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ゴキ

チェンマイのスラムarea、その一つのど真ん中にあるわたしの働く施設、雨季が始まるやいなやハエの襲撃。それもものすごい‘量’で。‘数’という尺度では測れないほどの。

それともう一つの『招かれざる客』、それはゴキ。


あの夏の日、子どもだったわたしはゴキを見つけると、部屋に戻れなかった。徹夜もいといとわぬ恐怖心・嫌悪感で‘見張って’いた。

それが「どうよ!?」いまでは!?

徹底的に追いかける、つぶす、流す。

『ゴメン、わたしもいずれは地獄に行く』、

それは覚悟しています。


殺虫剤でくたばりかけているそれらを、子どもたちはあろうことかひげを持って、「メー、これ」と見せにきてくれる。

『カルチャーギャップ』

さしものわたしも、「ギャーッ」、と叫んで逃げた。
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by karihaha | 2007-05-31 00:53 | ブログ | Comments(2)

お久しぶりです、クワンです。

c0071527_22464476.jpg 3才3ヶ月になった彼女、いまも惜しげない‘Big Smile'で和ませてくれています。

そして難航していた『養子縁組』もいよいよ実現しそうです。

'I will be an American!’.

ニューヨークに住むクリスチャンの若いカップルが、新しいお父さんとお母さんになってくれるそうです。

ジョンは「2年6ヶ月だぜ、もう充分」と言い、ジョンの性格をよく(?)知っているつもりの私は、「クワンがいなくなったらジョンはどうなるんだろう?」と心配し。

それよりなにより、「クワンが本当に行ってしまったらさびしいぞー、覚悟しろよー」と、日ごろの世話は何もしていないくせに、喪失感だけはいっちょまえに感                             じ、感傷に浸りはじめているハハです。
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by karihaha | 2007-05-22 23:00 | ブログ | Comments(2)

Happy Birthday To You!!

タイ、いやここチェンマイに住み着いてはや4年。今日がその丸4周年の記念日です。

思い起こせば(回顧調に。。。)

『2003年5月15日に関空を発って、ただの一度も帰国せぬまま、チェンマイに根を生やし続け』


「これだけ生まれた日を思い出す回数を重ねたらもうええやろ」、そうは思いながらも、切りが良いからと、旅立つ日は‘B-Day’ にしてみたり、たまたまその日に祝ってくれる奇特な人がいれば、その翌日にしてみたりしているわたしです。だから、『くっきり、はっきり』と4年前に旅立った日を覚えているわけです。


という訳で、昨日は恥ずかしながら(?)、わたしのXX回目の誕生日でした。5月14日。この並びは結構気に入っています。昔、電話番号を覚えるために無理やり語呂あわせをしたあの調子でいくと、『こいよ』。

『恋よ、来いよ、濃いよ、鯉よ(最後はどうしても食い気で)』


子どもたちが手作りカードとケーキでびっくりさせてくれ、スタッフが持ち寄りのお金で栄養剤の詰め合わせを送ってくれた。ファラン(西洋人)のスタッフたちがディナーに招待してくれたり、日本人や日本人ではない友達がメッセージをくれた。

みんなありがとう。


そしてわたしからも、、

11日生まれのそちゃくん、13日生まれのPraeのママ、同じ誕生日の森実さん、16日生まれのSさん、19日生まれのジョンとうちのファーイ。

5月生まれのみんなにまとめて、『♪Happy Birthday to You!!♪』
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by karihaha | 2007-05-16 01:15 | ブログ | Comments(2)

尾篭な話ですが。。。

テンモーのおばから「missed call」が2度あったと、携帯の待ち受けが告げていた。

「だからー、一回や二回鳴ったぐらいで受けられへんてー」


『かけなおしてこい!』

このサインに何度怒ったことか、

「用事があるならそちらから金を払って、簡潔に用件を述べよ」

そんな常識が通じないと骨身に沁みて分かってしまった、それは良いことではないのだけれど、おばとの付き合いはそんな感じで。。。


「テンのお腹がこの3日間張って、泣き続けている。パー(おば)は医者に連れていった。薬をもらって飲ましたけれど、全然症状が好転しない」

電話の向こうでテンモーの甲高い泣き声が聞こえる。

「もう少し様子を見て、またなんかあったら電話してきて」

そういって事務所からかけた電話をきった。


部屋に戻って一人になると、ヤツのことが気になりだした。

「どうやねん? もう落ち着いた?」

「保健所でもらった薬がきかなくて、薬局で買った薬を飲ませたら、いま寝ている。45バーツだった」

金額はええから。 まあ落ち着いてよかった、よかった。


一時間後、おばからの切羽つまった声で、「いまサラピーの病院にいる。泣きやまないので連れてきて、S病院に搬送してくれって言っているのに、聞いてくれない」。

ここでタイの医療制度を説明する気力はない。 要するにかかりつけの医師の紹介状がなければすべての医療行為は実費ということ。

『S病院』は彼女の古巣。最後に執刀した、真夏のこのタイでいつも黄色の半コートを身につけ、サングラスを頭にのせて回診する、ファンキーな医師のおかげでこの一年は入院をせずに過ごせている。人は見かけによらない、ホンマに。その代わりにといってはなんだが、2才半で18kgの超肥満児に成り果ててはいるが。。。


「よっしゃ、いまからすぐ迎えに行く。S病院に連れて行こう」

(こんな太っ腹で格好のいいことが言えるのも、Mさん、Tさん、Yさんのおかげです)


深夜のS病院の救急室。

テンモーは妙に機嫌が良い。ギャーギャー泣いていたサラピー病院で、「ねんねんころり」を聞いてから豹変。


結局。。。 すみません、尾篭な話で。

極度の『便秘』だそうです。


チェンマイで最高権威を誇る病院に、それも夜中に連れて行くはなしかー!!
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by karihaha | 2007-05-10 00:04 | ブログ | Comments(2)

天までのぼれ

マリ9才。一年半前の交通事故で父母を一瞬にして失った。

オートバイに同乗していた彼女だけが助かった。いまも彼女の頭部には髪の毛がもう生えてこない長い傷が残っている。


9才、むつかしい年齢、『手なずけるのには』

わたしの施設は3才から7才の子どもたちを受け入れている。

友人や周りの人たちに言われる、「年齢に関係なくニーズはある」

でも現場にいるわたしには、やはり受け入れの制約が必要とおもわれる。

例えば、HIV感染児だけを受け入れる施設とか、山岳民族の就学児の児童だけを受け入れる施設とか。。。


TO BE HONEST, WE CAN NOT HELP EVERYBODY.


でもマリはうちのメンバーになった。

彼女はいま多分『天国』にいる。

毎日3度食事ができる。一日2回『おやつ』が出る。

夏休みのいま、山の施設で学んでいた彼女の学力を、これから通う街の学校に追いつかせるよう特別授業を受けさせている。


大阪弁で言う「あんた調子にのっているやろ」

そんな彼女を『地上』に引き戻さねば。。。


『天国』

地上で想うそれは蜃気楼なんだよ。

早く気づいて。

あなたはこれからもずっと‘ここ’で一人で生きていかなければならないんだよ。
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by karihaha | 2007-05-08 00:23 | ブログ | Comments(2)

無責任

誰になんと言われようと、頑固にかたくなに曲げない想いがある。

「こどもにとって親や親戚と一緒にいるのが一番」


わたしが預かったこども、一年前に施設をスタートしたときは18人だった。

紆余曲折をへて、その当時の子どもはいま、やっと(?)12人になった。



「あんたなんでここにいるん?」

一年前に出会ったときから、そう思った子どもたち。

彼らをいかにして家に帰すことができるか?



子どもたちは一も二もなく喜ぶ。

対する母親や親戚たちの言い分。



「誰も面倒を見る人がいない」

(うちも共働きのかぎっ子だったんですけど。。。)

「そこ(施設)だったらよい教育を受けられる)」

(うちは養護施設です。学校ではありません)

「この子はよく食べるので」

(。。。。。)



奨学金をつけて‘無事’送り返すことができた子どもたち。



夏休みを利用して子どもたちを海に連れていった。

‘卒業生’の一人、Tuも招待した。 太って、目をまっすぐに見て話が出来るようになっていた。

刑務所を出た母親と、彼女の新しい夫が送ってきた。



評判が悪いそうだ、わたしは。送り返した子どもたちの一部の母親や親戚にとって。

「無責任」

なんだそうだ。



「オイオイ!!」
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by karihaha | 2007-05-01 23:44 | ブログ | Comments(0)