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虫の知らせ?

『虫が知らせる』ということはやはり本当にあることなのでしょうか?

最近妙に気にかかると思った子どもの一人に、母親が麻薬関連で25年の刑を服役中のNamuuがいました。 3年ぶりに会った彼女は、一人で遠い親戚の子守りや家事の手伝いをしながら、学校に通う生活を余儀なくされていました。 その事実を知ったとき、再会できて良かったと心から思いました。

そしてもう一人しきりに思い出す子どもに、3年前に私が当時働いていた財団を出て母親のもとに帰った少女Booがいます。彼女の下には2人の妹がおり、病気がちな母親の手助けをして妹たちの面倒を見るために帰宅を薦め、その代わり財団から3人姉妹全員に高校3年生までの奨学金を約束しました。しかしその後間もなく退職したため、その後のコンタクトはありませんでした。


最近になってなぜかこの3姉妹のことが気にかかってきました。Booの学校は幹線道路から外れているため、車の運転のできない私にはアクセスのしにくい場所ということもあり、足が遠のいていたのですが、協力してくれる車を持つ友人のお陰で、今日やっと念願がかないました。

訪ねた学校はたまたま職員の都合で休校でしたが、宿直の先生から彼女の住所と電話番号を手に入れることができました。道を尋ね尋ねたどり着いたその村は、学校からでも20kmほどの山間部にあり、親子はHIVで亡くなった母親の再婚相手が建てたブロック積みの家に住んでいました。母親は常に職を転々とし、私の知る限りの最後は今住む村から反対方向にあるトレッキング客相手のゲスト・ハウス勤めでした。 その後家賃のかからないこの地に戻ってきたのでしょう。

Booは3年ぶりに突然現れた私に驚いた様子も見せず、いまの家族の事情を淡々と語ってくれました。

『母親は近所のゾウ園で働き、その収入は月四千バーツ(1万2千円)ぐらい。でも病気が進行(HIV?)しても、タイ国籍がないため国民健康保険加入の資格がなく、実費になってしまう治療費を払えないせいで悪くなるばかり。一方財団からのBooへの奨学金は中学3年生をもって打ち切られ、小学生の妹の分も「対象は中学生のみという方針に変わった」と打ち切られた。そのため母親はBooに、いまの高校1年生を最後に退学するように言っている』


財団の非情とも言える態度に少なからぬ怒りを覚えつつも、いまやるべきことは、将来必ず一家の大黒柱になることを運命づけられているBooの学業を中断させないことです。 そのためにまずは来週再び学校に行き、先生と奨学金を含めての話をすることを約束しました。その他にも母親がいよいよ働けなくなった時の家計をどうするかという問題もあります。

私の退職後に起こった事情の変化とは言え、「家に帰すべきではなかったのか」とNamuuのときと同じような後悔に似た気持もありますが、過去のことを悔いても仕方ありません。これからはこの心細げな3人姉妹に寄りそっていってあげようと気持を奮い立たせています。
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by karihaha | 2013-08-30 23:39 | ブログ | Comments(0)

出来ることは?

Memeeのいるスクサ・ソンクロ〈政府系福祉寄宿学校)に行ってみました。タイヤイ族で16歳 ”S”の進路の可能性を探るためです。

現状では家族の経済事情からみて、少なくとも長女であるSの進学は難しいかもしれませんが、前回の話し合いでは、実は母親も出来れば娘たちの進学を望んでいる。この件に関しては不在だった継父と話してみるということで終わっています。 

母親と継父は結婚してまだ3年。5人兄弟の5ヶ月になる末っ子だけが二人の血のつながる子どもで、上の四人は前夫との子どもの上、自分自身四回の手術で7万バーツの負債を負っていて働くこともままならない身では強いことも言えないのではと思います。


それでもこの学校ならば経費的な心配はないということで、母親は少し心を動かしたようでした。ただ本人が年齢的に抵抗があるようで、その点も含め先生と話してみました。 結論は「タイヤイ族で年齢が超えていても入学は出来るだろう。現に16歳ぐらいで小学校3年生課程を履修中の生徒もいるので、Sの心配するような環境ではないと思う」とポジティブな感触を得ました。


しかしもし本当に働くことを選んだ場合は、いまのような不法労働状態は何としても解消しなければなりません。 正規の労働許可証(費用:2年で1,900バーツ)を取得すれば健康保険(1年1,900バーツ)も手に入り、何より警察の目を恐れてビクビクと暮らす必要はなくなります。この件に関してはビルマ難民のケアをする財団が協力を約束してくれました。

働きながら無料で縫製の技術を磨いたり、英語・タイ語・数学を学べる財団もあります。これらの可能性の中からSがどの道を選ぶのか? 一緒に考えていきたいと思っています。


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写真は遅ればせのバースデイプレゼントを手に照れているMemee。私も働いていた財団で英語の先生をしていたニュージーランド人の先生が彼女へと送ってきました。会うたびに生活指導の先生が「生活態度が良くなった」と言ってくれます。かつては正直私も手を焼いたこどもですから、その言葉が何よりもうれしく励みになっています。
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by karihaha | 2013-08-28 20:53 | ブログ | Comments(0)

家庭訪問

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チェンマイ市内にはビルマの一民族、タイヤイ族のお寺が2箇所あります。その一つには初等教育(幼稚園・小学校課程)を学べるタイヤイ族のための学校もあります。 まさしく『寺子屋』とも言えるこの学校に、前記事で書いた少女”S”が通っています。

先週末彼女と家族に会うために家庭訪問をしました。夜のバイトをしながらも、幸いなことにまだ学校には通っていて、授業が終わったあと夕方5時から夜11時まである飲食店で働いているのです。一歳違いの妹も同じく小学校6年過程ですが、二人とも同じクラス、同じ職場です。

もう一人別の小学校に通う12歳の妹がおり、その子も小学校6年生。つまり姉妹3人が小学校6年生です。そして9歳と5ヶ月の弟。彼女は総勢5人の兄弟・姉妹の長女です。

あと半年ほどで卒業する小学過程の、'その後‘について話し合いました。私としては勿論進学して欲しいのですが、彼女はそれを断念する方向で半ば決意していました。

彼女がその理由を理路整然と説明しました;
1.病弱な母親が負った入院・手術費7万バーツの借金返済
2.12歳の妹を中学進学させるための費用
3.生活費、特に月5千バーツの借家の家賃負担が重い
4.不法労働で現在留置中のおじ、おばの保釈費8万バーツの工面

このような環境でSと妹が稼ぐ月1万バーツは家族にとって大事な収入源だというのは容易に想像がつきます。 しかし、見せてもらった身分証明書ではタイでの滞在は期限を切って許されてはいても、労働は許されていません。タイでは日本と同じく15歳以上の労働は許されていますが、タイヤイ族という身分上、労働許可証が必要です。そうでないと、万一検挙された場合未成年とは言えおじ・おばと同じ運命をたどります。その上その飲食店はカラオケ店がたちならぶ、チェンマイ市内でも悪名高い歓楽街の一つにあります。


私が普段支援しているのは、奨学金授与で進学を奨励することですが、Sの場合はそのような支援より逼迫する事情があるのが分かります。その上このような子どもたちは、たとえ進学しても同級生と大きく年が離れている上に、タイ人の学校に一人入っていくことに抵抗感を感じるようです。


16歳でちゃんと自分をもち意見も言え、成績優秀な彼女が小学校過程で勉学を断念するのは本当に残念ですが、いさぎよく運命を受け入れているSの気持を尊重し、その上で私たちが何が出来るかを考えていこうと思っています。
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by karihaha | 2013-08-27 17:36 | ブログ | Comments(0)

シリア情勢

世界に200ヶ国足らずある国々、しかし日本のマスコミは『反日』いや、嫌日ともとれる隣りの国々の一挙手一投足の報道にはやっきになっているように見受けられますが、中東シリアではまさしく世紀の大虐殺の再来とも言えることが起こっています。しかしネットを見ている限りではあまりにも僅かな情報発信しか見受けれません。在留邦人としては、地政学的観点とだけでは説明のつかない、この関心の低さは不可解ともとれる印象があります。

さて、内戦が続く中東シリアでは国連加盟国間、特に中国・ソ連の反対(と言われている)に阻まれて有効な手を打てないままですが、反体制派によると政府軍が8月21日未明首都ダマスカス近郊で毒ガスを使用し、1300人以上の犠牲者が出たと言われています。その中には多くの子どもも含まれており、今回は死を免れても、生涯重い後遺症に苦しまなければいけない市民も多数いるようです。

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               ↑Spiegel On Line より


一方戦火を逃れてイラク、レバノン、ヨルダン、トルコ等の近隣諸国に逃れている難民は子どもだけでも100万人を超え、そのうち11歳以下は75万人を数えます。中にはすでに親や親戚が戦火の犠牲になったり、離れ離れになってしまった孤児も多く含まれています。

アメリカ合衆国を始めとする国連加盟国は、毒ガスを含む化学兵器の使用は『一線を越える行為』と言い続けていました。いま,まさにその事態が起こってしまったのです。原爆被爆国の日本も、いや、被爆国だからこそ声を上げるべきだと思います。
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by karihaha | 2013-08-24 16:27 | ブログ | Comments(0)

16歳

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いつも行くスーパーや商店に、最近カラフルな伝統菓子が並べられているのが気になっていました。

やっとその理由が判明しました。チェンマイ・田舎・新明天庵だよりさんによると、満月と水曜日が重なる21日の前夜夜中に、タイでは普段は早朝行われる僧侶の托鉢が行われるそうです。タイには様々な仏教行事が根付いていますが、この行事は初めて知りました。それと同時に中華系の人たちにとっては、ご先祖様を敬う『お盆』のような物らしいです。そのためのお供えであったわけです。 私の住むアパートのオーナーは中華系ですが、旧正月と同様に爆竹も鳴らされていました。

さて、同じサイトで目をひいた記事がありました。チェンマイの未成年売春斡旋宿の女主人が逮捕されたニュースです。実は私の周辺でも関連して気にかかることがあります。

大変成績優秀なタイヤイ族の16歳の女子が、通っていた小学校を通じて展開しているある財団の週末のクラスに来なくなった。その理由は夕方から夜にかけてホルモン屋で働き家計を助けざるを得なくなったからというのです。

まず、彼女がまだ小学6年生の理由は最近になってビルマから親と越境してきたからで、財団はそのような子どもに特別授業の機会を与え、少なくとも中学進学を奨励しようとしているのです。 少女はいままで真面目にクラスに通っていましたが、再婚した母親が出産後体調がすぐれず、彼女を含め兄弟・姉妹5人の生計がたたなくなった。 その上義理の父の親戚が不法労働〈許可なく労働していた〉の罪で捕まり、その罰金も賄わないといけないと言うのです。

結果として少女と1歳下の妹が、カラオケ店の集まる歓楽街のその店で1日230バーツ〈700円〉の賃金で働き家族を養っているとか。 でもそのような場所では遅かれ早かれ前述のような罠にかかるのは目に見えています。 私もよく知っている少女をそんな境遇に陥れてはならない、と財団の知人が協力を求めてきました。

それにしても義理とは言え何と無責任な父親! 自分自身も最近爆発的に流行しているデング熱に罹患しているとはいえ、それは一時的なもの。 それにも関わらず自分の親戚の借金の後始末まで少女たちに押し付けるとは。。

これなども2013年8月、ここチェンマイで実際に起こっている現実の一コマです。
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by karihaha | 2013-08-21 21:40 | ブログ | Comments(0)

刑務所事情

チェンマイ女性刑務所に足げく通う私に、タイ人の友人は「タイ人でも行ったことがないところに外国人の貴女が」と言います。

確かに私も幸いにも(?)日本の留置場や刑務所に行ったことがありませんが、ここタイではその内情を知る機会が多いと思います。

前職にある間、そしていまも学校や役所の敷居はかなり低く、特に市内を外れると初訪問でも、外国人の物珍しさもあるのか授業そっちのけでアテンドしてくれる先生等のケースが殆どです。

しかし刑務所となると、やはりそうはいかず面会希望者も規則に従った行動を要求されます。

1.まず面会は週末・休日を除く毎日午前8時から11時30分までと午後はお昼休みを挟んで13時から14時30分まで
2.罪によっては面会が出来ない期間やケースもあるようです 
3.面会可能回数と時間は毎日1回15分間。ただし麻薬関連で1千錠以上の罪は週一回のみ
4.面会できる1回あたりの人数制限は定かではありませんが、今までで最高5人で訪問したことがあります。 ただその資格は少なくとも友人関係以上等の必然性があるのでは
5.手続きはまず申請書に受刑者と訪問者の姓名を記し、訪問者の身分証明書を併せて提示します。
6.その間、カウンターにあるロッカーの鍵を使って指定のロッカーに手荷物をいれます。つまり面会時は手ぶらでなければなりません
7.その後しばらく待つと、名前を呼ばれ面会席を記したシートが渡されます。身分証明書もこのときに返却されます。
8.シートを手に面会待機の待合室に行きます。シートチェックの後入室です。この部屋は受付部分とは鉄格子で遮断されています
9.その部屋の奥がいよいよ面会室です。ここに入るのも鉄格子を通ります。ベルの合図で前のグループが退室するのを待って部屋に入り全員が入り終わると鉄格子のドアが閉まります。
10.部屋は縦6メートル横3メートルぐらいの広さで、天井までのガラスと金網のフェンスに仕切られた受刑者側も同じくらい。
11.双方のフェンス側にそれぞれおよそ20名ぐらい、そして壁側にも同人数が座れます。フェンス側はフェンス側、壁側は壁側の人とインターホンを通じて話します。つまり壁側になるとフェンスを挟んでおよそ6メートルの隔たりがあります。
12.面会はベルの合図で終わり、退室します。

ルールさえ分かればそれほど煩わしい手続きもなく、何より受刑者にとっては唯一の楽しみ・励みでしょう。聞くところによると、バンコックには麻薬がらみで日本人受刑者が服役中で、日本人旅行者も面会に行っているとか。。 チェンマイにはいまのところ日本人受刑者はいないようです。


受刑者の内訳ですが、服役中の1,500人ほどのうち、麻薬法違反者が圧倒的ですが、その他の犯罪を犯した人ももちろん収容されています。麻薬法違反は殆どが売人で、その大多数を占める受刑者が山岳少数民族です。未決囚と既決囚は着ている囚人服で一目瞭然です。前者は茶色、そして後者はブルーです。 判決が下るまでには半年以上かかり、もし財力があれば罰金等の司法取引や、弁護士を雇う費用が出せるでしょうが現実問題としてそのような受刑者は少なく、黙って刑を受け入れているケースが殆どです。


また受刑者の日々の生活ですが、矯正のための施設ですから、職業訓練、幼稚園程度から高校程度までの学習機会も設けられています。大学教育を受けたい場合は通信制を自己負担します。職業訓練には受刑者のための料理、販売のためのパン・甘味工場、縫製、木工、美術品製作、そしてチェンマイではすでに名を知られているマッサージ師のための訓練等があります。


設備の中には売店、食料品店もあります。 売店はちょっとした市中のコンビニひけをとらないぐらいの品揃えですが、これもお金がなければ始まりません。親族等が面会時に係官にお金を預け、受刑者は必要な都度クーポンで買い物ができますが、面会のないあるいはお金を預けていってくれない受刑者はどうしているのでしょう。

食料品は出来合いのおかず等が売られています。刑務所で支給される食事にあきたりない受刑者向けです。旧刑務所では面会の家族が食料品を差し入れする光景をよく見ましたが、ここではその光景に触れることもなく、中止になったのかもしれません。確かに外から物を持ち込むと、違反物を混入させたりトラブルのもとでしょう。


前回の面会時にすぐ近くに座った受刑者は、生後1ヶ月ぐらいの乳児を連れてきていました。それで思い出したベビールームに関し少し。 服役中に出産した場合は子どもが2歳になるまで一緒にいられます。そのためのベビールームがあり、日中は母親以外の受刑者が面倒を見ます。これも職業訓練の一環です。そして夕方から朝までは母親と一緒に房で過ごします。2歳以降は家族・親戚のもとに行くか、引き取り手がない場合はしかるべき養護施設に預けられます。

こまごまと書きましたが、タイ社会の片隅の、知られざる現実を知る一助になればと思います。
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by karihaha | 2013-08-18 19:28 | ブログ | Comments(0)

5ヶ月ぶり

一週間ぶりにチェンマイ女性刑務所を訪れました。 今回はNamuuも一緒です。実は前回母親に会ったとき、「次は娘を連れてきてもらえるか?」と言われていたのです。

刑務所は週末や祝日は閉まっています。ですから母親を訪ねるには授業を抜け出さねばならないのです。 幸いに現在の寄宿先と刑務所は車で10分ぐらいの距離ですから午後の数時間を休むことにしました。


母親は面会室の席につく前にすでに泣いていました。5ヶ月ぶりの再会です。一日千秋で待った長い長いその時間の後に許された、たった15分間の面会時間は短すぎますが、2人の気持にある程度の平安をもたらしたのではと思います。

母親には「これからは月に一度は連れてくるので、お母さんも罪の償いを頑張ってください」と言いつつ、25年と言う想像もつかない刑期に阻まれた2人の将来を思うと、Namuuには徐々に現実を受け止めて、一人でも生きていける強さを身に着けて欲しいと思わずにはいられません。


短い面会のあとは最近できたショッピングセンターに連れていくことにしました。 母親との面会はかなりの精神的インパクトがあると思います。 そのあと一人にしておくよりは気分転換をさせることも大切です。おば宅では掃除・,洗濯はもちろん、2歳のいとこの世話をすることで居場所を確保できている12歳の彼女。そんな環境にすぐに帰っていくのは残酷なこととさえ思えてしまいます。Namuuはどちらかと言うと内向的な子どもですからなおさらです。現実は現実として置いておいて、外の世界にも触れる機会を出来るだけ多く持ち気分を変えることで、一人でも大丈夫というきっかけなってくれればと思っています。
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by karihaha | 2013-08-17 02:04 | ブログ | Comments(0)

再犯(2)

Namuuの母親にはチェンライで教師をする兄の他、姉そして腹違いの弟がいます。姉はやはり麻薬取引で25年の刑を受け、18歳だった弟の死因もまた麻薬がらみだったと聞いています。

5年前にNamuuと知り合ったのは当時服役中の姉の娘、つまりNamuuの従妹に授与する予定だった、服役者の子弟への奨学金審査のためでした。これは受刑者が財団に申請し審査の上、母親の服役期間中奨学金を授与するというものです。

村に従妹を訪ねてみると、彼女の他にNamuuがおり、聞くとNamuuの母もつい最近捕らえられたとのこと。しかし従妹は近々おじが引き取る、つまりNamuu一人が麻薬に汚染された村に祖母の再婚相手、すなわち血のつながらない年老いた祖父の看病のために残るというのです。ちなみに祖母は末期がんのためチェンマイの病院に入院中でした。病院に訪ねていき、財団で引き取る旨を言う私たちと祖母は真っ向から対立しました。退院後の面倒を見てもらわないと困ると言う祖母と、小学校1年の女の子をあの村に置いておく危険を説く私たち。 結局入所中の母親の意思が決着をつけました。


さて、姉は25年の刑期の半分あまりを勤め、恩赦で去年10月に出所しましたが、今年2月にまた入所してきたのです。今回は5千錠の覚醒剤所持です。まだ判決は出ていませんが、Namuuの母親の1千錠で25年と比べると相当重い刑を覚悟しなければならないでしょう。

Namuuの寄宿先の親戚によると、姉のたった5ヶ月間の‘しゃば’生活の間は車や贅沢品購入等相当派手な生活だったそうです。そして逮捕時にはそれらがすべて没収されたそうです。これはタイでは通常の処置で、麻薬関連の罪で逮捕された場合は本人名義の貯金、貴金属など動産や不動産がすべて差し押さえられます。


同情の余地がない犯罪ですが、さらに呆れるのは妹が再犯で入所してきた去年6月には姉はまだ釈放される前でした。当然2人が顔を合わせる機会があったでしょうから、麻薬取引の危険性や落とし穴については分かっていたはずだろうということです。

それにも関わらず同じ村にもどった姉は再び麻薬に手を染め、妹と同じ運命をたどったのです。


そして前回の面会でNamuuから財団で現在も預かっている子どもの元受刑者である母親が、出所後再婚したのち再婚相手と同時に逮捕されたと聞きました。


同じく元受刑者だった母親のもとに帰った別の子どもたちの奨学金支援をしていますが、時折訪れるたびに、その生活がマッサージ師の母親の収入では不自然なほど派手になっていくのが気にかかっています。

麻薬の手ごわさには中毒から抜け出す難しさと同時に、その取引がもたらす『富』の誘惑もあります。
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by karihaha | 2013-08-13 18:42 | ブログ | Comments(0)

面会

明日8月12日はタイ国王のお后、シリキット王妃の81歳のお誕生日であると同時に、母の日でもあります。

父の日(国王の誕生日)、子どもの日と並んで重要なこの日は国民の祝日でもあり、様々な行事が繰り広げられますが、その中に女性刑務所の受刑者とガラス越しではなく、刑務所内部で直接面会できるという企画があります。前職にいる間は受刑者の教育プログラムという形で支援していた縁で、財団の子どもたちのうち母親が服役中の数人を連れて面会に行ったことがあります。


Namuuに再会した後、この一年に一度の機会を利用して母娘を会わせてあげたいと思い、その日程を聞くために刑務所に出かけました。市内にあった刑務所が引っ越したのは以前男性刑務所があった場所で、ここでも一度子どもと父親の面会に立ち会ったことがあります。

でもこの日は『母の日』の企画を聞くためだけのつもりだったので、係官に問い合わせると、直接面会できる受刑者の家族にはその旨文書で通知しているとのことで、すべての受刑者がその恩恵に属する訳ではないと分かりました。そのあと係官が面会をするのかと聞きます。 

正直言って母親に会うのにはためらいがありました。子ども2人の母親でありながら、また麻薬に手を染めた彼女に会って何を話したらよいのか。Namuuの寂しそうな様子を見た後では怒りに似た感情もあるのも事実です。

それでもやっぱり会っておかねばと、手続きを済ませ決められた席番号で待っていると、ガラスの向こうに母親が座りました。以前見たまま、やつれてもおらずうっすら化粧さえしています。思いがけない人間の突然の面会に少し驚いた様子をみせましたが、15分間という制限時間の中、主に私が質問をする形で話が始まりました。

『2010年6月9日に恩赦も含めて刑期を終えたあと、チェンライの兄宅にしばらく身を寄せたあと、ハンドン市の工場勤務をした。しばらくしてNamuuと一緒に暮らすようになったが給与が低く、結局は辞め2012年1月に再びチェンライの兄宅に行った。しかし兄夫婦の夫婦仲が悪く、結局は亡き母(祖母)の再婚先の村に戻った(ここは麻薬汚染で有名で初犯で捕まった場所)。そして一ヶ月もしない2012年6月3日、覚醒剤の運び屋として逮捕された。そのときは覚醒剤1,000錠を所持しており、刑期は25年となった』

その後Namuuはおじに引き取られたあと、今年5月からは再びチェンマイに移り住んできたというわけです。

母親はNamuuがチェンマイにいることを知りませんでした。4月に一度面会に来たきり会っておらず、何の情報も入ってこないと言うのです。

一応私が奨学金等で支援をするからと言うと、「一度娘を連れて来て欲しい」と言い、その時初めて涙を浮かべました。 出所日、逮捕日をあれほど正確に覚えているということは刑務所内での必要に加えて、いまの彼女が置かれている立場の楔のようなものだからでしょう。 


初犯のように刑期2年ということであれば、730日間は一日千秋の思いで過ごすことになっても想像の範疇に入りますが、25年などとは。。 一度入ってつらい思いをした人間が犯した賭けは、家族を含めてあまりにも大きな代償を伴うという自覚さえなかったのでしょうか。
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by karihaha | 2013-08-11 17:09 | ブログ | Comments(0)

やっと会えた!

先週から今週にかけてはまるで探偵のようにNamuuの行方を捜しました。 行くところ行くところ『引越しした』の言葉ばかりで、万策尽き果てたころ、電話で問い合わせた最後に通ったチェンライの学校の先生が、おじの電話番号を教えてくれました。

おじに連絡を取ってみると、何と彼女はチェンマイにいるというのです。それも私の住むアパートから程近い学校に通っていると。 肝心のNamuuの寄宿先はおじの奥さんの妹宅と、まるで血縁関係にないところです。

早速学校に行ってみると、彼女はちゃんと私を覚えていました。3年ぶりですから随分と背が高くなった印象はあっても、その雰囲気は以前と変わりありません。物静かで寂しげなまま。じっと私を見つめる目には徐々に涙があふれ、『泣き虫Namuu』と言われた昔の彼女が思い出されます。


この学校には今学年から通い始め、これで小学校5年の今までで転校を5回繰り返しています。母親が刑務所から出てからでも4回も学校が変わっているのです。 先生が同行して彼女が現在住む家に行ってみました。 その妹さんがご主人と2歳の娘と住む家は意外(?)にも中流家庭と言う感じで、Namuuにも一部屋与えられていました。先生が「幸運だ、幸運だ」と繰り返すのは、他の生徒たちの家庭訪問をし、一部屋に大家族が暮らす生徒と比べてのことでしょう。 

それにしてもNamuuの寂しげな様子が気になります。先生が言うには毎朝6時過ぎには登校して学校の食堂でポツネンと座っているそうです。登下校は自転車ですが、暗いうちから外にでるのは危険なので早くても7時過ぎに登校しなさいと注意されています。妹さんもこの件は何度も注意しているのに言うことを聞かないのだと。

それを聞くと、たとえ快適な住環境でも血のつながらない遠い親戚宅で一人で暮らす少女の気持が慮れます。 そして私がいまできることは、出来るだけたくさん母親に会いに連れて行ってあげることと、一人ではないと分かってもらうことでしょう。
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by karihaha | 2013-08-09 19:00 | ブログ | Comments(0)