晴れて保険加入

新学期が始まってはや3週間。登下校時の交通渋滞は相変わらずです。その間私もやっと新年度の奨学金授与のための学校訪問と個人面談を90%ほど終えることが出来ました。 前年度の奨学生のうち、卒業や環境の変化で何人かがドロップしたり、新たに受け入れた子どもがいたりで、いつものことながらちょっとした決断を強いられる時期です。

                      ↓ 山の生徒たちからの贈り物。
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そんな中、今度は奨学生の保護者の支援で奮闘(?)することになりました。 保護者と言えば食料や生活用品を定期的に支援しているケースはいままでもあるのですが、この母親の場合は健康保険に関して支援の手を伸ばすことになったのです。

彼女の就学中の3人の娘のうち、2人は奨学生です。 家庭訪問の際、いつも通う病院の医師からきいた話として、タイで出生したにも関わらずなんらかの事情でタイ国籍がない人達に健康保険制度に加入する資格を与えるという法律が、4月の国会で可決されたというのです。

母親は長年喘息に苦しみ、毎月病院通いですが、カレン族として生まれてすぐに児童養護施設に引き取られたため、いまにいたるまでタイ国籍がなく、医療費のすべてが実費になり、それが原因で貧しい家計をさらに困窮させています。

私も早速ネットや医療関係の知人に問い合わせたり、県庁にある社会保険事務所に行ったりしたのですが、どうも要領を得ません。 具体的にどこで申請すればいいのか、必要書類は何なのか等がはっきりしないのです。
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タイ語の読み書きができない母親と外国人の私では心もとない限りですが、もうこれはかかりつけの医師に直接聞くしかないと、母親と共に病院に出向きました。結局思った通りここでもたらいまわしにされたあげく、やっと担当者とおぼしき人と話ができました。でもどうもこの法律がまだ発布されていないような様子で、要領を得ません。

それでもねばっていると、娘はタイ国籍かどうか、であるなら娘の戸籍謄本と身分証明書を持ってくれば保険加入ができると言います。その上「お金はあるの?」と言ったのですが、1年で2,800バーツ(1万円)は彼女の家計では苦しくても、支援することで家計からの医療費負担は限りなくゼロになります。血液検査やレントゲン検査等の手続きも終わり、彼女は晴れて健康保険に加入できました。

ひとまずはホッとしてはみたものの、こんなことならもうずっと以前から加入できていた筈なのに、と釈然としない気持も残ります。 何はともあれ当たって砕けろと出向いた成果があったのは嬉しいし、これからは母親も医療費に頭をなやますことなく治療を受けられる。 

その日の夕刻のビールがひときわ美味しかったのは言うまでもありません。
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# by karihaha | 2015-06-05 17:17 | ブログ | Comments(0)

新学期

長い長い夏休みが終わり、今週から新学期突入です。それと同時にどうも雨季が訪れたようで、この2・3日は南国特有のザーッとした雨が続いています。

それにしても今年の夏は暑かったー。 毎年言っているような気がしないでもないけど、今年は特別のような気が。 近年ひどくなってきた山焼きの煙害は2月から3月中旬まで続き、そのあとはこの炎暑と、なんだかチェンマイもあまり居心地のいい場所ではなくなってきたなー、という思いがしきりにします。


この夏休み中は3人の女児の新しい落ち着き先を見つけるのに奔走しました。 私としてはかなり居住条件の良いところ(財団)に住処を見つけて上げられたと思うのですが、さて子供たちの想いはどうか、と次々に心配事が絶えません、 まあ、少なくとも困り果てていた服役中の母親や、急に引き取らされた遠戚の保護者たちには大感謝されているのですが、やっぱり一番影響を受けるのは子供たちです。 新学期になって早速学校に会いに行った限りでは皆そこそこ元気でやっているようです。

まあ生活環境に慣れるのは時間がかかることかもしれないけど、まずは安全で衣食住の保証がある場所であるということを自覚して欲しいなー、そこから最スタートして欲しいなーと思いっています。


そして新学期になると、恒例行事の一つが奨学生やその保護者との面談です。前期の成績表を受け取るのと、生活面での問題がないか話合いの場を持ちます。その中の一人に3人の少女と同じくもとの職場の財団に居たあと、母親のもとに帰った新高校1年生の女の子がいます。 彼女も8年間の財団生活のあと、世間の『荒波(?)』に放たれたわけですが、現実社会適合へのリハビリも順調のようで、一安心です。 モン族の母親と3番目の主人との間には色々と問題があるようですが、もう16才、そして頭の良い子ですから彼女は彼女の人生をしっかり前を見て歩んで欲しいと思っています。
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# by karihaha | 2015-05-22 15:53 | ブログ | Comments(0)

NokとMaai

ソンクランが明けてすぐ、チェンマイからおよそ400キロ離れたモン族の集落に住む姉妹を訪ねてちょっとした小旅行をしてきました。片道8時間のバスの旅です。

彼女たちとはまだ前職に就いていたときに出会い、財団で引き取ることにした経緯があります。家庭環境は、モン族特有(?)の一夫多妻を容認している環境で、父親は少女たちの母親を第2夫人にしました。第一夫人と同じ敷地の別棟で暮らしていた母親は出会う数ヶ月前に薬物売買の罪で拘束され、いまもチェンマイ刑務所で服役しています。父親はそれ以前に捕まっていたため、少女たちとその弟の3人兄弟は第一夫人の庇護のもとに暮らしていました。これもモン族の慣習で男の子を重用する中、最終的に女の子たちだけを引き取ることになりました。弟は第一夫人のもとに残ったのです。

あれから6年、10才と12才になった少女たちが財団から3年前に出所していた父親のもとに帰されたと聞きました。来期は小学校5年と6年という中途半端な時期、まだ服役中の母親は出所しても父親のもとには帰らず、チェンマイの姉宅に身を寄せるとかねがね聞いていたことを考えると、何か特別な事情があったのだと直感しました。


父親と第一夫人との話で危惧していたことが現実になったのだと分かりました。大人同士の行き違いで、財団から子供たちが‘追い出される’ことになってしまったのです。いままでも色々とあまり芳しくないうわさを耳にしてはいましたが、今回はどう考えても財団の行き過ぎの行為です。大人同士の『ケンカ』に子供が巻き込まれてしまっています。 財団は親族と一緒にいられるメリットを強調したらしいのですが、母親の気持を考えると、あと数年で出所した時点で親子が離れ離れになる要素をはらむ決断です。

そして少女が村に残るということは、モン族の風習、早婚・出産の危険にさらされるということです。その他に村全体が麻薬汚染地帯としていわゆる『レッドゾーン』に指定されていることも大きな不安要素です。

話し合いの結果、少女たちがチェンマイに戻ることに同意してもらえました。一番の難題は彼女たちの落ち着き先ですが、Namuuが身を寄せている財団で引き取ってもらえることになり、学校も復学を認めてもらえました。


今回訪問して分かったのは、たとえ父親と第一夫人二人とも少女たちを愛しているとは言え、経済的な問題で少女たちの存在に困り果てていたのが明らかでした。そして実の母親も出所後新たに生活を構築していかなければならない現実の前では、少女たちを過不足なく養育するのは困難でしょう。だからこそ余計に、少女たちが今後10年近くを幸せに暮らせる環境に身をおけるよう、いままでのように大人の都合に振りまわされる人生とは一線を画させてあげたいと思っています。
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# by karihaha | 2015-05-03 18:13 | ブログ | Comments(0)

タイ正月

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タイ正月がいよいよ始まりました。そして切っても切れない、『水掛け狂奏曲』も。

このソンクラーンの水掛けが楽しみで、楽しみでという長期滞在者に寡聞ながらまだ会ったことがありません。私も勿論『大つ嫌い!!』の一人です。一番嫌なのは近年益々過激化してきていること。水を突然ザッバーンと掛けられるのは仕方ないにしても、その水が氷水だったり、薬品臭がしていたり、どぶ臭かったり。

経済的に可能であればタイから脱出するという手段もあるのですが、私の場合は例年通り引きこもりぐらいしか対抗手段がありません。そうは言ってもいつもやっぱり何気に水を掛けられてしまうのですが、今年は水被害ゼロを目指します!

とは言っても日ごろからお世話になっているタイ国、誰に頼まれた訳でもないのに、好きでここまで長期滞在を続ける外国人がとやかく言えることではないのかもしれませんね。

 ↓水をかけないでーのアピールは車のペインティング。最近はなかなかユニークなモチーフも出現。
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話は変わり、先週Namuuが移った財団に初めて会いに行きました。 驚いたことにたった3週間会わなかっただけで、体重が増えたのが分かります。 顔全体の表情も太ったからだけではない自然さで溢れています。 もう本当に一安心です。でも、私と財団のスタッフの感想で一致したのは彼女が無意識に過去を忘れようとしている素振りが見受けられることです。

今までの2年間と財団に移ってからの環境の変化は、小学生の子供には短期間では消化しきれないに違いありません。これからは心安らぐ場所で、時間をかけて心の傷を癒して欲しいと思います。


そしてソンクランが明けるとすぐに、いま取り掛かっている、幼い姉妹たちの問題の解決の糸口があればと、彼女たちを地方に訪ねていきます。 ちょっとした小旅行になりますが、久しぶりに会う彼女たちとの再会が楽しみです。
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# by karihaha | 2015-04-14 21:45 | ブログ | Comments(0)

節目、そして

3月初めから続いていたここ北タイの煙害も一段落したようです。 一時期は中国もビックリのスモッグに、バンコックでは上空から街並みが見えると聞くと、本気で移転を考えるほどでした。 喉もと過ぎれば熱さ忘れるとは言うけれど、来年以降この情況が続くようであれば真剣に一時避難も考えなければ。


そして学校も夏休み真っ最中です。その前に卒業式や入学式があったりしたのですが、奨学生の内、3人とNamuuが小・中学校を卒業し、その後進学のための入試があったのですが、皆無事合格したようです。

この区切りで奨学金支援を打ち切る子供たちもいます。 そしてその代わりと言ってはなんですが、新しい奨学生が加わったりします。 


いま授与を検討している新たな少女たちは、旧職の財団で出会ったあと、つい最近保護者のもとに送り返されたということを聞いた姉妹です。私の知る限りでは保護者のもとに帰れる情況ではないのにと、この数週間は彼女たちのために走りまわっているのですが、やっぱり一時期は同じ釜の飯を食べたという子供たちには思い入れを深く持ってしまいます。現状では強くなりすぎたタイバーツの為替レートのため、縮小していくべき支援なのですが、『義をみてせざるは』と、まだまだズブズブと深みにはまりそうです。

友人たちには度々『子供たちはそこまで深く考えていないよ』と言われたり、実際にそう痛感させられる場面に遭遇して、自分の『深情け』のトンチンカンさにほぞを噛むこともあるにはあるのですが。。

子供たちが大きくなり大半が思春期真っ最中のいま、私もいままでのような付き合い方は考え直す時期に来ていると気付かされたり、まだまだ迷走運転の野越え,山越えは続きそうです。
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# by karihaha | 2015-04-06 01:39 | ブログ | Comments(0)

やっと肩の荷が

このブログでも何度も何度も取り上げたNamuuの身の振り方に、やっと決着がつきました。

今年に入ってからは3月に迫った小学校卒業を控え、その後をどうするか。彼女としてはもうどうしても今の遠い親戚の元にいるのはいやだということで、私としてはお尻に火がついたような思いで思案をめぐらせ、心当たりのところにあたっていましたが、幸運なことに前職の元スタッフが働いている財団でやっと引き取ってもらえることになりました。

引き受けさきが見つかったとは言え、実現するまでにはまだまだ紆余曲折がありました。まず彼女が身を寄せている遠戚です。 たとえ13歳の子供をお手伝いさんのように使っていた人であれ、それ故にNamuuの子供らしい生活が拘束されていたとは言え、2年間という一宿一飯の恩義はあります。そして25年間という、彼女の母親の刑期を考えると、あと数年間後(18歳)にはNamuuも財団を出ざるを得ないとしたら、親戚づきあいを断ち切る訳にはいきません。

結局、無い知恵をしぼって刑務所職員の勧めで、ということにして何とか今週月曜日から財団に移れることになりました。


そして私も彼女の自助努力で新しい環境に馴染んでもらおうと我慢して、ここ数日は連絡しなかったのですが、明日は中学入試があります。財団の近くの公立の中・高一貫校での受験です。入試に関しては彼女の学力だったら多分大丈夫だと思うのですが、励ましの意味と、いやそれ以上にどうしているか心配で電話してみました。

すると、「楽しいよ。気楽だし」という明るい声を聞き、ホッと肩の荷が下りました。

今までの彼女の精神状態を考えると、財団でのセラピーも必要かも、とお願いしていたのですが、その必要もないかもしれません。これからは彼女も13歳の少女らしい生活ができる。やっと『大人の都合』に振り回されない生活をさせてあげられそうです。



下の写真は、これも卒園する支援先の園児たちへの心ばかりの品を送ったときのものです。 20数色の色鉛筆がメインだったのですが、その他に園児全員に持っていった、豚の頭を型どったお菓子の方が大人気で。。 これぞまさしく『花より団子』、でしたね。
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# by karihaha | 2015-03-28 00:32 | ブログ | Comments(0)

煙害、そして卒業式

3月も下旬に入り、チェンマイではこの数週間山焼きによる煙害に苦しめられています、 

この煙害こちらで暮らし始めて10年以上になりますが、今年が一番ひどいような。。 毎年そんなことを言っているような気がしないでもないのですが、さすがに外出を控えたり、どうしてもという場合はマスク着用などは初めての経験です。

こちらでも空気清浄器が手にはいるらしいのですが、日本に比べてかなりの高額(円換算で3万円から6万円)商品らしく、こうなると寿命をとるか、お金をとるかという究極(?)の選択に迫られているような感じがしないでもありません。


そんな中、タイでは各県・各校バラバラとも言える学年末が終わり、来週からはいよいよ本格的な夏休みに入ります。 平均して2ヶ月間もの休みをどう過ごすのか、と毎年思うのですが当事者でもない私でも何だかアッという間に過ぎるような気がします。 その分登下校の送り迎えの渋滞も解消されるでしょうから、空気も良くなるのではとかすかな望みをつないでいるのですが。。
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そしてこの時期は各校卒業式も執り行われます。 こちらの卒業式は幼稚園から大学生まで何だかちょっと大げさとも言える演出で、仰々しいガウンを羽織ったりするのが慣例です。でも見慣れてくるとそれがないとちよっと物足りないような気分がしないでもありません。

今年は奨学生の内、小学生・中学生合わせて四人が卒業しましたが、たまたま用事があったりしてそのうち小6のNamuuの式だけ参列できました。 お子さんのいる方は運動会や類似の式で思わず涙ぐむと聞いてはいたのですが、「まさかこの私が!」。 

その涙の理由は刑務所にいる母親がどれほど参列したかっただろうとか、いまのNamuuの将来を決める複雑な状況に奔走しているということもあるのですが、何より、よくぞここまで、という気持に沿うような演出がされているのがタイ式の卒業式の卒業式たる所以なんでしょうね。
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# by karihaha | 2015-03-23 01:23 | ブログ | Comments(0)

エッ! エーッ!!

前記事に書いた高校2年生の女の子のことが、何かとんでもない展開になってきました。

先週末のヌット先生からの電話のあと家族の様子を聞いてみると、「それがね、違っていたみたい」と言うのです。 「何が違うの?」と聞くと、「土地を売り払ったのは本当だけど、その使い道で母親から聞いたことは全くの誤解だと、少女が言っている」という答え。 少女の言うには「手にした5万バーツのうち、2万バーツは生活費として母親に渡し、残りは学費にとってある」とか。

「では、バンコックへ韓国人スターのコンサートという話はどうなったの?」

「バンコックへ行ったのは確かだけど、それは学校からの課外活動で、コンサートなんかではないらしい」

そもそもヌット先生が韓国スター云々の話しを聞いたのは、知的障がいのある母親からなので、信憑性が疑われるのは確かだけど、そんなことを言った母親に娘がすごく怒っていると聞けば、娘の言っていることが本当なのか??

一旦は支援打ち切りを決心したけど、これは直接会ってみなければ何とも言えない情況になってきたなー。折りしも各学校は今週末から来週にかけて長い夏休みに入るので、来週ぐらいには自宅で会えるでしょう。結論はそのときまで持ち越しておきます。 やれやれ。。


写真は先月下旬にあった、支援先のリス族の村の保育園で行われた旧正月の集まり風景。 子供たちは学校を休み、大人は畑仕事を休止しての村人総出でのお祝いにはリス族特有の踊りや、お祈り。そして食事やお菓子が振舞われる子供ばかりではなく、大人にとっても特別な日です。
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# by karihaha | 2015-03-08 18:08 | ブログ | Comments(0)

支援

奨学生の一人に高校2年生の少女がいます。 彼女にはもう3年以上前から支援を続けていました。

年老いた祖父、知的障がいのある母との3人家族を、これも支援先の保育園の先生のご近所さんということで知り合ったのは彼女がまだ中学2年のときでした。その家庭環境は支援をしてあげざるを得ないと思わせるに充分なほどの困窮状態であるのは、家庭訪問をしてすぐ分かりました。その後は奨学金の他、訪問時には家族への食料品や衣類を渡していました。


行くのはいつもチェンマイへの帰りのバスに間に合うような時間帯なので、学校からの帰りが遅い奨学生本人に会う機会がなかなかなく、前回の訪問も祖父と母親に会えれば、といつも車で送ってくれる保育園の先生に告げると、先生から驚くべき話を耳にしました。

その少女が自宅のある土地の半分を、祖父に無断で売り渡したというのです。買主は同じ学校に通う村の住人の一家らしいのですが、知的障がい者の母親を帯同して契約を済ませたらしのです。 しかし母親は何が行われているのか理解できなかったのは明らかです。

300平米ほどの土地を5万バーツ(20万円弱)で売り渡したそうです。この金額はいくら田舎とは言え格安です。先生はまさに叩き売りと言います。

さてそのお金を何に使ったのかと言えば、同級生と車をチャーターして、バンコックに韓国人スターのコンサートを見に行ったとか。その総額3万バーツ(12万円)。その使い道はさておいても、何とも大胆なことをしたものです。私も聞いた当初は開いた口がふさがらないという形容がピッタリくる心もちになりました。

いったい彼女はどうしてしまったのでしょう。幼いころから全てに我慢に我慢を重ねなければいけない生活環境であったのは想像にかたくないのですが、それにも関わらず素直で真っ直ぐに育つよう、先生も影になり日向になり一家を支えて来られたのです。そのかいあって素直で純朴に見える彼女に、私も何か手伝えればと思わせられたのが支援の始まりでした。

私以上にショックを受けているのは先生で、すでに「もう支援をしないから残りの2万バーツを学費にしなさい」と言い渡したそうです。その判断は異存がないのですが、さて、祖父や母親のことを思うとそれだけでこの件を終わらせてしまっていいのか、と悩むところです。

本人には自覚がないでしょうが、この『若気のいたり』としか言えない行為で、支援のむつかしさを又も思いしらされています。
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# by karihaha | 2015-03-01 02:50 | ブログ | Comments(0)

Yvesの新プロジェクト

ベルギー人医師Yvesは、もう10年以上も前にタイ中部のロップブリー県にいまもある、エイズホスピスで一緒にボランティアをしていた『同士』です。

彼も私もその後チェンマイ県に移り住んで10年以上になりますが、彼にはいまも、忘れたころに連絡しあっても、一瞬でその時間的隔たりを飛び越えらてしまえる不思議な『絆』を感じています。

そのYvesが新しいプロジェクトを始めるというのは数ヶ月前に聞いていました。そしてできれば私にもボランティアとして手伝って欲しいという話があったのですが、不注意から痛めてしまった腕が、6ヶ月にもなろうといういまも本調子ではなく、訪問を伸ばし伸ばしにしていましたが、いよいよプロジェクト用の建物も完成間近ということで見に行くことにしました。


行ってみて驚いたのはYvesのその建物へのこだわりです。 彼自身が設計したこの白亜の施設に入ると、一瞬ローマ帝国時代の民家にまぎれこんだような感覚におそわれます。

ここでは身寄りのない寝たきりの障がい者を最高で9人まで受け入れるとのことですが、細部に亘って彼のこだわりが溢れています。まず部屋は一人部屋を基本に、ベッドや車椅子が出入りしやすいよう充分なスペースをとっています。患者さんは出来るだけ中庭に面した廊下で過ごすことが出来るような空間が配慮されています。その空間のいたるところに、彼の手による彫刻が飾られています。
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また指が動かなくても目の動きだけで操作できるようなコンピューター手法で無聊をなぐさめることに役立てたいと教え始めました。


これらのことは彼はすべて個人資産でまかなっています。患者さんには無償です。先年亡くなられたお父さんの遺産をつぎこんでいるのです。Yves自身は一度は母国の修道院に入ろうかと計画していたのを、結局断念し、いまは半遁世の生活を送っています。この施設は彼の人生哲学の象徴的なものなのでしょう。


先日チェンマイに3年ぶりに来られた支援者のTさんもこちらにご案内しました。TさんとYvesという私の知り合いの中でも突出した深い精神活動をされ、なおかつその鍛錬に日々勤めている二人が揃った空間は、特別な『気』を放っているように思えました。
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# by karihaha | 2015-02-16 01:44 | ブログ | Comments(2)

同窓会!!

楽しくも忙しかった年末・年始も終わり、今日からはもう2月に入りました。というわけでこのブログの放置状態も極まれりの日々だったのですが、その間色々なことがありました。そのほとんどがポジティブなこと。 それらのことは時間を見つけて除々に書いていければと思います。


その一つが昨晩の四年ぶりとなる、すっかり大人になった女性たちとの会合です。彼女たちとは15歳のときからの付き合いで、前職でのプロジェクトの一つとして、家庭環境が良くなくても勉強の意思を強く持っている少女たちを支援するプログラムを立ち上げました。毎年10人を選抜し、都合3年間で30人の少女たちには奨学金の他に、毎週末財団に来て英語を始め、数学・化学の補習を受ける機会があったのです。その他にも成績や出席率によっては奨学金に影響がでたり等、厳しい規則も設けました。

月から金までは学校、そして週末は財団へという生活を続けるには固い信念がないと出来ません。もちろんドロップアウトする子供たちがでました。色々な問題も起きました。それは思春期特有のものであったり、人間関係であったり。


去年チェンマイ大学を卒業したその一期生の卒業式(タイの大学の卒業式は殆ど1年遅れぐらいに行われます)に合わせチェンマイを再訪した、当時のプログラムのニュージーランド人責任者Sの声かけで、同窓会をすることになりました。
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地方で学生生活を送る子供たちを除いて、13人が集まりました。まだ現役の大学生が殆どですが、その内12人がチェンマイ大学生という、プロジェクトを立ち上げた私たちが目標にしていた国立大学の学生になっていました。大げさかもしれませんが、これは私たちにとっては『快挙』です。

皆が口々にあの時にチャンスを貰えなかったら、今の私はなかったと言ってくれます。その言葉は本当にありがたくて心に沁みるのですが、15歳からの3年間、あれほどの過酷なスケジュールを乗り越えた彼女たちを心から褒めてあげたいと思います。
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# by karihaha | 2015-02-01 16:03 | ブログ | Comments(0)

衣装

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奨学生のうち、唯一の大学生が大学のお正月休みで2週間ほどチェンマイに戻ってきていました。
彼女とは偶然モン族の正月のお祭りでも再会したのですが、あんなに広い会場で出くわすなんてやっぱり縁があるなー、と思ってしまいます。

いずれにしろ私を訪ねていくつもりだったとのことで、数日前地方の大学に戻る直前にお昼ごはんを兼ねて会うことに。彼女とは中学2年からの支援ですからもう7年経ったことになります。 そして来期には大学3年になりますから、あと2年で私自身も一応目標にしていた、大学を卒業させるという『事業』が終わりをみるのです。


四方山話の中で再び話しに出たのは男友達のこと。 私としては支援している間は、親密な異性関係を持って欲しくないと言っています。 山岳少数民族は特に早婚ですから、以前財団で面倒を見て、その後チェンマイ大学に進学した同じモン族の少女が1年もたたずに妊娠した末、退学を余儀なくされた苦い経験があるからです。 彼女はその辺はよく自覚しているようで、話する友達はいるけど、特別な関係ではないと言っています。もちろん大学を出ればその限りではないので、とりあえずは支援してくれている人たちをがっかりさせないためにも、あと2年は勉強に集中するようにと言っています。多分(?)分かってくれていると思うのですが。。


写真の衣装はモン族の準正装です。去年もそうだったのですが、祭りに行くというと、誘ってくれた前職の財団にいまもいる子供の母親が衣装を用意してくれるのです。 普通の服装ではだめだとききません。 今回は友人の分も含めて2セット用意してくれたのですが、帰りがけにプレゼントしてくれました。いくら固辞してもきかないので、いまは私の手許で来年の出番を待っているのですが。

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大学生のPatはマフラーを編んでプレゼントしてくれました。そして来年のお正月用にモン族の衣装を贈るつもりだと言ってくれています。 彼女たちは毎年毎年お正月用に手作りの衣装を新調するのですが、細かい刺繍に長けているモン族でも時には3ヶ月とかかかることもあるそうです。

気持ちは嬉しいけどもうあるからと言っても、普通は新調したものを着る、と折れません。そうすると来年のお正月は3着になるので、どなたかご興味のある方は一緒に行きませんか?
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# by karihaha | 2015-01-15 20:19 | ブログ | Comments(0)

フランス人スピリット

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Liberté, Égalité, Fraternité

フランス革命に起源を発する標語  自由、平等、友愛。 その根幹を成すとも言える表現の自由が犯された今回のイスラム過激派による蛮行は、フランス国民の精神的根幹を揺るがしました。

その怒りが国民をデモに駆りだし、今日(11日)全土で250万人以上が、静かなデモで街々を埋め尽くしました。

個人主義と言われるフランス人は、同時に他人の選択・在り方も認める人々です。その根底に厳然としてあるのは『正義』であるとは、1年余りという短い滞在期間ではあっても肌で感じていました。

不幸な今回な事件をきっかけに、『これぞフランス人スピリット』を再び見せ付けられています。
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# by karihaha | 2015-01-12 02:41 | ブログ | Comments(0)

Je suis Charlie

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フランスで風刺画を発行している『Charlie Hebdo』がイスラム過激派と言われる兄弟一味に襲われ、編集者たち12人が命を失いました。 Hebdo誌が犯人の信仰する神を冒涜したからというのが動機だそうですが、同誌は発刊以来ジャンルを問わず同様のスタンスを取り続けているのです。いまに始まったことではありません。

フランスは私の知る限りでも個人の意思・思想をお互いに尊重することを第一義と考える人たちです。信教の自由ももちろんその中に含まれます。人口の10%を数えるイスラム圏の移民を抱えるかの国ですが、その信念は受け継がれています。

だからこそ今回の事件はフランス人、ヨーロッパ人、いや世界中の人々にとっても許しがたい暴挙です。 

Ich bin Charlie

I am Charlie

Soy Charile

Sono Charlie

Eu sou Charlie

ฉันเป็น Charlie

我是 Charlie

私はチャーリー

NOUS SOMMES CHARLIES!!!
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# by karihaha | 2015-01-10 21:41 | ブログ | Comments(0)

久しぶり!

唐突な話になりますが、前職を辞して四年になります。

その経緯は決してハッピーエンドというものではなく、大ボスと運営方針をめぐって紆余曲折があった末のことです。当時の役職はマネージャーでしたが、全く寄付を募らずに運営できるほどの財力がある彼と対峙する事態になり、当然私が去らざるを得ませんでした。

ですがそれ以来、今にいたるまで関わった子供たちやスタッフのことは忘れたことはありません。何か中途半端に去らざるを得なかった後悔がいまも付きまといます。

幸いなことにその後支援してくださるTさんのお陰で、退職にまで至ってしまった経緯の贖罪の意味も込め、財団を去った子供たちのアフターケアをすることができ、現在では13人にもなりました。Namuu, Memee, Boo, Bua, Ahtit等々。 彼らはいまも私のことをメー(お母さん)と呼んでくれます。

おかげさまで彼らとは同じ時間を共有し、してあげたいことを自主的に出来ます。 これからもずっとずっと成長を見守り、彼らのニーズに合わせて出来ることをしてあげられればと思っています。


でも、残念ながらいまも財団にいる子供たちは制度上も私の手が及ぶ範囲ではありません。しかし彼らの父兄や、一部のスタッフ達とはいまも連絡を取り合っています。辞めていったボランティアや旧スタッフもしかりです。
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そんな中、年末になっていまも財団にいるモン族の女の子たちの母親から電話がありました。お正月にモン族のお祭りがあるので、娘たちが一時帰宅できるよう申請するので、『メー』も一緒に祭りに行かないか、と誘ってくれたのです。


この母親とは去年も別の場所でのお祭りに行ったのですが、この娘たちとは数年ぶりの再会でした。 二人とも大きくなって、すっかり女の子っぽくなって。。

モン族のこのお祭りは少年・少女はおろか、あらゆる年代層の独身者の出会いの場所でもあります。二人は早速数人の男の子のグループから声をかけられていました。 彼女たちの母親はそれを笑いながら見ているのですが、耳をそばだてていると彼女たちが「まだまだ勉強しないと」と言っているのが聞こえてきてホッとする始末。当然です。彼女たちはまだ16歳と14歳です。 でもモン族にとっては結婚しても決しておかしくない年なのです。

2015年、今年も彼ら、彼女たちと一緒に生きられる幸せを支援してくださる方々、特にTさんに感謝します。子供たちにはいつもお志を伝えています。

本年もどうかよろしくお願いいたします
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# by karihaha | 2015-01-07 23:42 | ブログ | Comments(0)

年末、ビックリ!!

去年の暮れも押し詰まった一日、支援先の保育園主催の年末恒例のパーティに誘われチェンダオまで出向きました。

そこでビックリさせられたのは、園の建物から続く運動場がコンクリート敷きのコートになっていたことです。 その上、上部には雨天でも使えるように立派な屋根が取り付けられていました。 そして週2回開かれる定期市と隣接する部分は、以前の竹製の仕切りではなく木製の‘本物’の柵が。1ヶ月足らずの間に起こったこの変化、一体何が起こったのか。先生、宝くじでも当たったの?


話を聞いてみると、タイ人の篤志家が80万バーツ(300万円)を寄付するので何が希望かと言われ、この保育園にとっては贅沢すぎるほどの設備に使われたようです。 
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まあ何はともあれ、最後に付け加えられたこの豪華な設備で外見から言えば、チェンダオの他の保育園に比べても遜色のない施設になりました。 去年2月にもと居た場所から追い出されるように引っ越してきた当初は、定期市用の屋根があるだけの場所にござを敷いて、文字通りの難民のような日々を余儀なくされたことを思えば雲泥の差です。 その後はスタディツアーを始め、多くの方々の寄付でここまでこぎつけました。それを考えると感慨深いものがあります。


そんな大人の想いをよそに、集まった子供を始め父兄そして村人たちの関心は普段とは少しグレードを高くした食事と、プレゼント交換そして景品の抽選のようです。一人一人くじを引いて渡してくれるのを私が開けて読み上げたのですが、当たりくじを一心に期待している子供たちの真剣な目に圧倒されるのは毎年の‘お約束’ですね。


2015年、設備面での大仕事が終わったいま、これからは本来の運営面での支援に集中できることを何よりと思っています。
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# by karihaha | 2015-01-05 22:15 | ブログ | Comments(0)

ハッピーバースデイ

25日のクリスマスの日。 いつも会いに行くNamuuの学校へは、今月はこの日をえらんで行くことにしました。特別の日ということで、Namuuはもとより彼女のクラスメートに心ばかりのお菓子を届けたかったからです。

終業時間より少し早い目に着いてしまったのですが、いつもの通り2階から見下ろしている女の子に見つかってしまいました。するとNamuuが急いで走りよってきて、その後を追う友達たち数人が口々に、「明日はNamuuの誕生日だよ!」と言っています。

「しまった!」すっかり忘れていた。でもこれを誕生日会のプレゼントにすればいいか、と即方向転換。
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クラスメート21人にお菓子を配り終わったあとは、先生の配慮で皆で『ハッピーバスデイ』の大合唱です。前にも書きましたがこちらのそれはただただ『ハッピーバースデイ』を繰り返すだけですが、Namuuの恥ずかしくて、でも嬉しそうな顔がなんとも可愛らしい。

色んなことを我慢して生きている彼女ですが、その頑張りが少しは報われたのではとその顔を見ながら思いました。



そしてもうすぐお正月。こちらのお正月は四月のタイ正月がメインですから、1月1日のそれはクリスマスと同様にローキーです。 でもやっぱり日本人としては少しはお祝いしたいところ。 前回帰国したときに万難を排して持ってきたホームベーカリーでお餅を、そして通販で買いその値段の倍以上の運賃やこちらの税金をはらった圧力釜で黒豆を、と少しは新年らしいお膳が用意できるかな。

それでは皆様方も良いお年をお迎えください。
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# by karihaha | 2014-12-29 20:14 | ブログ | Comments(0)

晴れ衣装

年も押し詰まり訪れたMemeeの学校ではこの日たまたま各民族毎の衣装コンテスト(?)が開かれていたそうです。

ここ北タイでは、特に学校ではランナ王国の伝統を守る意味もあり民族衣装を制服として着用します。 この無料の政府系寄宿学校は山間少数民族の生徒が99%を占めるためバラエティに富んでいるのですが、特にこの日は『とびっきり』のおめかし、日本で言えばお正月の振袖姿のような感じでしょうか。
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残念ながら会が終わったあとだったので、見れたのはこのアカ族(?)の一団だけでしたがさぞかし華やかだったのでは。
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年末・年始には2週間の休みになり生徒たちは帰宅が許されますが、今年度からは家から通学する生徒を受け入れず、100%全寮制になったそうで、前職で30人弱の面倒を見ていた大変さを思うと、1,000人の生徒を預かる先生方のご苦労は想像もつきません。どうかその間だけでもゆっくりしてくださいと言わずにいられませんでした。
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# by karihaha | 2014-12-25 04:42 | ブログ | Comments(0)

Wat Papaoと日本の草の根無償資金

今年のノーベル物理学賞を受賞された日本人3名の授賞式をライブで見ました。全受賞者の一番最初に授与されたのは赤碕教授、続いて天野教授そして最後に中村教授。夜中にも関わらずその都度拍手をしてしまいました。 

少し前にはオスロで平和賞の授与式が行われていましたが、最年少受賞のマララさんと同時受賞した、インド人Kailash Satyarthi氏(カイラシュ・サティヤル)は児童労働問題に30年以上取り組んでいる活動家です。


それに関連して書いてみたくなったのは、私も細々ながらChild Labor(児童労働)問題に関心をもっている一人だからです。


ここタイでもその問題は現存しています。 現在身を置く北タイはミャンマーのシャン州と国境を接しているため、圧倒的にタイヤイ族(シャン州の民族)の移民が多く、特に最近移り住んできた親たちは子弟の教育よりは、日銭を稼げる年齢になるやいなや働かせるという風潮がいまもまかり通っています。 

例えば支援しているチェンダオ郡の小学校では学年が上がるごとに生徒数が減り、6年生まで履修する生徒も、中学進学するのはタイ人や山岳少数民族の一部に限られ、タイヤイ族の生徒たちは一様に働き始めるようです。 
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そんな風潮の中、最近明るい話題に接しました。チェンマイ市内にWat Papaoという小学校があるのですが、ここはタイヤイ族の子弟が100%という構成です。 生徒たちは市内だけではなく、周辺の工事現場で働く親たちの現場からトラックを改造したソンテウで通ってきます。そうすると交通費だけでもバカにならないし、もっと便利な近辺にある公立小学校に通うことも可能なのですが、言葉や年齢を理由にわざわざこの学校に通ってきます。 親や子供たちにとっても同胞の中に居る方がいいのでしょう。


初めてこの学校を知り支援を始めたのは7年ほど前でした。その当時は開校されて間もなくということもあり、がらんとした部屋に申し訳ていどに古い椅子や机があるという程度でした。そしてここでも高学年の生徒は低学年の3分の一かそれ以下という現状で、それならとタイの公立中学に進学を勧めても、家庭の事情の他に慣れ親しんだコミュニティーからでるのを嫌う風潮でなかなか結果がでませんでした。

しかし最近になってこの学校にも日本の『草の根無償資金』が授与され、3階建ての新校舎が完成したとの報に接しました。 私の在職中も校舎の寄付を依頼されたのですが、額が大きすぎることで、「とても、とても」と断わざるを得ない状態でした。 でもやっと校舎が出来たということで、中学まで年度を広げることが出来るのです。 タイの義務教育は中学3年生ですから、小学課程履修のみと義務教育修了では大きな差があります。

この新校舎の寄付は親や子の心理的な問題(コミュニティーを出るのを躊躇う)を解決し、勉強を続ける機会を提供するという大きな役割を担っています。


このお寺には10年以上前に同じ草の根資金で別の校舎が寄付された経緯がありますが、私が支援をスタートしたときは、全く手入れがされておらず、その目的とは違うお坊さんの宿舎になっていました。

今回の寄付はちゃんとその目的を果たし、子供たちの教育に貢献するよう願って止みません。
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# by karihaha | 2014-12-14 15:45 | ブログ | Comments(0)

家庭訪問

早いものでもう12月。 10月末から始まった各学校の2学期も1ヶ月が経過しています。

この間、いつものことながら奨学金を授与している生徒や学生たちの前期の成績表や、授与した奨学金の使い道の報告、そして近況を知るため家庭や学校を訪問することになります。 大半の子供たちはこれ以外にも頻繁に会う機会があるので、この時期は主に先生や保護者との面談が重きを占めます。

25人いる奨学生をフォローするとなると中々大変で、特に公共交通機関に頼らなければならないとなると、一人に一日掛かりということも珍しくありません。 もう少し効率よく、例えば生徒と共に先生や保護者に日にちを決めて一箇所に出向いてもらうことも考えないでもないのですが、そうなると『奨学金』というお金だけのつながりになるのではと危惧しないでもありません。

手間は掛かっても、実際に家庭や学校を訪問することで、自分の目で家庭状況を判断したり、担任以外の先生やクラスメートと話すことができ、そのメリットを捨てがたく感じてしまうのです。


そんな生徒の一人に小学校1年生のKがいます。 父親はHIV感染で働けず、同居する祖父母が男の子ばかりの他の3人の孫を合わせて全員の面倒をみています。 奨学金を授与しだしたきっかけは知人からの依頼だったのですが、彼女との連絡も取れなくなり、今後継続するか迷った結果、「とりあえずはもう一度祖父母と話しを」と2度学校訪問し本人に電話番号を託したにも関わらずナシのつぶて。 3度目の正直とばかりに終業時にKを学校に迎えに行き、一緒に帰ることにしました。

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着いた家はチェンマイのスラム街の一角です。 家の前はドブ川が流れお世辞にも清潔な環境とは言えません。 祖父母は家にいました。 電話をしなかった理由は、祖父は毎日仕事が忙しくて、そして祖母は字の読み書きが出来なくてというものでした。 つっこみどころ満載の言い訳ですが、タイ人のメンタリティーを少しは知っているいまとなっては、そこを攻めても無駄というのを分かっています。 まあ、とりあえずは相手の電話番号も分かったので、これからは少しは連絡がとりやすくなっただけでも良しとしなければなりません。


自宅には聞いていた家族以外に青年2人がいました。 親戚で、たまたま遊びに来ているとのことでしたが、部屋を見渡すと何本ものビールや焼酎のビンがきれいに並べられてありました。 確かに祖父母は廃品回収もしていますが、これはどうも自分たちが飲んだもののような気がします。「そんなお金があるんだったら授業料を払ったらどう」と言いたい気持を抑えて家を出ました。

たまたま訪問していた親戚と飲んだものかもしれないし、70歳になろうという祖父が夜警や廃品回収をしながら一人で孫四人と病気の息子の家計を支えていることを考えると、そのぐらいの楽しみは、と思ってしまいます。でも子供にとっては好い環境ではないことは確かで、そのことを知っただけでも、やっぱり家庭訪問のメリットはあると思うのです。
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# by karihaha | 2014-12-02 19:49 | ブログ | Comments(0)