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ボランティア?

11月に入ってからは恒例の奨学生への後期奨学金授与がてら、前期の成績を聞く作業がありましたが、やっとMemeeを含む8人の政府系寄宿学校学校を残すのみとなりました。この子たちはその寄宿学校に訪問し、一括で面接できるのでこの一連の作業も一段落ついたということになります、


嬉しいことに生徒たちは本当に素晴らしい成績を残した子供たちばかり。クラスで1番というのは普通(?)、学年順位でも2番の子を最高に1人の学習障がい児を除いて学年で1割以内の順位を維持しています。


私の奨学金の授与方法・金額は本人の境遇・年齢に応じて色々です。 授業料のみの子は学校から即領収書が出るので簡単ですが、特に高学年の子たちには一括で授業料を含む額を渡し、本人が管理した会計報告書を次の奨学金授与時に提出させています。報告書にはもちろん該当の領収書を添付する必要があるため、学生にとってはちょっとした手間かもしれません。

一応領収書は300バーツ以上の物件に、と言ってあるのですが、今回の面接で渡された全員の報告書にはもっと小額のものも律儀に添付してありました。以前はそんなことも出来ない生徒がいたのも事実で、やっと時間をかけて指導した甲斐がある、と成績とともに嬉しいことでした。



話は変わりますが、私のこのサイトは『ボランティアINチェンマイ』ですが、最近になってボランティアとは? と考えさせられることがあります。

ある日本語コミュニティー紙に、軍政権による外国人不法就労者に対する刑罰が厳しくなりなったこと。それに伴い無給のボランティア活動でも規制を強化するという内容の記事が載りました。

確かに無給のボランティア活動ではあっても労働許可証が必要というのは知っていますが、どこまでが規制の対象なのか? 私の場合はどちらかと言うとスポンサーシップ(タイ語で言うタンブン)に近い活動なのですが、それも範疇に入るのか?

スポンサーシップもだめとなれば私はかりではなく、いま短期・長期滞在中の一部のおじさま方にも大いに影響があるのでは(その意味はお察しください)。


そうかと言って支援途中の子供たちを放っておくことも出来ないので、防衛措置としてまずはこのブログを閉鎖しようかなー。



日曜日の昼下がり、車の少ない路上をいかにも重そうな荷物を押している老婆(?)に出会いました。リヤカーの中はダンボールや空き瓶です。 一旦は通り過ぎたのですが引き返し、「これで今日はもう帰って休んだらは?」と現金を渡さずにはいられませんでした。 「写真撮ってもいい?」と聞くと、「いいよ」とニコッと笑ってくれた彼女。 あのあと家に帰ったのかな。 

この『タンブン』も規制の対象? まさかね。
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by karihaha | 2015-11-24 18:10 | ブログ | Comments(0)

Tさんへ

あっという間に2015年も終わりを告げようとする時期になってしまいました。 Tさんはきょうは沖縄にいらっしゃるのでしょうか?

私はと言えば、相変わらずの日々です。変わったことと言えば先日バンコックでの所用があった帰りに、フト思いついて14年前の9月11日という忘れられないあの日から8ヶ月間ボランティアをしたエイズホスピスに行ってみたことでしょうか。 実に13年半ぶりの再訪です。短い時間でしたが、その年月を振り返る実り多い時間を持てました。

いまは抗HIV薬が無料で配布されるタイで、いまも存在するあのような施設。155人もの人々がHIV感染者ということを前提に、生活苦からの救済を求めて救いをもとめる者、それを「売り」に寄付を募る者。そんなことは百も承知の上(多分)で弱者に寄り添おうとするボランティアたち。

13年前に経験したことが基本的には何も変わっていませんでした。


ただ私はと言えば、たった一人いたスイス人ボランティアがされていることを見て、当時は自分も平気とはいえないまでもこなしていた日常業務を「引いた」気持で見つめていたのも事実です。

チェンマイへの帰りの夜行バスの中で、「もう一度あんなことが出来る?」と自問自答し、その問いはいまも続いています。しかしあの日から2週間。「出来る」という思いが確信になりつつあります。


あのとき出会った病める人々が命の最期の輝き、ともしびを光らせるように見せてくれた明るさ、達観とも評することができる言動。『死』を恐れぬ兵士でもなんでもなく、普通に暮らしていた市井の一市民が業病に襲われた。そして彼らの最期のときにそれぞれの生き様を見せてくれた。


1人の人間として宝のようなすごい経験をさせていただいたと改めて思わせられた再訪でした。
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by karihaha | 2015-11-16 23:36 | ブログ | Comments(0)

センチメンタルジャーニー

先週末にバンコックでの所用があった帰り、フト思いついて14年前にボランティアをしていたエイズホスピス『プラ・バートナンプー寺』へ行ってみることにしました。

当時からいままで脳裏を離れない『強烈』な経験をしたそのお寺。まだ抗エイズ薬が一般的ではなかった日々では、毎日毎日患者さんたちが命を落とし、その過酷な現実の証人として8ヶ月間ボランティアを務めました。

14年前とは言え、お寺のあるロップブリへの道は意外とはっきり覚えていました。バンコックからミニバンで3時間、そこから市内のソンテウに乗り換え寺への側道に続く箇所で客まちするオートバイに乗り換えます。
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大通りから5kmほど行くと懐かしい寺が見えて来ました。8ヶ月間毎日通った場所です。日曜日だったこともあり、見学者がひきもきらないのも以前のままです。患者とおぼしき女性がガイドのようなことをしています。

私にとっては勝手知った場所ですから、ドンドン進んでみます。新しい建物がどんどん建てられているのに気づきます。当時もすでに充分すぎるほどの設備だったのに、その後も寄付にことかくことはないのでしょう。
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敷地が尽きるあたりで忘れられない建物が目に入りました。 ボランティア初日に入り、その光景に度肝を抜かれたホスピス棟です。 広いホールに左右に振り分けられたベッドがズーツと続き、薄暗い室内で横たわる人々の気配は消され、ただその独特の匂いがそこは『死』が支配する空間だと思わせました。

その棟もいまは倉庫に変わり、その奥の新病棟も使われていないとのこと。ではもう患者さんはいないのか? 抗HIV薬が出回っている現代にはこのような施設はその目的を発展的解消をしたのかもと思っていると、まだその奥、敷地の一番突き当たりに新しい建物が建っているのに気づきました。 患者(?)と思しき人々が外のベンチでくつろいでいます。
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近づいてみるとその建物が病棟で、広いホール式の空間をナースステーションを挟んで男女に分かれた病棟があります。 

「患者さんはいま何人いるの?」

「155人」

タイでは抗HIV薬が無料で頒布されているのです。それにも関わらず155人も! 14年前は確か200人程度の患者さん数と殆ど変わらない人々が!!


このお寺では抗HIV薬を処方しています。そしてその他の生活用品は食事を含め無償で提供されます。しかしその代償とも言える、以前感じた『動物園』の動物を見るような見学者の視線にさらされるのです。


そんな私に話しかけてくれた患者さんは、「中に入って見てきたらわ?」と屈託なさげに言います。以前もそうでした。 私の複雑な思いなど、厳しい現実の前ではただのセンチメンタリズムなのでしょうか?

「実は14年前にボランティアをしていたんです」と言うと、「その頃働いていた看護師がまだいるよ」と連れて行ってくれました。確かに顔なじみの看護師です。「もう16年も働いているわ」。という彼女とあの頃の話をタイ語でしているのに一種の感慨を感じる私。
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当時はタイ語が出来ず、瀕死の患者にも英語で対応をしていた私。患者さんにとっては苦しいときにさぞ迷惑な介護士だったでしょう。


私のセンチメンタルジャーニーの締めくくりは当時暮らしていたゲストハウスのあるダウンタウンあたり。タイ国鉄のロップブリ駅周辺に広がる街ではあのときのように夕方から店開きをする屋台が並んでいました。
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毎日ホスピスから帰るとまずゲストハウスの部屋でシャワーを浴びて、その後は当時のボランティア仲間と夕食を求めてこのあたりをうろついたなー。


その後はそれぞれに人生の道を歩んでいる彼・彼女たちだけど、共有した経験は強く印象に残り、その後の道を決定づけた人もいます。

彼らに久しぶりに連絡し、今回の写真を見てもらうことにします。
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by karihaha | 2015-11-11 17:35 | ブログ | Comments(0)