「ほっ」と。キャンペーン

<   2006年 03月 ( 26 )   > この月の画像一覧

スペシャルケース

 タイはいま長い夏休み中。全ての学校が一斉に同じ日に休みをスタートするのではないが、3月下旬ともなると、ほぼ全校が休みに入っている。

 これから5月中旬の新学年までは、私の行きつけの食堂や市場にも、親の手伝いをする子どもの姿が目立つ。


 今日の病棟にはサーウがいた。彼女はVホームと同じ敷地内にある、学齢期に達した女児のための施設『Pホーム』で暮らしている。『少年の家』は同じく学齢期に達した男児のための施設。国立児童養護施設の少年少女たちには、完全な住み分けが実施されている。

 サーウはその年齢で入院してくる子の病因としては一番多い腎臓病を患っている。入院と言っても、月一回輸血を受けにくるだけなので、当日の夕刻には帰っていく。名づけて『ドラキュラちゃん』。私がつけた彼らへのネーミングだ。


 おしめを畳む私の横に、『泣き虫アリー』7ヶ月を抱いて座り込んだ彼女としばしの会話。

 「サーウは今度何年になるの?」

 「5年生」

 10才で5年生ならば、ごく普通に就学したのだ。ここタイでは15才以上で小学生というのも珍しくはない。

 彼女は小学校3年生でPホームに預けられたそうだ。はきはきと話す彼女からは、‘影’が感じられない。もの心ついてからの別離なのだが、その選択は彼女にとってプラスだったのだろうか?


 「Pホームっていま何人いるの?」

 「15人。ぜーんぶ女の子だよ」

 15人とは思ったより少ない人数だった。『少年の家』の100人強に比べても格段の差がある。でもその原因もよく知っている。

 このブログにも何度も書いたが、養子縁組では圧倒的に女子に人気がある。

 『健常児、女子、3才以下』

 この3項目を養子縁組の条件にする養親希望者がひきもきらない。話は変るが、男女問わず3才以上、あるいは障害者は‘スペシャルケース’と呼ばれる。

 たったの3才で、もうスペシャルケース!? 

 子どもにも『旬』があるのだ…。


 もう一つの理由は里親。ここでも学齢期の女児は男児に比べて優遇(?)されている。まあ、里親家庭としても、やんちゃな(?)男児より、女児の方が育てやすいということなのだろう。

 サーウは病気もあって、スペシャル中のスペシャルケースとでもいうところかもしれない。P施設に残っている少女たちは、だいたい似たり寄ったりの事情を持っている。そのうち年長組の少女たちは、Vホームの子どもたちの洗濯物の集荷や、配達に駆りだされている。


 ‘旬’をのがした、‘スペシャル’なサーウだが、勉強が良く出来るらしい。そして『泣き虫アリー』を気遣う優しいお姉ちゃんでもある。
[PR]
by karihaha | 2006-03-31 02:14 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(182) 錯覚

 入院患者が2階の病棟に上がって来て、まず行われるのが看護師による、保護者への問診と入院登録。その受付のテーブルがあるのは、私の定位置の前。

 Vホームからの4人の入院患者がすべてお昼寝中の昼下がり、おしめを畳みながら聞くともなしに耳に入ってきた会話。

 「それで? あなたはこの子のお父さん?」

 「いや、祖父です」

 見ると、いかにも具合の悪そうな2才前後の男児を抱いた40年配とおぼしき男性と、そばにはもう一人若い男性が立っていた。着ているものから山岳民族と分かった。

 「この子の両親はどうしたの?」

 「娘は気が触れていて、どこでこの子を妊娠したものやらさっぱり分かりません」

 黙ってその話に聞き耳を立てていた周りの看護師や、付き添いの母親たちが一斉にクスッと笑った。

 「いずれにしろ、ここは人手が足りないので、親族の内一人は付き添ってもらわないといけませんよ。出来るね?」

 しぶしぶと言った風情でうなずく祖父。

 「字は書けるの?」

 「書けません」

 青のスタンプ台に指を押し付けて、書類に拇印を押す祖父。若い方の男性もそれに倣って押した。

 
 山岳民族の人たちに対するときに出す、いつもの居丈高な看護師の声音は、この国の医療従事者の大半が陥っている『勘違い・錯覚』そのもの。
[PR]
by karihaha | 2006-03-30 04:14 | 小児病棟から | Comments(2)

小児病棟から(181) 親の身勝手

 もう一人の水頭症の女児。40度近い熱に苦しんでいた。

 こんなときには、‘チェット トゥア’といって、身体をぬるま湯で絞った布で清拭をするのがこちらのやり方。その最中、ふとした拍子に側頭部に貼られていたガーゼがずれ、患部が見えた。

 驚いたことに、シャントを入れている部分の皮膚が一部剥がれ、器具が半分見えている。テンも一度こういう状態になり、緊急手術が行われた。

 「S病院から来たという彼女。なぜこんな状態で戻されて来てしまったのだろう?」

 さらに清拭を続けていて、もう一つ驚いたことがあった。背中に大きなあざがある。どう見ても、床ずれのあとにしか見えない。乳児に床ずれ!? 今までの経験では一度も見たことがないので、看護師Cに確認すると、太った赤ん坊が同じ姿勢で寝かされっぱなしにされていると、赤ん坊でも床ずれになると言うのだが???

 
 もう一度シャント術をしなければいけない彼女だが、親が行方不明で手術承諾書が取れないため、一旦N県立病院に戻されたとのことだった。

 そうかと言っていつまでもこのままでも、と思っていると、昨日また彼女の姿が消えていた。手術のためS病院に戻ったそうだ。

 親が見つかったのか、それとも緊急性を考慮して手術を強行したのか? いずれにしろ親の身勝手さが、まだ6ヶ月にもならない乳児を、こんな形でも苦しめている。
[PR]
by karihaha | 2006-03-30 03:41 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(180) 可能性

 純粋な意味での『ボランティアINチェンマイ』としては、一週間ぶりのブログ更新。

 では、毎日何をしていたのかというと、やっぱり病院に行っていました、昼間は。そして夜は日本からの友人とビールを片手に積もる話を。

 いま、友人が発った一人の部屋で、心を占めているのは、あの祖父に付き添われていた水頭症の女児のこと。



 医師と話し合っていた祖父と、若い母親。それを見やっていた私に、一人の看護師が、「S病院に転院するんだよ」と言った。

 翌日病院に行くと、ベッドに女児の姿はなかった。「もうS病院に行ったんだ」そう思った。

 しばらくすると、昨日とは別の看護師が、「昨日の子は退院したけど、また一人‘Mの子ども’が来たよ。彼女も水頭症」とそばのベッドを指さした。見ると、側頭部に大きなガーゼを当て、真新しい洋服を着せられた女児が寝ていた。

 この女児もさることながら、昨日の女児が『退院』という看護師の言葉が気になり、「S病院に転院したんでは?」と問いただすと、確かに退院し、チェンライに帰って行ったと答えた看護師。

 あの祖父と母親が選んだのは、S病院でシャント術を受けて治療を継続するという道ではなく、自宅で面倒を看ながら何かあれば今までの病院に行く、それ以外は‘自然’にというもう一つの選択肢。

 
 たとえ1%の可能性にでも賭けたいと、泣きながら手術を乞うテンのおば。その対極にあの祖父がいる。

 「どうするのが最善の策なのか?」

 瞼に焼きつく女児の笑顔を思い浮かべながら、中間で揺れている私。
[PR]
by karihaha | 2006-03-30 02:59 | 小児病棟から | Comments(0)

友人と

 友人の再訪。チェンマイ暮らしが長かった彼女とは、「別に観光もなー」、ということで、夜だけのお付き合い。

 でもたまには外へ出よ!ということで、昨日の日曜日は、思い立って今までずっと気になっていた、‘ウィアン クムカム’へ。ここは昔々チェンマイに遷都されるまえに都だったところ。

 
 40度はあるやろ、という灼熱の中、オートバイを駆って走り回るもの好きな私たち。太陽嫌いのタイ人の姿もなく、おかげさまで(?)人気のない、静謐とした雰囲気の遺跡を堪能できた。

 チョッと休憩と入った木陰の向こうでは、2人の子どもが木登り中。タイではよくこの光景に出くわす。「危ないから止めなさい!!」という親がまだまだ少ないのだろう。

 ぼんやりとそれを眺めやる私たちと、ときおり振り返っては、自慢げに微笑む子どもたち。

 「やっぱりチェンマイはいいよなー」

 うなずきあう、2人の日本人ライダー。



             アンコールワット?? いやウイヤン クムカムです。↓
c0071527_3443993.jpg


                落ちても知らんでー ↓
c0071527_3461773.jpg



                お水でもいかが? ↓
c0071527_348457.jpg


             ファンタのディリバリーマン。すごい! 命かけてるやん!!!
c0071527_3542665.jpg

[PR]
by karihaha | 2006-03-28 03:59 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(179) 憐憫

 ビクタージュニアのベッドの側で、飴の袋で遊ぶ彼女をあやしていた。クシャクシャとした触感が気に入ったのか、いつまでもその袋を手離さない彼女の背中をポンポンと叩きながらふと目を上げた。そのとき、私の視界に何かがひっかかった。

 思わず「テン!」と声をかけてしまった。父親とおぼしき男性に抱かれたその子の横顔や頭の形がテンにうりふたつ。大きな頭とプクプクした手足。何かに吸い寄せられるように、親子が向かったベッドに行った。

 ティンナポップからテンへ。水頭症の子どもに対して持つ私の‘想い’、それは心の深い深いところから湧き上がる、憐憫の情と言えるのかもしれない。


 「私もこの病気を持っている‘子ども’がいるんですよ。病院で何か出来ることがあったら手伝いますからね」
 
 テンよりはずっと重症に思えるその6ヶ月の女児。頭に傷がないことからも、これほど髄液が溜まるまで一度も手術を受けたことが無いのが分かる。

 大きな頭ばかりに目が向きがちなこの病気を持つ子どもたちも、その下の可愛い顔は、一人一人の個性を主張している。この女児はすぐにニコッと笑ってくれた。

 父親だと思っていた人は、実は祖父だった。39才という若さですでに孫を抱えている、山岳民族ラフー族のその祖父が言った。

 「この子の両親は離婚して、自分の娘(女児の母親)はチェンマイで働いている。この子には出生証明書もあるし、30バーツ保険の資格もあるから、あなたこの子いりませんか? ダメならどこか施設とかに預けられませんか?」

 
 その言葉を受けて、「ダメダメ。家族といるのが一番だよ」と言いながらも、一瞬、バンコックのP施設が思い浮かんだ。あれほど忌み嫌っている、あの場所のことを。

 テンとの経験を通して、水頭症の子どもたちの養育の難しさを骨身に沁みて感じている。手術につぐ手術。そして『命の質』という重いテーマ。先日おばにテンの様子を聞くと、「夜寝なくて…」と疲れきったような声が受話器の向こうから聞こえてきた。

 私も疲れている。この1年余りやっとの思いで過ごしてきた。彼女の現在、そして将来。いずれにしろ厳しい状態が続くだろう。


 夕刻、女児のベッドのそばで医師からの説明があったようだ。手術はN県立病院ではなく、S病院に転院して行われることになったそうだ。その話を聞く祖父と、あとから来た若い母親の目は真剣だった。

 あんな風に言っていたが、本心はきっと違う。そう信じたい気持を肯定するような目をしていた。
[PR]
by karihaha | 2006-03-22 04:09 | 小児病棟から | Comments(0)

やるせない。

 Vホームにある2-3才児の家は、「バーンサワッディ-」と呼ばれている。2年半前に1ヶ月間だけボランティアをしたときから、今に至るまで一度もその家に入ったことがなかった。

 HIV感染児の家でのボランティア期間中は無我夢中で過ごし、Vホームの構造自体が分かっていなかったこと。その後の‘潜入’は、病院に入院していた子どもの様子を見に行くため。入院してくる子どもの90%は2才以下だということもある。


 いつも行く、〇-1才児(2才まで)の家に病院で出会った子どもたちの姿が少なくなくなっているのに気がついた。彼らも成長に応じて家を移る。当たり前と言えば当たり前のことなのだが…。

 午後3時、子どもたちが遊んでいる広い庭を見回しても、彼ららしき姿が見えない。そこで一人の保母さんにお願いし、彼らの家に案内してもらった。

 平屋建てのその建物はドアがしっかりと閉められていた。中に入ると、小学校の小さめの体育館ぐらいの大部屋に、子どもたちはいた。ウンセン、ナムターン、ノーン。おちびさんたちがウヨウヨと、日の差さない部屋にいた。

 この時期の‘元気’な子どもたちは、座っているより、立ち、歩き回る方が自然な行動形態ということをあらためて確認。


 27人の歩く集団の中から、ウンセンを見つけ抱き上げる。彼女がまだ1才のころは何度も入院を繰り返していた。肺疾患のため顔色が青い。その上指しゃぶりが酷いため、保母さんが手に布を巻いていたっけ。私などは、「いいやん、いつかは治るんやから」とすぐに外してやったものだが。最初は表情も乏しかったのが、何回目かの入院時には、私の顔を見ると、素晴らしい笑顔を見せてくれるようになった。後追いして泣くようにもなった。

 その私の足元には、5人ぐらいの子どもがしがみついている。病院とは違って皆元気だ。児童保育のプロでもない私など、そういう状況ではパニック感をもってしまう。

 「こんなにたくさん! どうしたらいいんや!!」

 その道のプロ(?)のVホームの保母さんの対応を学ぼう(?)と見ていたが、その極意は『無視』と分かった。

 27人の中にいた2人の保母たちは、フロアに座り込み、身体を壁にもたせかけている。子どもたちの泣き声に、目をその方向に向けはしても、特別に反応することもなく、大仏状態を続ける。

 夕刻4時過ぎ、子どもたちがやっと外に出られる時間が来た。それまで私にまとわりついていた子どもたちも、ドアの開く気配に一斉に殺到する。一人の保母が半開きのドアから子どもを押し出して行くのだが、どういうわけかおよそ半数しか連れ出してもらえない。

 残された子どもたちは‘暴徒’と化した。10数人の子どもたちが怒りに駆られて同時に泣き喚くさまは、壮観とも言える。身体をえびぞりにさせる者、フロアを転がり回っている子。座った姿勢で、足をフロアに打ち付けている者。怒りのあまり‘チビって’しまった子も続出。

 双子の片割れの男児の怒りの表現法は、壁に頭を打ち付けること。この子は前の家でもベッドのマットレスに頭を打ち付けていた。ノーンも同じことをしている。

 そのとき保母は? やっぱり『無視』、と思っていたら、一人の女児をめがけて歩み寄る。手には、ほうきのような棒を持って。驚く私の視線を感じてか、たたき終わったあと、振り返って苦笑い。彼女はまだ22才。ついこの間N県立病院で第一子を産んだばかりだ。


 外に出てみると、半数の子どもを連れ出した保母が、自分の娘や他の保母たちと4時のおやつを食べながら談笑中だった。そうか、それで邪魔だったんか?


 Vホームの子どもに関わらず3才までが、養子縁組の‘旬’らしい。里親でも何でもいい、早く早くあそこを出て欲しい。
[PR]
by karihaha | 2006-03-21 12:36 | ブログ | Comments(2)

トートー

c0071527_119670.jpg 去年の12月初旬、病棟の空きベッドに置き去りにされていた、N県立病院君改め、トートー。

 その後はVホームに引取られ、生後3ヶ月あまり。いつも潜入するときは、HIV感染者の子どもの家にいる彼の顔を見にいくのだが、どういうわけか、起きているときに出合わしたことがない。

 彼がHIV感染者の家にいると言っても、感染が確実というわけではなく、父母の病歴が分からない、彼のような子どもたちは、HIVを含めてさまざまな検査をする期間中は、その家でしばらく過ごすことになっている。





c0071527_1202655.jpg さて、昨日の潜入時は初めてと言っていいくらいの、笑顔を見ることができた。病院でもそうだったけど、あまり無駄泣きをせず、「ごくごく機嫌のいい子」というのはそのまま。

 こうして写真を並べてみるとその成長ぶりが分かる。話しかけたり、抱いたりする人もおらず、食っちゃ寝の毎日ながら、自然の力がこんな風に笑顔を見せるまでに成長させている。

 「君を育ててくれる人と出来るだけ早く会えますように。その人に君のその笑顔を早く見てもらいたいね」
[PR]
by karihaha | 2006-03-21 01:21 | ブログ | Comments(2)

アーム

c0071527_048785.jpg 週末に‘敢行’するVホーム潜入も、普段なら出来るだけ夕刻にするようにしている。万が一にも、あのM女史に遭遇する確立を最小限にするために。

 しかし、昨日は午後2時のお昼寝タイムが終わるのを待って、早々と潜入を試みた。少々リスクをはってでも、アームの母親に会えるのではという一縷の望みを胸に。その前に、病院に来た保母さんから、アームの母親が2週間連続で面会に来たというのを耳にしていたからだ。


 アームの母親にとっては余計なお世話だろう。ジョンも今となっては、クワンの育児やリハビリにかかりきりで、アームの件が話題に上ることも少ない。でも、このまま放置してアームの母の判断に任せるには、彼女のあまりにも無責任すぎる行為を見すぎた。

 アームの将来、それは母親だけが鍵を握っている。でも、いままでのところ、母親や祖母より私やジョンの方が、ずっと彼との関わりが深い。私たちの意見を是非聞いて欲しい。


 夕方まで待ったが、結局母親は姿を見せなかった。Vホームに預けていられるのも、あと1ヶ月あまり。
[PR]
by karihaha | 2006-03-21 00:52 | ブログ | Comments(0)

メーピーセット(特別のハハ)

c0071527_044172.jpg Vホームで働く保母たちの中には、世話をする子どものうち、特にお気に入りの子ども集中的に面倒をみる人たちがいる。

 私はこれを『贔屓』と呼ぶが、タイ人たちは『メーピーセット(特別な母親)』と呼んでいる。

 メーピーセットの寵愛を受けた幸運(?)な子どもたちは、日常の世話はもとより、衣類、食事の順番等、特別扱いを受ける。保母さんたちの大半が敷地内の職員寮で住んでいるが、そこへ子どもを連れ帰り、一緒に暮らすというようなケースもある。

 単調で過酷な肉体労働の日々を送る保母たち。仕事として子どもを世話しているときとは違う、本来の自分を取り戻すための調整弁になっているのかもしれない。c0071527_081173.jpg

 「普段はあんな風に子どもを扱っているけど、本当の私は良い人なんだよー。普通の神経と感情を持った人間なんだよー」と。

 じゃメーピーセットがいない子どもはどうなるの? 職業倫理は? 保母たちの取るこのような行動に不信感や疑問が湧いてきて当然だ。

 「その同じ愛情を平等に」と説くには、ずっと根本的なところから始めなければならない。それは絶望的に遠い道。

 とりあえず一人でもハハのいる子が増えれば、Vホームでの日々が快適になり、あのような環境では望むべくもない、『愛』や『温かみ』の一端に触れられる。たとえそれが『ママごっこ』であっても。
[PR]
by karihaha | 2006-03-21 00:25 | ブログ | Comments(0)