HIV,

先週から始まった2016年度新学期も1週間が過ぎました。 しかし先週金曜日は仏教関係の国民の祝日で、生徒・学生たちにとっては良い息抜き(?)になったでしょう。


さて、新学期が始まって早速ココ に書いたように、奨学生の1人Khwanの兄弟を新規奨学生にするために自宅を訪問しました。前回Khwanの奨学金関係で訪問した時に知った、この家庭の経済的困窮の一助になればと思ったからです。

Khwanの兄、Kaetがそう言った経緯で今年度から私の奨学生グループの一員となりました。その手続き以外にもう少し詳しい家庭状況を、と色々質問すると、祖父母以外の同居人はKhwan, Kaet,以外にあと3人の孫。そして孫の1人の父親とKaetとKhwanの父親の計9人ですが、兄弟の父親は現在2年の刑で服役中で、現在は8人がスラム街の一室に同居しています。
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そして働き手はと言うと、祖父母と兄弟のいとこの父親のみで、服役中の兄弟の父親はHIV感染症状が重篤で働けず、16歳と20歳の男の孫も無職とか。その上、兄弟のいとこ(11歳)と20歳の孫には知的障がいがあり、その上20歳の孫はHIV感染者です。 

他人の目からは、祖父母にとっては「これでもか」という試練のように思えます。


前回会ったときに薬物中毒では?と勘ぐった青年はHIV感染者だったのです。やせ細った身体から、20歳という年齢よりは随分若く見えます。 

以前にエイズホスピスでボランティアをしていた経験から、『母子感染』かと祖母に聞いてみました。20歳という年齢の彼の出世時はまだまだ抗HIV薬など流通しておらず、いまのように妊娠が判明次第血液検査をするようなシステムもなく、私がボランティアをしていた寺では毎日のように患者が亡くなっていきました。

しかし祖母からは驚くべき話が飛び出したのです。彼の父母は感染者ではなく、恐らく注射針から感染したのだろうと。ゴミの中に混じっていた注射針を誤って刺してしまったのだと。もう1人のいとこも同じように針を刺してしまったが、酷く腫れただけで、大事には至らなかった。

それが事実であれば何という不運を背負ってしまったのでしょう。思わず痩せた彼の背中をなでさすってしまいました。いまは毎月50バーツ自己負担のジェネリック抗HIV薬(GPO-VIR)を朝・夕2回服用しているそうです。
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つまりこの貧しく不運な家族にとっては孫の利発な兄弟2人が頼みの綱になります。スラム街とだからと言うわけではないのですが、決して良好とは言えない生活環境ですが、何とか素直に育って、将来は祖父母を含み家族の支えになって欲しいと思います。そのためのには今後もこの家族を見守っていかねばと思っています。
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# by karihaha | 2016-05-24 01:35 | ブログ | Comments(0)

新年度、新奨学生

明日からは大学を除く小・中・高校の2016年度新学期が始まります。

今年度の奨学生20数名の内、従来から引き続き支援している生徒たちからは中学1年4人、高校1年1人そして大学1年1人が目出度く進級します。

とは言っても中には小・中一貫校や、中・高一貫校で学んでいた生徒が同じ学校に進級するケースもあり、どきどきしながら入学試験の結果を待ったのは中学1年生の双子、そして大学1年になった、両親がミャンマーの少数民族タイヤイ族出身でまだ国籍がない女学生だけです。

特に気にかかるのは大学1年になるTです。大学はASEAN統合の影響で、8月15日前後からが新学期なのですが、前述したように彼女にはタイ国籍はありませんが、大学を目出度く卒業したら国籍取得へのチャレンジという大きな可能性が待っています。つまり高学歴になればなるほど国籍取得の可能性が広がるのです。本当に頑張って欲しい、と心からエールを送っています。
                  ↓ T旅行土産。気持ちがうれしい
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さて、今年度新たに受け入れた奨学生の中には「予定外だよー」という生徒たちもいます。まさしく話の経緯から「やむにやまれず」というケースです。

と言いますのは、何回か登場しているチェンダオのS生徒寮。いままでの主な支援は井戸の水くみ揚げポンプや寮生のための米そして寮の電気代そして1人の寮生への奨学金ですが、これだけでも継続するとなるとちょっとした金額になります。、

それが何故あと2人の女性徒への奨学金も、ということになったかと言うと、とにもかくにもS生徒寮のナイナイづくしが原因です。 旧年度中は8人の生徒だったのが、私が奨学金支援を決定した1人が実家に帰り、Sさんも少しは楽になるかと思っていたのに、また5人の生徒を受け入れたというのです。

そこでSさんの寮生選択基準を知りたく、先週始め、チェンマイから北へ90kmほどの郡へ5人中の1人の女性徒を迎えにいくのに同行させてもらいました。
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行ってみると家の様子や家族状況からも受け入れるのにやぶさかではなかったかもという印象を持ちました。その彼女は今年中学3年生ですが、8人兄弟の母は現在の夫が3番目で、その間に8人の子供を生み、上の男子たちは行方不明、姉は既婚そして継父からは疎まれるという状況です。

「そうか、それは仕方が無いな」と同行したYさんと納得した次第。

彼女を連れて寮に戻ると、3人の新寮生の男の子たちが父兄に連れられて來寮し、Sさんを待っていました。

「うん?」

寮の敷地には乗ってきた新品のピックアップトラックが止まっています。男の子や父兄の身なりも普通で特に困っているようには見えませんが?? でも残念ながら彼らの詳しい状況はまだ分からないので、何とも言えないのですが。。

そして5人目は今年中学1年に進級する女性徒です。彼女は政府系寄宿学校で学んでいるのですが、夏休み中はずっとS生徒寮にいたそうです。両親は服役中、唯一の身寄りの祖父は責任を取ろうとしない、学校ではいじめにあっていたということで、戻りたくないと言っているとか。

Sさんは他の生徒たちの費用は算段できたけど、この2人の女性徒の分で困っていると訴えてきます。

新しい学校への登録はもうあと1週間後に迫っています。内心では「気持ちは分かるけど、そんな経済状況で何んでひきうける?」というモヤモヤがあるので、急遽設定した2人の女性徒との面接でもきっと態度に出ていただろうなー。

生徒たちにしてみたらやっと安住の地が見つかったと思ったら、へんなおばちゃんが偉そうに(?)色々聞いてくるのでとまどったことでしょう。


面接後少し愚痴を言う私に、同行していたYさんは「そうは言ってもずるずると行ってしまうのでは?」とおっしゃるのですが、Sさんの人柄の良さは認めるし、「心意気や良し」という気持ちはあるけど、経済的な面では引き取った方がSさんだけではなく、生徒たちもしんどい思いをするのではと思うのですが。。


長引く旱魃でまたまた井戸が枯れてしまっています。 生徒と家族を入れて15人分の水を川から運んでくるのは大変だろうなー。
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# by karihaha | 2016-05-15 18:25 | ブログ | Comments(0)

家庭訪問

こちらの小・中・高校の大半が長い夏休みもあと1週間で終わり、いよいよ2016年度の新学期が始まろうとしています。いつもこの時期になると、特に新学期が始まると、奨学金関連で少しバタバタします。

Khwanは私の奨学金授与生の中では最年少で、今年は小学3年生です。過去2年間は授業料のみの支援でしたが、通う学校が公立小学校にしては金額的には高く、一応の基準としている小学生には年間5,000バーツをはるかに超えてしまいます。これは去年から新校長になってからの突然の値上げで、ことほど左様に『義務教育の無償化』などと言う政府のお題目は全くの幻という典型的な例になります。


ただ地方自治体に属する学校はその3分の1とか、郊外・山間部の学校の中には本当に無償というところもあり、一概には言えないというところです。


さて、Khwanの授業料に戻って、数日前に祖父から電話がありました。新学期が始まるのが5月16日からで、その前に払い込まねばならないと言って来たのです。3月末には保護者会があり、金額的なこと等はそのときに分かっている筈なのに、タイ人のそんな悠長さには慣れてはいても随分のんびりした話です。

「分かっているからその払込書を私の自宅まで持ってきて」と言うと、「忙しい」。私もカチンと来て、「16日に行けるかどうか検討してみる」と言って電話を切りました。

実は今までは新学期が始まると払込書を受け取りに学校まで行き、学校付近の銀行で振り込みを済ませたあと、再び銀行の領収書を持って学校に引き返すということをしていたのです。学校からは領収書は新学期の1日目に担任の先生に渡すように決められているのです。


父兄が私のところまで払込書を持ってくれば新学期が始まるまでに振込み、余裕を持って自宅なりに届けられるのにと、常々思っていたのですが、「さすがに少し意地悪だったかな、Khwanがやきもきしているだろうな、16日には行かなきゃな」と思っていた矢先、翌日になって再び電話が。今度は祖母で再度のプッシュでした。お尻に火がつき始めたころに慌てているようです。

「やれやれ」
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それなら普段は学校で子供にしか会っていないけど、久しぶりに家庭訪問をしてみるか、と暑い日中を避けて出かけることにしました。

Khwanの家はチェンマイ市の南に広がるスラム街の一角にあります。付近はかなり“香ばしい”匂いの小さなドブ川が流れ、山岳少数民族やタイ人が思い思いの掘っ立て小屋のような家を建てて暮らしています。

Khwan宅には現在祖父母と親戚や孫の9人住まいです。一家の大黒柱は60過ぎの祖父で、彼が生計を立てる下に5人の孫が同居し、そのうちの3人はKhwanを含めてまだ小学生です。

祖父に「仕事はうまく行っているの?」と聞くと、以前までやっていた警備の仕事は辞めてしまい、いまは廃品回収だけしているとのこと。「忙しい」と言っていたのは???

しかし廃品回収だけであれほどの大家族をどうして支えていけるのでしょう? 前回の訪問時に居たKhwanと1歳上の兄のHIV感染者の父親の姿を見かけないので聞くと、刑務所で服役中とか。 そしてこれも前回会った孫の1人、中学を中退した男の子は前回とは様子が打って変わり、一目見ただけで『薬物中毒』を疑わざるを得ません。


そんな状態で祖父母たちはどこまで持ちこたえられるのか? いずれは子供たちに新しい落ち着き先を見つけてあげないと、かもなー。


そんな状況の中の救いはKhwanと自治体の学校に通う兄が利発なこと。兄は以前から口達者でしたが、今回もKhwanの成績が少し落ちてしまったことを注意していると、「僕は2教科を除いて全部満点を取ったよ。でもKhwanの学校と違って先生はまともに教えてくれないし、簡単なんだけどね」と話してくれました。かなり現実が分かっています。2人(+いとこの1人)ともなにとぞこのまま素直に育ってくれますように。

「よーし、おばちゃん、とりあえずはあと2人分の奨学金も面倒見てしまおう!」
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# by karihaha | 2016-05-08 22:19 | 30バーツ健康保険制度 | Comments(0)

雨!!!

出かけようと思った矢先、また雨が降ってきました。

この2・3日、午後の短いあいだだけど雨がふります。あの酷暑・煙害・旱魃に3ヶ月間耐え抜いた私たちにとっては待ちに待った時です。

まさしく『恵みの雨』。一降りであの三重苦を一気に解消するのですから。会う人ごとに「雨が降ったねー」と言い合う私たち。それほどの待望の雨です。

チェンダオのS生徒寮では一時期井戸が干上がったそうです。窮余の策として、近くの小川に水を汲みに行っていたそうです。折角寄付した水汲み上げポンプがフル稼働するのはもう間もなくでしょう。


そんなある日、以前勤めていた財団に今もいる2人のモン族出身の姉弟の祖母から久しぶりに電話がありました。姉は今年の新学期から小学校6年生ですが、それから1年後つまり中学1年からは引き受けられないと言われたそうです。姉が去るとなると弟は1人では絶対にいたくない言っているとか。

どのような理由で? とは思ってはみたものの、いままでも理由にもならない理由で財団を出された子供たちのリロケーションの面倒をみたので、「ああ、またか」という感慨しかありません。祖母としては子供たちの両親が服役中という現状に変化はなく、経済的に面倒をみれないのでどこか新しい落ち着き先を探して欲しいと言うのです。 

まだ1年あるので、「心当たりをあたってみますね」と電話を切りました。
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そして昨夜、再び親戚から電話があり、それは服役中の父親が獄中死したので、女性刑務所に服役中の母親に最後に会わせてあげるわけにいかないかという相談でした。つまり母親の一時帰宅はできないかと言うのです。

「もう刑務所係官とは連絡とっていないので、助けて上げられない」と答えた私。例え連絡が取れても無理な話だというのは百も承知でそういうしかありませんでした。

姉弟の両親は薬物所持及び売買の罪で25年の刑を受けました。私たちが姉弟を財団に引き取ったのは8年前ですから、夫婦は少なくとも8年以上お互いに顔を合わせていないことになります。その間彼らの母親は実家の母を亡くし、今度は夫です。彼女自身もHIV/AIDSに感染しています。
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8年前、子供たちを財団に引き取るか否かの判断する一貫として母親を刑務所に訪ねていったことがあります。罪については彼女は無実だと言い張っていました。主人と車で買い物に行こうとしていたら急に止められて検挙されたと。普段から無実を主張する服役者には慣れてはいましたが、この母親のことは「本当かも?」と思わせるに充分な印象でした。


37歳だったという父親。身から出たさびとは言えさぞかし無念だったでしょう。

ただただご冥福をお祈りします。
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# by karihaha | 2016-05-04 19:09 | ブログ | Comments(0)

酷暑の中のチェンダオ詣で

相変わらずの猛暑に苦しんでいます。

連日40℃を超える記録を見慣れてしまうと、30度後半の気温では『少し過ごし易い』と感じてしまう日々です。そしてこのまま雨が降らない、煙害が続くと農作物はどうなってしまうのでしょうか?もうすでにラムヤイ(竜眼)等の果実が立ち枯れてしまい、友人の果樹園でも同様の被害に遭っているそうです。

そんな最悪の気象条件の中、チェンダオに行ってきました。 学校は休みに入っていますが、家族への支援等で、定期的に訪問する必要があるのです。
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まずいつもの通り、タイのコストコとも言えるMakroに寄ります。そこで買ったものを車のトランクを一杯にして、次は途中のメーテン郡で毎週木曜日に開かれる定期市へ。

いつもなら子供たちにお菓子を持参するのですが、この暑さではお菓子よりは果物と思い、スイカとりんごを大量購入。いいアイデアだと思ったのですが、あとで食べたスイカのまずいこと。車で揺られたからなのか? それにしても失敗だった。
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それからはチェンダオに近づくにつれどんどん空気が悪くなっていく。 いつもなら見えるチェンダオ山の雄姿も煙のかなたに姿を隠している。山火事なのか、ミャンマーからの煙なのか? 来る来ると言われる嵐もないまま、空気汚染が悪化し、草木が立ち枯れていく。少しチェンマイを離れただけでそんな現実を目の当たりにする。
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最初に立ち寄った保育所は、正規の身分証明書がある子供たち用の部屋はまだ夏休み真っ只中。5月初旬まで開かないそうです。

一方身分証明書のない親たちの子弟用の部屋は開いていました。 親たちの大半が経済移民ゆえ、近隣の田畑で日雇い仕事をしている中、子供たちの行き場所がないからでしょう、その間預かって貰える施設は貴重な存在です。

以前であればこの保育園では1週間程度の休みを除いて常に保育を受け入れていたのに、最近になって数々の制度変更の上、このような形になってしまっているのは残念としか言えません。

すぐ近所では身分証明書のない子供たち用の新しい施設が建築中で、訪問時には中国からのスタディツアーの学生が汗を流していました。全てこのようなボランティアに頼る建物が完成すると、子供たちはそこへ移動し、施設ごと郡管理から完全に切り離そうというわけです、そして親たち(や村長?)による自主運営になります。識字教育を全く受けていない親たちにそんなことが出来るとは思えず、前途は真っ暗です、


その後はこれもいつも通り脳性マヒで身体障がい者のBuu宅へ。今年6才になる彼女はいまも寝たきりで、ミルクとベビーフードそして母親へのいくばくかの現金支援を続けて5年以上になります。Buuは相変わらず折れるように細く、でも話しかけると微笑んでくれます。こんな形でしか彼女の命を繋ぐ支援が出来なくても、頑張っている彼女です。

ミャンマーの同じ地域から流れてきて、ここで集落を作っている人々は、私たちの姿を見ると必ず集まってきます。もの珍しさと、何か持ってきたのではという期待感なのでしょうね。

今回はりんごとあのスイカですが、やっぱり美味しくなかったよねー。
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続けて最近支援をスタートした小さな生徒寮へ。今回はお米の寄付をかねての訪問でした。
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生徒たちは夏休みということもあり大半が帰宅しており数人を残すのみの中、責任者とゆっくり話すことができました。ここでは書きませんが、施設の大小に関わらず、ここもご多分に漏れず子供を預かるという意味では私も経験した色々な問題があるようです。しかし寮長夫妻の人柄できっと乗り越えていかれるでしょう。私も及ばすながら支援を続けていこうと思っています。

最後にこれもいつもの通り90を超えるおじいさんとその知的障がいの娘さん宅へ食料を届けます。そこで聞いたのは高校を卒業したばかりの孫はチェンマイに働きに行ったということです。
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友人2人と行動をしているそうですが、またあの韓流にはまったときのような事態になっていませんよう。聞いた携帯番号にかけてもつながらず余計な心配に拍車をかけてしまいます。


そのようにして恒例のチェンダオ詣では終わりましたが、今回はNさんが車をだしてくださったおかげで、効率的かつ涼しい移動でした。 ありがとうございました。
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# by karihaha | 2016-04-24 17:34 | ブログ | Comments(0)

S生徒寮ー支援

先月に引き続き今月もS生徒寮でのムーカタ(豚なべ)パーティに参加してきました。今回の日本人参加者は3人のみ。呼びかけ人のYさんと、私を含めて前回も参加組の2人です。

夏休みに入り生徒たちは自宅に帰ったのかと思いきや、8人全員が生徒寮に留まっていました。いつも寮長のSさんが言うように、「家に帰ってもすぐに戻ってくる」というのも本当のようです。

以前私がマネージャーをしていた施設では休みを首を長くして待っている子供たちばかりだったので、Sさんの子供たちの振る舞いはちょっと驚きです。余程Sさんとその奥さんの人望があるのでしょう。それに引き換え私は??(涙)

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前回寄付した井戸水汲み上げポンプもちゃんと動いていました。わざわざ水を流して、「オーッ」と軽く感動する私も変ですよね。井戸の上にはしっかりと蓋がされていたので水量は分からなかったのですが、Sさんによると、私同様に前回から参加組のYoさんがさらに深く掘られた井戸に関わる費用全般を寄付されたおかげで、底に水が溜まり始め、節水しながらなんとかやっているとのこと。

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                    S夫妻とBelちゃん

食後は奨学金支援を決定した寮生の1人Belちゃんの家庭訪問に連れて行ってもらいました。.呼びかけ人のYさんも書かれているように ココとーっても体格が良くて朗らかな少女で、両親の揃っている彼女からは逼迫したニーズがあるという印象は持ちませんが、自宅内部を見る限りではテレビと冷蔵庫以外は全くと言っていいほど家財がなく、それはそれなりに事情があるのだろうと納得した次第。


Yさんの尽力のおかげで、この生徒寮にも序々に支援の手が伸びつつあるようですが、「来学期からさらに5~6人増える予定の寮生たちをちゃんと食べさせていけるのか?」といらぬ(?)お世話の心配をしてしまいます。Sさんによるとお米だけでも月150kg~200kg(!!)必要になるだろうとのこと。すごい量ですねー。

Sさんは将来的には30人ぐらいの施設にしたい、と言うけれど『その志や良し!』ではあっても、とりあえずは現状でも厳しそうな(?)運営費を何とかしないとねー。

それにつけても以前マネージャーとして働いていた施設ではボスの私財でのみの運営で、寄付集めの苦労など欠片もしなかった私は何と恵まれていたことか。。でもここだけの話それはそれなりに一言では言い表せない苦労もありましたよ、実は。

ひとまずは更なる支援として、施設の光熱費とお米代の一部を考えています。ただし1年間を目安に。なぜ1年間かと言うと、高校3年を卒業したいま大学進学を諦め村の食堂で働いているBoo のために準備していた奨学金があるからです。彼女とはもう一度話し合って、出来れば来年チャレンジして欲しいと思っているのです。

その間にS生徒寮の支援の輪がもっと広がることを切に願っています。
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# by karihaha | 2016-04-07 23:32 | ブログ | Comments(0)

酷暑の日々に

昨日などとうとう43度を超えたらしい気温。部屋にいるとそうでもないのですが、一歩外へでるとまさしく『熱波』が襲ってくるような感がします。 そして恵みの雨はまだ姿を見せず、カラッカラの空気に、山火事が頻発しているようで、煙害はまだ収まる気配を見せていません。
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Prae/Ploy
さて、気になっていた子供たちの動向ですが、まず双子のPraeとPloyは目出度く中・高一貫校のW校中学部門の入試に合格しました。この学校はチェンマイ市内では2番目にランクされる優秀校で、彼女たちの姉、Faaも高校から通っています。

「通ったよー」という祖母からの電話はすなわち、すぐに納めなければ合格取り消しされてしまう、授業料や備品代を至急乞うということです。姉Faaの1期目の授業料を含めて、大枚1万5270バーツ(4万8千円)。 彼女たち、日本の支援者に足を向けて寝れませんね。

お金を渡しながら『大きくなったら面倒見てやー』と大人げないことを付け加える私。『うん』といまのところは素直にうなずいてはいるけれど。。


この家族の大黒柱はなんと言っても祖母。母親が刑務所で2度服役している間もずっと3人の孫の保護者としての責任をまっとうしている。将来は私よりはまずはおばあちゃんの面倒をしっかり見る子に成長していって欲しい。

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Ahtit
彼からの電話はまた実家に帰るというものでした。その度に「仕事を辞めてしまうのだろうか」と不安になるのですが、今回も一時帰省ということでホッと一息。

いつものように職場から実家への中継地点である、私の自宅近隣にあるバス停で待ち合わせ、その後はこれもいつもの通り、食事に連れ出して話を聞きます。

聞くと今回の帰省は4日間だけで、目的は母親にお金を届けるためです。3月分と、4月分の前借り給与合計6千バーツから4千バーツ渡すと言います。この給与も勤め始めて以来上がっておらず、今回も面倒を見ているヒナが大量に死んだのでという理由で据え置かれています。

その4千バーツの使い道ですが、実家が栽培する米の苗やとうもろこしの種代になります。以前に話を聞いたときは別れた父親が再婚するのに(早くも離婚したそうですが)、結納金として土地を売り払ったはず、そのことに触れると、どこでも空いている土地を耕す、と言います。まあ彼の実家は山深いラフ族集落で、土地は売るほどあるのは確かなのですが。。

いまや家族にとってはAhtitが大黒柱の感があります。家族思いの彼を私は励ましてあげるだけです。


Madrod
来期にはチェンダオ高校3年になる彼女は普通より2年遅れて就学したため、今年は20歳になります。

年齢ゆえばかりではなく、家庭環境から育まれた素質で、とても信頼できるそれでいて可愛らしい性格の子です

前回会ったときに後期の成績はいつ分かるの?と聞いていたのを私はすっかり忘れていたのですが、先日「いま学校です。成績が出ました。残念ながらクラスで2番でした」と電話がありました。

「残念ながら!? 充分頑張ったよ」と慌てて答える私。 前期はクラスで一番だったことを大いに褒めた影響かもしれません。

それから一週間。再び電話があり前期分の奨学金を振り込んでくれないかと言います。成績報告のときに話したときは新学期が始まってからでいいと言っていたのになぜ? 本人は学用品等を揃えるからとは言うのですが。あくまで私の想像ですが、ひょっとしてAhtitと同じように家族のためかもしれません。 断ることは勿論できるのですが、そうではあっても彼女の人柄を信用して振り込むことにしました。いずれにしろ学期末にはいつも通り学業用のみの内容どおりの、領収書を添付した使途報告書を出してもらわなければいけないのですから。


Memee
政府系寄宿学校が夏休みに入り遠い親戚宅に身を寄せてそろそろ1ヶ月。彼女から電話がありました。いままでが今までですから一寸ドキッとして「なに? 何かあった?」と慌てて対応する私。

「ううん。どうしているかなーと思って」

長年彼女の面倒を見ていますが、最近とみに落ち着いてきたのを感じます。 それとともに彼女の良さが出てきて、特に今回のような電話は心から嬉しいことです。 

「夏休み中には訪ねていくからね」

そのときは一杯おみやげを持っていくようにします。
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# by karihaha | 2016-04-06 18:39 | ブログ | Comments(0)

二転三転、そして。

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            ↑ 新しい服でおすまし

何回かこのブログに登場している3人娘たち、NamuuとNok, Maaiの姉妹の母親たちはチェンマイ女性刑務所で服役中です、そして彼女たちと言えば1年前から知人の働く財団に預かってもらっていました。

ところがココに書いたように、突然その財団の方針変更で居ることが出来ないと言われ、「いやいやNok, Maai姉妹の母親は多分今年中には出所するので、それまでだけでもとお願いした結果、その線で行こうということになり一件落着と思われました。

しかし、今月に入ってまたまた問題発生です。財団の幹部がチェンマイは年齢が比較的高くて、意思に反して買春等の被害にあっている女性専用の施設、という本来の目的にすぐに戻すと言い張っているというのです。確かに彼女たちは年齢もまだ低いし、直接の被害者ではないけれど、あのまま放っておけばその危険性に遭遇するであろうということで預かって貰ったのですが。。

解決策としては同じ財団の下で、より年齢の低い子供たちのための施設がチェンライ(チェンマイから北へ180km)にあるので、そちらにすぐに移って貰うか、親族に引き取ってもらうか、と迫られたのです。


Namuuに関しては親族云々の選択肢は考えられません。 この財団に行く前には以前からチェンライのおじに引き取って貰えるかと打診していたのが、固く断られているのです。 NokとMaaiにはチェンマイに母の姉がいますが、こちらも常に関わりたくないという態度。しかし、服役中の母親は出所後はメーソット(チェンマイから600km)に居る彼女たちの父親のもとには戻らない、つまりもう第2夫人にはならないと言っているので、チェンライに行かせてくれとの言。

NokとMaaiに関しては本心を言えばあの麻薬汚染地帯の村へは帰したくない、チェンライの施設という選択肢が現状ではベストと思っていたのですが、父親が公的保護者という現状では彼に判断を仰ぐしか仕方がありません。


その結果はあっさりと「チェンライへ」。 数年前までの「人の世話にはならん! 金はある!!」と強気一辺倒でいままでの財団と喧嘩ざたになったり、現財団でも色々細かい問題を引き起こして煙たがられている父親とも思えない決定です。結果はOKなのですが。。

これで一件落着、「やれやれ」と思ったのも束の間、今度は「チェンマイにある子供の施設で受け入れて貰えることになりました」という連絡。 Namuuはクリスチャン系の施設、そしてNokと Maaiは少人数の子供を預かるグループホームに決まったと。つまりチェンライには行かないと言うのです。

姉妹がNamuuと同じ施設に行かないのは、以前父親と第一夫人がチェンマイにきたときに、施設を見学したことがあるらしく、そのときも『大風呂敷を広げた』のが原因と聞きました。「この施設は貧困家庭出身で、受け入れる必然性をのある子供たちの物です」というもっともな理由で断られたとか。

なぜチェンライ話がここに来てキャンセルになったのか判然としませんが、彼女たちがチェンマイに居ることが出来るのならその方が私にとっては好都合です。しかしこの話にはさらにビックリするような続きがありました。

現財団のマネージャーから「グループホームの予算が逼迫しているので、1人月2千バーツの補助をお願いできないか」という打診があったのです。つまり2人で月4千バーツ(1万3千円)、年間5万2千バーツ(15万円強)。

「そんな予算は無いので」と即お断りしたのですが、よしんばあったとしても話の筋が違うでしょ!?と違和感一杯に。 まずは現財団が責任を取り、足りない分は父親か叔母が負担するのが筋では? なぜ私が第一位になってしまうのか??

とは言っても姉妹の落ち着き先を見つけるのが第一義なので、最悪の場合は半分ぐらいは仕方ないか、と思っていたところ後日財団が負担する、そして父親も二転三転の末にチェンマイで了承していると聞きました。


その後久しぶりに訪問した財団で子供たちにこの話をすると、まだ何も聞いていないと言います。話しをする中で知ったのは、それぞれの子供には彼女たちなりの希望がありました。

Namuuはチェンライに行きたい。おじ家族を始め、チェンライの寺院付属の学校で学ぶ弟のそばにいたい。 Nokはチェンマイ市内の進学校を受験したい。Maaiはあと1年を残すのみとなった小学校で課程を終えたい。それぞれにしごくまっとうなささやかな望みです。

「マネージャーと話してみるけど、メー(私)は貴女たちがチェンマイに居てくれるだけで嬉しい」と伝えましたが、チェンマイ残留以外は彼女たちの希望は叶えらませんでした。


先日の電話でNamuuは「メー、私チェンマイの財団に行くよ」と案外明るい声で言いました。実際、現状ではその選択肢しか残っていないのですが。


一応一件落着(?)とホッとすると同時に、こういう状況で翻弄される子供たちを見ていると、普段は忘れている、彼女たちの親たちの罪の深さをいやが上にも感じます。
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# by karihaha | 2016-03-29 15:47 | ブログ | Comments(0)

S生徒寮ー水問題

チェンダオの保育所からさらに北へ行くと、先日日本人の方々と訪問した生徒寮に通うBちゃんの学校があります。Bちゃんの担任の先生との約束は午後2時でした。

来年度中学1年になる彼女に奨学金を授与することを決めたものの、最終決定の前に念のため担任の先生に会って素行や成績を聞いてみたかったのです。

到着したのは2時を回っていましたが、先生は教員室で待っていてくださいました。「事前に聞いていましたから」とのことで、話もスムーズにいき、奨学金の件は決定事項になりました。
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その後、壊れている井戸水のくみ上げポンプの件で近くのBちゃんの暮らす生徒寮に寄ることにしました。前回の訪問でこのライフラインとも言える水事情はとても気になっていたのですが後になって前回の訪問時に参加していらっしゃった方が、水不足のため井戸に少し残るのみとなった井戸底の掘削費用を支援されることを知り、それなら私はポンプを支援しようかと思ったのです。前に書いたようにポンプが壊れてからはバケツでくみ上げているのです。
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                       ↑Hさんの写真より

中古でもという話だったのですが、新品の値段を調べてみるとチェンマイ市内の方が格段に安いことを知りました。結局週末に寮長のSさんが家族と出向いて来られ、購入完了です。
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こちらが気にしている水事情もSさんはそれほど深刻に捉えていないようで、「洗濯はピン川でするし、飲み水は買っているし」と言います。でもシャワー用の井戸水はとっても濁っているよね、と言うと「あるもので何とか生き延びないと」と笑っています。まあ、それくらいでないとあの現状ではやっていけないのかも。

「でもやっぱり必要なのは食料と奨学金です」と本音もチラリ。


実はこの生徒寮の支援には迷いがありました。見る限りでは失礼ながら本当に『ナイナイ尽くし』という感があり、自分の力は微々たるもの、焼け石に水という印象をもったのです。でも前述したようにYさんが声を上げてくださったおかげで、「水だけは何とかしなければ」と決心したのです。


余談ですが寮長のSさんに好印象を持ったのも気持を押しました。

当初はBちゃんの担任に会いに行くのはSさんも同行すると言う話だったのですが、遠方に所用で居て帰れないという連絡が当日になってあったときは、「ああ、タイあるある」とまたか、とガッカリしたのですが、先生にちゃんと連絡していたこと、ポンプを買いに行こうと約束すると、前日の夜に確認の電話があったこと、当日はちゃんと時間通りにきたこと、そして業者に頼んだポンプ取り付けの日が決まったことを連絡してきてくれたこと等々。

普通の日本人相手なら「それが?」という内容ですが、ここタイに長く居るとそんなことも大いにポイントアップにつながります。


今後のことはさておいて、とりあえずは “蛇口から出る水“に貢献できました。
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# by karihaha | 2016-03-23 13:32 | ブログ | Comments(0)

マイペンライはここにも

BooとBaanの住む村を離れて今度はいつものチェンダオ詣でです。 今回は友人が車を出してくれたので、効率が格段に違います。

次の目的地は5年前から支援している保育園と脳性マヒの障がい児Buuの住む村です。いまの時期、保育園生も巣立ちます。その前の週には郡役所主催の付近の保育園合同の卒業式があり、私も招待されていたのですが、役所とのちょっとした齟齬で行きませんでした。そこで卒業児に心ばかりの記念品を届けに行ったのです。
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と言うのは最近の役所の決定でミャンマー難民の子弟で、役所に未登録の児童は郡管轄ではないと、卒業式にも呼んで貰えなかったので。 でも子供は子供です。勿論義務教育ではないので、UNICEFの定める『子供の教育の権利』の範疇には該当しないのですが、あんなに小さなころからいやが応にも『差別』を感じさせる処置には全く納得がいきません。

園舎も充分に広い現在のものから、わざわざ別の園舎を新築中です。新築と言っても郡がお金をだすのではなく、こちらのインターナショナルスクールの生徒たちが数グループがまとまってフィールドスワークの一貫として建築に関わっています。

私は現在使す中の園舎の建築資金を一部出資しました。でも今回の決定には納得できないという立場を貫いているので、新たな建物が完成してからプログラムに支援にするかどうかは考えてみると言ってあります。

私の感じていることは勿論村人や先生たちも同感ですが、『マイペンライ。長いものには巻かれろ』とばかりに沈黙を守り行動には至っていません。
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# by karihaha | 2016-03-22 15:38 | ブログ | Comments(0)

進路

今週からは公立小・中・高校はどこも夏休み中ですが、それに先駆けての学年末・卒業シーズンに合わせ、私の奨学生たちの身辺にも色々変化があります。

まず双子のPrae/Ployが中学受験、公立中学は今週末に全国一斉に入試があります。彼女たちはチェンマイ市では2番目に上げられるWattanon中学を目指しており、人気の受験校ということもあり、かなりの競争率が予想されます。彼女たちの姉も同校の高2年に進級するので、是非合格して欲しいところです。

Ployは毎日夕刻に自宅近くのカルチャーセンターで山岳民族衣装(彼女はタイ人ですが)に身を包み、観光客と一緒に写真を撮るアルバイトで家計を助けていますが、中学ともなると授業料も高くなるので、私の方の奨学金の増額もやむを得ないと思っています。


高校受験するBaanは高校3年生を卒業したBooの妹ですが、最近まで進路について何の連絡もなく、私も意地のように沈黙を守っていたのですが、刻々と期限が迫る中根負けのあげく先週私の方から村へ出向いていきました。一般の奨学生とスポンサーという関係であれば、そのまま放っておくかもしれないのですが、彼女たちと妹のBuaを含めた3姉妹は10年以上前に知り合い、一時は財団で寝食をともにした中です。やっぱり気になります。

そこでBooと話して分かったのは、彼女は通信制の大学で観光科の単位をとって将来的にはガイドになりたいと言います。そして普段は川下りにくる観光客向けの村の食堂で働くと言うのです。日給は8時間働いて何と120バーツ(4百円)です。 例え3食付きとは言え、破格の安さです。支援して高校まで履修したのに、村の食堂でしか職がないとは。。

しかし考えてみたら彼女がチェンマイ市内や県外で全日制の大学を履修するのも経済的に苦しいというのもうなずける気がします。タイ国籍のない病弱の母親と二人の妹たちのことを考えれば、長女としてはいまのところは進学を断念することも仕方がないのかも知れません。

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引き続き妹のBaanの進路を相談するため学校へ。そこでは校長と担任の先生と話すことが出来ました。当初はBooが卒業した郡の高校へ行かせるつもりでしたが、校長先生の提案で、ランプーン市にある女子向けの寄宿制の公立中・高校はどうかと言われました。

そこは王女のプログラムの一貫で、授業料・宿舎費が免除される上、簿記や会計も学べます。卒業しても普通校よりは就職の道が開けているとおっしゃいます。校長は勿論Booのことをご存知で彼女の現状を残念がっておられる上での提案です。私も一も二もなく賛成し、寮生活中の個人的な出費は奨学金を出すと約束しました。

結果的にはそのことでBooが身軽になり、別の身の振り方を考えることも出来るのではと思っています。

それにしても今回Baanに会った時点では最初は地元の高校という話でした。母親の経済的能力では無理な場所です。それ以前に私への奨学金の要請もありませんでした。私が出向き、校長と話したことによって一応の進路が形になったのです。入試の1週間前の話です。

「何とかなるだろう、マイペンライ」がこんなときにも幅を利かせています。

本当は私も放っておけるのならこんなに楽なことはないだろうと思うのですが。。。


その他に中学卒業者が2人、大学受験した女性徒が1人の3人がいます。そして同じく高校で学業を終えた女性徒が1人。さすがに彼女たちは自分の進路を自分で決めました。そういう意味ではBaan15才の頼りなさが際立ちますねー。
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# by karihaha | 2016-03-21 22:33 | ブログ | Comments(0)

夏休み突入!

一部を除いていよいよ長い夏休みに突入した学校。今週から午後4時から6時にかけての父兄たちの送り迎えのための交通渋滞の風物詩とも言える光景も、これからおよそ2か月間はお休みです。 これに伴って下校時の子供たち向けの駄菓子やジュース類の売り場も見られなくなります。 毎年のことですが、父兄たちが独自に契約する子供たちの通学バスやソンテウの運転手たちを含めて、生徒・学生向けの商売をする人たちはこの間何をしているのかな? 


政府系の寄宿学校で学ぶMemeeも先週末には親戚宅へ帰りました。 いつもの通り学校へ迎えに行き、Memeeの出身村の子供たちが通う郊外の学校へ送り届けます。この学校へはスクールトラック業をする彼女の叔父が子供たちを迎えに来るのに便乗させて貰うのです。このお蔭で村へは行く必要がなくなり以前に比べ随分楽になりました。


いつものことですが、Memeeにはお小遣い。それとチェンダオの保育園で旧正月行事を支援したときに贈られた彼女と同じ民族のリス族の民族衣装を譲りました。 それとおじ家族には近くの市場で買った鶏の丸焼きとお菓子を渡します。おじには『よろしくお願いします』の気持ちを込めて。


来期には中学3年になるMemee。 正直手に負えないと思ったこともありますが、少しづつ『まとも』な会話が成立してきていると感じます。彼女もそろそろ思春期脱出かな?
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# by karihaha | 2016-03-13 18:07 | ブログ | Comments(0)

ある生徒寮

先週末には何(十・百?)回目のチェンダオ詣でした。

でも今回はちょっと普段とは変わっていて、こちらの有名ブログ『新明天庵便り』のブログ主Yさんの記事を見たのがきっかけで、チェンダオにある小さな生徒寮を訪問することにしたのです。

いつもなら1人、あるいは友人たちと行く行程も、呼びかけに応じた全くの初対面の方々とご一緒です。生徒寮訪問自体は楽しみでしたが、狭い世間をさらに狭くして暮らしている日々ですから、正直言って不安感はありました。 でも案ずるより生むがやすし、同行された方々が皆良い人、かつ個性的な面々で、楽しく有意義な時間を過ごすことができました。


さて、本題の生徒寮のことですが、まだまだ入り口を見ただけという感が否めないのですが、『支援の必要性』という意味では文句なく合格(?)ランクです。そのことがあの日以来私の頭を占めています。

     
まず着いてすぐのYさんの簡単な説明ではいま現在地下水をくみ上げるポンプが壊れていて、全員で8人の生徒と責任者Sさん家族の水補給は敷地内にある井戸水を桶で汲み上げていること。しかし井戸を覗いてみると、その水源も去年の雨季の水不足で今にも枯渇しそうですは。Yさんによるとその対策はもっと深く井戸を掘ることだとか。

その他にも日々の食費、特に現在の人数で一ヶ月50kgを消費するお米の調達。 子供たちの学費。これらを責任者のSさんが生産する穀物類で賄っているというのです。訪問前に聞いていたのはクリスチャン系の団体ということで、他の同種の財団と同じように当地あるいは国外の教会から献金等の寄付がないのかと聞いてみたのですが、皆無とのこと。 Sさんはこの家を7年前から運営し、夏休み明けの5月の新学期からは更に5人を受け入れると言っていました。

『もし私が同じ立場だったら』と思うと頭がクラクラしますが、Sさんは「子供が可哀想だから」と涼しい(?)顔です。


今回の訪問は普段は食べられない肉を思いっきり食べさせて上げようと、経費の一部を参加者が負担しての『ムーカタ(豚・鶏の水煮き)パーティだったのですが、その場で甲斐甲斐しく私たちや小さな子供たちの面倒を看ていたBちゃんに『一目ぼれ』をしたのは行幸でした。Bちゃんは夏休み明けに中学1年になり、聞くところによると10人のクラスメートの中では成績が良く、進学はチェンダオで一番の中・高一貫校に進学を希望しています。この学校には私の奨学金プログラムに属する数人の生徒たちも通っています。

この家の現状を見るに見かねて致し方なくと言う訳ではなく、Bちゃんの人柄に‘惚れて奨学金支援を決めることが出来たのは良かったと思っています。


でもやっぱりあの家、気になるなー。
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# by karihaha | 2016-03-09 16:33 | ブログ | Comments(2)

それはないんちゃう?

3月に入るといよいよ長い長い夏休みがもうすぐです。一般的には3月中旬から5月中旬までの2ヶ月間。 酷暑の日々を自宅で過ごすことになります。

その先がけは政府系寄宿学校に寄宿しているMemee。3月5日には帰宅できるそうですが、丁度その日は用事があるので翌日に迎えに行くと約束してあります。たった一日だけですが同級生が全て帰ったあと1人で残るのは問題ないのかと心配にもなりますが、意外としっかり『大丈夫。上級生にも帰られない人がいるから』とのこと。まあ私と再会するまでは一週間も10日も来ない親戚を(あばれながら)待っていた経験から言えば一日ぐらい平気なのかな?


話は変わりますが、Memeeを始めとして旧職で知り合い、その後財団を離れた子供たちの面倒をいまもみていますが、10年前に知り合ったころはまだ5・6才という可愛い盛りだった彼らもいわゆる思春期真っ最中です。自分の子供がいない私は正直どう付き合っていけばいいのかと悩むこともあります。よく言われることですが、親も子供と一緒に成長する必要があるということを身に沁みて感じています。


さて、ここからは愚痴です。『どうつきあっていけば』というのは子供ばかりではありません。対大人との方が理解不能という経験をすることが多いのです。

直近でもそんな経験をしました。

先週の木曜日、去年の春に旧財団からチェンマイから500kmにあるメーソットの父親宅に帰宅させられたNokとMaai姉妹をチェンマイにある知人の財団に預かって貰う手配をしました。あれから1年。その間一度も連絡してこなかった彼女たちのおば(母親の姉)が『助けて!』と悲壮な声で言うには、現財団から子供たちを引き取るように言われたと言うのです。これは私にとっても晴天の霹靂でした。

彼女たちの母親はいももチェンマイ刑務所で薬物取引の罪で服役中です。おばはチェンマイで豆乳を売って自身の子供を育てています。姉妹が帰るとしたら父親のところしかないのですが、モン族の父親には本妻がいて、姉妹の母親はいわゆる第2夫人です。彼女は出所後はメーソットには戻らず、チェンマイで出直したいと言っていました。


電話を受け取ったあと、おばや本妻と話し学業面からもいまはチェンマイに居る方がいいという結論になりました。Nokは今年中学受験、そしてMaaiは来年度は小学6年です。


今週に入って財団の責任者と会うことにしました。急な帰宅の原因はなんだったのか、出来れば母親が出所するまで、そしてMaaiが小学校を卒業するまでのあと1年間預かってもらえないかという話をしました。

話の中で姉妹の生活態度に問題はないが、時々訪ねてくる保護者(特に父親)が、いかにもお金には困っていないという態度を取ること、訪問時間等の規則に従わないことが原因と言います。前の財団も同じような理由で帰宅を促されたのに。 無償で面倒をみてくれている財団には感謝しこそすれ、偉そうにする理由などないのに。しかしいざ帰宅させられるとなると泣きついてくる。。


もう放っておこうかとも思ったのですが、服役中の母親にとっては姉妹の親権を失う事態になりかねないので、とりあずはMaaiが卒業するあと1年間を何とかとお願いして了承してもらいました。その間には多分母親も出所するでしょう。財団の責任者は私の前でその旨を父親に電話で話しました。

それから数日経ちますが、おばはおろか父親・本妻からも何の連絡もありません。普通は一言お礼の言葉があってもいいと思うのですが。『一件落着、よかったよかった』で済ませているようです。

ホント、ストレスたまります。
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# by karihaha | 2016-03-02 18:46 | Comments(0)

旧正月

中国での旧正月休暇は今週で終わるようですが、予想通りというか、いつも以上の中国人観光客がチェンマイにも大挙して押しかけていました。

チェンマイ暮らしも10年以上ともなると、あまり観光地には近づかないのですが、先日久しぶりにそのあたりを歩いてみると、いかにその周辺が中国人観光客仕様になっているかを目の当たりにします。店の看板は軒並み中国語とタイ語併用、中には中国語しかないところもあります。 私自身は2年近く前から独学で中国語をしているのと、漢字であれば分かる日本人の特権(?)で、大体の意味が分かるのですが、こちらでファランと呼ばれる西洋人にはチンプンカンプンでしょう。まあそういう少数派(?)は相手にしていないのかな?

しかし巷言われている中国経済の崩壊が近いとか、爆買い禁止令が出されるかもというネガティブな状況が現実化したらどうするのかなー。ま、とは言ってもどんな状況でも『マイペンライ(問題ない)』で乗り切ってしまうタイ人ですから、そんな心配など余計なお世話なのでしょうね、


その旧正月ですが、個人的にはタイ正月のソンクランに続いて盛大に祝われているという印象があります。例えば近くの公設市場の出店が西暦年のお正月より多く閉まっているとか、私関連で言えば、山間少数民族の正月行事が目白押しにあるのもこの時期です。

ラフ族のAhtitも闘鶏のお父さん役の職場から一週間休暇を貰い、山に帰っていきました。彼とはいつもの通り中間地点のチャンプアックバス停で待ち合わせしたのですが、「着きました」という連絡があった時、「私もアパートを出るから中間地点で会おう」と言うと、荷物が多いから一寸動けないと言います。

バス停に出向いてみると、足元に細長い箱があります。空気穴のようものが開いたその箱から「クックッ」という音が聞こえます。何と鶏が入っているのです。「食べるの?」と聞くと、持って帰って家族が闘鶏を増やすのだとか。闘鶏場のオーナーからのお年玉だそうです。

チャンプアックからはバスではなく、同じ路線を走る乗り合いトラックのソンテウにするそうです。そうすればバスの荷物入れで鶏たちが窒息することもないからという苦肉の策です。彼が乗り込んだソンテウは人間用というよりは荷物運搬用という様相を呈していました。カートンの箱はもちろんのこと、オートバイ。そして屋根には何が入っているのか重量制限完全無視の麻袋がうず高く積まれています。その上にAhtitの鶏。 西暦2016年のチェンマイではまだこのような、なかなかの事態を見られます。
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          ↓ Ahtitの母親からのお土産(赤米のおもち)
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そしてもう一つはリス族の正月行事です。例年支援先のリス族の村にある保育園での正月行事を支援しているのですが、午前の行事が終わったあと、午後は村長宅で村人が集まるということで行ってみました。そこで初めてみたのは豚の丸焼き、そして村人が集まっての解体風景です。

まずすでに絶命した豚の身体全体に藁をまぶし火をつけ、全身が真っ黒になるまでその作業を繰り返します。 その後は黒くなった肌をそぎ落とし、バナナの葉を広げた作業場で解体が始まります。 その全員が男性で部位によって大きさを違えて切っていきます。早速刺身のように生を口にしている人もいます。

「これも彼らが生きて来たなかでの大事な風習だからね」

と、一緒に来た保育園の先生が私の気分を慮ったように言いますが、そんなことは百も承知です。日々『命』を頂いて生きている、そんなことをあらためて強く感じさせられた日でした。
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# by karihaha | 2016-02-14 15:48 | ブログ | Comments(0)

春一番

東京では今日春一番が吹いたとか。 厳しい冬を過ごされている日本各地の方々には朗報ではないかと思います。

と言いますのも前ブログで嘆いたように、こちらでも史上初とも言われる厳しい冬日(と言っても市内では日中10度ぐらい、そして4・5日だったのですが)を経験したばかりで、暖房などはなく、着込むことでしか対処できなかった日々は本当につらかったー、からです。そしてバレンタインデーの今日、再び『嘆く』ことがあります。例年の煙害です。

軍事政権になってからさまざまな『改革』が行われ、身近なことで言えば月2回発行される、タイ人に大人気の宝くじは額面価格80バーツのところ、以前は中間業者のコミッションが加算され95バーツから100バーツ以上で売られていたのが、いまは80バーツに統一され、余計に人気が出ているようです。政府にしたら増収で『しめしめ』というところでしょう。


話が長くなってしまいましたが、この煙害にも当然対策が講じられています(と言われています)、罰金、実刑等々。その点では大いに期待感を募らせたのですが、やっぱりというか、今週に入っていつもならベランダからくっきりと見えるステープ山が煙のかなたに姿を消してしまっています。

北タイに接するミャンマーから流れて来ているという説もありますが、焼畑農業で生計を立てている農民(特に山間少数民族)にとっては死活問題に関わるので、背に腹は変えられないというところなのでしょう。

それはそうと何だかこの煙害が冬の終わりを告げる風物詩のように感じるのは私だけでしょうか?と言っても日本の春一番とは大いにその意味合いを異にしますが、、、
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# by karihaha | 2016-02-14 14:44 | ブログ | Comments(0)

寒い!

タイは熱帯に属していますが、ここチェンマイは熱帯から想像されるジメジメと蒸し暑い酷暑からは想像がつかないほど、年間を通して時には高温ではあっても快適な気候が続きます。

しかしもう真冬が終わろうとするこの時期に、今年は異常気象とも言える雨混じりの低温が続いています。そして山間部では霜が降り、さすがに熱帯の当地ではそれが大きなニュースになります。

街に出ると日中でも13度~14度にしかならない気候に対処するためのタイ人の防寒対策はさまざまです。短パンにゴムスリッパその上にフリースの上着の男性、毛皮付きのコートで厳寒対策をする人、中にはバスタオルや毛布を巻いた人もいます。 この10年以上の滞在では見られなかった珍しい(?)光景です。

ああ、早くいつもの気温に戻って欲しい。。


さて、年末年始にかけては日本からの避寒組の友人たちがチェンマイに来ていたのはいつも通りです。

そしてこれも例年通りモン族のお正月があり、彼女たちと出かけたりしましたが、そのうちの1人を誘ってチェンダオの支援先にもいきました。いつも通りの保育園と身体障がい児、そして90歳のおじいさんとその娘・孫という家族への支援の品々を持っていくためでした。

今回は友人が車を出してくれたので、日本からの友人にはチェンダオ山の素晴らしい景色も楽しんで貰えたのではと思います。

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その日はまず保育園、その後障がい児のBuu宅と訪問し、最後に高校3年になったRaenuu宅へ着くと、平日にも関わらず彼女は母親と野菜かご編みの内職をしていました。Raenuuには高校2年まで3年以上奨学金支援をしていましたが、3年からは彼女のなかなかの不祥事で支援を打ち切った経緯があります。そうは言っても家族の困窮を見てみぬふりは出来ず、食料支援だけは続けているのです。

Raenuuはもう数ヶ月で卒業ですが、その後の進路はどうするのだろうと気にはなっていました。そこで丁度良い機会と彼女と二人だけで話すことにしたのです。

その不祥事というのは、当時彼女は韓流にはまり、バンコックへファンであった歌手のコンサートを友人と見に行くため、知的障がいのある母親を言いくるめ、自宅の土地半分を同じ村の住人に売ってしまったのです。その代金5万バーツ(16万円)はバンコックへの交通費と滞在費に消えてしまいました。

そのことが支援を打ち切るきっかけでした。

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そのことを指摘すると、「当時は金持ちの友人に誘われるままあんなことをしてしまったこと、反省しています。いまではその友人たちとは付き合っていません」といいます。

もともとは彼女の素直さを見込んだこと。そしていまの家族にとってはRaenuuだけが頼りということでスタートした支援でした。いま1年ぶりに会ってみてその状況は変わっていないし、母親と一個仕上げて5バーツの内職をしているところを見て、もう一度彼女を信じてみようと決めました。

聞くと、高校3年の授業料を全額滞納しているとか。払いこまなければ卒業証書を発行して貰えない、つまり将来の進路も閉ざされます。

まずは授業料を支払いがてら、彼女の担任の先生と話し合いに行ってみようと思っています。
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# by karihaha | 2016-01-26 21:01 | ブログ | Comments(0)

Ahtitのこと

新年に入ってから20数人いる奨学生の何人かから、挨拶のメールや電話がありました。

その中で一番心に響いたのは、ジョムトン郡で闘鶏用の鶏の『お父さん』をしているAhtitでした。 何度も書いていますが、彼には学習障がいという一種のハンデがありますが、人間としてわきまえるべき常識や礼儀は感心するほど持ち合わせています。


先月から今月にかけて私を訪ねてきてくれた友人知人の1人、Shellyは財団勤務時代にとりわけ子供に人気があった英語の先生です。毎年遠いニュージーランドから会いに来てくれる彼女。今年はあまり時間が取れないとのことで、Ahtitにチェンマイまで出向いて貰うことにしました。

食事をしたり話し合ったりの数時間を過ごしたあと、Ahtitはジョムトンに戻って行きました。 そしていつもなら「着きました」という電話があるはずの数時間が経過し、少し心配になりかけたころ、電話がありました。帰ってすぐ鶏たちへ餌をあげ、落ち着いたところだというのです。

後日会ったShellyにその話をすると、驚いたことに彼女にも同様の電話があったと言うのです。会話はもちろん英語ですが、片言でも気持ちを伝えたいと思った彼を褒めてあげたいと思いました。
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そしてこの年初の電話で私が「何か欲しいものない?」と聞くと、「何もないです。ただメー(私)が健康であってくれさえすれば」。 泣かせてくれます。


奨学生の個性はさまざまです。残念ながらその素行や礼儀のなさに支援を打ち切ろうかと思う子も中にはいます。でもそんな子でも話合ったあとにはこちらの気持ちを分かってくれることが大半なのが救いと言えば救いです。

ボランティアで2年、財団で5年そして退職後はTさんのご好意で引き続き活動を続けることが出来ています。タイでのそんな活動がもう12年にもなります。

長いなーと感じないでもありませんが、Ahtitのような子供(青年)がヤル気を枯渇させないでいてくれます。
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# by karihaha | 2016-01-09 18:41 | ブログ | Comments(2)

少年N

今冬のチェンマイは例年に比べ暖かく、いまのところタイル張りの床の冷たさに耐えられず、靴下を穿いて過ごすということもない日々です。でも、お正月あけの1泊2日の小旅行では存分に『寒さ』を体感してきました。


行先はチェンマイから160kmほどのメーホンソン県にある、カレン族の村。 山深くにあるこの村は、知人を通して知り合った赤色ソンテウを運転している人の生まれ故郷です。
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好奇心からの旅行でしたが、朝晩の冷え込み {早朝7度}には隙間だらけの家を恨みに感じたり、冷水しかないシャワーに怖気づき水浴をパスしたりと、このような山間民族の人々の暮らしの厳しさをあらためて痛感したりしました。
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でも何と言ってもこの旅(?)の一番の収穫は、 気になっていた少年に会うことができたことです。

彼は前職の財団で働き始めて数か月後の10年前、受け入れた子供の一期生とも言える少年でした。いわゆる『崩壊家庭』で、アルコール中毒の父親と暮らしていた彼は、食事を近所の住人にめぐんで貰いながら日々を過ごしていました。財団で受け入れたあとはそのユニークな性格からタイ人、外国人を問わず先生方から愛され、中学も県内で2番目の優秀校に合格しました。

しかし去年の3月、人づてに財団を離れたと聞きました。その後は時折り電話で話していたのですが、今回の旅の目的地が、丁度彼が暮らす寄宿学校の近くだったため、同行した知人たちに無理を行ってお願いし、帰りに寄ってもらうことにしました。


短い時間の再会でしたが、 ようやく分かった彼の近況は思ったより悲惨なものでした。私も知る家族の全員がバラバラとしか言えず、彼はこの無償の寄宿学校での生活が唯一寄って立つところです。その点では少しMemeeと似ています。

そして財団を出された理由は彼の非行が原因だったようで、いまとなっては本当に残念なことです。財団にいれば少なくとも高校3年までは安泰に過ごせたのに。 幼いとは言えバカなことをしたものです。彼のユニークな性格が悪い方に出たとも言えるのかもしれません。
生活指導の先生は、「ここに来てから良くなってきましたよ」とおっしゃいました。私も実感として、この子がそんなに悪い子とは思えないのです。

「これからはメー(私)が支援するから高校に行けるようしっかりしないとね」


帰り際車まで送ってくれた彼の手をフト見ると、急な訪問で何も用意していない中、途中の村で買ったタイ焼き鳥ともち米をふかしたもののお土産を、被っていた毛糸の帽子にくるんで大事そうに両手で持っていました。なるほどねー、それだと温かいまま食べられるね。 

本当にユニークで機転の利く子です。
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# by karihaha | 2016-01-06 19:04 | ブログ | Comments(0)

12月5日

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昨日は国王88回目のお誕生日でした。残念ながらご病弱とのことで、今年も国民の前に姿を現されることはありませんでしたが、前後を挟んでバンコックを始め全国でさまざまなイベントが催されているのは例年どおりです。


生誕記念日の前日に学生たちを訪ねて行ったとき、「国王はおいくつになられたの?」と聞くと、全員が口を揃えて「88歳!」と答えてくれました。 一日2回朝8時と夕方6時に流れる国歌に直立不動で応える国民性ならではと、その国体が少し羨ましくもあります。
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# by karihaha | 2015-12-06 19:52 | ブログ | Comments(0)