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あるロングステイヤーの死

 夜半から降り出した強い雨が残るチェンマイ市街の病院のICUで、昨夜一人の日本人男性ロングステイヤーが亡くなられた。


 雨の音を聞きながら、部屋で‘Skype’を操作していた私のイヤホンを通して、救急車のサイレンの音が鳴り響いた。

 「アッ!」と思った。「きっとYさんだ」。駐車場を見渡せる部屋のベランダに出てみると、人だかりが見えた。

 急いで下に降りていき聞いてみると、やはりそうだった。救急車はもうすでに去ったあとだったが、L病院に行けば様子が分かるだろう。すぐに支度をして同じアパートのHさんと共に病院に向かった。

 
 Yさんはこの数ヶ月、原因不明の感染症に苦しめられ病院を転々としていた。3月には日本に一旦帰国し、精密検査をしたのだがやはり原因がつかめず、抗生物質で日々をしのいでいた。

 見違えるほどにやせ細り、歩くのもやっとに思えた帰国前。何度か日本からの電話で話したときに聞いた心細げな声。

 そんなYさんを再び見かけたのはソンクランが始まった日だった。驚く私たちに、「どうしても用事があって。。。」とだけ言ったが、万全な体調でないのは見た目も明らかだった。


 救命救急室のYさんがかいま見えた。医師が心臓マッサージをしている。運び込まれた時間から逆算しても、30分以上はたっている。浅い医療知識からみても、これは絶望的な状況だと分かる。

 看護師が、Yさんの親戚かと聞いてきた。保険はあるのかと。「親戚ではない、保険は多分ない」と言うと、L病院は私立病院で費用がかさむ、そんなケースの場合は国立のS病院に搬送するかもしれないと言った。

 「私は親戚でもないし医師でもないので、転院にともなうリスクや、費用のことはなんとも答えようがない。そちらの方で人道的な判断をお願いします」

 処置を終えた医師が出てきた。「非常に状態が悪いです。多分時間の問題です」と言った。Yさんは結局L病院のICUに運びこまれて行った。


 何とか親戚に連絡しなければならない。管理人を伴い同行のHさんご夫妻とともに、主のいない部屋に手がかりを求めて入った。

 男の一人暮らしにしては、キチンと片付いた部屋の電気はまだついていた。気分が悪くなり、慌ててロビーに下りて助けを求めようとされたのだろう。倒れたのは、ロビーに続くドアの前だった。

 日本の病院からの薬の袋、アドレス帳、財布。最後にパスポートが見つかった。これであとは領事館にお願いできる。


 62歳という若すぎる死。

 Yさんと共通の知人の、今は日本に帰国したMさんに訃報を伝えた。Mさんの言葉から少しだけYさんのことが分かった。

 『奥さんとは死に別れ、子どもが3人いる。孫もあり、写真を見せてもらった。娘さんからはよく小包が届いていた。去年の暮れもおもちなどのお正月用品を受け取って嬉しそうだった。タイに移住することも、「お父さんの自由に」と送り出された』

 それならご家族との関係は良好なのだとホッとした。早く迎えに来てあげて欲しい。


 『家族』

 このような状況では、ことさらに郷愁をかきたてられる。
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by karihaha | 2006-04-28 13:54 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(194) 小さくて大きな

 今朝のおばからの電話ではテンが退院することになったそうだ。

 ICUを出たのが4日前。昼間は私が、そして夜の付き添いはおばがといういつものパターンで、何とかやり通した。


 本当はおばに一日中ついていてもらいたかったのだが、内職で忙しい、その上ジェームとジェー、2人の息子の成績が悪く、揃いも揃って転校を余儀なくされた。そのため、夏休み中にも関わらず補習校通いの送り迎えというおまけまでついて、身動きが出来ないという。
 
 綱渡りのような彼女の生活。身体を労わってあげたいのはやまやまなのだが、生憎私も何かと忙しい。

 
 昼夜完全に逆転しているテンは、日中は深い深い眠りについている。11人もの大部屋なので、夜騒がれるのはおばに可哀想と、眠るテンを揺り動かしたり、お風呂をつかわせたりするのだが、彼女の睡魔に打ち勝つ効果的な方法が見当たらない。

 ただひたすら睡魔をむさぼるテンの横で、所在のない私に色々な想いが渦巻く。

 
 まだ首も据わっていない。座位もダメ、立つなんてとんでもない。寝たままときおり左手で床を打ったり、足をバタバタさせるのが精一杯。

 「ブッブー、パッパッ」という二言が彼女の言葉らしい言葉。

 でも笑顔の素晴らしさは天下一品のテン。


 彼女の肉親ではない、そのことが私の心の‘揺れ’の一因なのだろう。肉親であるおばからは、ついぞ弱音を聞いたことがない。

 1才5ヶ月のテンの予後は、身長152cm、体重48kgのあの小さくて、‘大きな’おばにかかっている。
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by karihaha | 2006-04-28 12:59 | 小児病棟から | Comments(0)

友人の言葉

 先日このブログで紹介した知的障害者の人たちが中心になって、作品作りをしているNGO。

 その方たちの活動を知った、友人Aちゃんがメールをくれました。

 彼女のおかげで、私自身のこと、私が知り合った子どもたちのこと。そんな諸々に対する自分の考えや行動を見直す時間を持っています。

 無断(ゴメン)でその一部を掲載させてもらいます。

 

 『 私はニュースレターだけ読んでの感想になるけれど・・・
  あそこにいるアーティスト達は心と頭に障害がある人たちなんだろうけど、
  全てに万能な人間なんていないから、
  私は、人類60億人みんな障害があると思ってるよ。
  私が天然とか、しゃべるのが遅いのも障害だと思う。
  ただ幸いなことに、それほど極端じゃないから個性として認めてくれる人も多い。
  今よりあとどれぐらい天然が進んで、しゃべるのが遅かったら、
  社会生活が困難になるのか分からないけど、
  そのラインは社会側の受け入れ態勢によって、
  ものすごく変わると思う。

   アーティストの中に、心の中の天使と悪魔が交代に出てくる人っていたけれど、
  私の中にも天使と悪魔はいて、抑えられない時もあるから、
  彼女の天使度と悪魔度が±100で私が±10。
  ±90からが障害者って心理学者が決めても、
  結局度合いが違うだけで、人間として似たようなもんじゃないかな。
  (以下省略)』

 
 Aちゃん、いまあなたの言葉を噛みしめて、一生懸命考えているからね。

 ありがとうね。
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by karihaha | 2006-04-23 20:55 | ブログ | Comments(0)

小児病棟から(193) 『国の子』

S病院ICU(集中治療室)

 テンが入院して10日が過ぎた。いまもICUにいる。

 「出来るだけ長くおいてやってください」という願い(?)が通じたわけでもないだろうに…。

 見た限りでは元気なものだ。酸素チューブさえもしていない。それならなぜ一般病棟に移らないの? 経過観察ということなのだが、それはそれで心配になる。


 「おばの次男はすっかり元気だそうです。もう面倒を看れます。勝手を言うようですが、もうそろそろ出してやっていただけませんか? だっこをしてやりたいのです」


 テンの向かいのベッドにいる、同じ水頭症の女児、スワイの容態は思わしくない。この2週間、人工呼吸器につながれたまま。脳内に菌が入り、危険な状態が続いている。彼女の両親は雲隠れしたまま。


N県立病院病棟

 カンタポンがICUから無事帰還した。もう一人の双子のような片割れのノーンタキンが幼い命を閉じたこと。そのことを思うと、彼が健康を回復しつつあることが、ことさらに尊く思える。

 彼を含め、病棟の入院患者は5人になった。あともう一人、泣き虫アリーがICUに居残っている。

 病棟に5人ということで、Vホームの職員が一人応援にやってきた。彼女はVホームに一人だけいる看護師の、助手のような仕事をしている。



 分かってはいるが、確認したいことがあった。彼女なら知っているかもしれない。

 「ノーンタキンのように、亡くなった子どもの遺体はどうしているの? Vホームでもお供養とかしてあげてるの?」

 「ううん。書類上の手続きをして、あとは病院の判断に任せる。解剖とか献体とか。でもあとは大部分が火葬されるんじゃないかな」



 『国の子』の運命は、その最後まで『国の子』らしく閉じられる。
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by karihaha | 2006-04-23 00:37 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(192) 滞在延長、無理ですよね

 今日もチェンマイ縦断。

 その張本人のテンはまだICUに居た。今回の痙攣のあと、頭蓋骨に穴をあけ、溜まった髄液を体外にだす。その処置が思いのほか早くすみ、もう‘穴’も閉じられた。シャントは引き続き使えるらしい。

 そこで、素朴な疑問。

 『シャントは使えている。でも今回も前回も1ヵ月半に一度の割合で、命に関わるような痙攣を起こしている。その原因も溜まった髄液。それってシャントの働きが不十分だからではないの?』

 今度おばが病院に来たら、その辺のことをしっかり聞いてもらわねば。

 
 ICUのテンは、器械に囲まれてはいるものの、ムチムチとした身体をもてあまし気味にグズっていた。 人工呼吸器を外すとしばらく声が出ない。その症状も消え、いつもの発声練習(?)をしていたらしい。

 低音部から高音部へと、じょじょに上がっていく声はそれでなくてもうるさい。それをICUでなんて…。

 私も調子にのって、「テン、ブーブーは」と唇を震わすと、律義に応える彼女。それを見て大笑いをする看護師。こんなにICUにふさわしくない患者も珍しい?


 「でも、もう2.3日おいてやっていただけると助かるんですが…。ジェー(おばの次男)も熱が下がってきたみたいで、もう一息で病棟での付き添いも出来ると思いますから。それに私もN県立病院で5人も患者を抱えているんですよね」
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by karihaha | 2006-04-20 03:19 | 小児病棟から | Comments(0)

小児病棟から(191) そんな一日

 「どうしようかなー」。

 大したことはしていないけど、『身体がふたつあったら』と思うことがある。今日はそんな日。

 おばからのいつものワン切りでは、ジェー(おばの次男)が高熱で、嘔吐しているそうだ。だからテンがICUから出ても付き添えない。

 ソンクラーンのバタバタというよりは、水浴びでふやけている間に、『泣き虫アリー』がICUに入ったりして、N県立病院でも色々ある。

 

 S病院のテン。「あんたなんでICUにいるの?」と思わずつっこみをいれたくなるぐらい元気だった。看護師の話では、ICUを出るのは「今日かなー、明日かなー」ということらしい。

 「どうせ私は病棟で付き添わなければいけないから、明日からはここに来なければいけないんでしょ。それだったら今日中にN病院の子たちの様子をみにいこうよ」

 そう自分を鼓舞してやりましたよ、炎天下のチェンマイ縦断。

 
 N県立病院では、いつものビクタージュニア。盲目の男の子。それにもう一人、今日の新顔、生後21日めの男児がいました。眠っているはずの彼の片目が閉まっていない。左手の親指が二つある。それ以外に『UR??』と書かれた病名が、彼がVホームに預けられた(捨てられた)理由のはず。。。


 そんな一日でした。
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by karihaha | 2006-04-19 03:09 | 小児病棟から | Comments(0)

ソンクラン(2)

 Mさんあなたのおっしゃったとおりでした。テンがまたまたS病院のICUに運びこまれました。

 メールをいただいてから気になって、以前よりは頻繁に電話をするようにしたのですが、おばの答えはいつも「ミルクを飲みすぎて太って、聞き分けがなくて、でも元気。マイペンライ」。


 昨日はスワイというやはり水頭症の女児がいるS病院にいました。半日は付き添ってあげようと思っていたのに、行ってみると、ICUにいることが分かって…。でも面会時間以外はもとの部屋の付き添いのない子どもたちの面倒を看ながら、結局午後6時すぎまで。

 それから、ソンクラーンの水にあたるまいと用心しながら行ったターペーゲート。友人との食事中、おばからの電話。午後8時、こんな時間の電話はロクなことがない。


 今回も痙攣です。再びICUで数日を過ごします。

 明日も12時からの面会に行ってきます。
 
 「ハッピィー ソンクラン テンモー!!」

 少しだけ水をかけてやります。
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by karihaha | 2006-04-14 00:09 | ブログ | Comments(2)

ソンクラン(1)

c0071527_2340786.jpg ソンクラーン真っ最中のチェンマイ。

 ソンクラーンってご存知ですか? タイのお正月は、西暦年通り、つまり日本のお正月ありーの、主に華僑の人たちが祝う旧暦のお正月ありーのですが、何と言っても一番もりあがるのは、このソンクラーン、つまりタイ正月です。別名「水掛け祭り」と呼んでいます。

 チェンマイのソンクラーンは、ベタベタの大阪弁で言うと、「そら、むちゃくちゃでっせ」です。皆うれしそーに、水をかけまくってくれます。

 飲酒運転なんてあったりまえ。命がけで楽しんで(?)います。



c0071527_23411824.jpg 今日はジョンの属する、ファラン(西洋人)の里親の会が主催するパーティに行ってきました。

 S病院、N県立病院とかけもちしなければならなかった半日を、「かけるなよー」とガンを飛ばしながら、なんとか水にあたらずに過ごしたのに、ここでちょっと気を許したばかりに、半日の努力のかいもなくびしょぬれにしていただきました。

 ジョンの住む村の養子縁組を待つ子どもたち総勢20人あまり、主にクリスチャンの里親たちが面倒を見ている子どもたちです。

 Happy Songkhran!!
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by karihaha | 2006-04-13 23:46 | ブログ | Comments(2)

小児病棟から(190) タラ、レバ

 「ノーンタキン」の双子みたいな片割れ、カンタポンの容態がようやく安定してきた。

 ICUに入っていく度に、大きな目をパッチリ開けて迎えてくれる。人工呼吸器の管がのどに押し込まれているので、声はだせないのだが、表情を見る限りではあまりむずかることもなく、器械に囲まれた日々を耐えている。

 
 ノーンタキンと彼は、Vホームの同じ部屋に寝かされていた。それで感染しあったのだと、看護師オーイさんが言った。
 
 『後の祭り』とは分かってはいても、『タラ、レバ』と言いたくなる。

 ノーンタキンがVホームに預けられていなければ、親が面倒を見ていれば、Vホームがもう少し早く病院に連れて来ていれば…。

 「Vホームには、容態が変だと思ったらすぐに連れてくるようにと言ったんだよ」とオーイさん。

 
 オーイさんと女医の一人が、近々Vホームの定期的訪問をスタートすることにしてくれたそうだ。ジュニア、アリーなどの入院常習組の様子をみるために。

 正式なルートを通して、M女史に許可を貰うには手続きが煩雑すぎ、いつまでたってもらちがあかないので、週末や祝祭日を利用して、ボランティアのような形で。

 「M女史はなんであんなに話しがわからないんかねー」

 衆目の一致した意見だが、やっぱりあなた達にもですか? 医師と主任看護師が定期的に(無料で)訪問してくれるとなったら、レッドカーペットもので歓迎するっしょうが普通は。

 「Mも週末に行くんだったら、一緒に行こうか?」とオーイさん。イヤ、ご遠慮しておきます。‘潜入’は出来るだけ密やかに。


 ノーンタキンの悲しすぎる死が、皆を動かし始めた。それだけでも慰めだ、そう思うのは‘被害者’本人ではない、他人の勝手な気持の慰め方だろう、きっと。
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by karihaha | 2006-04-12 12:47 | 小児病棟から | Comments(0)

『3度目の正直』ならず。

 「3度目の正直」という言葉は、自分がアクティブに実行できるのであれば実現性も高いのかもしれないが、他力本願の場合は、その言葉に願いを込めて、「頼むよ、頼むよ」とひたすら運を天に任せながら、自分に言い聞かせるというところがある。

 クワンの「3度目の正直」は私たちの祈りが足りなかったのか、実現しなかった。一旦養子縁組が決まっていた、ドイツ人家族が断ってきたそうだ。

 つい先日など、6ヶ月から1年かかると言われていた手続きが、4~6ヶ月で済みそうと、仲介エージェントから連絡があり、ジョンを喜ばせ、かつ寂しがらせたばかりだったのに…。


 これで養子縁組が振り出しに戻ったばかりか、いままでの経緯を考慮して、カナダとドイツの斡旋の門は閉じられた。あとはアメリカをあたってみる。そしてそれがダメなら養子斡旋不適格という烙印が押されてしまう。

 さて、これからどうするのか? とりあえずアメリカに希望をつないで、それがダメだったら? 

 日本と違ってここタイでは、身寄りのない障害者の生きる道は険しい。エージェントはしかるべくホームに入所させることも出来ると言っているらしいが、あのPホーム以外に私立のそのような施設があるのだろうか?

 独身男性は養親資格がないのだが、その辺は何とかして、ジョンが養子にしてしまう。それしかもうないと思うのだが。


 「いまの僕には人生がない。クワンの人生に沿っているだけ。56歳の独身男性のすることじゃない」

 いつものジョン節でなげく彼に対し、こちらの思い過ごしか、ことさら嬉しそうに映ったクワン。


 ちなみにクワンの養子縁組を斡旋しているのは、タイ政府が公認している4つのエージェント (詳しくはこちら)の一つなのだが、その内、 Holt International Foundation(Sahathai Foundation)の情報によると、子どもの出身国によって違うが、平均およそ15,000~20,000ドルの斡旋費用が養親希望者の負担となるそうだ。

 すべて自分で手続きをすれば、これもグーンと削減できるのだが、お役所相手の書類の山を一人でこなしていくよりは、と多くの希望者がこのルートをとるようだ。

 
 たとえNGOとは言え、思いがけない高額な費用に驚く私に、「ずっと欲しかった子どもが、車一台分ぐらいの費用で手に入るんだから安いものだ」、とまたまた『ジョン節』が炸裂した。おいおい、車代にたとえるなよ!

 「でも子どもの方がメンテナンスの手間がかかるよ。それで苦労してんでしょ」 とは言わなかったけどね。
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by karihaha | 2006-04-12 11:34 | 養子縁組 | Comments(0)