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メーオーナイ村 小学校 着々と

この小学校にも山の上の保育園と同じ状況だった施設がありました。

2年前に大学生達がフィールドワークの一環で泊り込みで建設を始め、途中でストップしてしまった2階建ての建物は子ども達のための職業教育に使われるはずでした。でも私達が半年前に初めて小学校を訪れたときには放り出されたままの建物が雨風にさらされたままでした。

当初の計画としてはこの建物を野菜畑・養豚場・魚の養殖場等々が囲む筈でした。この施設は小学生と言えども卒業後は家族のために働き始めなければならない子ども達に手に職をつけさせようと職業訓練をするために考案されました。

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いつ下りるともわからない政府予算をあてにしていてはいずれは建物も朽ち果ててしまうでしょう。見るに見かねた友人が寄付を募り、あるカナダ人の篤志家が建物と周辺の施設のための資金を寄付してくださり、敷地を囲む通路の予算は私がお願いした日本人の方の寄付でまかなえることになりました。

最終的な完成は2月末を予定しています。これで政府予算を期待していたのではおそらく5年以上かかったであろうプロジェクトが私達が手をつけてからは半年強でスタートできます。

一番良いのは小学生全員が中学へ進学することなのですが、ビルマ移民の保護者達の大多数が子どもを出来るだけ早く働き手にすることを望んでいる現状では、その意識を変えるのは時間がかかるでしょう。

ネットワークの専門家の応援を借りて保護者会等でその努力はしていくつもりですが、とりあえずはこの施設が学業半ばで巣立って行かなければいけない子ども達の未来につながってくれるのではと期待しています。
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by karihaha | 2012-01-31 20:22 | ブログ | Comments(0)

メーオーナイ村

以前の記事にも書きましたが去年7月から支援をスタートしたチェンダオ郡のメーオーナイ村の小学校と保育園に行くにはまずチェンマイ市内のチャンプアックバス停からバスに乗り、およそ1時間半ほどで最寄の降車地点に着きます。そこからは公共交通機関もない5kmほどの道のりですが、メイン道路から入るその道程はトレッキングコースにもなっていて山間部の素晴らしい景色が広がっています。

普段は学校の先生が迎えに来てくれますが同じく村の支援をしているシンガポール人女性と一緒だと「よし、歩こう!」ということになります。良い空気を吸ってストレスなく歩けるのは毎日1万歩を目標にしている身には絶好のチャンスです。

でもその場合には事前に訪問を連絡するのはご法度です。ホスピタリティー以前にタイ人にとっては5kmもの道を歩くのが信じられないようです。ですから半強制的に迎えに来てくれてしまうのです。

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険しい山道でもない田園風景を快適に歩いていると必ずと言って良いほど村人の車やオートバイが停車して「どこに行くのか?乗って行けと」言ってくれますが、それもお断りして「歩くのを楽しんでいますから」と言うと納得のいかない表情で去って行きます。その時に行き先を言わないのは一度など校長に『通報』され、あわてた校長に『救助』されてしまったからです。


校長先生からは「大事なお客さんを迎えにも行かないで歩かせている、と評判を落とすから迎えに行かせてくれ」と懇願(?)されるのが少し気の毒だとは思ってはいるのですが。。
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by karihaha | 2012-01-27 20:50 | ブログ | Comments(1)

お正月

チェンダオ郡メーオーナイ村の支援先の一つ、村の保育園の先生から「リス族のお正月に来ませんか?」と電話がありました。

中国正月(旧正月)とリス族のお正月は毎年同じ日に祝われていますが、その行事や風習は大きく違っています。

その一つにリス族の男女が元旦の夕刻から翌朝にかけての夜を徹しての踊りがあります。三味線に似た楽器の音色にあわせて、男女が手をつなぎ輪になって踊るのです。少し悲しげにも聞こえるその音色と動きの少ない踊りは彼らの神に捧げる神聖な儀式なのでしょうか?

徹夜の自信がない私ですが雰囲気だけでもと2日目の昨日村を訪問しました。この村はメーオーナイ村からさらに山を2kmほど登るリス族90家族が暮らす村です。到着すると早速村人の家に招かれ、リス族のお餅をご馳走になりました。家では家長が祈りを捧げています。ご婦人方は解体した豚の調理に大わらわです。昨日この村でも比較的裕福な家族数軒が屠殺したらしいのです。同行してくれたこの村の保育園の先生が写真をとってPCに入れたので見る?と言ってくれたのですが、丁重にお断りしました。「昨日来なくて本当に良かったー」。とは言っても普段から豚も牛も食べるのに矛盾と言えば矛盾ですね。



このリス族の村にも保育園があります。下からこの村へは乾季であれば絶好のハイキングコースになるでしょうが、雨季には道路がぬかるんで特に子どもの足では行き来が難しい場所になります。そこで保育園だけでもと施設が作られ、20数人のリス族の子ども達のために2人のタイ人の先生が通ってきています。

貧村ゆえに保護者からの保育料徴収が難しく、その運営は政府からの僅かな支援と寄付に頼らざるを得ません。そんな中バンコックの学生達が手狭な校舎の変わりにとタイル張りで清潔な建物をフィールドワークの一環として建ててくれたそうです。ただ、問題は玄関ドアをつけないままに帰ってしまったこと。そのせいで1年間もの間宝の持ち腐れ状態なのだそうです。

ドアのための5千バーツ(1万3千円弱)という金額は確かにこの村の保護者や先生には大金かもしれないけど、『あと、もう一歩』というところまでリーチをかけたままストップしてしまった学生達には欲求不満が残ったのではないの? 引率の先生や学生たちがいくばくかでも出し合えばよかったのではないの?


ということで偶然私に『上がり!』の順番が回って来たわけです。何だかええとこ取りをしたみたいだけど、とりあえずはこれで建物が完成ということで子ども達や先生には良いお年玉になったのでは?


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by karihaha | 2012-01-25 20:55 | ブログ | Comments(0)

DNA鑑定

昨日初めてDNA鑑定の結果を目にしました。


タイではありがちなつかの間のアバンチュールによって結ばれた二人に赤ん坊が出来たあと、彼は帰国しそれでも妊婦であった時の母親と赤ん坊の誕生後も送金を続けていました。そのお金の大半が母親とそのボーイフレンドによって使われていたのを彼は知らなかったのだと思います。

去年の暮れに来タイした彼はすぐに赤ん坊とのDNA鑑定をしました。その目的はことの白黒をつけたかったばかりではなく、赤ん坊の重大な病気を慮って出来れば自国で治療を受けさせるために合法的に連れ帰れるかどうか確認したかったのです。

彼の滞在中にも生死を分けるような事態に陥った赤ん坊を男性は献身的に看病していました。命を救うためにかかった多額の治療費も払って。

仕事のために帰国せざるを得なかった彼はあとをお願いすると言ってチェンマイを離れました。そのDNAの結果が1月20日に出るので結果によってはとるべき手段があるので協力して欲しいと言いながら。


その結果は残念なものでした。赤ん坊にとっては彼に庇護され彼の国で治療を受ける方がどれほど良かったでしょう。

彼はこれからも赤ん坊のために出来ることがあればしたいが、いままでのように母親からの脅迫めいた金銭要求には応じられないと言っています。当然のことだと思います。結果的に騙されたような形になってしまった彼ですが、赤ん坊への愛は変わらず持ち続けていることに尊敬の念さえ抱かせられます。


金銭的支援の道を絶たれた母親の手にある赤ん坊が心配でなりません。赤ん坊に相応しい生活環境とは言えない状況もさることながら、ひとたび入院ということになればその金銭的負担に耐えられる訳がないのですから。いま考えられる最善の道は児童養護施設にお願いすることだとは思うのですが、いやいや、母親に何とか自覚を促し一緒にいられる道がないのか等々、心を悩ます日々です。
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by karihaha | 2012-01-22 00:15 | ブログ | Comments(0)

子どもの日

明日14日はタイの子どもの日。この日は毎年1月の第2土曜日となっています。。


多分日本や諸外国と大きく異なるのは、このイベントは国民行事に近いものがあるということかも。
個々の家庭はおろか、地方の行政機関・学校・地域のショッピングセンターetc. etc., ありとあらゆる場所でこの日を期して行事が企画されています。

大学生達も例外ではありません。地方の小学生や中学生を対象とする課外活動の一環としての年中行事の一つがこの子どもの日の彼らの『慈善活動』なのです。私が去年の夏から縁あって支援をしている小学校と保育園の子ども達総勢230人のためにチェンマイ教育大学の学生達150人があの村に来てイベントを行うらしいです。昨日まで子どもだった若者が『いまの子ども達』のために何かをする大事な機会です。


みんなが『他人の子』にこれほど関心を持つている、そんな象徴のような日です。
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by karihaha | 2012-01-13 23:40 | ブログ | Comments(4)

本気か!?

ひさしぶりにテンモー宅に行ってきました。彼女も早いもので7歳、相変わらずの状態ながら少しは人の言うことが分かっているようで。。 実の父母は今も行方不明だとは言え、叔母家族に受け入れられ元気に過ごしているのはほんとうに何よりだと思っています。


それにしても度肝を抜かれる家族です。

少し前に叔母の次男の中学3年生が同じ年の子と婚約(!!)し叔母宅で同居していると聞いていましたが、今日の電話で長男の高校一年生が結婚式(!!!)をあげると言ってきました。一体どうなっているのかと好奇心にかられて行ってみた訳です。

そのいきさつは去年の暮れに出会った14歳の少女とそういう仲になったと思ったら、翌日その少女の両親が村長と警官を帯同して来て「どうしてくれるのだ!」ということになり、それならば善き日を選んで結婚させようということになったらしいのです。おばによるとそうしないと保護者が訴追されるとのことでやむを得ない処置だとのこと。すぐに同居しだしたあと、今日は正式に結婚式が執り行われるという訳です。

もともと色々と良くない噂があった少女というおばの弁はさて置いておいても、長男がその処置に納得せず最近は家に帰って来なくなったという状況での結末は火を見るよりも明らかだと思うのだけど、式を断行せざるを得ないのは大人たちの事情というものでしょう。


夕方6時から始まる仏式の式への招待を丁重にお断りしてテンモーの相手をすることしばし、その間次男の『嫁』がかいがいしく新居となる部屋の準備をし、次男の友達達が会場の手配をしているのを見ているとまるで文化祭のような錯覚に陥ってしまいます。

そうこうするうちに式を終えた一団が戻ってきたと思ったら、圧倒的多数の新婦の一族が狭い家や庭を埋め尽くしました。新郎側参加者約7名に対し、新婦側は少なく見積もっても50人が車に分散して押し寄せて来たのです。

その光景を見ていると『マジか?』という思いしか湧いてきませんでした。


おばの人生は波乱万丈そのものだけど、これでまた強烈な逸話がもう一つ書き加えられた訳です。
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by karihaha | 2012-01-10 06:05 | ブログ | Comments(0)

奨学金

今日はTさんからお預かりした件である小学生の担任の先生と会ってきました。


日本人であれば奨学金を得るのは恐らく大学生ぐらいからだと思うのですが、こちらでは小学生ぐらいからでもその恩恵を受けなければ勉学の継続が難しい子ども達が多々います。今年の『ご挨拶』にも書きましたが、タイ政府の『Education for All』が行き届いていない現状の一つの例です。

Tさんが奨学金支援してくださるのはそんな小学生の一人で、わたしが前職で出会った子ども達の中でもその資格を享受するに相応しい子という思い入れがあり紹介した経緯があります。

先生に今期分として2千バーツをお預けしてきました。Dewと言うニックネームの彼はこれで貯まった諸々の学校への費用を払うことができるでしょう。

帰りがけ担任の先生がおっしゃってくださった『ありがとうございます』という言葉が嬉しいです。
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by karihaha | 2012-01-05 23:32 | ブログ | Comments(0)

新年、そしていつものチェンマイ

年末年始のここチェンマイは各国からの観光客は勿論のこと、日本人に限らずリタイアメント組が寒い冬を逃れて数ヶ月間滞在しようという人で文字通りごった返す事態となる場所も出現します。

特に去年から今年にかけては洪水被害が尾をひいて引き続きチェンマイに滞在しているバンコックからの避難組の方々も多いようで、例年を上回る人出と交通渋滞がそこかしこで起こっています。


でもツーリストに人気の場所を除いては全くフツーの日々が展開しています。 日本の大都会のビジネス街に出現する盆正月の静けさも趣きがありますが、チェンマイのように何事をも飲み込んだ上で、特に値段が高くなったりすることもなくフツーの生活が営めるのもいいですね。でもこれも一日たりとも休めない、という層の人たちがいる社会であるという厳しい現実の反映でもあるのですけどね。


明日1月4日からは公務員や学生の正月休みが明け、『新年おめでとう』の挨拶ぐらいでいつもの生活が始まります。


時期折々の節目がこんな感じで過ぎて行ってはや9年近く。

 
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by karihaha | 2012-01-03 22:06 | ブログ | Comments(0)

2012年 チェンマイ便り

新しい年が明けました。

皆様はどのようなお正月を過ごされていらっしゃいますか?


2011年は私にとって公私ともに怒涛の一年でした。『大震災』は人生観を変えるような出来事の一つであったのは勿論のこと、私的な『大事件』としては4年9ヶ月間責任者として勤めた前職を1月に辞した際の顛末につきます。 

在職中は色々とお世話になっておきながらご挨拶が遅れてしまったことをお詫びいたします。 ただこの件では自分のことでありながら映画の一場面の役者を演じさせらているかのような現実離れした経験をしたことで自分自身で事態を消化するのに時間がかかってしまったことも事実でした。

そして私が離れたあと施設で起こっているさまざまな問題に影響を及ぼすかもしれない懸念がありこの件についての詳しい説明をするのを控えたほうが良いとも考えていました。

それらの問題を耳にするたびにそこでいまもそこで暮らす子どもたちや、心あるスタッフ達を最後まで守りきれなかったことが残念でなりません。ただその結果前職の枠組みに縛られなくなった人たち、すなわち家に帰されてしまった子どもたちや退職したスタッフ達とのつながりが継続されていることが救いになっています。

子ども達がいたずらに翻弄されている今回の事態には大きな怒りを感じると共に、その子たちの将来に関しては出来るだけのことをして支えていこうと思っています。



その後は縁あってチェンダオ郡(チェンマイから北へ70km)にある一農村の小学校と保育園の支援をスタートしだしました。この村はもともとタイ人地主が稲作や野菜栽培に従事していましたが近年になってビルマの山岳民族が家族とともに難民として流れ込み、非常に低い賃金でそれら農家に日雇いとして雇われています。その結果この村でもこれらの人々の子弟がタイ人の子どもの数を上回るようになりその子ども達を受け入れている教育機関もさまざまな対応に迫られているのが現状です。

この現象はこの村に限らないにも関わらず、それに対応すべきタイの公的教育機関は慢性的予算不足にあえいでいるのが現状です。『Education for All』と大きなバルーンをぶち上げたタイ政府の政策も内実はおそまつな物と言わざるを得ないことが多々ありますが、やはり良い教育は子ども達にとってかけがえない財産になるはずですから、大きなことは出来なくても先生達と一歩一歩改善への道を進んで行ければと思っています。


チェンダオ郡の学校支援がきっかけになり広がりを見せだした私のボランティア活動ですが、プライベートでは退職後今も続けている多国語との付き合いが良い『暇つぶし』になっています。還暦を迎えた私ですから脳のシナプスを途切れさせないようにという意味では良い趣味だと自画自賛していますがどうでしょうか?


私がチェンマイに住みつき始めてから8年半の月日がたちました。長いようでアッという間の日々でしたがこれからも健康に、そして迷惑がられながらも少しは人様のお役にたてられるような一日一日を過ごしていきたいと思っています。


最後になりましたが皆様にとっても今年が良いお年であることをお祈りいたしております。


2012年1月2日 チェンマイにて。
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by karihaha | 2012-01-02 15:29 | ブログ | Comments(0)

2012年

今年こそ、



粛々と、驕らず。

ニーズと寄り添う。




そんな一年を目標にします。
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by karihaha | 2012-01-01 01:00 | ブログ | Comments(0)