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動いた!

c0071527_235023.jpg 先週末、久しぶりに『緑の家ボランティア』に参加させていただいた。

 その日はたまたま、念願の新生徒寮の建築スタートの日だった。日本の『草の根無償資金』に申請していた建築費の申請が通り、いよいよ男女各一棟の生徒寮の建築が始まる。


 日本なら起工に先立って地鎮祭が行われるのだが、こちらでは『柱立ての儀式』とでもいうのだろうか? 建物の最初の柱を立てるお祝いがあるようだ。


 僧侶でも招いて盛大かつ厳粛な儀式を予想していたのだが、私たちが見守る中、やしの実とバナナ(?)の葉で簡素に飾られた柱が、フツーに運ばれてきて、これまたフツーに立てられた。特に鳴り物があったり、拍手が起こるわけでもない。「確かに立てられた」それだけ…。

 
c0071527_23504168.jpg それより面白かったのはこれ! 予定していた建設場所の畑付近をちょっと掘り起こすと、砂地で建築には適さないとのことで、子どもたちの寄宿棟や事務所のあるほうの敷地に急遽変更された。

 すると4棟ある竹製の寮の一つが邪魔になる。予定では解体して移動し、組み立てなおすということだったのだが、「ひょっとして運べる?」という希望的観測で、まず地面深く打ち込んでいた家を支える支柱が切られた。もし可能なら家を再度組み立てる手間が省ける。

 老若男女、タイ人、日本人打ち揃って、「ヌン・ソン・サーム(1.2.3)」の掛け声とともに持ち上げてみると、上がった! 動いた!

 
 定位置に落ち着いた家だが、支柱がない分見ていてもなんとも心もとない。何か支えをするから、という言葉を信じるしかないのだが…。 でも竹製だから万一‘グシャ’っときてもそんなに被害はないだろう、だめになってもすぐに作れるしなー、と「マイペンライ」ということで一件落着した貴重な『家まるごと引越し』体験だった。
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by karihaha | 2006-01-31 23:53 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(163) パターン

 昨日の日曜日、またまた6日ぶりになってしまったN県立病院の病棟には、私の‘担当’となる3人の女児がいた。

 全員の体重を合わせても7kgになるかどうか? 1人は生後1ヶ月強、残りの2人は生後5ヶ月弱と5ヶ月強にも関わらず…。

 1ヶ月強のその女児のベッドの足元に架かっているカードには、肝炎及びダウン症候群と書かれてある。なるほど、身体には黄疸症状が出、目の辺りにはダウン症候群患者の特徴が見られる。

 
 先週月曜日に病棟に立ち寄ったときにもその女児はいた。看護師チアップに尋ねてみると、両親は働いているので、夜だけしか付き添えないとのことだった。

 ベッドサイドテーブルには細々とした赤ちゃん用品が置いてあったのが、その言葉を裏づけていた。


 でも昨日は日曜日。それにも関わらずやはり両親の姿はなかった。もう一度看護師に聞いてみると、「最近では夜も来なくなった。病院に預けていくって言っていた」と答えた。

 ‘預けた’のか、‘捨てた’のか?

 『未熟児→集中治療室→病棟→Vホーム』という障害児のパターンを危惧していると、午後の面会時間に親子連れが彼女のもとを訪れた。見ていると、父親らしき人はベッドの足元から遠巻きに眺め、触れようともしない。‘母親’は近寄り、あやしている。

 でもこのような場面の場数を踏んできた直感が、両親ではないと判断。聞いてみると伯母夫婦だった。

 ものの15分の訪問でそそくさと帰ろうとする彼らに、両親はどこに住んでいるのかと聞いてみた。

 メーリム。病院のある郡だった。

 この子も危惧するパターンにあてはまってしまうのだろうか?
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by karihaha | 2006-01-30 11:38 | 小児病棟から | Comments(0)

パーソナルアイデンティティ

c0071527_19174635.jpg 北タイにあるドイトゥング(トゥング山)ではロイヤルプロジェクトが展開されている。ロイヤルプロジェクトとは、1960年代の終わり、現国王が主導となって、山岳民族のあいだで当時広まっていた麻薬の原料のオピィウムやケシの栽培をやめさせ、それに替わる新たな換金作物や手工芸などを奨励したもので、現在では日本を始め、国際的機関も多数参画しているプロジェクトとなっている。

 その一環として山岳民族の子どもたちに教育機会、それもイタリアから発祥したモンテソーリ方式という教育方法を使って、より子どもたちの自立を高めようとイギリス人とタイ人のカップルが頑張っている。

 ご夫妻は約4年前にこの教育方法をスタートし、現在ではドイトゥングに点在する8つの小学校に併設する幼稚園、そして1校の小学校でモンテソーリ方式が取り入れられている。c0071527_19182212.jpg

 ご夫妻の苦労の甲斐があり、この5月からの新学期からは、その8校全てでモンテソーリ方式での小学校教育が着手されるという。


 私たちが訪れたのは2校だった。子どもたちはグループ、あるいは一人でカリキュラムに添った学習をしていた。

 色々な山岳民族が共学するその場では、幼い頃から子どもたちの自発的な社会参加が奨励され、例えば料理、清掃、整理整頓も教えられる。


 私たちが教室外で立ち話をしていると、幼稚園児が教室に入る姿を見かけた。彼女は自分が脱いだ靴をきっちりと揃え、靴箱に置いた。よく見ると他の靴も揃えて置いてある。

 こう言った行儀も含めて、山岳民族の両親からの信頼は篤く。あるときなどは、子どものいたずらに手をやいた先生が家に帰してしまうと、そのすぐあと棒を持った親が、子どもをせきたてながら学校にやってきて、「もういたずらをしないと約束させましたから、授業を受けさせてやってください」と言ったそうだ。

〔向こうの山にぼんやりと見える彼らの集落↓〕
c0071527_1918558.jpg 2校目はさらに山深いところにあった。天気がよかったことと、その学校の整理整頓が行き届いていたこともあり、外国人のロマンチシズムは承知の上で、あえて『桃源郷』と表現したくなるようなところだった。

 ここでは幼稚園児だけがモンテソーリ方式で学んでいたが、来期の進学にあわせ小学生のクラスも新設されるとのことだった。

 
 多くの幼稚園児たちが年長の小学生と一緒に山を越えて徒歩でやってくるという。片道2時間半のその道のりも雨季にはさらに過酷な‘行軍’になるだろう。

 幼稚園児といえども、家に帰ると家業を手伝うことになる。朝8時半からの始業に間に合うように、そして夕刻4時の終業後に一目散に帰っても…、と思うと「大変だー」とは思いつつ、「頑張ってね」と心から応援したい。c0071527_19192971.jpg

 
 英国人のご主人が言った言葉が忘れられない。

 『文化は日々変化を余儀なくされるかもしれない。特に今のように変化の早い社会では。でもパーソナルアイデンティティは失わせたくない。山岳民族としての誇りをもって生きていって欲しい』

 このような素晴らしい教育機会はそれを可能にするだろう。子どもたちの明るい笑顔はその前兆を感じさせる。
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by karihaha | 2006-01-27 19:24 | ブログ | Comments(2)

支援

 昨日、今日と知人の施設のスタッフやボランティアにお邪魔して、ドイトゥング方面へ。

 色々考えさせられる重い2日間だった。


 帰りの車中、おばに電話をし、テンに替わってもらった。

 「テーン、テーン、テーン」

 電話の向こうでおばが、「‘母さん’だよ」といっているのが聞こえる。


 彼女やクワン、セームやアーム、そして病院や施設で出会うこどもたち。

 たぶん私の考え方、やり方は間違っていないと思う。


 必要な支援、必要以上の支援、不必要な‘支援’。

 ボランティアとは究極の自己満足だとよく言われる。

 「同じ自己満足ならば、必要不可欠な支援をしたい」

 そう強く思った2日間だった。
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by karihaha | 2006-01-26 01:06 | ブログ | Comments(0)

欲しいものバトン

 「欲しいものバトン」。あるブログ仲間の方から預かったまま走っていました。そろそろ誰かに渡さんとリレーにならんがな、と一人突っ込みをしたり、「エーエー!」このブログに自分のこと書くのーというテレもあったりしながら…。 では行きまーす、覚悟(?)して。


Q1. 今やりたいこと
チェンマイの封切り映画ぜーんぶ見る。今日は早速『Just Like Heaven』を見てきました。、客はなんと!3人でした。他には『April Snow(4月の雪?)』もやってますよ。このあいだ見たのでは『The Chronicle of Narnia(ナルニア王国の伝説)』も、お子チャマ映画という予想に反して結構楽しめた。1月26日からは、渡辺健さんも出ている『芸者』が始まります。最後に羨ましがらせようっと! 切符全て平日70バーツ(200円)、週末90バーツ(260円)です。これだからやめられない!

Q2.今ほしいもの
新しい携帯電話。今使っているのは後ろの電池部分のカバーが落ちそうで、輪ゴムで止めて使っている。先週の土曜日の大酔っ払いのあと、カバーが外れていたのに気づき、ひょっとしたらと翌日スゴスゴと、ご飯やに聞きに行ったら、あった!

Q3. 現実的に考えて買っていいもの 
新しい携帯電話カバー、輪ゴムは情けなさすぎる(涙)。

Q4. 現実的に考えて買えるけど買ってないもの
上記に同じ。ビールは買えるのに、なんであれも買えない(買わない)、これも買えない(買わない)???

Q5. 今欲しいものだけど高くて買えないもの
新しいノートブックパソコン。あのねー、変なんです。ある日突然、‘本物’のCDが聞けなくなり、コピー(誰にも言わないでね)したCDだけしか受け付けなくなった私のパソコン。 今もっている真正品のCDをわざわざコピーしてもらって聞いている今の生活から脱出したい。

Q6. ただで手に入れたいもの
錬金術、堀江さんのようにしくじらない本物の。

Q7. 恋人からもらいたいもの
愛(グフグフ、ゴホゴホ)。

Q8. 恋人にあげるとしたら
上記に同じ(グフグフx2、ゴホゴホx2)

Q9. バトンを回したい人5人
やっとバトンを渡せると思ったのに、最後の詰めをしていなかった。今度ゆっくり考えてからね。
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by karihaha | 2006-01-24 00:40 | ブログ | Comments(0)

養子縁組

 養子縁組について読者の方から質問をいただきました。

 サクッとした情報は、2005年8月14日付けのこのブログに掲載してあります。英文の資料を、自慢(?)の翻訳力で邦訳したものです。ご興味のある方は参考になさってください。

 それにしても、あの頃の私ってマメやったなーと、自画自賛ならぬ自画‘大’絶賛。



 その方の質問に関連して、少し前述の記事に追加します、これ以降の文は真面目に書くつもりです。

 養子縁組希望をする場合は、基本的には性別やその他の条件を提示できないのが普通なのですが、現状の養親希望者の希望条件の最大公約数としては、出来るだけ年少で女児というのがあります。

 一生面倒をみていく、それならば遺伝的要素を是認しながらも、環境的な影響力を保ちながら育てていきたい。その気持ちはよく分かります。ミルクの臭いがする赤ん坊はなにものにも代えがたいと思わせられます。

 女児という条件は、やはり育てやすいということもあるのでしょうか?

 一方クワンのような障害者や、6歳以上の子どもでも良いという提示をすると、特例のケースとして比較的早い時期に養子縁組の紹介があるようです。


 私の周りには何人も養子に出したい子どもがいます。施設に置く、それは特別のケースを除いて、やはり不自然なことだと思っています。

 私の知っているのはタイのシステムですが、送り出す大人たちは、子どもたちの将来のために最善を尽くしている。かたや何年待ってでも育ててみたい。そんな風に思っている方たちが列をなして子どもたちを切望している。そんな養親希望の方たちの志も尊敬に値する。そう思う気持ちに揺るぎはありません。


 『家族』

 手を差し伸べる人がいる、その温かい腕に早く抱かれて欲しい。そんな多くの子どもたちを知っている私は、双方が少しずつ歩み寄ることが出来ないのかと、ジレンマを感じるこの頃です。
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by karihaha | 2006-01-23 23:44 | 養子縁組 | Comments(4)

コンサート

 いつものオムツ変え、ベビーシッターとは一味違った、芸術的香りたかき(?)ボランティアもしている今日この頃。

 このブログの読者の方が、ピアニストということで、何か出来ることはないかという相談をされたのがきっかけだった。

 ここタイでは日本のような、ピアノ文化とは程遠く、まずピアノ自体を捜すのが至難のわざ。「無理でしょう」と一旦は断念していただいたのだが、シンセサイザーをわざわざ日本から送ってくださるという情熱に負け(?)て、知り合いの施設に交渉し、演奏会をしていただいている。


 先週は、知人の施設とBホーム。そして昨日の土曜日は、知的障害者施設と盲学校での演奏となった。

 午前中に行った知的障害者の子どもたちは、シンセサイザーから奏しだされるさまざまな音に不思議なものを見るようにひきつけられている様子。

 ピアニストの周りに集まって一緒にひく子がいるかと思えば、歩き回る。踊りだす。中には発作で倒れている子もいるという、かなりアナーキーな世界。

 彼らの心にはどの程度、昨日のコンサートの音色が届いたのだろう。

 
 私はといえば、『国際語』とも言える音楽のインパクトのすごさにあらためて気づかされた。

 子どものころのお稽古事といえば、『算盤』という実用一点張りのものだけで、ピアノなどという高尚なお稽古ごとをさせてくれなかった、下町の庶民家庭育ちをチョッピリ恨みたくなった。
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by karihaha | 2006-01-22 23:59 | Comments(0)

テンの退院

 テンが退院した。術後3日目の19日だった。前日に見舞いに行くと、点滴や酸素チューブがすべて外れていたので、近々とは思ってはいたが。

 今回の執刀医は一言で言って、『変わっている』。白衣の上に着込んだ厚いダウンジャケットのポケットに両手を突っ込み、トレードマークの黄色の柄のついたサングラスを頭にのせて病棟の廊下を闊歩している。

 最初見たときは、「この人大丈夫かいな?」と一瞬‘ひいて’しまったが、こちらが医者を選ぶわけにいかず、運を天にまかせていた。

 『案ずるより生むが易し』。髄液もうまく流れているようで、頭頂部の陥没部もはっきりと見て取れる。『人は見かけによらない』ということか。

 
 テンとはこれでまたしばらく会わないだろう。おば宅はそれほど遠くはないのだが、とにかくおじの顔を見たくない。退院後3日目の今日、近くを通りかかったのだが、意地をはって素通りしてしまった。

 毎日のように顔を見ていた入院中の習慣が尾をひき、テンの顔が浮かんでは消える。あのプクプクしたほっぺ、なんとも言えぬ笑顔。

 「次はまたいつ入院するやら」

 何を期待しているの?
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by karihaha | 2006-01-22 23:29 | ブログ | Comments(0)

笑いのつぼ

c0071527_1191516.jpg テンの入院以来、一週間に一度はおばを家に帰らせてあげるようにしている。おばの長男のジェームの体調が悪く、学校を休んでいると聞けばなおさらのこと。

 というわけで、今日はテンのベビーシッター。隣のベッドの付添い人といかに狭いスペースを共有するか、と頭を悩ませるのもつらいが、何と言っても一番気を使うのは泣き声。


 幸いテンはあまり泣かない赤ん坊だが、『叫ぶ(汗)』。

 「アーアーアー」と低音から高音にもっていくソプラノは、大人でも「うるさい!!」と言いたくなる。コミュニケーションの手段として、始終歌を聞かせている私の音感が悪かったと痛く反省。c0071527_1205693.jpg


 気をまぎらわさせようと、昨日は声をあげて喜んでいた、『吹き戻し』を吹くが、今日は完全無視。

 でも、同じ知人が持ってきてくれた子ども用のピアノが彼女の『笑いのつぼ』にはまった。耳を傾け、ニコニコ。

 「フーッ」

 同室の皆様、色々お世話がせしております。もうしばらくご容赦のほどを。
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by karihaha | 2006-01-19 01:25 | ブログ | Comments(1)

小児病棟から(162) 待っていてね

 午後のアポイントが思ったより早く終わった。

 同行してくれた、とあるNGOのスタッフが、「どこで降りますか?」と聞いてくれた。今日は少し熱っぽいので家に帰ろう、そう思ったが、口では、「N県立病院に行ってくれますか?」と言っていた。


 昨日に引き続き来ることができたN県立病院。「来て良かったー!」。Aホームの友人の姿があったからだ。この2ヶ月間Aホームの子どもたちの姿を見かけない。それは勿論いいことなのだが、いまもN県立病院に行くたびに、『Aホーム御用達』のコーナーを覗きにいくのが習慣になっている。

 初めて見かける年長組の女児に付き添ってきた、顔見知りのAホームの看護師、保母で友人のK、そして診察に訪れた感染児モッタとしばし話が弾む。

 ホームに帰るモッタに、「帰さないよ! ここで寝ていきな」と冗談を言うのもいつものこと。


 女児と残ったKが、「『Mはテンの看病で忙しくて、こちらにはあまりこない』と看護師たちが言っていたよ」と話してくれた。一理はあるのだが、厳密に言うと別の用事でも忙しいんだけど…。


 泣くアリーを落ち着かせようと、夕刻の渡り廊下を行きつ、戻りつする。子守唄を歌いながら。

 いままでも何人の子どもたちと、この廊下を往復しただろうか? 多分もう少ししたら落ち着くと思う。テンも退院するだろうし。だからそれまで待っていてね、アリー。
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by karihaha | 2006-01-18 12:49 | 小児病棟から | Comments(0)