<   2005年 12月 ( 21 )   > この月の画像一覧

サワディー・ピー・マイ

 普段予定のない日は、午前中をグダグダと部屋で過ごしてしまう私。何をしているのかなー、メールをチェックしたり、他の方のブログを覗かせてもらったり。いつもあまり記憶に残らない。

 これでは、もう絶対に日本での社会復帰は無理ですよね。

 しかし! 昨日は、珍しくももう少し建設的な時間の過ごし方をした。部屋の大掃除を敢行したのだ。部屋といっても一部屋のアパートの暮らしなのだが、冷蔵庫の後ろのホコリとか、棲みついているヤモリが、家具の隙間に落として行ってくれているフンとかが気になっていた。

 やったぞ! 気持ちがいい。これで新しい年を迎えられる!! タイにいても、やっぱりクリスマスよりは新年です。


 そのあとの外出はN県立病院ではなく、S病院方面へ。病院近所の、このところ手がけているプロジェクトの関係者を訪問したのだが、やっぱりお正月前ということで、出払っていた。

 仕方なく(?)S病院のテンのもとへ。ここも正月ムードで、看護師詰め所から嬌声がもれてくる。打ち上げパーティをしているのだ。考えられない!? いいのです。「やっぱりここはタイだもん!」。

 さすがにこのパーティには呼んでもらえなかったが、家に帰り着くと、アパートのオーナーが持っている会社とアパートの従業員たちが、庭でパーティをしていた。参加していた日本人の住人の方に声をかけられ、ただビールをたんまり。へへへ。

 
 2005年も終わり。今年知り合った子どもたち、殆ど全員が元気で、この年の瀬を迎えられた。

 今年は、特に『私の子どもたち』、テン、セーム、クワン、アーム、ゲームとは真摯に付き合ってきたと思う。ゲームは鬼門に入ってしまったけれど…。

 テンとクワンには、『サワディー・ピー・マイ(よいお年を!)』と言ってきた。今年最後の今日は、Vホームに‘潜入’して、セームとアーム、そしてVホームの子どもたちに新年の多幸を祈ってこよう。

 『子どもたち、来年もよろしくね』
 

 最後になりましたが、私のこのつたない文章におつきあいいただいている皆様にとっても、来年がより一層実りある年でありますように。
[PR]
by karihaha | 2005-12-31 13:30 | ブログ | Comments(0)

飲み会

 Vホームの保母さんへの飲み会は、3日遅れの『サンタクロース』となったジョンが太っ腹にもご馳走してくれた。

 普段は文句ばかり言ってるのに? という素朴な疑問はさておき、それはそれなりに楽しかったな。

 Vホームで人集めを頼んだのは、『HIV感染児の家』のマネージャー、Tということもあり、集まったのは、彼女の旦那とブレーンとおぼしき面々総勢7人。

 「なに飲む?」と聞くと、声を揃えて、「ウイスキー」。やりますね、あなた達も。

 通訳代わりの私も、「どんどん飲んでね、食べてね」などといっているのだから、ジョンのことを批判できる筋合いではない。

 
 それからは無礼講。そして話題の中心はやっぱりアームのこと、セームのこと。そしてM女史のこと。

 「ジョンの育て方がうまかったから、アームは本当に元気で皆に可愛がられているから心配しなくてもいいよ」

 「(おだてますなー。よく泣くと聞いているよ。でも可愛がられているらしいのは確かだから、それはそれで良かった)」

 ここでも何十回と話した、『アーム、なんでここにいるの?』の経緯を繰り返す。嬉しいことに(?)、もうみな先刻承知のようで、アームの母親はすっかり悪魔のごとく。

 薬が効きすぎたかもしれないが、これもアームのため。


 一方セームの一件はあまり知られていなかったようで、「私がセームのメーファランです!」とあらためて名乗りを上げる。

 ここではM女史が‘悪魔’になった。スタッフたちも、あと2年後の彼女の定年退職を首を長くして待っている面々ばかりなので、私の舌のすべりもいい。

 そこで、Tが一言。「セームは来年から小学校に入るので、『少年の家』で暮らすことになる。そのときにはちゃんと連絡してあげるからと」。

 そのことは私も考えた。少年の家の責任者は、M女史とはぜーんぜん違って話が分かる人とも聞いている。

 小学校に入る前になんとかしなければ…。私もしつこい? そうです、もう殆ど意地です。


 タイの子どもの日は、来年は1月14日になる。2年前の1月は、ジョンと私と有志が、HIV感染児の家の子どもたちを連れて、近くの湖に遊びに行ったことがある。

 子どもたちは今もそのことを話題にするそうだ。驚いたことに、『太っ腹』なジョンがVホームを去ってからは、誰もそのようなことを企画してくれなかったそうだ。

 そうと聞いて黙っているようなジョンではない。急遽1月21日にどこかに遊びに行こうということになった。もちろんM女史には内緒で。

 ついでにアームも連れてきて欲しいと‘拉致依頼’をしたが、管轄が違うので難しいという。裏返せばTは身体をはって子どもたちを連れ出すということ。なかなか話の分かるいい女です。


 ジョンご馳走さまでした。ちなみに彼って、下戸なんですよね。
[PR]
by karihaha | 2005-12-30 12:53 | ブログ | Comments(2)

 このところN県立病院のことを書くことが少なくなってきている。

 その答えは簡単。入院者の数が少ないのだ。昨日現在ではビクタージュニアと山岳民族の子ども。この子の親が、「具合が悪い」と帰ってしまったというのは以前のブログにも書いた。

 チェンマイのこのところの寒さに入院患者が2人とは!? でもふたを開けると入院直前とかの子どもも多いんだろうなー。あの集団生活の場で、一人でも伝染性の病気に罹ると、あっという間に広まってしまう。今の状況は奇跡的とも言うべきか?


 テンにはおばが付き添い、N県立病院の子どもが少ない状況では、私はおのずと暇になる。筈なのが、こういうときに限ってコンピューターのリカバリーのために友人のインターネット屋で9時間も過ごしたり、朝寝をしたりして時間を有効に使っていない。

 で、クリスマスや年末準備で忙しげな、日本や世界のニュースを見るにつけ、自分の本質的な‘暇さ’がどこか後ろめたい。

 
 でも、今日は用事あり。Vホームの保母さんとの飲み会。これはなんとジョンがおごることになっている。普段は文句ばかり言っているのに、なんでわざわざ??? 彼の考えていることがよくわからない…。

 あ! 言い忘れていました。ビクタージュニアも山岳民族の女の子も、やっぱり暇で、妙に(?)優しい看護師や看護助手に可愛がられて、それなりに快適に過ごしているようです。
[PR]
by karihaha | 2005-12-28 13:56 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(153) 代わってやれたら…

 おばに任せたとは言っても、やっぱり気になるテン。昨日の午前中に様子を見に行こうと乗っていたバスの道中、例の、『用事があるからかけてこい!!』コールがあった。

 これは毎度のことながらムカつく。用事がある人が通信費(電話代)を払って、連絡する。このごーく自然な法則が、何度言ってもおばには通じない。かけられた方は、無視するにしても、心は騒ぐ。「いったい何があるんだ」と。ホンと迷惑だ。

 今日も、どうせもうすぐ病院につくのだからと無視。でも、やっぱりエレベーターホールで待つ間も気がおちつかない。「何があったんだよ!」。それでもコールバックしない私も根性?


 病棟に入ると、テンのベッドの周りでインターンがなにやら話し込んでいた。私の顔をみとめたおばが、すぐに立ち上がって説明を始めた。今朝の回診で、一週間前に縫合した、落ちそうになっていたシャントの手術痕のガーゼをとった。すると、縫合した部分がすべてはがれ、縫合前の状態に戻っていたんだそうだ。

 その場で再縫合が始まった。最初はおばと私でテンの身体を押さえていたが、横で泣くおばを見かね、部屋を出るようにいうと素直に従い、姿を消した。

 麻酔が効いているとはいえ、縫合部分だけが見える、丸く穴のあいた布をかぶせられたテンは力の限り泣いている。

 そのとき初めて、彼女がこれまで耐えてきた試練が実感としてわかったような気がした。視界のない布に包まれ、恐怖にあがいているテンはまだ1歳1ヶ月。見るに耐えない場面、でもしっかりと見る。それがテンの気持ちに沿いたい、その唯一の道のような気がして。

 手術後は即、しっかりと抱きしめる。ヒステリーを起こしているかのようなテンだったがしだいに落ち着き、子守唄を歌いながら揺らしていると寝息をたて始めた。

 
 泣き顔のおばが帰ってきて、ポツリ。

 「この傷のことを言うと、Mに叱られるかと思った。どんな面倒の見方をしてるの!って」

 
 帰りに寄った6階のVホームの子どもがいる部屋で、友人の保母がそっと言ってくれた。

 「テンのおばさんがここに来て泣いていたよ」

 テンを愛している、その点では揺ぎない信頼感を持っているおばと私。でもそんな私たちでもテンの痛みと試練を代わってやれない。 
[PR]
by karihaha | 2005-12-27 23:46 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(151) おばとテン

 テンが入院してから3日目、 「病棟を変えて、24時間体制で付き添わなくてもいいようにして欲しい」そう言おうとメーサイの道中で考えた。お涙頂戴でも、こわもてでも何でもいいやと決意を固めて、まず看護師に話を持ちかけた。

 曰く、「彼女は孤児で、私とおばが面倒を看ている」、「おばは働かなくてはいけないし、私も一日中ついているわけにはいかない」。だから、特別なご配慮を、と言うと婦長に相談すると逃げられた。

 そして婦長が登場。 これが手ごわかった。人手不足、ぐずついたときに困るをたてに、頑として首をたてに振らない。あげくの果てに、「それでも捨てていくなら私たちはどうしようもないんですけどね」と言った。

 「捨てるだってー!!??」

 誰がそんなことを言った、とまたまた切れてしまった。 ああいう場所で、あんな立場の人とやりあうのは絶対こっちが不利とわかってはいても…

 結局、おばが付き添うことになった。一銭もお金がないという彼女に日当を払って。

 身内にお金を払うのは片腹痛い思いもするが、内職収入が入らない彼女に、付き添い中の経費を負担せよというのは無理というもの。 「あ! おじがいる」と考えるのはもうすでにギャグのようなもの、考えるだけ時間のムダという知恵はおばのもろもろの話からついた。


 一番大事なのは、テンにとっておばが付き添うのが一番いいだろうということ。家にいたくないおばにとってもテンと24時間一緒にいながらにして、収入になるのであれば、一石二鳥。それに、私にとっても時間的束縛がないのがいい。

 これで八方丸くおさまった??? 
[PR]
by karihaha | 2005-12-26 18:24 | 小児病棟から | Comments(0)

想い

 絵日記ならぬ写真日記を載せた翌日の12月22日は恒例の、『メーサイ詣で』だった。

 退屈な往復10時間の道中で頭を離れなかったのはやはり差し迫った状況のテンのこと。身動きの出来ない時間と環境に身を置いたとき、‘想い’はその束縛を逃れようとする。

 昇華する‘想い’と、‘いま’を引きずりながら沈んでいく‘想い’。


 テンの何度目かの突然の入院に対応を迫られている。その重いテーマからは逃れられない。

 倫理・科学・命の価値。その本質は何かを理解できないまま、聞きかじりの知識ゆえにのたうち回る私の対極に、「テンは治るよね」と言い続けるおばがいる。

 「テン、生きているほうがいいかい?」
[PR]
by karihaha | 2005-12-24 00:41 | ブログ | Comments(0)

豚街道

 このところのチェンマイの低気温には正直参っている。人様のブログによると、最低気温は19度前後らしいのだが、熱帯の太陽にふやけきった私の肌は25度以下の気温を許容しなくなっている。

 チェンマイに来て3度目の冬。これまではさしたる防寒着もなく過ごしていたのだが、今年は、「もう堪りません!」と、3枚もジャケットを購入した。と言っても古着屋で漁るので、一枚30バーツ(約85円)という格安、というよりただ同然の値段。

 これは今に始まったことではなく、最近の私のワードローブを新たに埋めるのはあの古着屋の品々。これが昔は一応名前の通った商社で、営業ウーマンとして婦人服を仕入れるべく世界を駆け回っていた、あの人と同一人物かと我ながらシミジミ。

 話は変わって、我が‘娘’テンは異常な太り方をし、『ぶた街道』をまっしぐらといった趣。前回退院した3週間前には7kgだったのが、今回の体重測定では9.5kgと30%以上も体重を増やしている。このままのスピードでいくと…、なんて恐ろしくて計算したくもない。

c0071527_23535125.jpg c0071527_23542861.jpg

 








 

 

 泣けばミルク、笑えばミルク、何もしなくてもミルクとおば一家が寄ってたかって胃拡張を助長した結果なのだ。 

 「私は育て方がへたで…」と言うおばだが、その口調は、「時間通りにミルクをあげてね」といい続けている私に、言い訳をするかのようだ。そうは言っても、口ばっかりで、育児はおばに任せっきりの私は偉そうなことを言える義理ではないのだが…。

 でも、実利の被害はある。この冬に備えて一通りの冬服を揃えて渡していたのが、もう殆ど着られないというのだ。

 この解決策は2つある。手術前の絶食や入院中という特殊な状況に期待(!?)して、テンのダイエットを敢行するか、また服を買うことだろう。でも、2週間でワードローブを入れ替えなんてやっぱり異常やで。

 おばには今後は自助努力で服を調達して! と言い放った。例えば、Vホームに寄付の服を貰いに行くとか。

 そうは言っても、夏であれば裸でも全く問題ないのだが、やっぱり冬に着るものがないのは可哀想ということで、着手してしまったテンの冬服揃え、その第2弾。一枚目の値段169バーツ。私の服の殆ど6倍やないか? それも新品(涙)。
[PR]
by karihaha | 2005-12-23 23:54 | ブログ | Comments(2)

小児病棟から(150) 12回目

昨夜はテンの手術があるということで、午後8時過ぎまでS病院にいた。今度の部屋は8階の大人もいる病棟。普通ならば多くて6人部屋だろうと思えるところに、ベビーベッドが9台押し込まれている。その他に通路にもベッドが並べられ、まるで難民キャンプか、大事故のあとの対応を迫られている病院のような様相。

 その上、大人にはついていない、「付き添い必須」という規則で、親が少なくとも一人、時には両親、またはおばあさんという陣容でひしめき合っている。大げさではなく、10分間もいたら息切れをおこしそう。

 テンの場合にいつも問題になるのは、この「付き添い必須」という項目だ。S病院だけでも今回で3回目の入院の度に部屋が違う。するとスタッフが違うのは勿論のこと、大げさにいえば、規則も違う。

 いま考えると、最初の病棟が一番良かった。事情を分かってもらえて、24時間看護師が面倒を看てくれる病棟だった。次の病棟は規則がジワリと押し寄せてきたが、時間とともに顔見知りのスタッフが増え、「どうしても無理ならいいよ」というところまでこぎつけた。

 今回の、『難民キャンプ』は望みが薄そうだな。新聞で読んだS病院のスタッフが過重労働で辞めていくという内容が納得できた。スタッフ不足は親がカバー。これも30バーツ保険ならでは。

 でもね、と言いたい。今回の入院は完全な手術ミスが原因。手術後4日目の退院時にも頭部の腫れがひいていなかったし、1週間目には患部から髄液が沁み出していた。そして昨日彼女の頭を見てびっくりした。シャントの器具があんなのだったと初めて知った。

 球形のビニール状の器具が、姿をあらわしていたのだ。手術時の縫い目を破り、もう少しで何もしないでも落ちてしまいそうだ。

 診察した医師が、「前回の手術医はへたくそで…」とあやまったそうだ。おばが言ったことなので、信憑性に欠けるきらいはあるが…。おばに、「いつからこうなった?」と聞くと、今朝からというがこれも信じがたい。髄液が沁みだしていたとき、すぐ病院に連れて行くようにといったのを、2.3日引き伸ばし、そのあとは、大丈夫、元気になったからと切り抜けている。

 そのあとは忙しさにかまけ、プッシュしなかった私の責任もあるのだが…。

 
 帰りに寄った6階の以前の病棟は森閑としていた。「何しに来たの?」という暇そうな看護師たちの声に、「テンが」と言っただけで、皆が納得顔。なんと言ってもこれでもう12回目の手術だものね。

 そんな様子に看護師の大量退職はあの8階の病棟だけでは?と思えた。規則を押し付ける前に、労働格差を是正して事情によってはもっとフレキシブルに対応してくださいよ、S病院さん。
[PR]
by karihaha | 2005-12-21 08:24 | 小児病棟から | Comments(0)

何をしていたのやら

 今日はもう12月20日! 年を経るにつれ一年が早いというけれどそれにしても早すぎ! それに最近の私のブログはどうよ! もう6日間も更新していない。 このブログを始めたときは、とりあえず一年間は続けてみようと思っていた。でも11ヶ月目ぐらいから息切れがしだして、毎日更新していたあの情熱はなんやったんやろ、と人ごとのように振りかえる日々。

 でも、あと1ヶ月で1年。自分のためにももうちょっと頑張ろうと妙に区切りにこだわる私なのです。

 それでは、いつもとは趣をかえて、この6日間の私個人の行動を写真日記を交えて大公開!「年末やし、ちょっと変わったことでも…」、としきたりにもどこかこだわってしまう私にお付き合いください。

12月15日(木)
 午前:バーンルアムチャイ(山岳民族の子どもたちのための寮)に、日本の「草の根無償資金」の支援で建てられた、山岳民族の研修のための多目的ホールの落成式に出席。ジョンの友達がこの寮の寮長で、その縁で招待していただいたのだけど、こんな経験は1回でいいかな?というのが本音かも。副知事さんを始め、日本の領事さんもご臨席。大変ですね、数をこなすのは。

 その日本の領事さんのスピーチは当然日本語。でもこのスピーチを理解しているのは、ウン百人の出席者の中でも私だけ。それならあの際、別になにを話してもよかったのではと思ってしまった。「もう大変、こんな会に何度も呼ばれて」とか…。どうせそのあとのタイ語通訳が話しをまとめてくれるわけだし…。
c0071527_0445826.jpg

右端が領事さん。温厚かつ日本の良識の代表(?)のような雰囲気のある方。
c0071527_0474116.jpg

寮の生徒たちの踊り。各自の民族服に身を包んで。
c0071527_0485794.jpg

クワンもTPOに合わせて正装。

 その後は夕刻にあるというクリスマスキャロルにも誘われていたので、ジョン宅で午後をすごすことにした。引越し魔の彼の新居で、ビデオを身ながらビアチャンを飲むといういい時間をすごしながら時間つぶしをしたまではよかったのだけど、キャロルの会場に行くと、日にちが一日間違っていて、明日なんだとさ。まあいいか真昼間からビールを飲めたんだから。

12月16日(金)
 日中はN県立病院で過ごす。アリーという名の2.3kgの3ヶ月児の間断のない泣き声に閉口して、「はよ帰りたいなー」という正直な気持に素直にしたがうことにする。帰りに、『ロータス』で、明日潜入予定のVホームの子どもたちのためのお菓子を購入。夜は我が家で友人AちゃんとTさんとともに夕食。ビールをがぶ飲み。その勢いでAちゃんを泣かせてしまった。つい本音が出てしまい…。 写真なし。

12月17日(土)
 午後Vホーム潜入。セームが駆け寄り飛びついてきた。ガーンは抱いてくれと泣きじゃくり、アームは不機嫌で、これも泣きじゃくり。N県立病院くんは新しい環境にも動じず、あいかわらずやり安い赤ちゃんをしている。

c0071527_1155848.jpg

セーム。随分と太ったような印象。
c0071527_1164861.jpg

あいかわらずの甘えん坊で、このあとメーのひざの上に乗って、色々お話したね。
c0071527_1174371.jpg

ご機嫌ななめ。でも保母さんには絶大な人気があるらしい。やっぱり顔で得してる?
c0071527_1184054.jpg

サークルに入れられた途端、大泣き。先週母親が訪ねてきたらしい。どの面さげて?
c0071527_121761.jpg

「抱いてよー。ガーンスリーを忘れてしまったのー!」
c0071527_12217100.jpg

「うん、どこでも良く眠れるよ」。N県立病院談(?)。

12月18日(日)
 M市にある知人の運営するS施設へ。この子たちとは先月末には海にもあそびに行ったので、同じ釜の飯を食った(?)仲間たち。太っ腹な知人が、子どもたちを連れて湖の側のレストランに昼食としゃれこんだので、私もお相伴。そのあとは子どもたちの散髪や、縄跳びにお付き合い。

c0071527_1364276.jpg

おいちい!!
c0071527_1373195.jpg

ほんとうに、うまいぜ!
c0071527_1381649.jpg

タイ人の才能に感心。彼女一人で19人の子どもの髪の毛をなんとかしてしてしまった。

12月19日(月)
 朝早くから大忙し。最近はとにかく初対面の人と会う機会が多い。私がバタバタと走り回ってやろうとしていることは遠大すぎて…。でも実現したいなー。 午後はAホームのクリスマスパーティへ。ここのマネージャー夫妻のパワーに感服するばかり。そのファイトはどこから?

c0071527_155081.jpg

グループサウンド(古!)
c0071527_1563184.jpg

サンタさんは誰?
c0071527_1572032.jpg

クワンはここでもチャンとTPOにあわせて。

12月20日(火)
 朝からろくな日ではなかった。コンピュータが突然シャットダウンしてしまった。「ウイルスか?」と真っ暗な気持になる。「やろうやろうと思っていたバックアップを最近はしていなかったなー。それにコンピュータを買い換えなきゃいけないんかい!」。焼いたままで、放置していたCDの数々をあわてて整理し、どこまでバックアップをしてあるかと調べたり、そのついでにジャンル別に分けたりと、その場に全くふさわしくない行動を続ける。それもこれも気持を落ち着けるためなのだが、その間に、テンのおばがいつものワン切りで、「用事があるからかけてこい!」と示唆行為をする。

 私の携帯のお金も昨夜の飲み会の時に終わっていたから、一旦外に出ないとプリペイドカードが買えない。「放っておけ!こんな大変なときに」と思ったが、何度も何度もワン切りをしてくる。もー仕方ないと観念して室内電話でかける。まず嫌味を一言。「私の携帯にはお金が入っていないので、こんな高い電話からかけているんだから、手短に話して」。すると「私のにも入っていない」とさ。あんたのはいつも入っていないだろう!

 そしてその用件とは予想通り、テンの再入院。今回も緊急で、今日中に手術が行われるという。

 「あーあ」

 コンピュータは一時間後に奇跡的に復元したけど(あれは一体なんだったんだろう)、テンの病との闘いはいつまで続くのだろう。  写真なし。
[PR]
by karihaha | 2005-12-21 02:25 | ブログ | Comments(3)

うれしいこと?

c0071527_1582367.jpg 先週末の2日間、こちらのボランティア組織、『タクライ』の会合に参加させていただいた。

 その席で、皆さんの前でいまの私の活動を説明することになった。このブログもそうだが、「世の中にこんなことが起こっていますよー」という発信のつもりで、予定になかったにも関わらず、しゃべりすぎるぐらいしゃべってしまった。

 そのなかで、「毎日大変でしょうけど、なにか嬉しいことってありますか?」と聞かれた。質問者は私のブログを読んでくださっているようで、深刻な話の連続に、「この人何が楽しくてこんなことをやっているの?」と思われているのかもしれない。

 もう少し闊達な文章が書ければいいのかもしれないが、「捨て子がありましてね、ハハハ」というわけにもいかず…(冗談です)。

 嬉しいことねー、としばし考えて、ありました。テンが初めて笑ったとき。その時は心の底から嬉しかった。内心、「やったー」と思ったなー。


 今日のトピックも楽しくはないのですが…

 あの『N県立病院』が、今日Vホームに引き取られた。これは全然嬉しくなんかない。あの赤ちゃん集団の中で、‘政府の子’としてこの先長い年月を過ごす彼にはこれからどんな人生が待ち受けているのだろう。

 結果、きょうは3人の乳児が残った。2ヶ月の男児、3ヶ月の女児がVホームからの子ども。そしてもう一人の3ヶ月の心臓病の女児。両親が2日ほど姿を見せていたのに、「マイサバーイ(具合が悪い)」と帰ってしまった。

 「この子もとても具合が悪いんですけど…」

 そして夕刻、ボーイズホームの職員が男の子を連れてやってきた。6歳という彼は、一目で感染者と分かる肌の状態で、即ARV(抗HIV薬)を呑まねばと思わせられた。

 職員によると、入所したばかりの彼には両親はすでになく、おばあさんと暮らしていたそうだ。

 何度も見た、聞いた、いつもの悲劇。

 ああ、また暗い話になってしまった。
[PR]
by karihaha | 2005-12-15 02:01 | ブログ | Comments(3)