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冷蔵庫

現在奨学金を授与しているのは、小学一年生を筆頭に大学生三年生までの、25人を数えます。その支援内容は学生・生徒の学年や生活環境に応じてさまざまですが、その中には奨学金だけではなく、わずかとは言え、家族にも支援の手を広げている場合もあります。


その中の一人高校2年生のRの家に今月も行ってきました。 Rは93歳の祖父と少し知的障がいのある母との3人暮らしです。 
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いつも食料品を持って行くのですが、冷蔵庫がないためお米や缶詰・ラーメンそして卵といった、保存食に限られてしまいます。 でも今回は同行したヌット先生が、「この卵は冷蔵庫に入れておくんだよ」と言うのを聞いて、「エッ、冷蔵庫買ったの?」と聞くと、最近村で亡くなった人がいて、その冷蔵庫をお寺に寄付したのを、お寺が廻してくれたらしのです。

早速部屋に上がって見てみると、確かに年季の入ったのが座敷の壁側中央にドンと据えられています。 失礼ながら中を開けてみると、予想通りと言うか見事に空。かろうじて水のボトルが何本か入っていました。

実は私も何度か冷蔵庫を買ってあげようかと思ったことがあるのですが、電気代のことを考えると却って負担をかけるのでは、と躊躇していた経緯があります。というのもここタイでは、今もそうだと思うのですが、一定の電気使用量までは電気代がタダになるのです。 冷蔵庫を寄付することによって、その限度を超えさせることになってしまっては、という危惧があったのです。

もちろんその件はこちらが電気代を負担してあげたら解決することではあるのですが、いままで無くても回っていた生活を、こちらが一方的に『電気代もつけてあげるから』と言ってしまってもいいのかと、少しばかり悩んでしまっていました。

何はともあれ、冷蔵庫があるのであれば、これからは肉類や魚と言った生鮮食品も持っていけそうです。


帰り際、母親がヌット先生に小さな声で何か言っていました。後で「何だったの?」と聞くと、「バスがそろそろ無くなる時間だから、もし帰られなくなったら先生がチェンマイまで送って上げられるの?」と心配してくれていたそうです。彼らからは行く度に、庭に生っている季節の時々の果物や野菜を貰ったりしています。それが楽しみで通っているのもあります。

Rの家族と出会って2年余り。厳しい家庭環境の中に育ち、近い将来全責任を負わなければいけないであろう17歳。 彼女には出来るだけの教育を受けてもらい、このような家庭環境の若い女性に起こりがちな、彼女が犠牲になるような安易な方法で収入を得る道を選ばないよう、見守っていきたいと思っています。
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by karihaha | 2014-08-29 15:30 | ブログ | Comments(0)

Happy Birthday!

先日は日本の支援者の方の誕生日でした。それでは皆でお祝いしましょうと、ケーキを買ってチェンダオの保育園へ。

そう、こちらでは誕生日はその本人が周りの人たちにご馳走したりして、お祝いをしてもらうのです。

一つ目の丘の上にあるリス族の保育園は園児15人。そしてヌット先生のところは60人。最初に先生の合図で『Happy Birthday』 を歌いますが、タイのそれはただただハッピーバースデイを繰り返すだけですが、全員ちゃんと歌えます。

ふとケーキの表面を見てみると、『T***さんお誕生日おめでとう』とタイ語で書かれてあります。ちゃんと伝えたつもりだけど、微妙に間違っているのがご愛嬌かな。

そして待ちに待ったケーキへの入刀は先生が担当します。 園児たちの射るような目線の中、できるだけ公平に切り分けるのはなかなかの作業ですね。 先生が「切り分けたのを配って」というけど、子供たちの「あれ、これよりあっちの方が大きい」という暗黙の声が聞こえてきそうでギブアップ、すぐに先生にバトンタッチ。 それに引き換え、明らかに大きめのを手に入れた子に思わずこぼれる笑顔。 正直なものです。それでも今回は前回と違って、透けて見えそうな薄いのじゃなかったのが良かった。
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今回は初めて、職業訓練に来ているお年寄りたちにもおすそ分けです。 先生が前もって言ってあったらしく、当日は朝一番に来た80歳のお年寄りもいたそうです。 聞くところによると、今まで話には聞いていたけど、食べたことがなかったとか。 午後にしか届かないよ、と言うとガッカリして帰ったそうです。 
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こちらのケーキはバタークリームが主流で、私などはくどすぎて敬遠したくなるのですが、子供たちも、戻ってきたおばあさんを始め大人たちも美味しそうに完食していました。

よかった、よかった.
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by karihaha | 2014-08-26 20:37 | ブログ | Comments(0)

8.15

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チェンマイ郊外の、現在は中・高校になっている敷地に、第2次世界大戦中は陸軍の野戦病院がありました。 ビルマとインド国境を舞台にした『インパール作戦』は、10万人が派兵されたうち、7万人が戦病死という先の大戦で最悪の作戦の一つと数えられる作戦でした。そんな中、命からがら生きながらえた兵士たちが、たどり着いた場所の一つがバーンガート村でした。 

このような病院は北タイには数箇所あったそうですが、せっかく生きて戻ってきても、栄養失調や傷病で命を落とした兵士たちが多数おられたそうです。


8月15日には有志の皆さんの尽力で、毎年慰霊祭が行われます。 当時は兵士の遺体を埋葬する場所がなくなってしまい、300体近い遺体が投げ込まれたという、敷地内の井戸。その上に日本人の寄付で立派な慰霊の塔が建てられました。普段の清掃・維持は学生たちが担ってくれているそうです。


式がすすみ、参列者全員で『ふるさと』を歌いました。遠い異国で亡くなられた皆さまは、どれほど家族に会いたかったろう、ふるさとに帰りたかったろうと, その無念を思うと、万感の思いがこみあげます。

合掌
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by karihaha | 2014-08-17 19:42 | ブログ | Comments(0)

大事なことは

日本人の若き大金持ちのボンボンが、ここタイで巻き起こしている体外受精騒動。正直『何をしてはりまんねん!!』という感想しかありません。


報道されている契約出産した“母親‘の棲家の貧しさは私などは、行きなれ・見慣れた光景です。一様に借金があったため、と言っていますが、最低30万バーツという大金に親子共々目をくらまされたのでしょう。所謂『あぶく銭』を手に入れた彼らは、TV画面を見る限りでは、その家の惨状とも言える状況からも、それを良い方向に使ったとはとても思えません。
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写真は支援先の保育園の風景です。 バナナの葉をノート代わりに、書き取りの練習をしています。 

これは以前にも一度書きましたが、ある園児が宿題を書き写すノートを園に置き忘れた時、新しいノートを買う余裕のない祖母が苦肉の策として、バナナの葉で代用したのです。 翌日園児はそれを恥ずかしそうに提出したそうですが、宿題を忘れたくない孫とその祖母の知恵に感動したことがあります。 ここタイではいつでもどこでも手に入るバナナの葉。それをきっかけに、先生が切りそろえた葉を園での書き取り練習に利用し始めたのです。


遅々たる歩みですが、この園だけではなく、心あるタイ人やNGO関係の外国人たちが、子供たちを思って働いています。それに引き換え。。。


タイにもお金では買えない大事なものがあるということを、この代理出産騒ぎの‘父親’に声を大にして言いたい。
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by karihaha | 2014-08-14 22:50 | ブログ | Comments(0)

バンコックの9人の乳幼児

バンコックのアパートで、日本人の父親から体外受精された赤ん坊9人が見つかった件が日本でも報道されていますね。

1ヶ月から2歳までの男女9人の乳幼児を、一人一人に乳母を雇って養育していた彼は一体何をしようとしていたのでしょうか?


弁護士によると、自分の事業を継がせるためと言う事ですが、代理母に払ったと言われる一人当たり30万バーツ(100万円)以上の費用。 そして近々生まれる10人目の子供を含めてこれから少なく見積もっても20年間の年月と費用がかかります。まだ父親の氏名や年齢は公表されていませんが、本当にそういうことが出来るなら相当の資産家であるのでしょうか。



ちなみに、9人の赤ん坊が父親と称する日本人と血液関係があるのであれば、出世時に必ず病院から出される証明書に、その日本人の名前が父親として登録されているはずです。余談ながらこれは申告制なので、DNA鑑定などは勿論必要ありません。すなわち父親がその出生証明書をもとに、実子として日本の戸籍に記載すれば、日本への渡航・移住を含む日本国民としての権利を保持することになります。


ちなみに、タイで外国人が合法的に養子縁組をしようとすると、近親者間、あるいは血縁関係がなければ政府指定の代理エージェント(現在は四つのNGOが指定されています)を通じてですが、後者の場合は長くて複雑なプロセスと高額な費用がかかります。


前代未聞のこの案件、もっともっと裏がありそうな気がするのですが。。
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by karihaha | 2014-08-07 22:54 | ブログ | Comments(0)

内職

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支援先の保育園の成人学級も順調なようです。

ヌット先生とその娘さんが夕方、子供たちが帰ったあとに教えるタイ語・算数・英語(アルファベット)を習いにくる村人たち。 そして昼間はヌット先生が請け負ってきた内職を、村のおばさんたちが下請けし、日銭を稼げるようにしています。 

訪問したときはお葬式のときに使う、装飾されたお線香の内職でした。 手間賃は10本一束で四バーツ。朝から夕刻までやって、それでも一日30束ぐらいはできるそうです。一日の工賃(360円ぐらい)としては微々たるものですが、おばさんたちは全員身体に何らかの問題があり、畑仕事のような重労働は出来ないので、座ってできるこの作業がありがたいと言っています。

今はまだ人数も限られていますが、来年の雨季ぐらいには雨で日雇い仕事がない日に、希望する人たち皆が日銭を稼げるぐらいになればいいな。
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by karihaha | 2014-08-07 00:42 | ブログ | Comments(0)

タイ人と何かしようとすると。。(続き)

Ahtitの履修証明書、まだまだ続きがありました。ちょっと愚痴っぽくなりますが、お付き合いください。


彼の通っていた学校の校長が、「チェンマイに行くついでがあるから届けてあげる」と言ってくれた当日、自宅で待っていることにしました。 約束した時間は11時。でもタイに長い私はそれほどスムーズに行くとはさらさら思っていません。 


それでも一時間が過ぎたころに電話しました。 つながりません。 2時間が過ぎ、『さすがに。。』と思ったころに再度電話してみると、 「ああ、悪いね。 3時ぐらいには」と言います。

ここで声高に怒っては駄目だと言うのは長い経験で会得しました。 あとあとまで尾を引いてしまうのです。 そこはグッと我慢して「それなら、明日チェンダオに行くので、S校長先生の学校へ寄って届けておいてくれますか?」。 S先生の学校はこの校長の帰り道にあります。彼の分かりました、という言葉でその日は終わり、翌日。

S校長の学校へ行ってみると、先生は不在でした。お昼休みでもあり、しばらく待っていると、校長が戻ってきました。 S校長とは3年余り前、彼の前任地の学校を支援しだしたのがきっかけで、今も親しくさせてもらっています。

書類も受け取り、四方山話をする中で、先ほどまで外出していたのは、この書類を受け取りに行くためだったと分かりました。 Ahtitのいた学校の校長は帰り道の途中にあるこの学校ではなく、15kmほど離れた役所に書類を置いていったというのです。


Ahtitの父親、姉そしてこの校長。今回の件ではタイ人と付き合う難しさをあらためてとことん思い知らされました。これほどまでに事がスムーズに運ばないこともあるのです。


チェンマイには好きで住んでいます。普段の生活はタイ人のフレンドリーさで随分精神的に楽に暮らせていると思います。 でも何か事を起こすとなると。。

S校長と言い、ヌット先生と言い、良い人たちとも出会っていますが、その人たちはタイ社会では稀有まれなのかも、と思った経験でした。


そしてやっと手に入った証明書を昨日Ahtitに送りました。 あの感激するほど安い書留で。

「Ahtit! 苦労したんだから、あだやおろそかにするんじゃないよ!!」 
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by karihaha | 2014-08-04 17:49 | ブログ | Comments(0)