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やっと面会できた

久しぶりにチェンマイ女性刑務所に訪れたのは、ここから180kmほど離れたチェンライに住むNamuuのおじ家族と待ちあわせ、母親に面会するためでした。

学校の秋休みの一日、Namuuを母親に会わせるという約束がやっと実現したのです。Namuuにとっても母親にとっても5ヶ月ぶりの再会です。本音としてはもっともっと頻繁に会わせてあげたいのですが、現在Namuuが寄宿している先の親戚が、そのためにNamuuが学校を休むのを許さないのです。「せめて2ヶ月に一度半日ぐらい良いじゃない」というのは、100%責任を取っていない立場の第三者が口にしてはいけないことかもしれないのですが。。


今回おじにどうしても会っておきたかったのは、あと半年後に迫ったNamuuの小学校卒業、そしてその後の進路を相談するためでした。 Namuuとしてはいまの親戚の家にはこれ以上いたくないと強く思っています。子供のわがままと一概に言えない事情があるのは、この2年近くの間身近で見ていてよく分かります。 

そのため以前勤めていた財団で引き取ってもらえるよう働きかけていたのですが、頼みの綱の担当者が退職してしまい、連絡が取れなくなったいまではそれも頓挫しています。

今回おじにその話を持ち出すと、まだ何も考えていないが、いまのままでもいいのではと言う予想通りの答えが返ってきました。 これからもNamuuが日々の苦しい胸の内をまったく打ち明けていないことが分かります。 寄宿先とおじ家族が親戚同士であることからもあまりはっきりとは言えないこと分かります。


私も「Namuuがいとこたちと一緒にいたがっているから、彼女の希望を叶えてやって欲しい、奨学金等で出来るだけサポートするから」ということしか言えませんでした。


面会室に現れた母親は最初から泣いていました。 私も少し話しをしたのですが、やはり面会回数が少ないことに触れてきました。財団に引き取って貰えるよう働きかけていたことは彼女も知っているので、多分無理ということを伝え、いまはおじの家で引き取って貰えるようお願いしている、だから母親からもお願いするようにと伝えました。

「おじの家に移れればもう少し自由になれると思うので、もっと頻繁に会いに連れてこれると思うよ」と言うと、「もしそうなったら私もチェンライの刑務所に移れるように申請してみる」と言います。それを聞いたNamuuの顔がパッと明るくなりました。 

色々思考錯誤を重ねて来ましたが、いまの段階ではNamuuがチェンライでおじ夫婦やいとこたちと暮らせるのが一番だと、今日の皆と一緒のNamuuの様子からも思っているのですが。。
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by karihaha | 2014-10-31 20:57 | ブログ | Comments(0)

新学期

長い秋の学期休みも学校によっては終わり、今週から新学期の学校が増えてきています。 そこでいつも困るのは、ここタイは日本のように一斉に休みに入り、同時に新学期が始まるのではなく、各校の自主判断(?)で決められているところ。

とりあえずは今週から始まった学校2校へ早速出かけました。一つはMemeeの政府系寄宿学校、そしてもう一校は今年から奨学生に加わった、小学1年生Khwanの学校です。 Memeeの場合は早朝迎えに行って、学校へ送り届けるという至極単純な作業です。普通は保護者がこれをするのが義務ですが、母親を含めて他にやってくれる人がいないので、私にお鉢が回ってきています。

Memeeにとっては、他のクラスメートと同じような行動が取れるということがすごく大事なことです。というのは以前、まだ私が関わっていなかったときは、迎えにきたり送ってくる人がおらず、一人学校に残され相当傷ついたようです。それは日常の行動にも悪影響を与えたのか、学校中で名の馳せた『問題児』だったとか。でも最近は先生方が口を揃えて、「よくなった」と言ってくれるのは、Memeeが成長したのと同時に、少しは貢献しているのかと、うれしくなります。

そして午後はKhwanの学校へ。彼は知人から依頼され支援をスタートしたのですが、最近その知人と連絡がとれなくなってしまいました。Khwanの保護者に私の連絡先教えていなかったのが悔やまれます。というのは学期休み中から今月末までに払いこまなければいけない授業料があり、一度訪ねたことのある自宅にうろ覚えのまま行ってみたのですが、結局見つからず、これは新学期を待つしかないということになったのです。

学校に行き事情を説明すると、Khwanが担任の先生と一緒に現れました。手には払い込み用に学校から配られた用紙を持っています。先生は「今日生徒たちは銀行の振込み証明書を持ってくるはずだったのに、彼は何もしていなかった」と言います。私の知る限りの家庭環境、つまり祖父母が古物を集めたり、夜警で働きながら3人の学齢期の孫を養っている上、彼らの父親がエイズで働けないという状況では2千バーツを超える(7千円)Khwanの授業料は捻出できないでしょう。

すぐに銀行に行って払いこんでくるから心配しないで一生懸命勉強するように」と言うと、コックリと頷いたKhwan.  彼はこのことで今日はMemeeと同じように恥ずかしい思いをしたかもしれないと思うと、「守ってやらねば」という思いを強くします。
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by karihaha | 2014-10-28 17:46 | ブログ | Comments(0)

そろそろ奨学金

2学期制のタイですが、10月は学期のはざまで、夏休みに継ぐ長い秋休み中です。そのため登下校の父兄の送り迎えの車や、スクールバスの姿もなく、家のすぐそばの大通りもスムースに車が流れています。

その休みもそろそろ後半に入り、来週にはまずMemeeの寄宿学校が2学期に入るので帰省先に迎えにいくのを皮切りに、25人の奨学生の2学期目の奨学金の手配がいよいよ本格的になります。

それに先立って、特に家庭的に余裕のない子供たちのうち何人かには前もって奨学金の手配を済ませました。 その内の一人はチェンマイ有数の進学校に通っている中学2年生のDew。 つい数ヶ月前に父親が急逝し、母親との二人暮らしです。

久しぶりに訪ねた家では偶然その日に勤め先から休みをとっていた母親とも会えました。 Dewは相変わらず優秀な成績で、600人の学年中トップ10以内の成績を続けているそうです。 母親はホテルの清掃婦の仕事につき、最近になって正社員に昇格したとか。これで日給ではなく、月給になったので、まず家をなんとかしたいと言っています。今の住まいは安い賃貸ですが、雨漏りがひどく、ねずみが走り回る上に、夜は近隣のカラオケ屋からの騒音で安眠できないそうです。

それともう一つのDewの望みはパソコンを手に入れること。 中学生ともなると宿題や調べものはパソコンなしにはできないとかで、いまは毎日夕食後すぐに親子で近所のインターネット屋に出向くのが日課とか。まさしく親子が肩を寄せ合って暮らしているのです。母親の唯一とも言える生きがいはDewの成長で、彼はその期待に充分に応えていると思います。

でもその期待が重圧に変わることがないか、とフト思ったりもします。何と言ってもまだ13歳、父親を亡くしますます責任感に押しつぶされたりしないだろうか、と心配になったりもします。

自分の置かれた環境をちゃんと理解し努力している彼ですから、早い目に次学期の奨学金を渡すことがささやかな息抜きと安心感につながるのでは、と思っているのですが。
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by karihaha | 2014-10-22 01:41 | ブログ | Comments(0)

タイ保険事情

早いもので10月に入ってもう一週間が過ぎようとしています。 

支援している子供たちや支援先も相変わらずの状況ですが、今週に入って日常からかけ離れた出来事と言えば言えることが起きました、小学5年生になった双子のPloyとPraeの内Ployが盲腸の手術をしたと言うのです。


普段世話をしている祖母からの久しぶりの電話に出てみると、Ployが入院したとの連絡でした。病名を聞いてはみたものの、恥ずかしながら10年以上使っているタイ語でもその正確なところは聞き取れず、でもその間のあまたある恥を含めた経験と祖母の声音から『多分盲腸??』と類推し、「分かった。午後にでも行くよ」。


行ってみるとやっぱり盲腸でした。前日の朝に痛みを訴え、夕方に手術。それから一日たったPloyは、ちょっと大人しめではあっても、いつもの彼女でした。

何より気になったのはその手術・入院費ですが、彼女はタイ人なので、祖母もあの30バーツ保険制度でカバーできるよと言いホッと一安心。 この制度のおかげで登録病院で治療をする限りは30バーツ(100円)ですみます。驚くべきことに日本であれば加入時点からスタートする保険料徴収もありません。

いまも色々物議をかもしているかつてのタクシン政権時代ですが、元首相がイニシャチブ(人気取りとも言われている)この国民皆保険制度だけは今後も存続してほしいものです。

ちなみに私は外国人ゆえに国民保険には入れませんが、前職からの社会保険をいまも継続しています。こちらは月ぎめの保険料負担がありますが、個人負担と言っても月1,500円相当ぐらいのもので、これで治療を受けた時点での負担はゼロです。 

普段はその金額の手ごろさと安心感欲しさに払っていた保険料ですが、図らずもつい先だってこの制度を利用することがありました。不注意から腕の骨にヒビを入れてしまったとき、治療・薬そしてその後のリハビリの一切が個人負担ゼロですんでしまいました。 外国人の私にまで。。 


Ploy手術後3日目の今日祖母に様子を聞くために電話をしてみました。予想通り昨日退院したそうです。つまり入院は手術を含めて3日間、実質48時間の入院生活です。軽くすんで良かったと思う反面、この制度の『背に腹はかえられなさ』加減もかいま見えて、自分が重い病気になったら私立の病院か、日本にしなきゃなー、と再確認した次第です。



            お見舞いの漫画。ここタイでも日本の漫画は大人気なんですね。

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by karihaha | 2014-10-08 23:00 | ブログ | Comments(0)

栄養不良

Buuが入院していた病院は、彼らの自宅に近いチェンダオ病院ではなく、チェンマイ市内から程近く、以前私がボランティアをしていた病院です。

勝手知ったる病棟に入ってみると、いつもながらの独特の臭いに襲われます。子供の糞尿、嘔吐物、付き添いの保護者が衛生状態を維持できない環境による体臭。それらがない混ぜになっているのでしょう。


キョロキョロしながら開放病棟を進むと、母親が満面の笑みで「ここだよー」と手を振っています。心配したBuuの病状は肺炎ということで、明日にも退院できるよと言われました。Buu自身も呼びかけに耳をすませたあと笑顔で応えてくれます。「良かった」。ホッと一安心です。

それでも顔見知りの看護師は、「栄養状態が悪いので、退院前に補助食の説明をするけど、家にミキサーはある?」と聞きます。 補助食の内容は穀類、レバー、大豆等をミキサーにかけて流動食にし、鼻から胃へ直接流す方法をとらなければならないとか。

問題はあの田舎でそれだけの新鮮でバラエティに富んだ食材を揃えられるとは考えられないことです。よくいってバナナとおかゆぐらいでしょう。そして攪拌に必要なミキサーなど、いくらやっと通った電気があるとは言え、買い与えたが最後2・3日で父親の覚せい剤に姿を変える可能性が大です。相談の結果、病院で使っている乳幼児の離乳食を格安でわけてもらえることになりました。
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分量や方法を説明する看護師に熱心に聞き入る母親。これなら彼女にとっても複雑ではないし、ちゃんとBuuの胃の中におさまりそうです。
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by karihaha | 2014-10-02 22:53 | ブログ | Comments(0)