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通学できるよ

チェンマイではこの数年とみに交通渋滞が目立ってきました。インラック政権の人気取り(?)政策のおかげで、新車を手に入れやすくなり、ローンを組んでこぞってマイカーを手に入れる人が増えたためです。

まあ、確かにバンコックとは違って、公共交通機関が全くと言っていいほど未発展の現状では、やむにやまれずという面があるのも理解できます。

車と並んでポプユラーな交通手段はオートバーイです。ベトナム・ホーチミン市ほどではないにしても、バンコックとは比べ物にならないほど利用されています。
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さて、Ahtitの通学方法に頭を悩ました結果、いま持っている故障中のオートバイを修理してみようということになりました。ちなみに彼は15歳ですが、こちらではもっと小さい頃から乗り回しているのが普通です。もちろん違法ですが、必要に迫られてというところなのでしょう。

ある朝、Ahtitの姉から電話があり、オートバイの修理が済んだということでした。修理工場はいつも行くチェンダオですが、修理代は私も出向いて払うからということにしました。

当日午後の約束に、午前9時に電話がありました。「今どこ?」と聞きます。まだ自宅だと言うと「分かった」と言いながら電話が切れました。 まさかと思いながらすぐに出かけて約束の場所に着くと、案の定、朝9時前から待っていたというのです。もう3時間以上たっています。いつも感じることですが、タイ人と待ち合わせするのは本当に疲れます。 普通は30分ぐらい遅れてくるのは当たり前ですが、いくらなんでも3時間前から待たれるのもナー。


修理費は予定より少し高くなりました。遠慮した彼がなけなしのお金を出してきたのですが、前回のとうもろこし栽培で全く収入がなかった状況を知っている身では、「いいよ」としか言えません。

何はともあれこれでAhtitの復学への障害がすべてなくなりました。 学習障がいのハンデはありますが、少なくとも義務教育の中学3年生は修了させてあげたいと思っています。
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by karihaha | 2014-02-23 19:52 | ブログ | Comments(0)

遠足

チェンマイでもいちごの栽培が盛んに行われています。でも毎年冬になると出回るそれは、真赤な色はさておいて、味となると日本のいちごに慣れている身には、その似ても似つかぬ酸っぱさ、硬さに辟易することになります。 現にこれを書いている今も、思い出すだけでツバが湧いてくるほどです。
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そんなストロベリー(こちらでもストロベリーと呼ばれています。発音は少し違いますが)でも子供たちにとっては特別なもので、チェンマイから75kmほどの郡で毎年開催されるストロベリーフェアに連れていくことにしました。

子供のメンバーはNamuu、双子ちゃんと双子の姉です。 Namuuに関しては12月の誕生日以来、一緒に外出したことがなく、1月に迎えに行ったときもおばの子供(2歳)の子守がいないと断られています。 それではとおばには1月から今回の遠足の計画を伝え、了承をもらいました。そして念のためと、数日前にも確認の電話を入れ、「問題ないよ」という返事に安心していました。

あらかたのスケジュールを組み、車の手配もすませた遠足前日の夕刻、おばの携帯から電話がありました。嫌な予感がしながらとると、Namuuで明日は行けなくなったというのです。 理由を聞くと、レストランのお客が多くなるだろうから子守をしなければいけないと言うのです。

確かにその週末はチェンマイ市内でも『フラワーフェスティバル』が行われており、繁華街にあるおばの経営するレストランでも人手が足りなくなるというのは分からないでもありませんが、もう2ヶ月越しの計画、それもたった半日の都合がなぜつかないのか。 断るなら断るでなぜ12歳の子供にその役目を押し付けるのか。

おばへの憤りは勿論のこと、Namuuの今の立場の哀れさと、それに対して自分が何もできないじれったさ。服役中の母親が2度も過ちを犯し、ひいては保護者責任を全うできない事態に陥ってしまったという、さまざまな『大人の都合』にふりまわされているNamuuのことを思うとやりきれなさがフツフツと湧いてくるのです。
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結局当日は双子とその姉を連れての、予定通りの遠足を決行しました。 良いお天気に恵まれ、同じくなかなか出かける機会のない子供たちが楽しんでくれたようだったのがせめてもの慰めでした。
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by karihaha | 2014-02-20 00:15 | ブログ | Comments(0)

出所

前回の村への訪問は、まず最初にBuu宅へのミルクデリバリーからスタートしました。そこで驚かされたのは出迎えたBuuの父親の姿があったことです。

薬物所持の罪で服役中というのは以前このブログに書きました。罪事態は軽微なものだったそうですが、保釈金が2,000バーツ必要とのことで、家族の意向を汲んで様子をみることにしたのでした。


「いつ出てきたの?」と聞くと、2・3日前とのことですが、同行したヌット先生も知らなかったとか。

結局は罰金を払うこともなく出所したらしいのですが、照れくささからなのか、いつになく雄弁な彼にはクギをさし、二度とこのようなことがないようにと言ったのは勿論です。、「もう懲りたから」と繰り返すばかりの彼を信じるしかありません。 まあ、四千人とも言われる服役者にもまれ、なおかつ異常気象のこの冬の寒さを刑務所で過ごしたのは相当こたえたはずです。

何はともあれ私にとっては一安心です。 というのは父親の日雇い仕事の雇用主からの書類がなければBuuの健康保険も継続できないからです。それが今回のことでは一番気にかかっていました。


ただヌット先生や私の思惑とは別に、家族たちの彼にたいする態度がよそよそしく思えるのは当然と言えばいえるのかもしれません。

一旦薬物に手を染めると抜け出すのは至難の技とはよく聞きますが、Buuの父親には強い気持で何としてでも断ち切って欲しいと願ってやみません。
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by karihaha | 2014-02-16 18:38 | ブログ | Comments(0)

今度はリス族の

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ラフ族のお正月行事に続いて、リス族のそれにも行ってきました。 リス族のお正月は従来から旧正月に呼応して執り行われます。今回は支援先の保育園の支部とも言える、丘の上のリス族の村での行事に“参戦”しました。 


保育園では例年通り村人が総出で、ある篤志家が提供したという昼食の真っ最中でした。 村のほとんど全ての行事の中心にはこの保育園があり、その団結力には常々驚かされています。 子供たちの遠足にも父兄はおろか、村人が参加するのはある意味常識になっており、前回の動物園への招待遠足には費用の面で大人は無理と言ったところ、先生の判断で子供たちまでも中止になった苦い経験があります。

その先生はタイ人ですが、村人の心理や性癖をよく判った上での判断だったのでしょうが、私にはいま一つ納得できない経験でした。


昼食のあとはまた踊りの輪が広がっています。私は毎年のことゆえ、もう何回も経験していますが、同行した友人たちには、あの単調な音楽にのって真ん中に置いたお供えものの周りをグルグル回る踊りは珍しかったのではないでしょうか。

ここでも用意してきたお菓子を子供たちにお年玉がわりに配り終わり、ふと見ると手を出している大人もいます。 ここはことを荒立てないで渡しておくのが一番でしょう。何といってもお正月なんだから。。
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これで今年はモン族を初めとして、ラフ族、リス族のお正月を一緒に祝わせてもらいました。チェンマイ市内でも旧正月を祝う度合いは、国民の祝日ではないにしても1月1日よりは盛り上がりがあるように感じられました。


気温も日中は暑いぐらいになり、次はタイの本当のお正月、四月の『ソンクラン』を待つばかりです。
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by karihaha | 2014-02-13 18:12 | ブログ | Comments(0)

ラフ族の暮らし

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2月に入ってすぐの日曜日に再びAhtitの村へ向かいました。かねてから興味があったラフ族のお正月行事を見に行くためです。当日は餅をつき、豚を屠殺するという、特別な日のご馳走があると聞いていました。

村に着いてみると、アレアレ? 先月行ったモン族のお正月と違いお祭りらしい雰囲気がまったくありません。 Ahtit宅への食料支援以外に、祭りに集まった子供たちへと準備したお菓子もあるのに。。

前回と違いAhtitも迎えに出ておらず、「日にちを間違ったかな?」と疑心暗鬼になりながら山を登って行くと、姉が迎えてくれました。Ahtitの兄はいま世間を騒がしている選挙に投票に行き、Ahtitも同行したとか。母親も出かけていて、3人ともすぐ帰ってくるからね、というのんびりさ加減です。勢い込んで遠路来ただけに、その展開がなんだか肩透かしを食った気分です。

そうこうする内に母親が戻り、部屋にきった囲炉裏で、前夜からつけておいたもち米をふかしはじめました。姉は祭壇の紙飾りを切っています。Ahtitと兄も帰り、餅つきが始まりました。

ふかしたもち米を飼料などが入っていた袋に入れます。その袋には事前にすりゴマを塗りこめ、餅がくつつかないようにします。その袋を丘の下にある米搗き場までもって行き、足を使って何回か突き、ころあいを見てまた家に持ち帰ります。と、見事な餅ができていました。 袋にいれたゴマのおかげか、餅がすっと袋からはなれます。

それを母親がすりごまを手塩がわりにつぎつぎ丸めていきます。大きさが不ぞろいなのはお愛嬌でしょう。最後には「熱い!」と言いながら鏡餅のような巨大丸餅になっていました(笑)。食べてみると素朴な味のそれは本当に美味しくて、同行の友人などは3つも食べていました。


部屋を見回してみると生活の中心は囲炉裏で、それはレンジ、保温、暖房、電気のない夜の明り取りと大活躍です。煙が防虫効果にもなります。 壁にはビニール袋に入った調味料等が吊らされていて、そうすることで蟻よけ効果にもなるのでしょう。 その他には本当に何もない部屋です。それでも生活ができているのですね。 それに引き換え一人暮らしの我が部屋ときたら。。『断捨離』を心がけているというのが恥ずかしくなります。

いままでは『貧しい』とひとくくりしてしまっていた彼らの生活ですが、彼らなりの『生活の知恵』を学ばせてもらったように思います。


さて、豚の屠殺ですが、とても立ち会う勇気がなく早々に帰ってきました。加工した肉は美味しくいただいている勝手さは重々承知の上で。。
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by karihaha | 2014-02-09 16:36 | ブログ | Comments(0)