのような現在の状況では、「それはそうと、N県立病院の子どもはいいんかい?」という思いが、フラストレーションを募らせる。

 その上、付き添いを分担している、内職、子育てでてんてこ舞いのおばがかもし出す、『わたしゃ、人生に疲れきっています』モードが私の疲れに余計に拍車をかける。

 幸いにもいまは、Vホームの入院患者が多く、保母さんが付き、山岳民族の子や、遺棄児はいないと聞いているが…
 

 『朗報あり』

 長い間待っていた、夜間の付添婦さんが決まりそうだ。N県立病院のチアップの妹が大学に通うかたわら、ときおり付き添いとして働いているが、今まで面倒を看ていた乳児が退院とのことで、「今晩から働ける」と今朝早くに連絡があった。

 費用が嵩むのが頭の痛い問題だが、支援してくださる方もあり、私たちの‘ガス抜き’のためにも『救いの神』登場というところで正直ホッとしている。
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by karihaha | 2005-11-12 11:39 | 小児病棟から | Comments(0)

辞めたい

 日本からの来客の方が、私にこう質問された。

 「色んなことがありながらも、子どもの面倒をみて、辞めたいと思ったことはありませんか?」

 「あります。特に今日のような日には」


 その質問を受けたのはアームがVホームに戻ったと聞いた翌日のことだった。


 このボランティアを始めて丁度2年になる。その長さを思えば、少しぐらい口はばったいことを言っても許されるのではと、あえて心境を書こうと思う。
 
 友人たちに、「赤中(赤ちゃん中毒?)」と言われようが何をしようが、病気の子どもたちの面倒をみることにネガティブな疲れを感じたことはない。

 親がいない、いても様々な理由で面倒をみられない。そんな子どもたちの看病を出来ることは、面倒なことではなく、やりがいのあることだと思っている。

 その子が、どういう人生を歩むのか。私の身近にも、なって欲しいタイ人像、なって欲しくないタイ人像、様々な人がいる。今後のことは、その子の素質と、環境によるだろう。
 
 私が望んでいるのは、その前の段階。何とか病気を治して、健康面だけでもスタートラインに立って欲しい。順調に生育し、成人する。孤児という境遇を疎むこともあるだろう。でも、生きて欲しい。健康であって欲しい。そうすれば、顛末はどうであれ、一個の人間としての彼ら自身の人生を選び、生きることが可能だから。

 テンのように健康面で恒久的な問題がある子どもであれ、「彼らとともにある」ことが、エネルギーを与えてくれる。私の行為や存在が彼らの今や将来に少しは刻印されて、ポジティブな影響をあたえていると信じているから。

 つまり、子どもが直接の原因で、「辞めたい」と思ったことはない。

 私を疲れさせるのは、その周りの大人たちだ。テンの両親、アームの母親と祖母、クワンの母親と祖母と、姿を見せない父親たちを始めとする、その他大勢の両親・親戚。Vホームの職員、特にM女史等々。彼らとの考え方のギャップや、彼らの行動そのものが私を疲れさせる。

 そんな人たちと必然的に知り合い、今回のように泥を浴びせられるような仕打ちを受けたとき、私が知り合った子どもたちも、将来ひょっとしたらそんな大人になる可能性を秘めているのは承知の上で、「辞めたい!」と思うことがある。
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by karihaha | 2005-11-10 10:53 | ブログ | Comments(2)