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郷に入れば郷に従え?

最近タイのマスコミを賑わせているトピックの一つに、日本人とタイ人のハーフの9才の少年が生き別れになっている父親を捜したいと、近所のお寺で写真を持って日本人に訴えかけているのがマスコミの目にとまり、県知事自らの陣頭指揮のもと、とうとう日本にいるその父親を捜しだしたというのがあります。


わたしがこのニュースを知ったのが数日前でそれ以降も注目していたのですが、きょう見た読売新聞のインターネット版にもこの件が扱われていました。

黙っていようと思ったのですが、同じような環境にいるタイ人の子どもたちを世話している立場として、やはりこのような極端な報道の仕方は公平を欠くと思い、あえて書きます。


低所得層(に限らないかもしれませんが)のタイ人が自分の子どもを祖父母や親戚に預けて遠方、特に大都市に働きに行くのは普通のことです。預けたままで、その後仕送りが途絶えるというのも日常茶飯事に聞きます。

ひいては父親あるいは母親が突然音信不通になり、生死がわからないから残された子どもを預かってくれという依頼がうちで扱うケースでは圧倒的に多いです。

財団の子どもではありませんが、テンモーなどもその一人です。彼女の父母とも現在消息不明でおばが面倒をみています。


最初はそれぞれのケースに丁寧に対応していたのですが、最近では「もうきりがない」と思い出しています。

押し寄せるそのような状況に置かれた子どもたちに対処するには、心を鬼にして断らざるを得ない状況が続きました。そして設立3周年を迎える前に決心したことがあります。

『預かる子どもはそれが絶対必要不可欠な場合に限る』

選考基準は、1)父母とも死亡した完全な孤児 2)父母とも服役中 3)片親(母親)でその親が闘病中である。 そしてどの場合も親戚に遺棄されているか、扶養能力がないと認められた場合だけに限る。

該当する場合も、わたしにその資格があるのか、と思い悩みながらも苦渋の決断で断らざるを得ないケースが多々あります。だから『貧しい。 父親あるいは母親が逃げた』と聞いても、「ああ、またか。。。」という思いが先にきます。 それほどに職業病に蝕まれているのかもしれませんが。


この少年、S君の場合は日本人が父親だということでマスコミが飛びついたのでしょう。知事も『タイ人はともかくも、日本人(外国人)がそんなことをするなんて!!」ということだったのでしょうか?


少年の父親の写真を見る限りでは、失礼ながらそこらのあんちゃんという印象しかもてません。捜しだした父親は会うのを躊躇っており、そのことで少年は傷ついていると報道されています。

そんな結果は同じような立場のタイ人の子どもを数多く見てきたわたしには自明の理でした。だからよけいに、もっとデリカシーのあるやり方があった筈なのに、と思われてなりません。
by karihaha | 2009-05-18 00:14 | ブログ | Comments(0)
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