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運動会

支援している保育園が属する郡主催の運動会が開かれるとのことで行ってみました。 チェンマイから北へ70kmのチェンダオ郡の、在校生30人の小学校の運動場を借りて、管轄化の6つの保育園が参加しての大会です。

朝9時には会場に着くと子どもたちは勿論のこと、親たちもすでに勢ぞろい。手作りの会場設定やオリンピックばりに色分けしたグループのいでたちを見ると、この大会(?)への意気込みが伝わってきます。

でもその内容は去年の小学校の運動会を見に行き、多少のバリエーションはあっても、タイの運動会はただひたすら走る『徒競走大会』というのが判明しましたが、今回もご多分にもれずひたすら走る。綱引きとか玉入れとか、パン食い競争なんかがある日本の運動会の競技を紹介したい!

でも子どもたちの可愛さだけでも見に行った甲斐があった一日でした。

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by karihaha | 2013-01-27 16:22 | ブログ | Comments(0)

チェンマイ女性刑務所 (2)

取り壊し前の一般開放中のチェンマイ女性刑務所に行ってみました。 理由は定かではないのですがタンブン(寄進)が行われていました。読経が聞こえる中一般の人々がテントを張り、見慣れたタンブンの光景がありました。 取り壊しを前にここに閉じ込められた人々の怨念(?)をはらうためなのか、と思わず邪推してしまったり。

前にも書きましたが、前職在職中も何度となく刑務所内部には入る機会がありました。しかし房に近づくことは許されず、この機会にと真っ先に行ってみました。そこは想像以上に狭く、聞いていた人数ではまさしく『すし詰め』状態だったでしょう。

もう一つ確認したかった場所は面会室です。内部に入るには特別の許可を申請しなければなりませんが、金網越しの面会であれば刑期や、本人の評価によっては一日15分間、土日を除く毎日でも可能です。服役者とは壁に取り付けられた電話を通じて話します。今回はその服役者の側の部屋に入ってみました。 当時面会に行くと、金網に顔をひっつけるようにして子どもの顔を見つめていた母親たちの姿が思い出されました。

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by karihaha | 2013-01-27 15:59 | ブログ | Comments(0)

チェンマイ女性刑務所

チェンマイ在住の知人のFacebookの記事を通じて、チェンマイ女性刑務所が旧男性刑務所への移転が済みいよいよ解体されることを知った。前職に在職中は何度となく訪れた場所なので、なんだか感慨深いものがある。

預かっていた子供の母親の多くが服役中ということもあり、『こどもの日』、『母の日』には刑務所内部に入るのを許されたことがある。 服役者の居住区に入るのは許されなかったのだが、その他の公共の場所はその言葉から想像する環境に反し、清潔でよく整備され、花が溢れる場所だった。

あの環境で、なおかつ三食が保障されるのは、服役者にとっては入所前の生活水準よりいいのでは、とよく同僚と言いあっていた。自由が束縛されている以外は。


しかし一日千秋の思いでその日を待つ母親たちが、束の間の子供との時間を終え、再び別れなければいけない時に立ち会うのはつらいものだった。 特にこれからも長い刑期を努めなければいけない母親たちの子供を見つめる目に出会うと、万感の想いがこみ上げてきたものだった。


いまも連絡を取りあっている出所した母親の一人に、「まだ服役中の友達に面会しに行ったりするの?」と聞いたことがある。 「思い出したくない場所だから」と言った彼女は、いま子供との生活を立て直すために苦闘している。


解体後は公園になるその場所だが、私ばかりではなくそれらの人々にとっても、これからも忘れられない場所であり続けるだろう。
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by karihaha | 2013-01-19 07:53 | ブログ | Comments(0)

当たって欲しいけど。。(2)

今日は日付が替わって18日。結局前回の宝くじも買わずじまいだった。

こちらのくじは毎月2回大体1日と16日に抽選が行われる。 15日にも探す必要もなくいたるところにあるくじ売り場を通りかかったのだけど、なぜか手が出ない。 9千万円という夢のような話も、その前提条件は一枚100バーツのくじを買うところから始まる。100バーツと言えば300円。奇しくも日本の宝くじと同額相当なのだけど、100バーツでかなりまとまったことが出来る(例えば近所の市場で昼ごはん3回分とか)こちらの貨幣価値に比べたら、いかんせん賞金額が少なすぎる。というわけで毎回夢より現実を選択し続けているわけです。


タイ人にとってもその事情は一緒だろうにと思っていたら、ちゃんと抜け道があるのを知った。 政府機関が発行するくじではなく、ブローカーが元締めになってずっと低い単価のくじを出していると聞いた。その名も『タイディン(地下)』。 正規の宝くじの当選番号の下二桁だか、三桁だかを当てるらしい。 ブローカの孫受けをしている友人の知人から聞いたところ、掛け金は数バーツからでもO.K.らしい。 その話をしてくれた友人は「タイ人は食べるものがなくても宝くじは買う」と笑っていた。 その点では『昼食3回分』を優先させてしまう私なんかはまだまだだ。

宝くじはもはやタイ人にとって切っても切り離せない、『大衆文化』なのだろう。
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by karihaha | 2013-01-18 02:01 | ブログ | Comments(0)

とうもろこし栽培

奨学生の選抜をする際のインタビューで必ず聞くことの一つに、「家業はなんですか、収入はどれくらい?」というのがあります。『農業』と答えた生徒達の大半が収入に関しては「不定だが」と前置きした上で、それだけでどう生活していくのだろうと思わせる額を答えます。

日本人としての感覚で言えば、農業を営めるのであれば土地を持っているのだろうに、それにしてもあまりにも低い収入をいつも疑問に思っていました。 しかし最近になってその理由の一端が分かる説明を聞きました。 


支援するチェンダオのその村では季節に応じたにんにく、唐辛子、果物等々の換金作物が栽培されています。その他の人気作物はとうもろこしだそうです。 とうもろこしは飼料用の他、最近になってバイオエタノールというエネルギー源にする需要が急増しているそう。

とうもろこしに限らず、資金がない人たちが生み出した生きていくための苦肉の策は、中間業者から割高の種や肥料を借金と言う形で買い、土地がなければ借地をして作物を育て、収穫後に中間業者や地主に借金を返済するシステムだそうです。

この村ではタイ語会話はおろか、読み書きもままならない山岳少数民族やビルマの難民が多いため、大手の買取業者との折衝もその中間業者に任せざるを得ず、1ライ(1,600平米)の土地から得る収入は平均3ヶ月の栽培期間で3,000バーツ(9,000円)程度ということも多々あるそうです。


一方中間業者は座して待つだけでその何倍もの収入を得ていると聞くと、それではいつまでも貧しさを抜け出すすべがない、と絶望に似た不公平感を強く感じます。


                    鋤きおわり、種撒きを待つ土地
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by karihaha | 2013-01-16 19:21 | ブログ | Comments(0)

先生の日

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今日1月16日はここタイでは『先生の日』。いつも頑張ってくれている先生達に感謝する日なんだと思う。

奨学金のインタビュー等で子ども達に将来は何になりたいか、と聞くと先生とお医者さんが一位、二位を占める。 まあ他に答えが思い当たらないから適当に、という意味合いもあるのだろうとは思うのだけど。


先生と言っても、その資質はピンキリなのはどこの国も同じなのかもしれない。でも公務員と言う立場に憧れが強いと感じるここタイでは、いままで出会った先生方に『公僕』という感を抱かせる人は少なかったように思う。どちらかというとその反対に権力を誇示したがる人の方が多かったような。。


そんな中、「この人こそ先生!」と思える人に出会え、協力し合えることが出来ているのは幸運なことだと思っている。

その人はチェンダオにある保育園の園長さん。支援を決めたのも彼女の人間性と熱心さに感じ入ったからこそ。 一例を挙げると、遠足や行事の日に出発が朝早い日などは、早朝から一人で軽く50人分の朝食用のお弁当を作る。山岳少数民族やビルマの難民が大半を占める園児達への、特別の日のせめてものご馳走だそう。 

こんな先生ばかりだったらタイの山間部や田舎の学校ももっと教育水準があがるだろうに、と思われてならない。
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by karihaha | 2013-01-16 18:23 | ブログ | Comments(0)

当たって欲しいけど。。

日本の宝くじの最高額は前後賞あわせて6億円らしいですね。ここタイでは最高一枚2百万バーツ、これが通常組違いの2枚セットになっており幸運な人は四百万バーツを手にすることになります。でもその邦貨換算は現在のレートで1,200万円程度で、日本と比べる少額の感が否めません。それでもその金額で土地70坪程度の新築住宅が買える程度の価値があります。


先日所用で乗り合いトラック『ソンテウ』に乗っていると、プラスチックのグラスに入ったビールを持った女性が乗り込んで来ました。 そこで先客の向かいの席の女性達との会話が始まり、聞くともなく聞いていると、その女性の知り合いが3千万バーツ(9千万円)の宝くじに当たり、そのお祝いの帰りだと話し出しました。私を含む周りの乗客がその額に「すごい!」と注目すると、その幸運な人は公設市場で店を出していると説明してくれました。組違いで同番号を大量購入したのか、組番号まで当たったジャックポットだったのか。

でも、宝くじが当たったからと言ってお祝いのパーティをするのがいかにもタイらしいと言えばいえるかも。私だったら絶対に黙っているけどな。アメリカでスクラッチくじで100万ドル当たった男性が1ヵ月後に殺されたという記事を最近読んだばかりけど、そこまでではなくても自薦他薦の借金や寄付の申し込みが押しかけるのは目に見えているのに。


いずれにしろタイの宝くじも本当に当たるのだ、買ってみようかと思わせられたのは確かです。
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by karihaha | 2013-01-14 19:52 | ブログ | Comments(0)

メーデング

昨日1月12日はタイでは子どもの日でした。この日はあらゆる場所で催し物が行われ、子どもたちはゲームや踊りに興じます。お菓子やスナックも半端ではない量が寄付され子どもたちにとっては一年に一回の狂喜乱舞の日なんでしょうが、私なんかからみたらその分の費用を例えば奨学金とかで活用できないものか、なんて考えてしまいます。特に袋菓子やビニール袋に入った菓子や食品を見ると、あとのゴミ処理は。。 などとは楽しみに水をさすやぼなことなんでしょうかね。

私もチェンダオの郡役所主催の会場へ行ってきました。見慣れた顔の子どもたちがアイスクリームに列をなす中、あの顔にあざのあるメーデンを見つけました。

彼女は第一回目のレーザ治療を終えバンコックから帰ってきたばかりでした。治療直後でいつもより腫れがひどい気もしましたが、それも序々に落ち着くでしょう。 心配していた父娘二人っきりでのバンコックも、かの地に在住する保育園の先生の友人がアシストしてくださったようで、これでメーデンの治療をサポートする態勢ができ、ホッとしました。治療はレーザー照射前の麻酔注射を含む、6歳の女児にとっては少しつらいものかもしれません。でも先生たちには、「痛いけどこれからもずっと治療を続けたい」と言っているそうです。

治療は長期に亘るでしょう。本人ばかりではなく、付き添う父親にとっても根気のいる日々が続きますが、彼女の将来のためを思うみんなで支えあっていこうと思っています。

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by karihaha | 2013-01-13 18:11 | ブログ | Comments(0)

進路相談

2013年の私の活動はきょう日曜日が初始動です。きょうは奨学金を授与している中学3年生との進路相談にチェンダオまで行ってきました。

彼女は山岳少数民族ではなく生粋のタイ人ですが、その経済的家庭環境は劣悪とも言えます。家族は90才の祖父、母との3人家族です。家族の主な収入源は野菜かごを編んだ一個あたり5バーツ(15円)の手間賃に頼っています。祖父は高齢、母は知的障がい者のため他に収入を得るすべがありません。

タイでも義務教育は中学3年生までで、彼女が進学せずに家計を支えるという道もありますが、その場合よくありがちなのは夜の仕事に手を染めたり、そうでなくても彼女が思い描いている将来は望むべくもありません。

無料の政府管掌の寄宿学校、準看護師養成学校等も検討しましたが、話し合いの末自宅から一番近い公立高校を受験してみようと話がまとまりました。自宅から通えれば病気がちの祖父や、一人での行動は制限される母の支えになり、'家業’のかご編みも手伝えるからです。15歳の少女には過酷な現実が取り巻いていますが、勉強だけは続けて欲しい、そのための出来る限りの支援はすると約束してきました。


                  米、油、卵、缶詰等々の食料支援のお年玉も(↓)
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by karihaha | 2013-01-06 23:31 | ブログ | Comments(0)

仏暦2556年

西暦2013年の新年もチェンマイで迎えました。 タイでは仏暦が汎用されていて今年は2556年になります。これはお釈迦さまの生誕年から数えてからですから、さすがに仏教が生活に根付いている国です。ちなみに日本の皇紀では2673年ですが、残念ながらこちらは殆ど知られていないですね。

さて、今年の5月でタイ住まいも早いもので丸10年になります。ボランティアに始まり、NGO勤務そしていまはボランティアに逆戻りしたこの10年を振り返ってみると、その時々での活動を支援していただけた方々との出会いなくしてはなし得ないものだと自覚しています。そのことを忘れてはいけないと思っています。

2556年も援助を必要とする子供たちや人々のニーズを敏感に感じ、正しく汲み上げる心と知恵を養っていかねば、そんなことをあらためて思った静かな年明けです。
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by karihaha | 2013-01-03 02:04 | ブログ | Comments(1)