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『政府の子』

 少女が冬のドイツに旅立った。ヨーロッパでも指折りの整形外科医に手術をしてもらうために。

 10才のその少女は生まれつき顔が他の子どもたちとは違っている。目の位置、口の角度、鼻の高さ。。。 その上身体にはもう一つ厄介なものが棲みついている。HIVウイルス。

 彼女がVホームに預けられたのは、顔が原因だったのか、それともHIVウイルスのせいか。

 2才になったころ‘お母さん’がVホームにやってきた。そして他の子どもたちとは違う部屋に押し込まれていた少女と出会った。‘お母さん’にためらいはなかった。すぐに自分のホームに彼女を連れて行き、他の子どもたちと同じように育てだした。

 それから8年間。‘お母さん’は彼女を色んな整形外科に連れていった。少女はタイ人の医者から何度も手術を受けたのだが…


 Aホームにいる彼女とマネージャーに朗報が入ったのは去年の秋だった。当地で同じくHIV感染児の施設を開いているマネージャーの紹介で、ドイツのある病院で無料で手術をしてもらえることになった。航空券も寄付された。

 少女とマネージャ2人の滞在費をサポートするための募金活動が行われた。ジョンや私の知人を始め、多くの人が賛同しすぐに目標額を達成した。

 あとは渡航を待つばかりとなったある日、マネージャーがVホームに報告に行った。Vホームの子どもは他の施設で暮らそうが、里親に育てられようが『政府の子』というステータスには変りがない。責任者は子どもに関するあらゆる動静を報告する義務がある。

 「『政府の子』が海外に行く場合は、Vホームの職員が同道しなければならない」。もう一つの不文律が問題となった。

 少女は‘お母さん’のもとでもう8年間も暮らしている。すべての手配は‘お母さん’がした。でも、『政府の子は政府の子』というVホームのM女史。女史の主張は、Vホームの看護師が同道すべきというものだった。

 「あなた(‘お母さん’)は看護師ではないでしょ」と言うM女史の主張が通り、少女とは一面識もなかった看護師が同道することになった。募金額は2人分、少女と看護師のために使われることになった。 


 Vホームの子どもは誰一人として『政府の子』になりたくてなったわけではない。そんな『生身の子』が見も知らぬ海外に行く、そして手術を受ける。そんなときにも‘お母さん’に優先して、子どもたちがあずかりしらぬ‘身分’がつきまとう。
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by karihaha | 2006-02-27 11:56 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(171) 手がかり

 ソムチャイ、2才 男児: 肺疾患、知的障害者の疑いあり

 アリー、6ヶ月 女児:肺疾患、発育不良、体重2.3kg
 
 ナタポン、1才6ヶ月 男児:HIV感染者

 ビクタージュニア 1才7ヶ月 女児: 肺疾患、酸素チューブが離せず

 ?? 6ヶ月 男児: ダウン症候群、肺炎

 なぜ彼らがVホームに引取られたのか、親は? 確実なことはこの5人が生まれ、いま病と闘っている。そのことだけ、その他の経緯を知るすべもない。何か手がかりでもあれば、『彼らと共にある』いまの瞬間にも別の意味を見出せるのだろうが…。


 夕刻クワンがジョンに連れられてやってきた。

 クワン: 脳性小児麻痺。母親20才、学生、バンコック在住。祖母52才、マッサージ師、離婚暦あり。両人とも養育の意思なし。Vホームに生後8ヶ月間いたあと、ジョンが里親となる。養子縁組の斡旋を待っている。3月1日に2度目の誕生日を迎える彼女のために、ジョンが友人たちを呼んでパーティを計画している。
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by karihaha | 2006-02-25 05:53 | 小児病棟から | Comments(0)

タイの公用語は?

 自宅近くにRスーパーマーケットがある。各国からの輸入食品を豊富に品揃えしているそのスーパーには、もとの価格の3倍払っても、『どうしてもあれが食べたい、これでなきゃダメ!』という富裕(?)層のチェンマイ在住外国人御用達の店でもある。店内は雰囲気までが巷の市場とはチョッと違うよと誇示しているように感じるのは私のひがみか?

 『あれもいいけど、こっちでもいいか。なんやったら無くても…』とフレキシブルな私でも、たまにはそのスーパーに行くことがある。先日もパンを買いに入った店内で、店には不似合いの大声が聞こえた。見ると顔見知りの日本人男性が、声を荒げてキャッシャーに何か言っている。マネージャーらしき女性も慌ててとんできた。

 『君子危うきに近寄らず』、でも興味はある。ということで陳列棚の影に隠れて様子を見ることにした。要するにその男性は買った商品を保管するためのビニール袋をもう一枚欲しかったようだった。それだけのことになんでそんな大声をあげているの? とは誰でも思うこと。それにしてもこの国の人間関係の‘しなやかさ’を見慣れた目には、際立って奇異に映るその場の情景。


 彼の英語が通じなかった、そのことが逆鱗に触れたようだ。「英語も分からないのか!」と怒鳴っているその短いセンテンスを聞く限りでも、お世辞にもうまいとは言いがたい。 それだったらこむつかしいことを言わずに、「その袋もう1枚頂戴」と指差しながら日本語で言ったほうがよほど通じる。しかしあくまでフレンドリーに。

 タイ人は人当たりが柔らかい。血液型B型、寅年生まれの私も、この国で3年近く暮らしてみて少しは彼らのとの付き合い方の極意が分かってきたような気がする。カッとなりそうなところをグッと抑えて、「マイペンライ」と微笑えむ方が人付き合いはスムースに行く、そう心得てただいま修業中。

 反対に円滑な人間関係を保つ上で絶対にしてはいけないのは、人前でどなりつけること。まあこれはタイに限らずどこの国でもそうだろうが…。

 
 そもそもの問題は、ここはタイ、公用語はタイ語ということを忘れている、あるいは認めたくないあまたいる外国人の一人がその男性だったということ。そんな勘違い人間、あるいは健忘症の人でも生きていけるのがタイならば、謙虚になりましょうよ、少なくとも。
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by karihaha | 2006-02-25 05:25 | ブログ | Comments(0)

3万バーツ

c0071527_1321826.jpg 「さあ! 出かけよう」と思っていた昼時、携帯の待ち受けを見るとワン切り常習犯のテンのおばから電話があったのを知った。毎度のことながらむかつく。

 「なに、どうしたの」と出来るだけ不機嫌な声でコールバック。でもそんな私のはかない抵抗も意に介さなげに(絶対介していない)、「テンが変。来て欲しい」と訴える。

 結局サンカンペーンのおば宅に行き先を変更した。家に着くと、おばの内職仲間に抱かれたテンは、片目を痙攣させながら泣いている。顔色も青い。

 「どうしよう?」

 「どうしようも何も、病院に連れて行くしかないでしょ!」


 病院に行く車中、抱きしめながら、「ねんねんころり♪」と「迷子の迷子の子猫ちゃん♪」を歌い続ける。

 いまのテンにはおばやおじ、そしてその家族の方がずっと恋しい人たちだろう。でも私の声、この2つの唄、そして抱きしめられたときの私の‘におい’は忘れていないはず。

 落ち着いて欲しい、それ以上に「‘母さん’を思い出して!」という私の示威行為かも?

 S病院の小児科に着いたときには、痙攣も治まっていた。39度ある熱のため、ぐったりしていたが、今回は入院とまではいかなかった。それを知ったおばは、「この子はもー。お医者さんに会いたかっただけだったの」と上機嫌。私も同じく上機嫌。


 それでは、とあらためてN県立病院に向かおうとする私におばが言った。

 「テンの両親が3万バーツ(9万円)渡すから、テンを返してと言っても絶対渡さない」

 風来坊の父親がまたチェンマイに戻ってきたというのを聞いたばかりだったので、「そんなこと言ってるの?」と聞くと、

 「いや、例えばの話」

 3万バーツ? どこからそんな数字が出てきたのやら。まあタイ人にとっては大金ではあるけどね。

 いずれにしろ両親がそんなことを言う可能性は絶対にないけど、『おばのその心がけや良し!』
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by karihaha | 2006-02-21 13:26 | ブログ | Comments(0)

奔放な発想

 ノーンメー。母子ともにHIV感染者の親子の窮状を見かねて、ノーンメーをAホームに預けてもう2ヶ月あまり。それ以降一度も訪ねていっていないが、元気に過ごしているということは聞いているし、Aホームなら何の心配もいらない。

 そして一方、Aホームの就職斡旋を断って、山へと帰っていった母親の話。

 
 どこかに一年間だけ預けたい。その間自分はお手伝いさんとして働いて、お金を貯めて引取りたいと言っていた17才の母親。

 「村に住む男と同棲しているよ」

 彼女を知っている知人が教えてくれた。

 「うそ!」、「本当だよ」を何回も繰り返したあと、話の信憑性を信じざるを得なくなった。


 心配、同情、憐憫。そんなことは無用なのかもしれない。アームの母親といい、この母親といい…。誰も予測できない、彼女たちの発想の奔放さは。
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by karihaha | 2006-02-19 13:20 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(170) 大盛況

 今のチェンマイは乾季(冬季)から夏に変る時期で、朝夕の気温の変化が大きい。

 日中は雨傘を日傘代わりに持ち歩く日々がまた始まった。チェンマイ滞在3年足らずのあいだにこの‘日傘’を何度なくしただろうか。ソンテウの中で、買い物中にどこかへうっかり、どこへ置いたかも覚えていない等々、老化現象が加速している。

その話をすると、タイ人は異口同音に、「マイペンライ。タンブン(喜捨)、タンブン」と慰めて(?)くれる。雨傘専門のタンブンでもいいのかい?


 今週の病棟は盛況を呈している。週明けにビクタージュニアが予測どおり、Vホーム滞在2日間という最速で帰還したのを始め、6ヶ月で体重2.5kgのチビさんアリー、ICUから上がってき たティダー。そしてS病院に長らく入院していたなHIV感染児N。もう一人はかって病棟常連組の一人だった、ソムチャイの合計5人。

 ティダーを除いて全員が肺炎。この季節の変わりめに‘やられて’しまった子どもたちだ。

 午後ジョンに連れられて来たクワン。彼女も熱があった。測ってみると37.7度。「連れて来たらいかんやろー(怒)」。


 というわけでてんてこ舞いの忙しさの中、夕刻付き添いにやってきたVホームの保母さんが、「アームも熱があって、薬を飲んでいるよ」と言った。

 「入院させればいいよ」と私。その話を聞いたジョンは、「Vホームの看護師Tに言って、入院させよう。医者は買収すればよい」と過激な発言。

 もしアームが入院したら、何を置いても駆けつけるそうだ。こうなったら『八百屋お七』の里親版? 

 その前にクワンを医者に診せて欲しい、ジョン。
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by karihaha | 2006-02-19 12:56 | 小児病棟から | Comments(0)

マイペンライ

 「マイペンライ」、だったそうだ。テンのおばの診察結果は。

 私が怒って電話を切った、あの日の夕刻に病院に行ったそうだ。

 「おじは今日はいない。だから来てもマイペンライだよ」、電話の向こうでそうおばは言った。

 
 
 「いまは忙しくて行けない。でも、テンが咳をしているなら、感染が心配だから病院に連れて行って」

 「マイペンライ。保健所の先生が大丈夫だと言ったよ」


 信じられないこと、自分自身が許せないこともある。でもタイにいて救われることば、「マイペンライ(問題ない)」。 自分を甘やかす蜜のような言葉でもある。



 テンともう3週間近く会っていない、その間彼女の面倒をみているのはおば…。
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by karihaha | 2006-02-17 01:15 | ブログ | Comments(2)

呼び捨て

 2週間半ぶりに会いに行った、メーテンの子どもたち。

 ここタイでは、目上及び、年長の人たちに呼びかけるのは、『クーン(~さま)』とか、役職によっては、『クルー(先生)』とか。

 でも、私はどこにいっても呼び捨て。

 病院でもどこでも「メー(母さん)M」あるいは、「M」。

 いいなー。ずっとそう呼んでもらえるようにがんばろうーっと。
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by karihaha | 2006-02-13 01:09 | ブログ | Comments(0)

タイの障害をもつ子どもたちの福祉 (1)

 去年、暮れも押しつまったころ、『障害者への偏見をなくすためのキャンペーンデー』という催しがチェンマイ近郊メーリム市にあるRajanakarindra Institute of Child Development, Chiangmai で行われた。

 当日は、厚生大臣の挨拶があったり、障害を持つ子どもたちのパレード、また障害者のための各種学校が設けたブースで展示が行われていたが、あとで聞いた『急ごしらえ』という言葉にたがわず、あまり目的が見えてこない催しではあった。

 それもきっかけになって調べだした、当地の障害を持つ児童の福祉事情をまとめたものを下記【more】続く、に掲載します。

 今回の記事への追加や訂正を含め、今後もこのテーマに関する記事を書いていくつもりですが、とりあえず中間報告ということでご理解ください。

More
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by karihaha | 2006-02-11 00:35 | 障害を持つ子どもたちの福祉 | Comments(0)

やっぱり…。

 久しぶりに『吠えた』私。他でもないテンのおばの件で。

 検査結果が出る昨日、やっぱり午後のアポイントに来なかった。一昨日の電話での態度からは、そういうこともあり得ると思ったのだが…。

 昼過ぎ、まだ診察に間に合う時間に、「ちゃんとおいでよ」というつもりでもう一度電話を入れた。すると別人が電話を取り、「いま事務所にいますが、会議中で電話に出られません」と言った。


 内職を請け負っている事務所に行っているのだろうが、人に電話を取ってもらわなければならないほどの重要な会議におばが出ているなどとは考えられない。一般にタイ人がそういう配慮をするとしたら、手術中の医者ぐらいだろう。待ち受けで私の名前を見て、人に頼んだのは目に見えている。


 「テンのおばは病院に行くと言っていましたか?」という問いに、「分かりません」と答えた見知らぬ人。

 「おばがそこにいるのは分かっています。そういう態度を取るなら、今後助けないと言ってください!」そう言って電話を切った。

 
 「テンがいるから別れられない」。今の主人との仲をさんざんグチっておきながら最後に必ず出る言葉。「テンがいるから病院にも行けない。誰が面倒を看るの?」と今回の遅すぎる受診をなじる私に言った言葉。今度は、「交通費がないから病院に行けない」と新手を使ってきた。

 テンの前々回の手術のあと、明らかに失敗と分かっていても、結局1ヶ月後に皮膚が剥がれ、シャントが見えるようになるまで診察に連れて行かなかった。このときは、「内職で忙しくて」だった。

 私がもしおばのような症状を呈していたら、やっぱり診察結果を聞くのは怖い。『腹部が腫れだした、呼吸が出来ない』。ネットで調べた婦人科系の病気には色々と思いあたる病名があった。悪性腫瘍も含めて。


 大人の彼女にとやかく言うのはおかしいのかもしれない、首に縄をつけて引っ張っていくわけにはいかないし。でも、テンの将来が大きく関わっているからこそ、自覚を持って欲しいのだ。


 テンの調子はいいようだから、しばらく放っておこう、そう決心した。平均台の上を歩いているような不安定な気持ながら…。
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by karihaha | 2006-02-10 13:06 | ブログ | Comments(0)