人気ブログランキング | 話題のタグを見る

小児病棟から(147) 母子(4)

 Aホームはチェンマイ市に隣接するD郡にある、クリスチャン系のHIV感染者施設だ。

 広大な敷地に配された建物には、80人あまりの感染孤児が暮らし、その世話を保母さん60人あまりと常時10人以上のボランティアが受け持っている。


 ジョンの車で向かった私たち。建物が近づくにつれ、同乗している母親の驚きが伝わってくる。敷地には本棟以外に、学校・クリニックなどがある。そして、重い症状の感染女性が治療期間を過ごせるシェルターも隣接している。

 明るく出迎えてくれたカナダ人マネージャーに、早速母子の紹介をした。短期が希望のようです、と正直に言うと、案の定、「今までそのようなケースを扱ったことがない」と言われた。

 タイ語の流暢なマネージャーが、「本当に短期が希望なの? ここは面会も出来るよ」と問いかけると、「父親(祖父)はずっと預かってもらいなさいと言っています…」とか細い声で答える母親。そしてまた泣き出した。

 マネージャーは泣く母親の肩を抱きながら、「最初の1ヶ月は子どもを環境に慣れさせるために面会は出来ないけれど、それ以降は面会が出来るんだからね」と優しく繰り返した。

 ということは、預かってもらえるということ!? と内心、その決断の早さに驚く私。

 「でも一旦はVホームに入らないといけないと聞いていますが?」

 そう問いかける私に、「なんとか入らないで手続きできる方法を考えましょう」と言ってくれた。


 女児は2週間後にS病院の外来診察が決まっている。のどに取り付けた器具を外せるかどうかの検査日なのだ。

 その検査には私が同行するつもりだったが、Aホームの看護師が付き添い、女児の主治医と今までの病歴を含め、話をしてくれるということになった。


 そのあとしばらく姿を消したマネージャーが、「ちょっとプランを変更することにした」と言いながら部屋に戻ってきた。

 「母親が精神的に動揺しているようなので、特例として、次の検査までの2週間を一緒にいられるように、この施設で泊めてあげることにした」、と普段はHIVの重症患者さん用の部屋を提供してくれることなった。

 2週間のあいだにAホームの雰囲気を知れば、子どもを預ける信頼感も生まれるだろうし、母親の仕事探しの手助けも出来るだろうとの配慮だった。


 母子はもとより、私にとっても思いがけない話の展開で、マネージャーに感謝の言葉もない。

 同時に人間の大きさの違いを痛感した。私は母親の涙を見ても、何とか説得するのに夢中で、肩に手をかけ慰めるような配慮は出来なかった…

 
 母子を預けた帰途、ジョンと祝杯をあげる。「ここは天国だよ。食べ物は勿論のこと、環境もね。だから心配しないで」そう言ったマネージャーの言葉を反復しながら再び思う。

 やっぱりセームをここに預けたい。Vホームと話し合ってみると言われたあの日以来、返事はないが、なんとかならないのだろうか。
by karihaha | 2005-12-09 02:02 | 小児病棟から | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。



<< 小児病棟から(148) 推定生... 小児病棟から(147) 母子(3) >>