「ほっ」と。キャンペーン

<   2010年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧

1月17日

あの日から15年もたったなどとは、信じられない思いです。

誰にでも一生のうちには何度かは忘れられない日があると思います。その瞬間瞬間を克明に思い出せるような日。 わたしにとっては2001年のワールドトレードセンターが倒壊した日と、あの15年前の1月17日がそんな日にあたります。


語学修業へとむかったメキシコのクエルナバカという街に到着して4日目の夕刻、ホストファミリーが「日本で大地震が起こったみたい」と、教えてくれました。

また関東のことだろうと思いながらテレビ画面に目をやると、『KOBE』という文字が飛び込んできました。 三宮付近の見覚えのある画面も映し出されていました。


眠れぬ夜を明かした翌日、市内の公衆電話にとびつきました。どうしてもつながらない実家の番号、絶望感と大阪だから大丈夫ではないかという楽観論が交錯した数日間、やっとつながった電話で家族の無事を知りました。

その後も神戸に住む友人と連絡を取ろうとしたのですがつながらず、後で彼女の家は全壊の被害にあったことを知りました。 知人のうち何人かの方も被害にあわれこの世を去ってしまいました。


それから半年後の一時帰国の際、変わり果てた神戸を見ました。私が以前住んでいたマンション周辺は焼き尽くされていました。かつては駅前の賑わいをみせていた店々の界隈は、何とか生き延びようとするそれらの店主が始めた露店が散見できる寂しい場所に変わっていました。

被災した友人が語ってくれた言葉を今も忘れることができません。

『お父さんが地震で足に怪我をしたのよね。入院と言ってもそれよりもっと重症の人が一杯の病院では受け入れて貰えなかったの。だから命がけで浜松から迎えに来てくれた弟宅で療養させようと思って、歩けない父を買い物カートに乗せて西宮まで歩いて行って、それからやっと電車に乗って梅田まで出てきたら皆がジロジロと見るの。何事も無かったように明かりが煌々と輝く都会で、ハイヒールを履いた人たちの中では、よろよろの半纏をきた老人を買い物カートに乗せた私たちは奇異に映ったんだろうね』

にわかには信じがたいその話は、それ以降も頭を去りませんでした。神戸と大阪間、たった30kmという距離でも、理解の仕方一つで宇宙を隔てるほどの距離感を感じさせてしまうのだと。


ハイチでも大地震が起こってしまいました。

遠く離れたチェンマイに住むわたしには今は何もお手伝いできることがありません。被災者の方々を想い、気遣うことぐらいしか。

でも『人事ではない』と思っています。
[PR]
by karihaha | 2010-01-19 00:51 | ブログ | Comments(0)