小児病棟から(124) 『ゲームの母』

 ゲームは、またN県立病院に戻ることになったと聞いた。このS病院の看護体制と暖かい雰囲気があれば、回復も早いのではと期待する気持をふくらませていたばかりなのに。

 でも、いまではミルクも自分で吸える。帰ったら私も、発育教室で見覚えた運動やマッサージをしてあげなければ。

 そう思いながら、なにか視線を感じて後ろを見ると、ゲームの母親が立っていた。3ヶ月ぶりに見る彼女は、今まで顔を合わしたときに比べると、気のせいか少し硬い表情に思える。

 先日ゲームのいとこに話した、ゲームの両親に対するわたしの反発心が伝わっているのだろう。


 今回の付き添い期間を聞くと、一晩だけという。「働いているし、お金がないから」。たまたまその言葉を耳にした、看護師が、「この病院では原則的に親や親類が付き添うことになっています。みんななんとか都合して来ていますよ」

 言ってやってください。それに彼女の服装を見る限りでは、とても今日食べるものにも事欠くという風には見えないですよね。


 手術はどうなったのだろう。看護師に聞いてもはっきりしない。このままN県立病院に帰るなら、今後も酸素チューブが必要なことには変わりはない。もう少し体力がつくまで持ち越しということなのだろうか。

 そうだったらN県立病院から地元のメーアイ病院に転院し、待機と言うことも考えられる。

 「メーアイだったら、看病できるよね?」。不快感を押し隠しながら聞いてみた。

 「大丈夫です。病院は家から1kmも離れていませんから」

 「(ホンマやな?)」


 ゲームはこの母親と、ゲームに全く関心を払わない父親の子。しかし、これほどの病弱では養子縁組も考えられない。頼りない両親だが全てを彼らに託し、親としての自覚の芽生えを期待するしかない。


 事情を知っている周りの母親たちが、「まあ、来ただけでもマシか」と言っている。

 ここでもタイ人の「マイペンライ」気質を感じる。他人の言動には大いに関心があるが、双方不愉快になりそうな話題には、直接言及しない、その代わり行動も起こさない。

 意地悪な日本人のわたしはそうはいかない。次いつ会えるか分からない、と名前・住所・電話番号を書いてもらうことにした。

 (チェックするぞー)

 戻ってきたノートには、住所と名前の下に、『ゲームの母』と書かれてあった。
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by karihaha | 2005-09-28 04:07 | 小児病棟から | Comments(0)
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